路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New95話

ラキア王国との戦争はラキアの甚大な被害によって幕を閉じた。

【シヴァ・ファミリア】の突如の乱入に混乱極めた戦争ではあったが、そのおかげか本来よりもこの戦争が速くに終わりを告げた。

「…………」

都市南東区画に存在する『第一墓地』。

そこに足を踏み入れたミクロは二つの墓に花を手向け、腰を下ろす。

吹く風に髪を靡かせるミクロは一週間前、へレスを倒した時の事を思い出す。

 

 

 

 

「殺せ………」

勝敗は決した。

ミクロの渾身の一撃を持って地に伏せるへレスは静かにそう告げる。

「俺を………あいつらの元に送ってくれ」

仲間の為に、理想の為に戦ってきたへレスだが、それももう終わった。

ミクロに負けて、己自身が敗北を受け入れてしまった。

もう、へレスには何も残されていない。

だから愛する人が、大事な仲間がいる冥府への赴こうとする。

息子(ミクロ)の手によって。

「………っ!」

その言葉にミクロは歯を噛み締めてへレスを跨ってその顔を殴った。

「ふざけるな、ふざけるな! 俺は……俺はお前を許すつもりはない!!」

拳を作って何度も無抵抗のへレスの顔に殴り続ける。

「俺の家族(ファミリア)を傷付けたのは誰だ!? 友達を傷付けたのは誰だ!? 母さんを見捨て、殺したのは誰だ!? お前だろうが!! それを殺せだ!? 母さんたちの元に送ってくれなんて自分勝手にもほどがあるだろう!?」

心の底に溜まっている憤りが爆発したかのように感情のままにへレスを殴る。

その隻眼に涙を流しながら。

「許せない……許せるものか! お前なんか、お前なんか!!」

満身創痍の身体を無視して心と身体に更に傷を負いながらもミクロは父親を殴る。

癇癪を起した子供のように感情のままに叫び、殴る。

拳を振り上げるミクロはそこで動きが止まった。

「それでも………それでも、俺にとってたった一人の父親だ…………」

振り上げた拳を解いて、ただ父親の前で涙を流し続ける。

ミクロにとってこの世界でたった一人の肉親であり、父親であり、家族である。

へレスが行った行為は決して許せるものではない。

それでもミクロにとっては大事な家族だ。

例え許せれないことでも家族であるミクロだけは許さなければならない。

それが家族だ。

そんなミクロの頬にへレスは手を伸ばす。

「済まなかった………」

自分の為に涙を流してくれる息子(ミクロ)に謝罪する。

触れるその涙はとても暖かく、綺麗だった。

「強くなったよ………」

「ああ、流石は俺達の子だ………」

「いっぱい頑張ったよ……」

「ああ、努力家だ………」

「大切な人ができたよ………」

「なら、守り通せよ………」

「うん……」

初めて父親(へレス)と親子らしい会話をした気がする。

武器も持たず、憎しみも怒りも持たずにただ素直のままに行う会話が心を弾ませる。

へレスから離れてミクロはリュー達から高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を貰い、ミクロは精神力(マインド)を回復させて歌う。

「【閉ざされた世界に差し込む希望(ひかり)】―――――」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)を展開させてミクロは詠唱を歌い続ける。

隻眼から溢れる涙を拭いながら詠唱を歌うミクロはへレスの最後の望みを受け入れた。

詠唱を終わらせて自身の持つ創世魔法を発動させるミクロは告げる。

「へレス・イヤロスに永遠の眠りを。その魂は我が母、シャルロットとその仲間達の元へ」

その言葉を告げてへレスはこの世を去った。

「さようなら……父さん」

 

 

 

 

 

 

