路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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Three34話

白亜の巨塔『バベル』三十階。戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦していた神々は口を開けたままただ呆然としていた。

一部は愉悦交じりの笑みを見せる神々もいるがその視線は一つに定められている。

それはミクロが放った『エア』による一撃。

その余りにも逸脱した威力に神々でさえも恐れを抱く中で最初に言葉を放ったのはヘファイストスだ。

「……………………アグライア。彼はなんなの?」

静かにだけどその言葉には警戒を交ぜながらヘファイストスはアグライアに問う。

「貴女の子、【覇王(アルレウス)】が『神秘』の発展アビリティを持っていて魔道具(マジックアイテム)を作製することができることは知っているわ。だけど、あれはもうその域を超えている。それどころか私の子供達が作る武器すらも凌駕している」

ミクロが放ったその一撃を魔剣で同等の威力の物を作れ、と団長である椿に言ったとしても首を横に振るだろう。それは材料や金銭の問題ではなく、鍛冶師(スミス)の腕前として。

「貴女の子の実力や技量を疑っているわけじゃないけど、あんなの個人が使用していい力じゃない。彼がその気になったらこのオラリオでさえ支配することができる。あれはそれほどまでの力だって貴女でも理解しているはずよ」

「…………………何が言いたいのかしら? ヘファイストス」

「………………………………彼は、このオラリオの『王』にでもなるつもりなの?」

紅眼の瞳を細めながら真剣に問いかけるヘファイストスの言葉にこの場にいる神々が唾を呑み込む。

あれほどの力を持つ存在、それ以前にLv.7であるミクロを止められる者がいるとすればそれこそ同じLv.7である【フレイヤ・ファミリア】団長【猛者】オッタルぐらいなものだ。そこに今の力を複数所持しているとすればこの迷宮都市を支配することだって不可能ではない。

緊迫が増す空気の中でアグライアは小さく笑みを浮かべた。

「それはありえないわ。だってミクロはそんなものに一切の興味がないもの」

あっさりとそう口にした。

「ハッキリ言ってあの子は地位も名誉も富すらも興味の欠片すら見せないもの。何が欲しいのかこっちが悩ませるくらいに無欲なのよ。今見せたあれだってきっとただなんとなく作った程度でしょうね」

そんな理由!? とアグライアの言葉に神々の心情は一致した。

「ただ、一つあるとすればこっちまで振り回すほど自由奔放なところね。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)だって事後報告で知ったし…………………私、主神なのに」

深い溜息と共に肩を落とす女神様は我が子に振り回される母親の心境だ。

もう少しだけでもいいから落ち着いて欲しい。それがアグライアがミクロに願うことだ。

だがそれは叶わぬ願いなのは考えるまでもない。

「ヘファイストス。貴女が心配することは何一つないわ。それは主神である私が保証する。仮にそうなったとしてもちゃんとあの子の手綱を握っている子がいるから問題ないわ」

「………………………………そう、それならいいわ」

ヘファイストスは息を吐いて気持ちを落ち着かせて改めて『鏡』に視線を戻す。

そこには見たこともないようなありとあらゆる魔武具(マジックウェポン)で大暴れしているミクロの姿を見て思った。

(【覇王(アルレウス)】の手綱を握っている子ってどんな子なのかしら……………?)

それに疑問を抱く。

 

 

 

 

「フィン。まだまだ行く」

次にミクロが取り出したのは杖なのだが、その形状は見慣れないものだ。

東方に伝わる法師が持つと言われる錫杖をミクロは地面に突き刺し、片手で印を結ぶ。

「喝」

すると、錫杖から四方八方に向けて雷撃が放たれる。

「ぐっ!」

無差別に放たれた雷撃の一撃がフィンに当たるも流石と言うべきか、無差別に放たれて軌道も予測も不可能な攻撃から直撃は避けた。

「次はこれ」

次にミクロは帯革(ベルト)を装備するとミクロの頭から獣耳と腰からは尻尾が生える。

「獣人化、かい?」

「正解」

突貫するミクロ。獣人の特徴も含まれているのかその動きは機敏。フィンの視力でさえも捉えきれるのが難しい程に今のミクロは素早く、ミクロの両指の鋭い爪によってその身を切り刻まれる。

