【アグライア・ファミリア】は、どの【ファミリア】よりも一度に多くの魔石やドロップアイテムを地上に持って帰ることが出来る。
高い実力を有するという意味も込められているが、それとは別の強みが【アグライア・ファミリア】には存在している。
それは
リヴィラの街で買い取ってもらう必要もない。
得た資金である魔石とドロップアイテムをそのまま地上に持って帰って地上の値段で買い取ってもらう。
だからミクロ達が一度資金調達に行けば帰ってくる頃にはそれなりの金になっている。
更にミクロ達の【ファミリア】にはセシシャという冒険者兼商人と心強い仲間がいる。
セシシャの手腕のおかげで【アグライア・ファミリア】はいつも潤っている。
ギルドに徴収される税金を差し引いてもそれなりの蓄えがある。
ミクロ達は資金調達を終えて、ダンジョンから地上へと帰還すると今回で得た魔石とドロップアイテムもいつものようにセシシャに任せるつもりでいた。
「いったいどういうつもりですの!?」
ダンジョンから帰還したミクロ達は自分達の
何事だと思ってそちらに視線を向けると正門前でセシシャと中年の男性がいた。
「今更よくも私の前に顔を出せたものですわね!! 貴方のせいで私がどれだけの苦労を…………ッ!!」
噴き出す怒りを押さえ込むかのように手を強く握りしめて目の前の男性を睨む。
「…………本当にあの時は済まなかった。どうかしてたんだ………」
覇気もなく、ただ謝罪の言葉を述べて項垂れる。
だが、その言葉がセシシャの癪に障った。
「どうかしてた………? そのせいで私は一歩間違えば歓楽街に売られていたのですのよ!? 実の父親が自分の責任を娘に押し付けて逃げて……今更寄りを戻そうなど、都合がいいにも限度がありますわ!!」
普段は冷静で何事にも落ち着いた姿勢を見せるセシシャは目の前の男性、父親の前では憤りを隠せれない。
しかし、それも無理はない。
ミクロがセシシャと出会った頃。セシシャは商人である父親と共にオラリオにやって来たが、父親が借金を娘であるセシシャに押し付けてオラリオから逃げた。
借金を返済するべくセシシャは行動したが、失敗に終えて最後の賭けでミクロの
それでもミクロが取引を持ち掛けてくれたおかげでセシシャはここにいる。
だが、セシシャの言葉通りに一歩間違えれば歓楽街に売られていた可能性も十分にあった。
後にセシシャが抱えている負債の額を知ったが、あれは一人で返せられる金額ではなかった。
今はその借金も全て返済済みでセシシャはこの【ファミリア】の一員として働いている。
しかし、それもミクロ達の協力があってこそだ。
セシシャは今でもこう思っている。
あの時、あの日にミクロと出会わなければどうなっていたのかを。
「………帰ってくださいまし。もう貴方とは何の関係もありませんわ」
目線を外して告げるセシシャの言葉に父親は何かを言おうとしたが、静かにその場を去って行く。
「セシシャ」
「ミクロ………お見苦しいところを見せてしまいましたわね」
苦笑を浮かべるセシシャはどこか沈痛な顔立ちだ。
「ご覧の通り、先ほどの男は私の父親ですの。今更になって私ともう一度暮らしたいなどと妄言を吐いてきましたわ」
はぁ、と腰に手を当ててため息を吐く。
「余計な気遣いは無用ですわよ? あの男は私を捨てた。それだけで見限るのは十分ですし、私にはもう信頼できる家族がいますわ。それよりも稼いできたものを書類に纏めておきたいので後で見せてくださいまし」
「わかった」
セシシャの言葉に頷くミクロに満足したのか
ミクロはセシシャの後ろ姿がどこか哀愁が漂っているように感じた。
扉をノックする音に気付いたセシシャは羽ペンを置いて顔を上げる。
「どうぞ。開いておりますわよ」
「邪魔する」
