路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New94話

「まさに、奇跡の復活だな………」

フェルズの蘇生魔法のおかげで復活したミクロに声を飛ばしたへレスに全員の視線が集まる。

ミクロは蘇った。

だが、状況は何も変わってはいない。

仲間の命を糧に強化したへレスは健在のまま。

ミクロは抱き着いているリュー達の手をどかして立ち上がる。

「ミクロ……」

「大丈夫」

心配して止めようとするリューのミクロは安心するように声をかける。

踏み出すその一歩は不思議と力が入った。

「フェルズ、ありがとう」

「………なに、気にする必要はない」

生き返らせてくれたフェルズに感謝の言葉を送るとフェルズは小さく手を振って応じる。

「ティオナ、ティオネ、ベート、アルガナ、バーチェ。助けに来てくれてありがとう」

「いいよ!」

「ま、何度も助けられたしね」

「ハッ」

「当然」

「………ああ」

増援に駆け付けてくれたティオナ達も礼を言ってミクロは皆の前に立ってへレスと対峙する。

「勝負だ」

身体が軽い。

体中に力が溢れる。

今なら、勝てる。

対峙するミクロにへレスは嘆息した。

「実力差は歴然。もう二度と同じ奇跡は起きねえぞ」

「もう、必要ない」

もう十分に助けられた。

救われた。

友達に、仲間に、家族(ファミリア)に。

なら、今度はこちらの番。

「俺はもう、負けない」

一人で戦っているわけではない。

背中にある『恩恵(ファルナ)』がそれを教えてくれる。

限界解除(リミット・オフ)

神の恩恵(ファルナ)』をも超克する想いの丈が、境界を突破してミクロの能力(ステイタス)を一時的に昇華させる。

「っ!?」

ドクン、とへレスの中にある仲間達の魂が響いている。

ミクロの想いが、魂が、膨れ上がっていることをへレスに教えている。

先ほどまでのミクロとは違う、とへレスに叫んでいる。

そこでへレスは気付いた。

ミクロは極めて貴重で希少な存在だ。

『英雄』だけでなく、『王』としての『器』を持つ存在。

その『器』に比例する強大な魂の力を持っているとしたら。

先程の死でそれが覚醒したとしたら。

「ふざけるな………」

苛立ちと共にへレスは哮ける。

「そんなの認められるか!!」

本来ならへレス本人が『王』にならなければならなかった。

自分が決意した理想なら、その全てを背負うのが自分の責務だからだ。

だけど、自分にはその素質がない。

『王』にはなれない。

それが、どうして自分の息子であるミクロが『王』だというのがへレスは認められなかった。

「俺は、背負わなきゃならねぇんだ!!」

戦場で死んでいった仲間達の為にも。

理想の為に犠牲となった者たちの為にも。

力を得る為に糧となった者たちの為にも。

へレスはその命を、その想いを、その重さを背負わなければならない。

そして、叶えなければならない。

この理不尽の世界に革命を起こし、二度と自分達と同じ存在を生み出さない為に。

「負ける訳にはいかねえ!!」

もし、ここで歩むのを止めたらこれまでの道のりが全て無価値となってしまう。

だからこそ、突き進むしかない。

壊し続けるしかない。

全ては理想の為に。

死んでいった仲間達の為に。

「負ける訳にはいかないのは俺も同じだ!!」

衝突する想いを乗せた拳。

「俺には、友達がいる! 仲間がいる! 家族(ファミリア)がある! 帰るべき家がある! 俺は皆と一緒に本拠(ホーム)へ帰るんだ!!」

へレスの頬を捉えて力の限りの乗せた拳を放つ。

「ざけるな!!」

ミクロの拳に耐えて今度はへレスがミクロを殴った。

「俺は全て捨てて来た! 理想の為ならあいつもシャルロットだって犠牲にした! 俺の、俺達の覚悟がお前みたいな理想も抱かねえ餓鬼にわかるか!!」

「孤独の上にある理想に何の意味がある!?」

殴られ、殴り返す。

「お前の仲間は、お前が孤独を貫いてでも理想を叶えて欲しいと言ったのか!? 違うだろう!? 大切な仲間なら、友達なら思いやるはずだ! 少なくとも母さんはずっとお前の事を大切に想ってた! どうしてそれに気付かない!?」

