気を失っているティヒアをリューが連れて行っている間にミクロはアグライアに事情を説明した。
「ダンジョンではともかく、地上で
「わかった」
「……ん、あたしは確か……」
「目が覚めた?」
目を覚ます
「あんたなんてもん使うんだ!?」
「
「だからといってあたしの鼻を潰す気か!?」
胸ぐらを掴みながら怒鳴り散らす
「ちょっといいかしら?」
とりあえずは落ち着かせようと声をかけるアグライア。
「あんた……神か」
「ええ、この【ファミリア】の主神であるアグライアよ。貴女の名前と【ファミリア】を教えてくれないかしら?」
「……名前はリュコス。リュコス・ルー。今日この都市に来たばかりだ」
「来たばかり?ということは都市外から来たの?」
肯定するかのように頷くリュコスは今までの自分の経由を話した。
強くなる為にリュコスは冒険者となった。
次々とモンスターや人と戦っているうちに周囲から同じ【ファミリア】からにも恐れられた。
最後は同じ【ファミリア】の団員から主神に退団して欲しいと懇願されてリュコスは【ファミリア】を追い出された。
主神から情けと言わんばかりに
追い出されたことに関してはリュコスは何とも思っていない。
むしろ清々した方だ。
いつも陰で愚痴を聞かされて鬱陶しく感じていた。
退団したリュコスは行く当てもなくせっかくだからダンジョンがあるオラリオへと足を運んだ。
「そんで都市内に入ってきたら変な奴らに絡まれたところを返り討ちにしている所にこいつに会ったのさ」
自虐気味笑うリュコス。
「リュコス・ルー」
そんなリュコスにミクロは声をかけるとリュコスはわかっているかのように立ち上がる。
「言われなくても出て行くよ。迷惑かけたな」
「仲間になって欲しい」
「はぁ?」
出て行けと言われると思っていたリュコスだが、それとは裏腹にミクロはリュコスに仲間になって欲しいと懇願した。
「あんた、私の話を聞いていたか?」
「聞いた。聞いた上で言ってる」
同じ【ファミリア】からも恐れられて追い出されたリュコスだが、ミクロにはそんなことどうでもよかった。
このオラリオではリュコスのような冒険者は珍しくもなかったからだ。
ミクロにとってリュコスは荒くれ者の冒険者の中でもまだマシな方だと確信があったからだ。
「後、勝負に勝ったから言うことを聞いてもらう」
そして、ミクロは路地裏でリュコスに勝利した命令権がある。
「なっ!?あ、あれは無効だ!」
「ルールは決めていない。何でも言うことを聞くとリュコスは言った」
「うぐっ」
「断ることはできない」
淡々と追い詰めていくミクロにリュコスは頭を悩ませた。
ミクロの言うことを無視するのは簡単だが自分が言ったことを守れないのはリュコスのプライドが許せなかった。
だが、このまま素直に仲間になることもリュコスは認めたくなかった。
「………ああ、入ってやるよ、条件付きでな」
「わかった。条件を呑む」
最後まで話を聞かずにあっさりと何も話していない条件を呑んだミクロにリュコスは笑みを浮かばせながら言った。
「一発あたしに殴らせろ。耐えることが出来たら仲間として認めてやるよ」
「わかった」
即答したミクロはリュコスの前まで来て足を止める。
「いつでもいい」
自分からリュコスの攻撃範囲に入って来たミクロに逆にリュコスが困惑した。
リュコスは近接戦闘が得意としている。
その範囲内に躊躇いも迷いもなく平然と入って来たミクロにリュコスは困惑した。
リュコスにとってミクロはまだ
わざわざ自分から痛い思いをするわけがないと踏んでいたリュコスにとってミクロの行動は理解が出来なかった。
「どうした?」
いつまでも殴ってこないリュコスにミクロは首を傾げる。
そこでリュコスは気付いた。
ミクロはリュコスは本気で殴ってこないと考えているのではないかと。
それならその迷いもない行動にも納得は出来た。
だからこそ、腹を立てた。
なめた真似をするミクロにリュコスは本気で殴る為、拳を強く握りしめる。
本気で殴って、ミクロ本人から仲間になるなと言わせて出て行こうと考えた。
「行くよ!」
ドゴ!と打撃音が部屋に響き渡り、ミクロは壁まで吹き飛ばされた。
手応え十分に加わり、出せる最大の力で殴ったリュコスは、後はミクロの口から出て行けという言葉が来るのを待っていた。
「これで条件成立」
だが、ミクロは何事もなかったのように立ち上がってリュコスに手を差し伸ばしてきた。
「これからもよろしく」
「あ、あんた、なんで」
「何で?殴られたら仲間になってくれるって条件。これは握手」
間違いなく自身の持てる最大の力で殴ったにも関わらず平然と立ち上がって握手を求めているのかリュコスにはわからなかった。
それどころか、ミクロから怒りすら感じなかったことに薄気味悪くなった。
「ミクロ。今日はもう遅いから自己紹介は明日にして今日はもう休みなさい」
「わかった」
アグライアの言葉に従って部屋を出て行くミクロ。
「……あれはなんなんだ?」
疑問を抱かずにはいられなかったリュコスはアグライアに問いかける。
「簡単に言えば、あの子は貴女以上に辛い思いをしてきた。痛みも苦しみも誰もが想像できない程辛い思いを」
アグライアは簡潔にミクロの過去をリュコスに話した。
