路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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Three42話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の終盤(エンドゲーム)を迎えた頃、セシルは師であるミクロから授かったミクロの最高傑作である大双刃『レシウス』がセシルの想いに応えるようにその形状を変えた。

深い闇を連想させる常闇の大剣。それはセシルの身の丈に合わない程に大きな大剣。二(メドル)は超えるその剣を前にガレスは己の武器である大戦斧を拾う。

それは危機感。あの武器は素手で防ぐのはまずいという『経験』によって培った勘がそう訴えたから。

そして警戒。何かあるかわからない未知に対する警戒。

先ほどまでは敵派閥とはいえ、第一級冒険者であるガレスに挑んでくる若者達にガレスはその根性を褒め、ある程度は手を抜いていた。それは自身の力の強さを理解しているが故に再起不能にしない為の手加減でもあったが、もうそれはできないかもしれない。

先ほどまで浮かべていた好々爺の笑みはない。今のガレスは一人の戦士としての顔となる。

「行きます」

「こい、ひよっこ」

構えるセシルにガレスは応える。

そしてセシルは駆ける。

「ぬっ!?」

自身に向かってくるその動きは先ほどまではまるで違う。一瞬だけとはいえ、第一級冒険者のガレスに速いとそう思わせるほどの速力でセシルはガレスと衝突する。

大剣と大戦斧の衝突。

互いに重量ある武器の衝突は轟音を響かせ、膨大な火花を散らし合う。

「むぅ!」

衝突の際、防御したガレスの眉根が寄った。

その一撃はガレスが想定していた以上に重い一撃だった。だがその一撃で止まるセシルではない。

「ぁぁああああああああああああああああああッッ!!」

哮ける。

腹の底から自分の全てをぶつけるかのように一撃、二撃、三撃、止まらぬセシルの猛攻が始まった。

一撃一撃の衝突音が衝撃が周囲に轟き、響き渡る。

重々しく力強い、力と力の衝突。

大剣と大戦斧の衝突音が連続する度に盛大では足りないほどの火花が舞い散り、力の衝突が大地を震わせる。

「すげぇ……」

その戦場にいるヴェルフは思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

技でも駆け引きでもない。力と力の衝突に思わず魅入られてしまいそうになってしまう。

だが。

(あんなのいつまでも持つわけがねぇ……ッ!)

ヴェルフは気付いた。

一見すれば互角のように戦えているように見えるもそうではない。ガレスはセシルの猛攻を完璧に防ぎつつもセシルの持つ武器がどのような力を有しているのか見極めようとしている。

ガレスがその気になればセシルの猛攻など力づくで簡単に打ち崩すことができる。それをしないのはセシルの持つ武器に警戒しているから。だから今は防御を優先しているだけに過ぎない。

第二級冒険者と第一級冒険者

Lv.3とLv.6とでは隔絶した実力差の前には己の全てを賭してもなお足りない。

セシルもそれは嫌というほど自覚している。

けれど前へ、更に前へセシルはその一歩を踏み出し、大剣を振り下ろす。

「もっと、もっと!!」

「また、重くなりおったか!!」

衝突する度に強く、否、重くなっていくセシルの武器にガレスは剛毅な笑みを浮かべる。

師であるミクロより授かった『レシウス』はベルの持つ二振りの片手直剣『ラパン』と『ルベル』のように炎を宿してはいない。『レシウス』の能力は重力操作。

セシル自身と武器の重量を自在に操作することができる。それによってセシルは己の重量を軽くし、早く動くことができるし、攻撃の瞬間に武器の重さを増やすことで攻撃力を底上げしている。

セシル自身と武器にしかその効果は得られないが、セシルの意志次第でどこまでも軽くすることもできるし、重くすることも出来る。

それによってセシルは武器を重くしてガレスに攻撃し続けている。それも武器の重さを加算させながら。

それでもまだ足りないかのようにセシルはもっと強く、重く、強烈な剛撃をガレスに放ち続ける。

(手が痛い……ぶつかるたびに手の骨が砕けそうになる)

圧倒的『力』の体現者。オラリオ一、二を争う『力』と『耐久』の持ち主相手との衝突はその身に直接受けなくても武器同士の衝突だけで確実な損傷(ダメージ)を受けてしまう。

セシルの一方的な攻撃? 違う、今この段階でも損傷(ダメージ)を受けているのはセシル本人。武器を握りしめるその手は衝突の度に痛みを走らせる。

超硬金属(アダマンタイト)を殴り続けているような痛みがセシルを襲う。

だけどセシルは力強く己の武器を握りしめる。

(それがなに? そんなことで立ち止まっていいわけがない!!)

