路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New93話

仲間の命を糧に強化したへレスは一撃を持ってミクロの命を奪った。

地に伏せてその身を鮮血に染め上げるミクロに悠然と立ち尽くすへレス。

「あばよ、ミクロ」

確実にミクロの命を奪ったへレスはミクロに最後の別れの言葉を告げた。

そこに悲しみはない。

全ては理想を叶える為にへレスは障害(ミクロ)(ころ)したに過ぎない。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

ミクロの死にリューとアイズがその瞳を瞋恚に燃え上がらせてへレスを襲う。

リューは『薙嵐』を持って、アイズは魔法の反動を無視して魔法を酷使して感情のままにへレスに攻撃する。

「遅い」

「うぐっ!」

「あぐ!」

だが、強化されたへレスにとって二人の攻撃は児戯に等しい。

容易く避けられて跳ね返されてしまう。

それでも二人は立ち上がり、へレスを睨む。

「よくも………ミクロをッ!」

「許さない……っ」

愛する人を、友達を殺された二人は果敢にもへレスに突貫する。

「ミクロにも劣るお前等が俺に敵うわけねえだろう」

二人の攻撃は容易くあしらわれる。

【剣姫】と【疾風】とオラリオでも名をはせた二人でもへレスに傷をつける事さえできない。

自身の無力さ、大切な人を失った虚脱感に苛まれながらも二人は歯を噛み締めて攻め続ける。

無謀でもいい。

それでもミクロを殺したこの男(へレス)が許せれなかった。

「うぜぇ」

二人の腹部に一撃を入れて膝をつかせるへレスは足でリューの頭を踏み締めて地面に押し当てる。

「この……」

膝をついても剣を振ろうとするアイズに拳を放って飛ばし、木々に衝突させる。

「憎いか? ミクロを殺した俺が」

踏みつけているリューを見下しながら問いかけるへレスにリューは目線でその問いに答えた。

その目線を見ればわざわざ口から聞く必要もない。

「理想を叶えるためには糧が、犠牲が必要になる。そして、世界を導く『王』は二人もいらねえ。全ては俺達の理想の為にミクロはその犠牲になって貰った」

「そんな理屈が通るとでも……ッ」

「思ってねえよ。俺は理想の為なら仲間も、愛する女も、息子(ミクロ)も殺す。俺は理想の為なら何でもする。これまでも理想の為に多くの仲間が死んだようにこれからもどれだけの犠牲を払ってでも俺は理想を叶えるために己を貫き通す」