それからこの一週間の殆どは休養と戦争の後始末に追われてようやく出来た空いた時間を利用してミクロは両親の墓参りに来ていた。

「………何の用だ? 【猛者】」

二人の墓に近づく一人の大男、オッタルが酒瓶を持ってミクロに近づくと手に持つ酒瓶をミクロに投げ渡す。

「フレイヤ様のご厚意を得て来た。貴様と戦う意思はない」

かつての好敵手(ライバル)に対して墓参りにやってきたオッタルの好意に甘んじてミクロはその酒を父親の墓にかける。

「……父を超え、頂点へ辿り着いたか」

「…………」

その言葉にミクロは沈黙で返すが、それが既にオッタルにとって返答だった。

ミクロは『偉業』を達成して【ランクアップ】を果たしてLv.7になった。

オラリオで二人目のLv.7の存在にオッタルの武骨な面差しが浅くほどける。

「父に代わり、俺との決着をつけるか? ミクロ・イヤロス」

「………俺は父さんの代わりにはなれない。お前と戦う時、それはお前達が俺の家族(ファミリア)に手を出したその時だけだ」

「そうか……」

その答えはオッタルも同様だ。

祟拝するフレイヤに害を成すというのなら相手が誰であろうとそれが自分と同じ頂点にいるミクロであろうと倒してみせる。

「………俺の父親は、父さんは強かったか?」

唐突にミクロはオッタルに問いかけた。

その問いにオッタルは答える。

「ああ、奴は強かった。だが、心のどこかに僅かな綻びがあったのも事実。しかし、それを埋めていたのは貴様の母だ。貴様の両親二人なら俺は勝機すら見出すことはできないだろう」

称賛を送るのは認めているから。

オッタルは二人の強さを心から認めて称えた。

「………そうか」

頷くミクロにオッタルは踵を返して来た道を戻る。

「…………………これでいいはずだ」

自分自身にそう言い聞かせるかのように呟く。

父親を自らの手で葬ったミクロの行動は誰も咎めることはない。

父親はオラリオを破壊しようとした【ファミリア】の団長で、その首には賞金首までギルドにつけられていた。

それだけではない。

へレスは友達や家族(ファミリア)にまで危害を与えた。

世間的にも個人的にもミクロは正しいことをしたはずだ。

それなのに、どうして心がこんなにもざわつくのかミクロにはわからなかった。

いや、違う。

わかっているのにそれに目を背けているだけだ。

本当は悲しいし、寂しい。

もう二度と母親にも父親にも会えないことに寂しいんだ。

触れることも、話すことも、戦うことも、笑いかけてくれることもない。

もうミクロに家族はいない。

最後はミクロ自身の手で終わらせたから。

その時だった。

ドクン、と鼓動が跳ねる。

ミクロの背後から近づいてくる足音と共に強まる鼓動にミクロは後ろを振り返る。

そこには見たことのない男神がいた。

灰色の髪をした男神を見てミクロは察した。

「シヴァ……」

「如何にも、我はシヴァだ。久しいな、否、汝と言葉を交るという意味では初めましてと言うべきか?」

目の前に姿を現したのはシヴァ。

【シヴァ・ファミリア】の主神がミクロの前に姿を現した。

「大きくなったものだ、我が血を持つ人間(ヒューマン)ミクロ。父を打倒し、父と同じ領域に達したこと我も嬉しく思う」

称賛の言葉を述べるシヴァの喉元にミクロは槍を突きつける。

「………今、ここでお前の首を撥ねるのがどれだけ容易いかわかるか? 何が目的だ?」

瞋恚の炎をその瞳に宿しながら問いかける。

全ての元凶であるシヴァ。

この男神がいなければ、と考えることだってあるぐらいにミクロはシヴァを嫌悪している。

槍を喉元に突き付けられているにも関わらずシヴァは淡々と話す。

「最後に汝と話をする為に参った。我は天界に帰る。故に矛を収めて欲しい」

「………」

警戒しながらもミクロは槍を下ろす。

「感謝する。ミクロよ、この戦いは汝の勝利だ。汝は見事に我の眷属達を打倒し、己の信念を貫き通した。ここに【ファミリア】の主神として汝に賛美の言葉を送ろう」

「………そんなことに興味もお前の言葉もいらない」

拒絶に近いミクロの言葉に顎に手を置く。

「ミクロよ、我はへレス達のこの世界の革命に心惹かれ、へレス達を眷属として迎えた。世界を破壊し、新たな世界を創り出す。我はそれをこの眼で拝見したかった。しかし、汝はそれを阻止し、我の【ファミリア】を打倒した。我にはもうこの下界に留まる理由がない」