痛み? そんなものは慣れた。

だから無視できる。

手の骨が砕けたのなら無理矢理にでも握りしめればいい。

「私、私はッ!!」

脳裏に過るは自身の師。

その強さに憧れた。魅入られた。私もああなりたいと思った。

感情が、衝動が、憧憬がセシルを突き動かす。

才能だけで言うのであればセシルはミクロの足元にも及ばない。『英雄』の『器』に成れるかと問われれば多くの者は首を横に振るかもしれないだろう。

だけどセシルにとってはそんなことはどうでもいい。

「負けないッ!! もっと、今よりも強く、前へ!!」

ただ強く、今よりも強くなる為にセシルの歩みは止まらない。着実にその一歩を踏みしめていく。

それは兎のような跳躍ではない。

もっと泥臭く、地味で、一歩踏み出すだけでとてつもない苦痛と苦汁をなめるものになる艱難辛苦の道のりかもしれない。

それでもセシルは突き進む。

一歩でも多くその背に、憧憬(ミクロ)に追いつく為に。

「ぬかしよる」

そんな少女の叫びガレスは笑った。

熱き憧憬(おもい)を口にするガレスの闘志に火がつく。

ガレスの半分も生きていないような種族も性別も違う格下の少女の言葉にガレスはセシルの攻撃を弾き、叫ぶ。

「ならば証明してみせろ! お主の全てを儂が受け止めてやるわい!!」

それは強者からそして一人の戦士からの挑発。

自らを『壁』として少女の猛攻を受け切ってやるというその挑発にセシルは己の武器で応えた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

セシルの猛攻。

ガレスはその攻撃を防ぎはするも避けようとはしない。宣言通り、全て受け止めようとしている。

戦場で衝突する武器の激しい旋律。

突き進む不屈の少女の戦歌。

その全てを一身に受け止めるドワーフの大戦士。

少女の戦歌に一人の男が叫んだ。

「お前等起きろ!! いつまでも寝てないでさっさと立ち上がりやがれ!!」

ヴェルフは叫ぶ。今も地に横たわる仲間(ファミリア)達に。

「お前等には聞こえねえのか!? この音が、今もなお突き進もうとするあいつの声が!! 聞こえてんなら根性みせやがれ!!」

己一人だけではセシルの助けにはならない。

ヴェルフはそれが嫌というほどわかっている。わかっているからこそ己の不甲斐無さを声に変えて腹の底から今も眠り続けている仲間にその声を届ける。

すると。

「うるせぇ……言われなくても起きてる」

「ああ、起き上がろうとしていたとこだ」

「そこまで言われて寝ていられるような腑抜けになった覚えはないねぇ」

一人また一人と、ガレスによって倒された者達は起き上がる。

突き進む一人の少女の不屈の戦歌、一人の男の不甲斐無い叫びに足に力を入れ、互いに手を取り合い、武器を杖代わりにして立ち上がっていく。

「後輩が頑張ってんだ。先輩として情けねえ姿をいつまでも晒せねぇ」

「負けられねぇ、負けられねえんだよ。俺達だって」

「まだ、まだだ……まだ戦える」

その瞳に再び戦意が宿る。

【アグライア・ファミリア】で団員達を導いているのは紛れもなくミクロだ。だが、下級冒険者、下の者を励まし、持ち上げているのは他の誰でもない【覇王(アルレウス)】の弟子。

努力し続ける姿が、戦い続けるその闘志が、折れないその不屈の心が弱き者達を立ち上がらせる。

それは誰もが認める強者(ミクロ)にはできないこと。

才能も素質もどこまでも平凡、悪く言えば強者になれない凡人。しかし凡人だからこそその突き進む姿、走り続けるその背は弱者の心を震わせる。

まだ、と身体に力を入れさせ止めていた足を再び前へ動かせる。

平たく言えば当てられたのだ。

自分より年下の少女の姿に。

「よしッ!」

ヴェルフも魔剣を構える。

再びその瞳に戦意を宿らせ、武器を強く握りしめる【アグライア・ファミリア】の団員達。この場に【重傑(エルガルム)】と互角に戦えるような第一級冒険者はいない。殆どが第三級、第二級冒険者ばかりだが、それでも彼等は再び第一級冒険者に挑む。