これまで自身が歩んできた信念。

それが、これまでもこれからもへレスを歩ませる。

「信じてくれねえとは思うが、お前達には悪いとは思ってるんだぜ? だから、せめてあいつと同じところに逝かせてやる」

脚に力が入ってきてリューの頭部が圧迫されていく。

ミシ、と音が鳴る。

このままでは自分の頭はへレスによって完全に潰されてしまう。

だが、それでもいいかもしれないと思う自分がいる。

視線を愛する人(ミクロ)に向ける。

仲間を失い、今度は愛する人までも失ってしまった自分に生きる意味なんてない。

なら、来世を期待したい。

またミクロに会える可能性に賭けたいと思ってしまう。

瞳から涙が零れ落ちる。

死を覚悟した。――――――――その直前に足音が響いた。

「その足をどけやがれッッ!!」

駆け跳んできたのはベートの手には砕け散った魔剣とその魔剣の力を吸収した《フロスヴィルト》には雷を宿してへレスに蹴撃を与える。

魔剣の力を付与された攻撃をへレスは片腕で防御するとその背後と側面から二人のアマゾネスが強襲する。

「【ロキ・ファミリア】か……」

「うちの娘と友達をよくもやってくれたわね」

「――――手加減しないから」

怒りの形相で二刀の湾短刀(ククリナイフ)の連閃と倒れているミクロと傷だらけのアイズ達を見て表情を消したティオナが超大型武器を振り下す。

リューから足をどかして回避するへレス。

「―――【食い殺せ(ディ・アスラ)】!」

避けたその背後から奇襲を仕掛けるバーチェは猛毒を付与された魔法で攻撃をする。

「舐めんな」

だが、へレスはそれを読んで、回避と同時に両肘と両膝を使ってバーチェの腕をへし折った。

「アルガナ!」

痛みに耐え、自身の姉の名前を叫ぶバーチェの背後からへレスの背後を取ってしがみついたアルガナの犬歯はへレスの首筋に突き立てられる。

「チッ―――」

肉と皮を突き破られる激痛に耐えながらも瞬時にアルガナを投げ飛ばした。

受け身を取ってすぐに立ち上がるアルガナは舌で口に着いた血を舐め取る。

「あいつの血、吸えた?」

「僅かにだけだ。まだ足りない」

アルガナの呪詛(カース)は『恩恵(ファルナ)』を得た者の血を吸った分だけ能力値(アビリティ)を上昇する。

だが、僅かではたかが知れている。

直接大量の血を啜らない限りは大して変化はない。

「皆さん……」

「皆……」

起き上がるリュー達は駆け付けてくれた増援に嬉しく、そして顔を合わせることが出来なかった。

誰の視線もが、血塗れとなって地に伏せているミクロに向けられる。

悲嘆、怒り、憎悪が膨れ上がる中でその形相をへレスに向ける。

「ミクロ……」

大双刃(ウルガ)を捨ててミクロの傍まで駆け出すティオナは地に伏せているミクロの身体を抱き上がらせる。

目も開けず、冷たくなった身体に胸から流れる鮮血にティオナは今にもミクロを抱きしめて大声を上げて泣きたかった。

「許さない」

そっと優しくミクロを寝かせて瞋恚の炎を宿したティオナは怨敵でもへレスを睨む。

大好きな人を殺されたその仇を取らんとばかりに大双刃(ウルガ)を構える。

「絶対に許さない」

燃え上がっているのはティオナだけではない。

ティオナ同様にミクロに心奪われているアルガナもバーチェも同様に瞋恚に燃えていた。

ティオネもアイズとメレンの時に姉妹共に助けてくれたミクロを殺したへレスが許せれない。

「………なに勝手にくたばっていやがる」

苛立ちを吐き捨てるようにミクロを見下ろしながらベートの頬の刺青が歪む。

「てめえはその程度で死ぬ野郎だったのかよ。だったらもう起き上がってくんじゃねえ」

冷笑を浮かべて見下ろすベートは眼前の敵に意識を向ける。

四人の意思は(へレス)を殺すの一点に絞られる。

ゴキリと首の骨を鳴らしたへレスは短く一言。

「来な」

その言葉が開戦の合図となって四人は一斉にへレスに襲いかかる。

「ミクロ………」

ティオナ達の激戦の中でリューはミクロの傍まで歩むとミクロを抱きしめた。

「目を、開けてください………」

ミクロは一度死んだ。

リュー達を助ける為にシャラに嬲り殺されたが、その時はシャルロットのおかげでミクロは救われた。

だが、奇跡は二度も訪れない。

もうミクロが助かる方法なんてない。

「私には……貴方が……………」

涙が止まらない。

溢れ出てくる涙が、ミクロの頬を伝って地面に流れ落ちる。

失いたくない。

もっと一緒にいたい。

共に過ごして、訓練して、食事をして、また明日を迎えたい。

ミクロと一緒にこれからも生きて行きたい。

「逝かないで………」

己の胸からこぼれ落ちる想い。

慟哭に震えようとした、次の瞬間。

 

「【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く―――】」

 

詠唱が鳴り響いた。

涙を飛ばしながら振り向く先、リューの背後に立つのは、黒衣の魔術師(メイジ)

「【ピオスの蛇杖、サルスの杯。治癒の権能をもってしても届かざる汝の声よ――――どうか待っていてほしい】」

「なに、あいつ!?」

突如現れたフェルズに敵か味方かわからないティオネ達。

「敵か!?」

警戒するベートにティオナが制した。

「ミクロを……助けようとしてくれてるの?」

確信があって言っているわけではない。

ただ、何となくそう思った。

大好きな人(ミクロ)ならどんな人とでも分かち合えるからティオナは何となくではあるが、思った。

この魔術師(メイジ)はきっとミクロを救おうとしてくれていることに。

「【王の審判、断罪の雷霆(ひかり)。神の摂理に逆らい焼きつくされるというのなら―――】」

純白な魔力光は一条の光輝となって天へと昇る。

夜空が輝く星々に向かって突き立つ光の柱に誰もが目撃した。

「あいつは……」

僅かだが見覚えがある黒衣の魔術師(メイジ)

愛する人であるシャルロットと稀に見かけたフェルズにへレスは目を見開く。

「【―――――自ら冥府へ赴こう】」

詠唱が加速する。

魔法円(マジックサークル)が更なる光を放ち、リューの顔とその黒衣を染め上げた。

「【開け戒門(カロン)冥界(とき)の河を超えて。聞き入れよ、冥王(おう)よ。狂おしきこの冀求(せんりつ)を】」

響く荘巌の調べ。神聖の旋律。

それは、下界の理をねじ曲げる悪業。

「【止まらぬ涙、散る慟哭(うたごえ)。代償は既に支払った】」

超長文詠唱からの禁忌の『魔法』。

決定された運命を覆し、絶対の不可逆に叛逆する秘技。

「【光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望(ねがい)を照らしてほしい】」

古の『賢者』にのみ許された、『蘇生魔法』。

「【嗚呼、私は振り返らない―――――】」

詠唱の完成、『魔力』の臨界。

フェルズの全精神力(マインド)と引き換えに、その求めの歌は捧げられた。

 

「―――――【ディア・オルフェウス】」

 

光の柱が砕け散る。

代わりに、無数の白光に包まれる。

雪のごとき光の宝玉。瞳を見開くリューの眼前に集まり、螺旋をなし、甲高い清音とともに収束する。

最後に魔法円(マジックサークル)の下から生まれた青白い光が、ミクロに吸い込まれる。

次の瞬間、硝子が砕け散るかのように音響が閃光とともに弾ける。

その時、トクン、と生命の鼓動が聞こえた。

「リュー……?」

「ミクロ………ッ!」

薄らと目を開けて言葉を投げるミクロにリューは力の限り抱きしめた。

「うそ……」

「ミクロ―――――!!」

「マジかよ……」

「ミクロ」

「……ミクロ」

生き返ったミクロに驚愕、歓喜する。

ティオナ達に涙ながら抱き着かれるミクロの近くでフェルズは精も根もつき果てたように、尻餅をつく。

「…………今度は間に合った」

初めてシャルロットが命尽きた時は使わず。

二度目は間に合うことさえ出来なかった。

だけど、今回は違った。

シャルロットの子供であるミクロを救うことが出来たフェルズは虚空を仰いだ。

「…………シャルロット、これでよかったのだろう?」

今は亡き、(シャルロット)に向けて言葉を呟く。

 


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