へレス達の理想がまたシヴァの求めるものでもあった。

だが、そのへレス達がいなくなり、シヴァも己が求めるものがなくなった。

故にシヴァは天界に帰ることとなった。

「汝は強くなった。己が持つ才能に怠らずに地道とも呼べる努力を重ねなければへレスを凌駕することは敵わない。奴は強かった。しかし、奴は『器』ではなかった」

『器』の違い。

それがミクロとへレスの大きな差であったのだろう。

「『器』を持たず者に世界は変えられない。ミクロよ、強大な『器』を持つ者よ。汝に問いたい。汝にとって世界とはなんだ?」

シヴァの問いにミクロは少し考えた上でその答えを出した。

「出会いだ。この世界にいるからこそ俺はアグライアに出会えた。リューにも出会えた。多くの仲間と、友達に出会えたのもこの世界があるからだ。出会えたから今の俺はここにいる。だから俺はこう考える。この世界に住む人々は出会い、それが一つの絆になって、また新たな出会いを得て絆を作る。それが俺にとっての世界だ」

路地裏でアグライアと出会ったおかげで今の自分がいる。

そこからミクロは多くの人達と出会い、絆を作ってきた。

「その絆は決して誰にも壊すことは出来ない。そして、その出会いがあるこの世界を俺は守る。相手が誰であろうとも守り通してみせる」

それがシヴァの質問に対するミクロの答えだ。

「………そうか」

その答えを聞いたシヴァは満足そうに頷いた。

「なら一つの神として言おう。ミクロよ、汝は伴侶を作れ。へレスがそうだったように汝は一人ではない。愛する者が、己が心から信頼を寄せている者がいるのなら汝の心は満たされるだろう」

「伴侶………」

シヴァはミクロの心情に気付いていた。

家族を失ったミクロに対して家族を作ることでその空いた心を埋めろと告げた。

謝罪、贖罪という訳ではない。

ただの一人の神としての助言だ。

「では去らばだ」

シヴァは背を向けてミクロから去って行った。

その後姿はどことなく満足そうに見えた。

「……………帰るか」

家族がいる本拠(ホーム)へ帰る。

シヴァの最後の言葉を考えながらミクロは本拠(ホーム)に帰還する。

「ミクロ。お帰りなさい」

帰って来たミクロに一番に声をかけてくれたのはいつも傍らにいてくれる心優しい妖精(エルフ)。ミクロに何が正しくて何が悪いのか、様々なことを教えてくれた。

リューとの出会いも路地裏だった。

自分を痛めつけていた冒険者達を今度は自分が痛めつけていた。

それを止めたのがリューだった。

それが初めてのリューとの出会い。

リューと出会ってもう五年以上経つが、それでもリューはいつも傍にいてくれる。

無茶をしたら怒ってくれた。

怪我をしたら心配してくれた。

困ったことがあれば助けてくれた。

辛い時、悲しい時はいつも傍にいてくれた。

だから心から感謝している。

「あ………」

違う。

それだけじゃない。

それだけでは足りない。

この気持ちを、この想いをなんて言葉を使えばいいのか。

『愛する者が、己が心から信頼を寄せている者がいるのなら汝の心は満たされるだろう』

その時にミクロの脳裏を過るシヴァの言葉にミクロは納得した。

「ああ、そうか………」

「ミクロ?」

いつもと違うミクロに歩み寄るリュー。

ミクロは思考と気持ちが一致するとリューの方を向いて近づき。

何の躊躇いもなくリューの唇を奪った。

「――――――――――――ッ!!?」

あまりにも突然で突拍子もない行動に目を見開き、絶句するリューにお構いなくミクロはリューの唇を奪った。

数十秒間、唇を重ねたあと、ミクロは唇を離して告げる。

 

「リュー、愛してる。俺の家族になって欲しい」

 

拙くも確かな笑みを浮かべながら告げたミクロの告白(プロポーズ)

唐突過ぎて放心するリューは気持ちと思考が定まらない。

ただ、キスをされて愛の言葉を述べられた。

ならば答えなければとリューは羞恥心を振り払う。

耳まで真っ赤に染まりあがるリューは返答を待つミクロに自身の想いを告げようと口を開いた。

「……………………はい」

リューは首を縦に振った。

それが堪らなく嬉しくてミクロはリューを抱きしめた。

誰かを愛するという想いがこんなにも幸せだということをミクロは知った。




Newシリーズ完!!
【シヴァ・ファミリア】との因縁が終わりましたので区切りが良いのでここでNewシリーズはここで終了!
次はThreeシリーズを書いていきますのでこれからも読んで頂けると嬉しいです!

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