扉を開けて部屋に入って来たミクロは久しぶりにセシシャの部屋にきたが、前に来た時と何も変わらない。
本や書類の山。商人としての必要な知識と資料が丁寧に束ねられて纏められている。
道具や武器など冒険者らしい部屋のミクロと似てセシシャは商人らしい部屋と呼べばいいのだろうか。
家具も必要最低限。自分にとって必要なものだけが置かれている部屋だった。
「何かありまして? 今日稼いでこられた資料は現在作成中ですのでまだですわよ?」
「少し付き合って欲しい」
そう言ってミクロが取り出したのはワインとグラス。
何に、と尋ねるまでもないセシシャは一息ついてそれに応じる。
「ええ、構いませんわよ」
団長であるミクロの誘いを断れば、後々恋する乙女達の視線が怖い。
それを回避する為にも少しぐらいは付き合う。
グラスに注がれたワインをまずは一口飲むと、目を見開く。
「美味しいですわね」
「【デメテル・ファミリア】が作った
「なるほど。納得ですわ」
もう一口飲むと、セシシャは本題に入る。
「私は余計な気遣いは無用と申し上げましたわよ?」
「俺が勝手に誘っただけ」
「そうですの……」
白々しいのか、それとも天然なのかと問われれば紛れもない後者だとセシシャは断言できる。その天然さにいったいどれほどの人達が巻き込まれたことやら……。
「………父は商人としても父親としても最低の男ですわ。商人としての責任も取らず、娘を庇うこともせずに自分だけが助かる為に逃げましたわ。そんな男と寄りを戻すことはしませんわ」
説得しようと企んでいるであろうミクロの言葉の前にセシシャは言い切った。
完全な拒絶を意味するその言葉を聞けば説得も諦めてくれると思って。
「私は貴方ほどではなくても、この居場所がとても大切なところですわ。だから私はこの【ファミリア】の為に商人を続けますの。不満などないでしょう?」
「ああ、セシシャのおかげで【ファミリア】の金銭問題はない。感謝はあっても不満などは一つもない」
素直な意見を述べるミクロにセシシャも満足そうに気分を良くする。
「ふふん、そうですわよね。まぁ、初めは失敗もありましたが、それを糧に私は己を高めて参りましたので、今の私に隙などありませんわ」
気分を良くして再び
「セシシャ。俺はお前に父親と寄りを戻そうと説得に来たわけじゃない。セシシャの言う通り、あの男はセシシャを捨てた。それは紛れもない事実だ」
だけど。
「それでセシシャに後悔して欲しくない。家族の縁というのはそう簡単に切れるものじゃない。会いたいと思えた時にいなくなっていることだってある」
ミクロにはもう両親はいない。
会いたいと思えてももう会うことが出来ない。
その後悔をセシシャにして欲しくない。
「許さなくていい。嫌えばいい。だけど、少しだけでも話をしたらと俺は思う」
後悔というのはいつまでも自分を苛まれる。
もう少し話をしていたら、言葉を交えていれば、違う出会いかたをしていれば変われていたかもしれない。
「例えどんなに冷酷で残忍な奴でも家族だけは違う。優しくもできるし、愛情だって与えてくれる。家族というのはそれだけ特別なんだと思う」
そうでなければきっと自分はここにはいない。
両親の愛情が今のミクロを生かしている。
だからこそ、ミクロはこう思う。
「自分の子供を嫌う親なんていない。俺はそう思っている」
自分の思いを述べたミクロにセシシャは何も答えない。
だけど今はそれでいい。
誰にだって考えるや気持ちを整理する時間だっている。
急かすつもりはミクロにはない。
「どうするかはセシシャが決めてくれればいい。俺はセシシャのやり方に文句は言わない」
椅子から立ち上がるミクロは静かに部屋から出て行くとセシシャは肩を竦める。
「………まったくお節介にもほどがありますわ」
朱色に染める頬を
お節介でお人好しの