路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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Three21話

ベル・クラネルは憧憬を抱く人が二人いる。

それは自分達の団長である【覇者】ミクロ・イヤロスと【ロキ・ファミリア】の幹部を務めている【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

この二人に追いつきたい。この二人のように強くなりたいと。

ベルは己の弱さを呪い、悔やみ、ただひたすらに強さを求め続け駆け出してきた。

高みを目指してベルは恐ろしい速さでLv.3まで登り詰めてきた。

だけど、あの二人はどうだ?

アイズ・ヴァレンタインは『深層』の階層主を単独で討伐したLv.6の冒険者。

ミクロ・イヤロスはこの迷宮都市オラリオで二人しかいない最強の冒険者の一人。

全速力で走ってもその背中が見える気がしない。

ベル・クラネルは異端児(ゼノス)達との関係を聞いてそう思ってしまう。

視線をミクロに向ける。

モンスターの姿をしている異端児(ゼノス)達がミクロに向けているのは紛れもない親しみだ。誰一人悪意を持っていない。

団員からも異端児(ゼノス)達からも慕われている。

誰もが認める『英雄』とはミクロ・イヤロスのことを指すのかもしれない。

「………………………………ベル?」

僅かばかりに表情に陰が見えたことに心配そうに顔を覗き込んでくる竜女(ヴィーヴル)にベルは苦笑いを浮かべて「なんでもないよ」と答えた。

「………………………………」

隣に座っているスウラは少し言い過ぎたことに反省する。

ベルは本気で強くなろうとしている。

だけど、ミクロを目標にするにはあまりにも高すぎるのは自身が一番よくわかっているはずだ。

スウラはベルと同じLv.3の冒険者だが、ここまで登り詰めるのに苦労した。

スウラはオラリオの外で狩りで生活していたが、年々と減って行く森の生物に限界を感じて、自身の狩りの腕を活かしてオラリオの冒険者になろうと決意して迷宮都市オラリオへと訪れた。

そして、【アグライア・ファミリア】に入団したと同時にスウラはミクロを見て鼻で笑った。嘲笑したと言ってもいい。

今思えば傲慢な態度を取ってしまった過去の自分に悔やまれるが、あの時はまだ己が如何に矮小の存在だったかを知らなかった。

自分よりも年下な人間(ヒューマン)。それも小柄な体格でとても【ファミリア】を率いる団長には似合わなかった。

あの時は同じ種族であるリューが【ファミリア】の団長になるべきだと、リューに直談判したことさえある。

しかし、その時のリューはスウラに対してこう述べた。

『己の無知を振りまくのは止めた方がいい』

その言葉に怪訝した。いったい何が無知なのかスウラにはわからなかった。

だけど、その意味はミクロと共に生活することで判明した。

ミクロの実力を、その強さも、生き様も何もかもが自分の想像を遥かに上回る存在だと思い知らされた。

なによりも一番堪えたのは才能の差だった。

強くなったと思いきやミクロは自分よりも何倍の速さで距離を離していく。

どれだけ走ってもその背が見えなくなるかのように置いていかれる。

己の自尊心(プライド)を呆気なく壊すかのように。

そうなって初めてリューの言葉の意味が理解できた。

自分は如何に矮小であるかを思い知らされた。

今のベルはまさにその時の過去の自分と似ている。

才能という壁に打ち付けられて、その足を止めようとしている。

それは先輩としてして放っておけない。

「団長!」

不意にスウラに呼ばれて視線を向けるとスウラは微笑を見せながら団長であるミクロに告げる。

「ベルが団長の座を賭けて勝負したいようですよ」

「え…………ッ!?」

「受けて立つ」

「ええっ!?」

なにそれ僕知らない、と言わないばかりに視線を泳がせまくるベルにスウラはベルの背中をぽんと叩く。

「ベル、今の君の気持ちの全てを団長にぶつけるんだ。今は敵わなくてもいい。今はね」

「で、でも、僕なんかが団長に……………………ッ!?」

絶対に敵わない。それぐらい誰もが理解している。

それは勝手なことを言ったスウラもわかっていることだ。

「強くなりたいんだろう? なら、目標の人物がいかに強いかをその身で受けてくるべきだ」

スウラは何度も団長であるミクロに挑んでは返り討ちに会って心をへし折られてきた。

だけど、きっと、ベルなら何かを掴み取ってくれるかもしれないという淡い期待を抱いていないと言えば嘘になる。

「普段俺達を振り回してくれる団長に一泡吹かせてきてくれ」

その期待の中にちょっとだけ私怨も要れていないこともない。

「ベル」

もう臨戦態勢であるミクロはベルを手招きしている。その隻眼には少しだけ燃えている気がしてならない。

お前なんかに団長の座を渡すと思ってんのか? そんな瞳だ。

もうミクロと戦うことは決定事項のようにベルは観念して立ち上がり、ミクロと対峙するように前に立つ。

「いっよっしゃ! やっちまえ、ベル!! ハーレムを形成している団長の顔をボコボコしちまえ!!」

「ベル様! 無理はなさらぬように!」

「頑張れよ!」

「ベル様! 頑張ってください!」

「ベル! お師匠様は体が最硬金属(オリハルコン)並みだからね! 攻撃の手を緩めたら負けるよ!」

咤激励を貰い、ベルは相棒である二振りの片手直剣の『ラパン』と『ルベル』を握りしめる。それに対してミクロは得物を持たず呆然と立っているだけ。

「来い」

その言葉と同時にベルは驀進した。

両手に握る相棒達で斬撃をミクロに叩きつける。

「遅い」

「!?」

しかし、まるでどこから攻撃がくるかわかっているような僅かな身動きでベルの攻撃を躱した。

相手にもされていないかのようにベルは悔しさで歯を噛み締めては全身に力を入れる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッ!!」

