路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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Three20話

リリルカ・アーデはミクロから渡された魔道具(マジックアイテム)『アコーディ』を装備し、ベル達の後方から支援していた。

しかし、アマゾネスのような恰好になったリリは羞恥心でいっぱいになり、涙目になりながらもヤケクソ気味に風の弾丸を連射させる。

その姿は溜まった鬱憤を晴らす様にベル達は見えた。

「ここだ」

そんなリリを気にもしていないミクロは20階層の食糧庫(パントリー)にある石英(クオーツ)、生え渡る農緑水晶の柱を殴って壊すと、そこに道が出現する。

「早く来い」

石英(クオーツ)は通常より速い速度で復元が始まるために、早く来るようにと促す。

リオグとスウラも手慣れたようにミクロの後に続き、その後ろをベル達が緊張と戸惑いを覚えながらも入って行く。

樹洞の内部は狭く、モンスターが産まれる気配もない。

先導するミクロが足を止めたのは清冽な蒼い泉があった。

「『ディーネ』」

ミクロは(ホルスター)から蒼い宝石が埋め込まれた指輪を取り出してディーネを呼び出す。

少女の姿を模したディーネを呼び出して、ミクロは命令を下す。

「この泉に穴を空けて欲しい」

「かしこまりました」

一礼し、命令に忠実に従うディーネは泉の水を操作し、泉の人一人が歩いて通れるほどの通路を作る。

「行くぞ」

泉に潜ることなくその先に進むミクロ達が待ち受けていたのは鍾乳洞に似た洞窟だった。

その奥にある狭い通路を進んで行くと、そこには特大の広間(ルーム)にいたのが―――

「久しぶり、リド。皆」

「おう、久しぶりだな。ミクロっち」

武装したモンスター……………否、『異端児(ゼノス)』達がそこにいた。

流暢に人語を話す蜥蜴人(リザードマン)のリドに初見のベル達は瞠目するも、ミクロはナイフと梅椿を取り出し、リドは曲刀(シミター)を構える。

瞬間、二人は激突した。

「今日こそはオレっちが勝つ!」

「今日も俺が勝つ」

互いに得物をぶつけ合わせ、怪物と人間は戦いが始まるなかで、状況についていけていないベル達はただ啞然する。

「リオグ、どうなると思う?」

「あー、団長が圧勝するのはわかるんだが……………そうだな、今日はリドが団長に一撃入れるでどうだ?」

「じゃあ、俺は一撃も入れらずにリドが負けるで」

そんなベル達を置いて二人は賭け事のような話を交わし、異端児(ゼノス)達の方からは声援ややじが飛ぶ。

「あ、あの~私達にも説明して欲しいのですけど……………」

「ああ、すまない。それじゃ団長達を置いて彼等のところに行こうか」

闘い合っている二人を置いてスウラはベル達と共に他の異端児(ゼノス)達のところに向かうと一体の異端児(ゼノス)が歩み寄ってきた。

「お久しぶりですネ。お二方、それと後ろにいる方々は初めましテ」

友好的な物腰で話しかけてきたのは竜女(ヴィーヴル)と同じく見目麗しい容姿を持つ異端児(ゼノス)

くすんだ金髪の長髪は全ての気先に青みがかかって、半身半鳥(ハーピィ)と同じく両腕に当たる前肢は美しい金翼で、同色の羽毛に覆われている下半身は長い両足の先端に鳥の爪を有していた。

恐ろしい怪音波を発し、冒険者の動きを束縛する醜悪なモンスターとは、目の前の歌人鳥(セイレーン)は掛け離れていた。

「よっ、久しぶりだな。レイ。今日はお前達のお仲間を連れて来たぜ」

金翼の歌人鳥(セイレーン)のことをレイと呼ぶリオグは後ろにいるベルの背後に隠れている竜女(ヴィーヴル)を指す。

「う…………」

視線を向けられた竜女(ヴィーヴル)は怯えるかのようにベルで姿を隠す。

レイはベル達の前に足を運んでペコリと頭を下げた。

「『同胞』を救ってくださり、ありがとうございまス」

「あ、えっと…………どういたしまして?」

戸惑うながらもそう返すベルにレイは微笑むとそれにつられるかのようにベルの顔が赤くなると、女性陣から冷ややかな視線を浴びてしまう。

そしてレイはベルの後ろに隠れている竜女(ヴィーヴル)に羽根の手を差し出す。

何度もためらって、怖がるように腕を伸ばし、おずおずと、静かに握る。

金翼の歌人鳥(セイレーン)は、その青色の双眸を細める。

「初めましテ、新たな『同胞』。ここで貴方ヲ虐げる者ハいませン。私達ハ貴方ヲ歓迎します」

少年達と同じように自分を受け止める『同胞』に、琥珀色の瞳が見開かれる。

優しさに触れ、存在を認められ、静かに涙を流した。

差し伸べられた柔らかい翼の指に涙を拭われ、少女の相貌に小輪の笑みが咲く。

その時、喝采が上がる。

「俺の勝ち」

「クソ……………オレっちの負けだ」

いつの間にか二人の戦いは終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「夢か、これは……………」

「頬をつねって差し上げましょうか……………?」

ヴェルフとリリが呆然自失とした様子で呟く。

「飯だ、酒だ、どんどん出せ! 新しい同胞と、ミクロっちがやって来た今日を祝って!」

音頭を取るミクロと戦った蜥蜴人(リザードマン)のリドが声を放った瞬間、異端児(ゼノス)達は一層の盛り上がり―――――広間(ルーム)をびりびりと震わせる吠声を轟かせる。