それを聞いたリュコスは驚愕と困惑しかなかった。
「ミクロは今、仲間たちと一緒に成長している。もうミクロにとって貴女も掛け替えのない仲間だとミクロは思っているはずよ」
そんなリュコスにアグライアは言った。
「貴女が他の【ファミリア】に入りたいと言うのなら貴女の意志を尊重するわ。でも、ミクロは決して貴女を恐れないし、見捨てない。それだけは神である私が保証するわ」
「ハッ!あたしは見捨てられようが気にはしないけどね」
「リュコス。神に嘘は通じないのよ」
強気のリュコスに優しく微笑むアグライアにリュコスは気まずそうに頭を掻く。
「まぁ、【ファミリア】に入るかは置いといて今日は泊まって行きなさい。女性を夜中に出歩かせることなんてできないわ」
「……一晩世話になるよ」
宿泊の提案を出すアグライアの提案をしぶしぶ了承した。
時間はもう遅く今から宿泊施設を探すのは難しい。
それを知った上で提案したアグライアの意図に気付いたが野宿よりかはマシだと判断して一晩だけ、ミクロ達の
「部屋は余っていないから私の部屋にいらっしゃい」
アグライアと同じ部屋で泊まることにしたリュコスは床へ横になる。
アグライアは同じベッドで一緒に寝ようと言ったが神と一緒に寝るのは恐れ多かった。
「………」
転がりながらリュコスはミクロの事について考えていた。
殴られても平然としていたのはどうでもいいと思えるぐらい殴られる経験をしてきたから。
「初めてかもしれないね」
自分の手を見つめながら差し伸ばしてきてくれたミクロの手を思い出す。
リュコスは今まで強くなる為にモンスターを倒してきた。
だけど、そのせいで周囲から恐れられて、【ファミリア】から追い出された。
その自分にミクロは仲間になって欲しいと言った。
「………」
リュコスは眠りにつく前に一つの決断をした。
「……出て行くか」
隣で寝ているアグライアを起こさないように気を使いながら置手紙を残して部屋を出て行くリュコス。
「……世話になったよ」
小さくそう言ってミクロの
「どこ行くんだ?」
「あんたかい」
「寝るように言われてなかったかい?」
「動く気配を感じて起きてきた」
路地裏で生活していたミクロは僅かな音や気配でも敏感に反応できるようになっていた。
だから、リュコスが
「仲間になると約束した」
「ハッ、知ったことじゃないね。あたしがどこに所属しようがあたしの勝手だろう」
鼻で笑うリュコス。
「いいかい?約束なんてな、破る為にあるようなもんだ」
リュコスは本当はミクロがいる【ファミリア】に入ろうと考えていた。
だが、自分の性格は自分がをよく知っているからリュコスは去ることにした。
始めて仲間になって欲しいと言われ、手を差し伸ばしてくれたミクロに迷惑をかけないようにするためには去ることは一番の最善だと判断した。
「まぁ、精々頑張ることだね」
それだけ言って去ろうと足を動かすリュコスだが、ミクロはリュコスの前に立つ。
「なら、もう一度勝負」
「はぁ?」
「俺が勝ったら今度はちゃんとアグライアの【ファミリア】に入って欲しい」
「いや、だからね」
「俺が負けたらアグライアの【ファミリア】の入団を認める」
「おい」
勝っても負けても【ファミリア】に入団することは変わらない条件を出すミクロにリュコスは思わずツッコミを入れる。
「俺は本気」
真っ直ぐな目で本気と言われたリュコスは面倒そうに頭を掻きながら言った。
「どうしてあたしにそんなに拘るんだい?」
「わからない」
どうしてそこまでリュコスに拘るのかと問いかけるがミクロはわからないと答えた。
「わからずにあたしを入団させたいのかい?」
その言葉にミクロは首を縦に振った。
その反応にリュコスは困惑する。
だけど、このままではミクロは諦めることはないと思い、ミクロの勝負に応じることにした。
「わかったよ。ただし、あたしが勝ったら」
「入団を認める」
「おい、あんたが決めるな。あたしが勝ったら」
頭を掻きながら頬を少し赤くして小声で言う。
「……迷惑かけても文句は聞かないよ」
「わかった」
その言葉にミクロは頷く。
「ダンジョンで勝負しよう」
いつものリューの訓練に使用している五階層にある『ルーム』まで案内して、互いに距離を取ってルールを決める。
「どちらかが気絶、敗北宣言で勝敗を決める。魔法もスキルも何を使用してもいい」
「問題ないよ。勝つのはあたしだからね」
ナイフと梅椿を構えるミクロに対してリュコスは腰にかけている二振りのナイフを取り出す。
「【強さに焦がれよ】」
超短文詠唱の魔法を唱えるリュコス。
「【ビチャーチ】」
魔法を発動させるリュコスの全身に淡い赤色の粒子が纏わる。
「あたしが唯一使える強化魔法だよ。文句は聞かないよ」
「問題ない」
何をしてもいいルールを破っていない為、ミクロは指摘もせずにポケットからコインを取り出す。
「これが地面に落ちたら勝負」
「上等」
コインを上に弾いてミクロも戦闘態勢に入るとリュコスが不意にミクロに尋ねた。
「そう言えば、あんたの名前を聞いていなかったね」
「ミクロ。ミクロ・イヤロス」
「そうかい」
そして、コインが地面に落ちると同時に二人はぶつかり合う。