「魔法が使える奴は詠唱しろ! それ以外の奴は意地と根性で【重傑(エルガルム)】に突っ込め!!」

「セシルに、後輩にこれ以上情けねえ姿を見せるんじゃねえ!!」

「先輩の意地を出しやがれぇ!!」

雄叫びを上げ、果敢に挑む。

「み、みんな!?」

「大丈夫だ、セシル。俺達だって――」

「フンッ」

『ぎゃああああああああああああああああああああああ!!』

しかし、吹き飛ばされる。

グえっ!? と潰れた蛙のような声を出しながら地面に叩き付けられるも立ち上がってまたも突撃する。不屈の少女のように己の身体を前へ突き動かす。

『うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

傷だらけで痣だらけ。鼻血を垂らし、瞳に薄っすらと涙を溜め込みながら恐怖を振るい落とすかのようにみっともなく叫びながら策もなく無謀に特攻する彼等は愚者かもしれない。

一度は破れ、地に這いつくばっていた癖に、と思う者もいるかもしれない。

それでも彼等は冒険者。

惨めでも、みっともなくても、諦めの悪さだけは一級品だ。

それを知っているからこそガレスはそんな彼等を嗤わないし、軽蔑もしない。

ガレスもまた一人の冒険者としてその力をもって彼等を吹き飛ばす。

「セシル下がれ!! 『氷鷹(ひよう)』!」

ヴェルフの氷の魔剣。その他魔法もガレスに直撃する。

それでも【重傑(エルガルム)】は倒れない。その膝を地につけない。

団長(ばけもの)かよッ!!」

「安心しろ! 団長(べつじげん)ほどじゃない筈だ!」

「そうだ! 団長(りふじん)じゃない!」

「攻撃が通じていないわけじゃないんだ! なら色々おかしい団長(かいぶつ)じゃねえ!」

「……」

自身の師について色々言われているが、セシルは団員達と似たような感想なので黙って聞き流した。

ただでさえ頑丈じゃ足りない肉体に毒どころか炎も雷も通用しないミクロに比べたらまだガレスの方が常識的だったとはセシルは口が裂けても言えない。

「セシル、まだ戦えるかい?」

「もちろん!」

ガレスに倒され、意識が飛んでいたアイシャもまたセシルによって立ち上がった者の一人。大朴刀を手にセシルに声をかける。セシルもまた自分は戦えると告げる。

「上等ッ! 今度こそ【重傑(エルガルム)】をブッ倒すよ!」

「はい!」

セシルはアイシャと共に駆ける。

一度は打ち破られた連携。しかし今度は違う。ガレスが相手にしているのは二人だけでない。セシルに続く多くの仲間達と共に強者(ガレス)にくらいつく。

それぞれの欠点を補い、庇いながらガレスと戦うセシル達。

「まったく少しは年寄りを労わらんか」

それでもガレスは揺るがない。

セシル達が弱いのではない。それだけにガレスが強過ぎるのだ。

身近に第一級冒険者がいる分、忘れがちになるがこれがオラリオでも一握りしかいない第一級冒険者。

力も強さも実力も何もかもが違い過ぎる。

意地と根性で立ち上がり、向かって行くだけでは決して勝てない。

(一回、一回だけでいい! 何か方法を……ッ!)

思考を働かせる。

ガレスを倒す為の方法を、勝利する為の策を模索する。

(お師匠様なら、どうする……ッ!)