振る舞われるダンジョン産の果実や木の実に薬草(ハーブ)、酒樽。より集められた魔石灯の眩い光を中心に作られるのは人と怪物の大きな輪だ。

「ちくしょう……………今日こそはミクロっちに勝てると思ってたんだがな」

「負けるつもりはない。それとその武器の調子は?」

酒を飲みながら悔しそうにぼやくリドの武器、曲刀(シミター)は以前にミクロがフェルズに頼んで渡して貰ったミクロの最高傑作の一つだ。

「おう! メチャクチャ使いやすいぜ! ありがとな、ミクロっち!」

「うん、よかった」

言葉を交わしてジョッキをぶつけ合う人間と怪物の二人の間には溝らしきものはなく、親しい友人同士のようだ。

「へへへ~でよ~、団長の力を借りたとはいえ俺もゴライアスを~」

既に酔っ払いとなっているリオグは近くにいた半身半蛇(ラミア)に自慢話をしては鬱陶し気に扱われていた。

「こんな酔えない酒は初めてだ……………」

酌をしてくれる大型級(トロール)。酒の力を借りて場を乗り切ろうとしてもまるで効果がない。

「そう? 私はもう慣れたよ」

若干遠い眼差しで酒を仰ぐセシルは普段からミクロに振り回されているせいもあってか、その順応能力は知らず知らずのうちに高まって、もう異端児(ゼノス)と普通に談話していた。

「セシル様も、少しずつ常識外れの方に……………」

味方だと思っていた人が知らず知らずの内に変わっていたことに若干落ち込む。

その隣で正座の姿勢を崩さない春姫はがちがちに緊張して卒倒間近である。

「まぁ、少しずつ慣れていけばいいさ」

そんな二人をフォローするように気さくに声をかけるスウラにベルは尋ねた。

「あの、団長達とリド、さん達の関係は…………?」

「友達さ。これ以上にないぐらいに簡単な答えだろ?」

小さく笑みを作り、答えるスウラは言葉を続ける。

「数年前に彼等、異端児(ゼノス)達と出会ってから今の関係さ。団長は彼等を地上の人間と同じように見ている」

既に異端児(ゼノス)達に囲まれているミクロを見据える。

「俺も初めは驚いたし、正直に言えば彼等を拒絶に近い対応をしていた。だけど、団長だけは違った。初見の頃から恐れることもなく彼等と手を交わした」

ギルドからの強制任務(ミッション)によって遭遇することになったあの日の事を懐かし気に思い出す。

「あの時の俺は団長の正気を疑った。この人は何を考えているんだってね。それは向こうも同じだったようだけど」

別の方向に視線を向けるとベルもつられてそちらを見る。

そこには石竜(ガーゴイル)人蜘蛛(アラクネ)一角獣(ユニコーン)の三人の異端児(ゼノス)達が時折こちらを訝しげな視線を向けている。

「あそこにいる彼等を始めは俺達や団長のことを信じてはくれなかったさ。そんなある日に石竜(ガーゴイル)、グロスが団長にこう問いかけたことがあった」

 

『ナラ貴様ハ、我々ト人間、ドチラノ味方ダ!?』

 

しつこくも会話を試みようとするミクロに憤りを覚えたグロスは叫ぶように問いかけた。

ミクロ達以外にも異端児(ゼノス)達に情を恵んだ冒険者や接触した者は少なからずいた。その度にリド達も希望を抱いた。

だが、最終的には誰もが人間の側に立った。

異端児(ゼノス)達を見捨てて、切り捨てた。

だからこの人間(ミクロ)異端児(ゼノス)達を裏切るとグロスは思っていた。

だが―――

 

『俺は両方の味方だ』

 

ミクロははっきりとそう答えを出して言葉を続けた。

 

『俺は絶対にお前達を見捨てたりも、裏切ったりもしない』

『フン! 言葉ダケナライクラデモ言エル! ナラ貴様ハ我々ト人間! ドチラ二モ危険二陥ッタ時、ドチラヲ助ケル!?』

『両方を助けるに決まっている』

当然のようにミクロは言った。

『確かに俺一人ではどちらかを助けるので精一杯かもしれない。だけど、俺には信頼できる家族(ファミリア)やグロス、お前達がいる。お前達が困っているのなら俺達はお前達を絶対に助けるし、俺達が困った時は助けに来てくれると信じてる』

『ソンナ言葉ガ信用デキルモノカ!?』

『今はそれでいい。だけど、これだけは信じてくれ』

ミクロは一拍開けてグロス達、異端児(ゼノス)達に告げる。

『俺は友達を絶対に見捨てない』

異端児(ゼノス)達を友達と告げるミクロはその言葉通りに、何度も異端児(ゼノス)達に危険が及んだ時助けた。

その身を犠牲にしてでも盾となって異端児(ゼノス)達を守り。

その身に多くの傷を負いながらも異端児(ゼノス)達を救った。

彼等を恐れることも、忌避することもなく、ごく自然に当たり前のように接するミクロの行動に人間に非好意的なグロス達も少しずつミクロの事を認めていった。

数年後にグロスは改めて問う。

『何故、貴様ハソコマデシテ我々ヲ守ル?』

『友達を助けるのに理由なんていらない。あってもそれだけで十分だ』

――――友達だから。

そんな理由で当たり前のように自分達を守ってくれるミクロにグロスはもう何も言えなくなった。

「………………………………」

ベルはスウラからミクロ達と異端児(ゼノス)達のこれまでの経緯を聞いて静かに思った。

団長(ミクロ)の背中はどれほどまでに遠いのだろう、と。


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