「ハッ!」

槍を振るうもミクロは容易に回避。再び距離を取って今度は異形な形をした像が出てきた。背中に片翼。頭部は一本の角。目のようなものはなく口と思われるものがある不気味な像だった。

「叫べ『ウルリャフト』」

『ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「!?」

フィンは咄嗟に両手で耳を閉じた。

しかし、それでも多少凌げたぐらいで激しい頭痛がフィンを襲う。

ミクロが作製した『ウルリャフト』は怪音波を造り出す。その怪音波を聞いた者はモンスターだろうが人だろうが叫びたくなるほどの頭痛が襲ってくる。

耳を閉ざしているフィンでさえ顔を歪ませるほど頭痛が酷い。

「避けてね?」

『プギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッッ!!』

続けて哄笑する人の顔をした巨大な火の玉。それをフィンに向けて投擲。

そして大爆発。

「が、は………………」

その爆発に直撃して爆風に身を任せるままに飛び、地面に何度も跳ねる。

「ぐぅ………………」

槍を杖代わりに起き上がるフィンにミクロはフィンが構えるのをじっと待っている。

フィンは既に満身創痍。だけど、ここで無様に倒れるわけにはいかなかった。

一族の再興の為、一つの【ファミリア】の団長として倒れるわけにはいかない。

「まだ、戦う?」

「………………………………ああ、ここで倒れるわけにはいかないからね」

再度槍を構えるフィンの頬に汗が垂れる。

ミクロが強いのはわかっていた。だからこそそのミクロに勝利すればより多くの名声を手に入れ、一族の奮起させてフィアナに代わる希望となる為に。

しかし、いくら勝利を掴む為に足掻いても現実は非情。

ミクロの左腕が突然に大きく膨れ上がって獣毛が生える。

「大地を抉れ『ソル・エダフォス』」

ぐわん、と獣の巨椀が何かを掴むように回す。すると、地響きが起こる。

地割れが起き、平らだった地面が隆起する。

「地殻さえも変えるというのか、君は………………!?」

たった一つの挙動でこの一帯の地殻を変えたミクロにもはや驚きを通り越して感心する。

だけどこれは好都合。

隆起した地面がフィンの身を隠し、防御の役割も果たしてくれる。

『エア』のような強力な攻撃ならともかく並大抵の攻撃ならこれで防ぐことができる。

しかし、その考えは甘かった。

左腕を元に戻したミクロが次に取り出したのは漆黒の曲刀。それを薙ぎ払う。

そしたら斬撃がその曲刀から放たれる。

隆起した地面を斬り裂きながら向かってくるその斬撃を身を低くしてやり過ごす。

たった一撃で隆起した地面を斬り裂いた。

「ハハ………………もうなんでもありだね」

思わず笑ってしまった。いや、笑うしかなかった。滅茶苦茶もいいところだ。

前の遠征で戦った『精霊の分身(デミ・スピリット)』の方がまだ戦う気力が湧く。

最早ミクロ・イヤロスという人間(ヒューマン)は完全に常識を逸脱した存在だ。

「………………………………ミクロ・イヤロス。君はそれだけの魔道具(マジックアイテム)を作り上げてどうするつもりだい? 都市最強の称号でも手に入れる気でいるのか? それともダンジョンの完全攻略か?」

数多の強力無慈悲な魔道具(マジックアイテム)を見て尋ねるフィンにミクロは首を横に振る。

「俺はそんなの興味ない。ただなんとなく作ってみただけ」

主神の言葉に違わぬ理由を述べる。

「五年と少し前、俺には何もなかった。夢も希望も帰る場所さえもない薄暗い路地裏が俺にとっての世界だった。その世界で俺は今日を生きる為に必死で明日のことを考える余裕なんか欠片もなかった。けど、今は違う」

