入団試験が終わって数日、ミクロは己の工房に籠っていた。
ミクロ専用の
自室では手狭になってきたので自分達の派閥が潰した【ファミリア】である【アポロン・ファミリア】だった
その工房でミクロは一振りの剣に手を加えている。
ベルの
椿から
作製中にミクロの肩に不意に手が置かれる。
「ミクロ、少しは休みましょう。根を詰めすぎるのは貴方の悪い癖だ」
「リュー」
顔を上げるとそこには恋人であるリューがいた。
そのリューの言葉に従ってミクロは一休憩を取ることにする。
「アイカから頼まれまして料理をお持ちしました。一緒に食べましょう」
「うん」
どれも手の込んでいる料理を口に運びながら食べるミクロにリューもそれを口にする。
「クラネルさんの武器の調子はどうですか?」
「順調。でもまだかかる」
色々と手を加えているだけでなくてアステリオスの分も作製しているからまだ完成までに程遠い。
「そうですか……」
それ以上はリューは何も聞かずにミクロと食事をしながら悩んでいた。
二人は恋人同士だ。
だけど、恋人らしいことなど何もしていない。
というよりも恋人なる以前と何も変わっていない。
二人ともそういうこととは無縁というか、どうすればいいのかわからなかった。
ミクロはミクロで工房に籠ったり、団長として【ファミリア】の仕事もある。
リューも似たようなものだ。
多忙な二人が今のように一緒にいられる時間は少ない。
小さく嘆息するリューはどうすればいいのか悩んだ。
傍にいるだけでいい。それだけでリューもミクロも幸せだ。
チラリとミクロを見る。
ミクロは異性によくモテる。
だからリューは不安なのだ。
ミクロがいつ心変わりをするのかを。
隙あればミクロを狙う者は沢山いる。
リューは独占力が強いというわけではないが、それはそれで嫌だ。
自分だけを愛して欲しいという気持ちがある。
「ミクロは………私に何かして欲しいことはありますか?」
「今は特にない」
少しでもミクロが離れられない様にしようと思って行動しようとしたが、効果はなかった。
思えば、ミクロはそういう
尽くすことはあっても尽くされるようなことはない。大抵の事は自分一人で出来てしまうから。
ミクロは手強い。戦闘面の方でも恋愛面の方でも。
取りあえず今は話題を変えよう。
「ミクロ、以前の入団試験の際に見せて頂いたあの水のモンスターは?」
「ディーネのこと?」
「はい」
「
所有者が魔力に長けていればいる程に、その込める魔力が増大であれば
また新しいものを作ったミクロに若干感心しながらも少し呆れた。
もう少しは自分の娯楽に時間を費やせばいいのにと。
「ミクロはこれからどうするのですか?」
それはリューは気になっていた。
ミクロはこれまでに【シヴァ・ファミリア】に命を狙われ、幾重にも死闘を繰り広げてきた。
傷付き、倒れ、なかには命を落としたこともある。
その度にミクロは奇跡を起こしてきた。
何度も立ち上がり、その手に武器を持って倒してきた。
だけど、それももう終わった。
ミクロはもう命を狙われることもない。死闘を繰り広げることもない。
後はのんびりと生活をして、幸せになるべきだとリューは思っている。
「俺は変わらない。俺は、俺を救ってくれたアグライアに尽くす」
明確に答えた。
ミクロは自分を救ってくれた主神であるアグライアの為にこれからも冒険者を続ける。
その想い、その覚悟は決して揺るぐことはない。
【シヴァ・ファミリア】の問題が解決したとしてもミクロの根源は何も変わらない。
主神の為、
「貴方はもっと……自分に優しくするべきだ」
誰かのためにではない。自分の為に行動しているとミクロ自身はそう思っているのだろうが、リューから言わせたらそれは違う。
自分よりも他者を優先するミクロに今更ながらも呆れ、溜息を吐いた。
「ミクロ。私は貴方の伴侶です」
「うん」
「ですので、貴方は私に甘える権利があります」
「そう、なの?」
「そうです。ですので私に遠慮する必要はありません」
正確には恋人だが、少し見栄を張って伴侶と告げるリューは強引にでもミクロを甘えさせて少しは我儘を言えるようにしようと考えた。
「…………」
リューの言葉に思案し、悩むミクロはどうすればいいのかわからない。
甘えるなど、ミクロはよくわかっていないからだ。
首を傾げて悩むミクロに一笑する。
「何でも構いません。私は貴方になら何をされてもいい」
「子供が欲しい」
望みを告げるミクロにリューは固まった。
聞き間違いという可能性も考えて尋ねる。
「ミクロ……今、なんと?」
「子供が欲しい。俺とリューの子供。沢山」
増えた。望みが増えた。
ミクロの言葉に顔が一気に紅潮するリューにミクロは変わらず。
予想外ともいえる望みに困惑する。
それはいつかは、とはリューも考えていた。
しかし、いくら愛を誓い合い、両想いになれたからといってもまだ早い。
そういう行為はきちんと式を挙げてから行うべきだ。
何より心の準備がまだできていない。
リューは何とか今はそれだけは勘弁して貰おうと口を開こうとした時、ミクロに押し倒された。
「ミ、ミクロ! 離れなさい!」
突然に押し倒されて声を上げるリューにミクロは怪訝そうに言う。
「リュー。俺になら何をされてもいいって言った」
「それは……そうですが………」
「なら問題ない」
問題だらけと言いたい。
雰囲気も何もあったものではない。
そもそも只でさえそういうのに疎いミクロが子供を作る方法を知っているのかさえ疑問だが、その疑問はあっさりと解けた。
「愛する人が出来たらしなさいって言われて子供の作り方は母さんが教えてくれた」
貴女のせいですか!? と今は亡きシャルロットに恨めしい念を送った。
こういう時の為に予め実の息子に仕込んでおいたシャルロットの用意周到さに驚くも、今はこの状況をどうにかしなくてはならない。
押し倒され、動きは封じられているリューの
何より愛する人であるミクロから全力で逃れれば嫌われるかもという不安が走る。
しかし、だとしてもこういう行為はまだと思考が定まらない。
「繋がりが欲しい。俺とリューとの確かな繋がりが」
告げるミクロの言葉にリューは気付いた。
そうか、そういうことかとリューは腕を伸ばしてミクロを抱きしめる。
ミクロは天涯孤独の身だ。
いくら
血の繋がった家族は特別だ。
母親を失い、実の父親を自らの手で葬ったミクロにとってもっとも欲するものといえば血の繋がった家族だ。
一人だけの存在にはなりたくないという寂しさだ。
だからミクロは子供という確固な繋がりが欲しかったのだ。
「私はずっと傍にいますから、安心してください」
嘘偽りもない想いをミクロに告げる。
それを聞いたミクロは小さく頷いてリューに身を預けるように抱き着くとリューもミクロの背に腕を回して抱きしめる。
「重い?」
「いえ、丁度いい重さです」
ミクロの温もりがいい感じに伝わるリューはその温もりを堪能する。
こういう風に自分にだけ甘えて来てくれることにちょっぷり優越感に浸れることが少し嬉しく思えた。