ミクロなら何かしらの策を思いつくかもしれない。けれどセシルにはそれがない。

これまで培ってきた努力と経験によって答えを導き出さなければいけない。

「あ……」

セシルは見つけた。

ガレスを倒すことができるその方法を。

可能性は限りなく低い。だけどゼロではない。それならばやらない手はない。

「アイシャさん! 下がって!」

「何言って――」

「私を信じて!」

「チッ」

セシルの言葉にアイシャは舌打ちしながら大きく後退した。

「ヴェルフ! 風!」

「――おう!」

風、その言葉にヴェルフはすぐに気付いた。氷の魔剣を捨てもう一つの魔剣を振り下ろす。

「『風武』!」

翡翠色に輝く刀から解き放たれるのは凄まじい颶風。

斬撃(カマイタチ)も発生しない純粋な強風の砲撃は『氷鷹(ひよう)』と違って殺傷能力を抑えた風の魔剣。ヴェルフはセシルを巻き込む形でガレスに向けて放った。

「何して――」

味方(セシル)を巻き込むような攻撃に非難の近い眼差しをヴェルフに向けるも――

「【駆け翔べ】!」

すぐに彼等の視線はセシルに戻される。

「【フルフォース】!」

セシルは魔法を発動する。

師であるミクロの魔法。白緑色の風をその身に纏う。

「全開放」

全ての精神力(マインド)を消費させて最大出力を発揮する。

「――――っ」

初めて全力を発揮するミクロの魔法にセシルの身体にその反動が襲う。

全身が引き裂かれるような激痛が走り、あまりの痛さに意識が飛びそうになるもセシルはそれを歯を食いしばって耐える。

「……無茶をしよう」

アイズと似たような魔法。それならば身体にかかる負荷もどれほどのものかわかる。それでも強者に勝つ為に耐えて向かってくる少女にガレスは剛毅な笑みを見せる。

「それで儂を倒せると思ったか!」

重量なら大双刃(ウルガ)にも匹敵する大戦斧。ガレスの主武装《グランドアックス》を振るうガレスに向けてセシルは笑った。

「思ってませんよ。でもこれなら――」

その光景にガレスだけでない、セシルを除いた誰もが目を見開くその表情は驚愕に染まる。

セシルはヴェルフが放った強風の砲撃を魔法にかけ合わせた。

魔剣と魔法の融合。

それはかつての遠征。59階層で『穢れた精霊』、『精霊の分身(デミ・スピリット)』との戦闘の際に見たミクロとアイズの魔法の合体技。それならば同系統なら魔剣でも同じことができるかもしれない。

無論、失敗する可能性もあった。吹き飛ぶだけの結果に終わっていたかもしれない。

それでもセシルはその可能性を掴み取った。

単体の攻撃が通用しないのならかけ合わせればいい。魔法×魔剣の合体技。

白緑色の風は暴嵐の如く荒れ狂い、近くにいる団員達はその余波だけで吹き飛ばされてそれ以外は剣を地面に突き刺して辛うじて吹き飛ばされないように耐えている。

「いける!」

セシルが今出せる最大最強の一撃。それを第一級冒険者【重傑(エルガルム)】に叩き付ける。

「温いわぁあああああああああああああああああああああッ!!」

ガレスはその暴嵐を真正面から受ける。

剛音が炸裂する。

衝突と同時に破裂する暴嵐が波濤の如く凄まじい勢いで轟く。気を抜けばどこまでも吹き飛ばされてしまいそうな突風に全身に力を入れて耐えるヴェルフ達。

「どうなったッ!?」

視界を遮るほどに舞う砂煙。どちらが勝ったのかヴェルフ達にはわからない。

時間が経つにつれて砂煙も晴れていき、視界を遮るものがなくなったヴェルフ達が目撃したのは互いの武器を交差しながら立っているセシルとガレス。両者共に健在。

あれほどの攻撃を真正面から受け切ったガレスにヴェルフはふざけろッ! と言いたかったが、セシルがまだ健在なら戦える。アイシャや他の団員達もまだ戦意は折れていない。

戦える。

誰もがそう思い、臨戦態勢に入る。

――だが。

セシルの身体がゆっくりと傾き、地面に倒れる。

「……は?」

地面に倒れ、横たわるセシル。

誰もが啞然とする中でガレスは髭を撫でる。

「見事」

それは最後の最後まで己を賭け、死力を尽くして強者(ガレス)を倒そうとした少女に向けての惜しみない称賛だった。

(最後の最後まで本気で儂を倒そうと挑んでくるとは……本当に面白い娘じゃのぅ)

その時、大鐘が鳴り響いた。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』終了の合図。その鐘の音を聞いてガレスは頬を掻く。

「やれやれ……これはどうなったかわからんわい」

今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の戦闘形式(カテゴリー)旗取り合戦(スクランブル・フラッグ)。敵派閥の団旗をより多く破壊した方が勝ちだ。

しかしガレスはずっとこの場に縫い付けられていた為に一本も団旗を破壊できずに終わった。戦いに熱くなっていた為に時間を気にしていなかった。

「アイズ達はどうなったかのぅ」

結果を気にしながらひとまずは気を失っているセシルを背負ってヴェルフ達と一緒に治療する為の拠点に向かう。


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