「がはっ……!」

深々とミクロの拳がへレスの腹部に突き刺さる。

だが、へレスはキッとミクロを睨む。

「ミクロ………」

「やめな」

二人の戦いを見守っていたティオナが一歩前へ出ようとした時にベートが真剣な表情でティオナの肩を掴んで止めた。

(おとこ)には自分の手でケジメをつけなきゃならねえ時がある」

誰にも手を出すことは許されない。

リュー達に出来ることはただ一つ、二人の行末を見守ること。

「俺の背中にはこれまで死んでいった仲間がいる! ここで俺が進むのを止めたらあいつらはただの無駄死になっちまうんだよ!!」

「ぐ………っ」

殴られるミクロは脚に力を入れて踏み止まる。

(何故だ、何故、倒れねえ………?)

荒くなってきた呼吸を整えながらへレスは困惑した。

ミクロは先ほどまでも強くなっているのは明白。だが、それでも仲間達の命を糧にした自分の方がまだ上回っているはず。

それなのに殺すどころか、倒すことさえできない。

「………息が荒くなってきたな。そろそろ、魔法の効果が切れてきたか」

「っ!?」

ミクロは見抜いていた。

へレスが少しずつではあるが、弱くなってきている事に。

一人の人間の『器』に複数の魂は居続けることはできない。

糧とした仲間達の魂がへレスの中で少しずつ消えて行っていた。

それに対してミクロは強くなってきている。

破壊衝動(スキル)の効果によってミクロの全アビリティは強化されているが、それでも受けた損傷(ダメージ)はしっかりとミクロの身体に刻まれている。

今の二人の実力は互角に等しい。

もし、勝敗が左右するものがあるとすれば。

己が信じる想い、信念。

それと、生きようとする強い意思。

それのどちらかでも劣ったら勝敗は決する。

「………無駄死にはならない」

「あぁ?」

「お前の為に死んでいった仲間達は決して無駄死なんかじゃない! お前を、仲間を生かそうとしたその想いは決して無駄にはならない!」

ミクロはへレスを指しながら叫ぶ。

「仲間達は生きて欲しいと……そう願ったんじゃないのか!? それをお前はさっきから犠牲や糧と言って仲間達の想いを陥れている!?」

「黙れッ!!」

怒声を上げて拳を振り上げるへレスにミクロも拳を振り上げる。

「お前にわかるか!? 戦場で……自分の横で死ぬ仲間達の顔が、声が、死にたくないという気持ちがお前にわかるのか!?」

「あぐ!」

へレスの拳がミクロの拳を通ってミクロの頬に直撃して吹き飛ばす。

「死んだ奴等の為にも生き残った俺は前へ進まなきゃならねえ!! 生きて、生き続けて理想を叶えてやらなければ仲間達は報わらねえ!!」

殴る、殴る、ひたすら殴り続ける。

ミクロの身体を壊さんとばかりの強力な拳が炸裂する。

「お前と俺とじゃ違うんだよ!! 背負うべく覚悟も、重さも何もかも!!」

へレスは止まらない、いや、止められない。

これまで死んでいった仲間達の為にもへレスは止まる訳には行かなかった。

「誰にも俺は止められねえ!!」

止めの一撃を刺さんばかりの拳砲を放つへレスの拳をミクロは受け止めた。

「なら……俺が止めてやる!!」

「がは………」

一撃を与えて反撃を与えないかのように今度はミクロが殴り続ける。

「止めて……終わらせてやる! この戦いも、お前の、お前達のこれまでの戦いも何もかも俺の手で破壊する!!」

「ざけるな! お前如きに壊せれるほど甘くはねえんだよ!!」

想いを叫び、拳を握って、目の前の敵を殴る。

純粋なまでの殴り合いの応酬を繰り広げる二人。

その二人を見守るリューは自身の胸元に手を置いて小さく握る。

「ミクロ……」

あそこまで感情を剥き出しにしたミクロは初めてだ。

だけどリューにはわかる。

それほどまでにミクロは許せれないんだ。

どんな理由でも仲間の為に闇に落ちた父親(へレス)が。

「終われ、ミクロ!!」

「終わるのはお前だ!!」

自身の肉体の損傷(ダメージ)を無視した肉弾戦に二人の身体は既に満身創痍。

それでも二人は倒れない。

脚に力を入れて二本の脚で大地を踏む締め。

傷だらけの手を握り、拳を作る。

その瞳には決して揺るがない己の信念を宿した想いが込められている。