怒声を上げながら残像を残すかのような自身が持てる限りの速度を持って何度も得物を振るうにベルに対してもミクロは冷然とした対応でその攻撃を躱していく。

今の自分ではこの人に武器さえも掴ませることが出来ないのか、と己の脆弱さに悔やみ―――ベルは加速した。

片手直剣である『ラパン』と『ルベル』は短剣ぐらいの大きさに形状が変化した。

武器が今のベルにとって最適な大きさへと変化すると、ベルの息をする暇もないぐらいの怒涛の攻めを繰り返す。

そして――――

ミクロはそこで初めて得物を手にする。

「強くなった」

それは紛れもない称賛だった。

「だけど、軽い」

「ガッ!?」

軽装の上から拳撃を受けて吹き飛ばされるベルは壁に激突する。

「ベル。お前は己の殻を打ち破り、冒険して強くなった。だが、お前が目指すべきこの場所はそう簡単に辿り着ける場所ではない」

ミクロが今の場所に辿り着くまで多くの冒険をしてきた。

だけど、それはベルも理解している。

「わかっていますよ! それぐらい! それでも、それでも……………僕は」

その高みに手伸ばしたい。そこに辿り着きたい。

この人のようになりたい。

『英雄』になりたいのだ。

「……………………ベル、舐めるな」

『っ!?』

殺気がこの場を支配した。

ベルだけじゃない。セシル達や異端児(ゼノス)達もミクロの殺気に怯み、怯えている。

「お前は確かに強くなった。恐ろしいほどの速さでLv.3になれたのはお前の努力の賜物だ。だけど、冒険者になって半年も経っていない奴が俺と同じところまで辿り着けると本気で思っているのか?」

ミクロも五年と少しという恐ろしい速さでLv.7まで辿り着いた。

だけど、それまでに数多くの困難を乗り越えきた。

そこで二回も命を落とした。

「俺も冒険者だ。今の場所に満足した覚えはない。お前が悩んでいる間にも俺は更なる強さを手に入れて、どんな敵からでも家族(ファミリア)を、友達を、異端児(ゼノス)達を護る」

ミクロは一拍空けてベルに問う。

「ベル・クラネル、お前に問う。大切なものを守る代わりに何かを切り捨てる覚悟はあるか?」

それは『英雄』の『器』を生まれ持って誕生した少年がその『器』を掴み取ろうと足掻く少年に向けての問い。

残酷な現実のなかで取捨選択に責められた際に決断しなければならない覚悟。

ミクロはアグライアにそして家族(ファミリア)に身命を捧げている。

敵と判断したものは相手が誰であろうと倒す。

「僕は…………………団長やアイズさんのように強くなりたいです」

「ああ」

「でも、その為に何かを切り捨てなければいけないのは嫌です」

「その考えはいずれより多くの人を犠牲にすることになる」

「そうしないように互いを助け合うのが仲間でしょう?」

「現実は常に残酷だ。全てを救える英雄など存在しない」

――――そう、存在しない。

全てを救える英雄が存在するのならミクロは家族を失わずに済んだのだから。

「……………………僕はそうは思わない」

だけど、ベルはそれを否定した。

「どうしてそう言い切れる?」

「おかしいじゃないですか…………? 何かを救う為に何かを切り捨てるなんて英雄じゃない。僕の知っている英雄はどこまでも強くて、聡明で、どんなに手を伸ばしても届かない場所にいる。そんな人が初めから何かを切り捨てる覚悟をするなんておかしいじゃないですか!?」

吠えるベル。

瞠目するミクロ。

「何かを成し遂げようとしてその結果で何かを切り捨てなければいけないことがあることぐらい僕でもわかります!! でも、それは全てを救おうと必死に足掻いてそうなってしまっただけでしょう!? 初めから切り捨てる覚悟を持つなんてそれは英雄じゃない!!」

そうだ。

ミクロもそうだった。

努力し、知恵を巡らせ、対策を取って、全てを救おうと頑張った。

それでも、両手の指の間から零れ落ちることもあった。

大丈夫と思った矢先に母親が死んでいた。

全ての決着が終えて父親は死を望んだ。

だけど、それは結果的にそうなっただけだ。

ミクロは両親を救おうと必死になって頑張った。

「僕は団長のように全てを救える為に頑張れる『英雄』になりたい!」

己の想いを吠えるベル。

背中が燃えるように熱い。

そして、ベルの憧憬に、想いに応えるように相棒達に炎が宿る。

誰もが、突然のその光景に目を奪われた。

『ラパン』は銀色の炎を宿し、『ルベル』は灼熱の赤い炎を宿す。

その光景を目撃したミクロはぼやいた。

「……………………そうか。遂に持ち主を認めたか」

ベル達の武器は生きている。

その想い、願いに応じて強くなるその武器もベルと共に強くなりたいと望んでいる。

「これは……………」

その炎は熱くない。むしろ心地よく感じる。

「ベル・クラネル」

己の武器の変化に目を奪われていたベルは顔を上げてミクロを見る。

ミクロは己の得物を握りしめて、ベルに告げる。

「本気で来い。その結果で万が一に俺に傷をつけられることができたらお前を幹部にしてやる」

唐突に言葉に目を見開くベルは口角を上げて頷く。

「はい! 勝負です! 団長!」

「ああ」

『英雄』になろうとする少年は今、己の憧憬に人に向かって駆け出す。

 


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