路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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Three10話

【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)で書類の山を抱えたリューは通路を歩いてミクロの部屋へ訪れた。

「ミクロ、入りますよ」

声をかけ、部屋へ入るリューは寝台(ベッド)の上で眠りについているミクロの姿を見て頬を緩ませる。

日頃から多忙なミクロ。

【ファミリア】の団長としての責務や仕事、新人や団員の教育、魔道具(マジックアイテム)の作製と管理、今ではベルの専用武器(オーダーメイド)も作製している。

自身の訓練の時間も含めれば一日の睡眠時間なんて知れている。

少し休もうと寝転んだら思わず寝てしまったのだろうと推測したリューは書類を机の上に置いて近くにある椅子に腰を下ろす。

「ふふ」

愛する人(ミクロ)の可愛らしい寝顔を見て思わず微笑む。

身内のみ見せるその無防備な顔。

アイカ達がよくミクロの部屋に潜り込むその理由も理解できる。

この寝顔を見たら疲れなど忘れてしまいそうだ。

普段のミクロは警戒心が強く、何事にも敏感に反応する。

だけど、本拠(ホーム)内では、仲間にはミクロは無警戒で無防備だ。

それは皆を信頼しているだけではなく、好意を寄せているから。

家族として親愛を仲間達に向けているミクロの気持ちを団員達も知っているし、団員達もミクロのことを好いている。

だから皆は少しでも強くなろうと努力している。

団長であるミクロの負担を少しでも減らそうと研磨を続け、ミクロも皆の期待に応えられるように皆を導いている。

ミクロがいたから今の【ファミリア】がある。

誰もがそう思っていることだろう。

「貴方は……本当に凄い人だ」

気持ちよさそうに小さく寝息を立てているミクロの頬を優しく撫でる。

自分には勿体ないほどにミクロは凄い。

人間(ヒューマン)の中でも充分に整った容姿を持って、冒険者としての素質も高く、魔法やスキルも相まって魔導士、魔術師(メイジ)としても名高い。

人の上に立って仲間達を導き、誰よりも前へ出て勝利をその手に掴む。

ミクロは産まれ持っての『英雄』だ。

その『英雄(ミクロ)』の愛を一身に与えてくれるリューはきっと誰よりも幸せ者だ。

当然リューもミクロの事を愛し、この身を捧げている。

ミクロが望むのであればリューはそれを受け入れる。

「もう……無茶もすることもないでしょう」

ミクロの戦いは終わりを告げた。

王国(ラキア)の『第六次オラリオ侵攻』の際に襲撃してきた【シヴァ・ファミリア】。

その団長を務めて、ミクロの実の父親であるへレスを打倒した。

ミクロの話を聞けば【シヴァ・ファミリア】の主神であるシヴァは天界へ帰還してこの下界にはもういない。

【シヴァ・ファミリア】との戦いはもう終わったのだ。

何度も傷付き、倒れ、時には命を落とすこともあった。

その度にミクロは奇跡を起こして立ち上がり、強敵を打倒してきた。

家族(ファミリア)を守る為にミクロは後退せずに真っ向から戦った。

無茶をしてでも、無謀と呼べるほどのことをしてでもミクロは守り続けた。

その都度、リューは己の弱さを嘆き、後悔した。

自分ではミクロを助けることは出来ないと思った日も少なくはない。

それでもリューは諦めなかった。

あのままではミクロは一人でどこかに行ってしまう。

それだけは嫌だった。

我儘で独善的だということぐらい理解している。

それでも構わないと思った。

ミクロを一人にさせたくはない。

傍にいたいとその気持ちをずっと今も想い続けている。

だから弱さを見せてくれた時は不謹慎ながらも嬉しかった。

誰の助けも必要とせずに一人で進む続けてきたミクロが初めて弱音を吐いて、頼ってきてくれた。

ミクロの力になれていると思えるようになった気がした。

だけど、本音を言えばもっと頼って欲しい。

無茶をしないで欲しい。

心配で心配で胸が張り裂けそうになるから。

それでもミクロはこちらのことを気にも止めずに守り続けることだろう。

自分よりも大切な家族(ファミリア)を守る為ならその身を犠牲にしてでもミクロは守ろうとする。

その隣に立つのはきっと何よりも困難で険しいことだろう。

いや、それすらもミクロは拒もうとする。

危険なことを一身に受け止めて家族(ファミリア)から危険を遠ざける為に。

「本当に……酷い人間(ヒューマン)だ」

こちらの気も知らないで、と内心で呟きながらミクロの頬をつつく。

リューはもっと強くなる必要がある。

ミクロを守る為に。

愛する人を幸せにする為にも今以上に強くならなければならない。

それはリューだけじゃない。

ベルやセシル、他の皆も現状に満足などしていない。

今よりも、一秒前の自分よりも強くなろうとしている。

厳しい訓練にも耐えて、弱音を叫びながらも研磨を続けている。

もっともミクロの天然酷烈(スパルタ)ならその程度では終わらないが、そう考えれば常日頃からミクロの酷烈(スパルタ)に耐えているセシルは尊敬に値する。

感慨深く頷くと、ミクロは寝返る。

「…………リュー」

「!?」

起きた。わけではなく単なる寝言。

だけど、夢の中でも自分に会っているのかと思うと嬉しくも恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。

そしてちょっぴり誇らしい。

リューは周囲を見渡して誰もいないことを確認すると身を乗り出して寝ているミクロの額に唇を当てる。

「愛しています、ミクロ」

想いを口にすると改めて恥ずかしくなるリューは耳まで朱色に染まった。

寝ているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

平然と愛の言葉を述べられるミクロの天然がやはり少しばかり羨ましい。

小さく咳払いしてリューはミクロの手を優しく握る。

「私は貴方の傍にいます。今までも、これからも」

想いと覚悟を口にしてリューは満足する。

ミクロを起こさない様に静かに立ち上がって部屋から出て行く。

「ゆっくり休んでいてください」

労いの言葉を告げてリューは部屋の扉を閉める。

 


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