「はぁ………はぁ……………」

「はー……はー………」

肺に無理矢理にでも空気を送り込んで呼吸をする二人にへレスは告げる。

「………これで終いだ」

そして、へレスは己の全てを捧げて歌を紡いだ。

「【荒ぶる業炎(プロクス)】」

超短文詠唱を唱えてへレスはもう一つの魔法を発動する。

「【シャマミネンス】」

へレスの身体から発せれる荒ぶる炎は触れてもいない周囲の木々までも燃やしてしまう。

へレスの付与魔法(エンチャント)の属性は炎。

だが、その炎は付与魔法(エンチャント)の領域を遥かに超えている。

それはアイズとの戦いでアイズに流れる精霊の血を舐めて体内に取り込んだ。

流れる精霊の力がへレスの魔法に呼応してその威力を上げている。

しかし――――。

「チ……」

その炎はへレス自身までも燃やしている。

精霊の血を体内に取り込んだまでは良かったが、この力をここで使わずに徐々に身体に慣らしてから実戦に取り組む計画だった。

だが、今はそんなことはどうでもいい。

今の前の敵を、ミクロを倒す為にへレスは炎を己の拳に集中する。

「【駆け翔べ】」

それに対してミクロも魔法を発動する。

「【フルフォース】」

白緑色の風を自身の拳に集中させる。

「全開放」

全ての精神力(マインド)を使ってミクロはこの一撃に己の全てを賭ける。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

炸裂する。

風が。

炎が。

想いが。

信念が。

己の全てを賭けた一撃が炸裂した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ッ!!?」

ミクロの風が徐々にへレスの炎を押し始めた。

「クソ………がぁぁああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

更に力を上げて押し返すへレス。

その時だ。

『抱いてあげて』

へレスの脳裏にシャルロットが出てきたのは。

そして、シャルロットの腕の中にはまだ赤ん坊だったミクロがいた。

(なぜ……昔のことを………)

今更になってどうしてこんな昔のことを思い出したのかわからなかったへレスはミクロと目が合った。

その隻眼に映っているのは哀しみ。

憎しみでも、怒りでもない。

ただ、哀しいという想いが伝わってくる。

(へレス)を倒すことに何故哀しみに浸かるのはわからないへレスは思い出した。

その瞳は愛する女であるシャルロットと同じだということに。

記憶の中でへレスはミクロを抱えるとミクロが笑っていた。

愛する女(シャルロット)と同じ笑顔で。

「クソ………」

へレスの双眸に涙が溢れ出る。

全てを捨てたはずだった。

愛する女(シャルロット)を殺してその愛も捨てたはずだった。

理想に全てを捧げたと思っていた。

だけど、捨てられなかった。

家族を愛するという想いだけはどうしても捨てることが出来なかった。

「ちくしょう………」

『愛してる……へレス、ミクロ』

あの女、とへレスは心の中でシャルロットを罵った。

その言葉のせいで完全に捨て切ることが出来なかった。

まるでこうなることがわかっていたかのようにシャルロットが最後にへレスにこの言葉を残してこの世を去ったことにへレスは今になって気付いた。

愛している。

その言葉は愛情と拘束だ。

その言葉のせいでもう身体に力が入らない。

それなのにどうしてこんなにも心が幸せに満ちている。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

弱くなる炎。

突き進む風。

咆哮を上げる息子(ミクロ)の拳が自身に向かってくるのを見てへレスは笑った。

「お前の………勝ちだ」

ミクロの拳はへレスを捉えて殴り飛ばして光輝く風に呑み込まれるへレス。

刹那、へレスを、父親(へレス)を優しく抱き寄せていく母親(シャルロット)の姿が見えた。

 


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