「アグライアが俺に光をくれた。生きる希望を与えてくれた。それから俺は色んなことを経験して気が付いたら沢山の家族(ファミリア)ができた。夢も持てるようになれた」

「夢……………………?」

「この空の上に都市を築く。世界中を巡る都市、天空都市。それを創るのが俺の夢」

その壮大な夢を聞いてフィンは目を見開く。

「……………………それはただの夢物語に過ぎない。実現不可能な理想だ」

「その理想を実現させる。不可能だろうと非現実的だろうと俺はその夢を、理想をこの手で創り上げる」

しかしミクロは言い切った。

フィンが決して口にしない『理想』という言葉をミクロは口にした。

それはフィンが置き去りにして、失ってきたものだ。

冷徹なまでに現実を直視し、秤にかけて沢山のものを切り捨ててきた。

大人になった。世界を知った。聞こえはいいが、世界そのものを受け入れ、敗北した。

間違ってはいない。自分は正しい。確信がある。

ただフィンにとって(ミクロ)は眩しく見えてしまう。

いや、だからこその『英雄』なのかもしれない。

「光がない世界にいたから俺はフィンがしていることは凄いことだと思ってる」

「え…………………?」

それはフィンにとってあまりにも意外な言葉だった。

小人族(パルゥム)の間で信仰されていた架空の女神『フィアナ』。そのフィアナに代わって一族の光になろうとしているフィンの事を俺は心から尊敬している。それがどれだけ救われるか、生きる希望になるかを俺は知っているから」

かつて自分を救ってくれたアグライア。アグライアに救われたからこそミクロはフィンの野望がどれだけの小人族(パルゥム)の救いになっているかわかる。

「俺のいる【アグライア・ファミリア】に所属している小人族(パルゥム)、パルフェ達もフィンの活躍のおかげで冒険者になる勇気が持てたってよく聞く。だから自分達も【勇者(ブレイバー)】に負けない冒険者になるって毎日必死に鍛錬を積んでいる」

その言葉一つ一つにフィンの心に温かい気持ちが溢れてくる。

「だから俺は断言できる。フィン・ディムナ、【勇者(ブレイバー)】は正真正銘『一族の英雄』だ。それを否定する奴は俺が許さない」

告げるその言葉にフィンは思わず笑みを溢す。

「はは………………【覇王(アルレウス)】のお墨付きとはね。それは心強い」

「当然」

フィンは自分自身『人工の英雄』、『奸雄』と認識していた。ところがどうだ?

本物の英雄だと疑わなかった人からお前は英雄だと言われてこれほどまでに胸が熱くなるほど嬉しく思える。

これまでの道のりは決して間違いではなかった。フィンはそう確信が持てた。

「むしろフィンはそれさえも超えると思うから俺も負けられない」

「まったく、無茶を言ってくれる」

英雄として認められてくれただけでもこれ以上にないことなのにそれを超えるなんていう勝手な無茶ぶりに苦笑いを浮かべる。

(けど、確かに君の言う通りかもしれない)

フィンは次代の『フィアナ』になるために邁進してきた。偉大な先人に代わる小人族(パルゥム)の『光』となる為に。

だが、『フィアナ』では駄目だった。一族は拠り処を失い、古代以前より落ちぶれていた。だからミクロ・イヤロスの言う通り『一族の英雄』を越えなければならないのかもしれない。

ならばフィンも、一皮剥けよう。殻を破ろう。

その為にはまず眼前にいる『英雄(ミクロ)』を倒すところから始めよう。

「………………………………」

フィンの表情が変わった。それを察したミクロは『アヴニール』を取り出す。

「付き合って貰うよ、ミクロ」

「負けない」

子供のように笑うフィンに対してミクロは一切の油断も慢心もしない。

「【駆け翔べ】」

詠唱を口にしてミクロは白緑色の風を纏う。

「【フルフォース】」

魔法を発動させて突貫する。

 


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