路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

25 / 202
第二十五話

自身の望みを知る為に『ヴィーヴル』を討伐したミクロの前に現れたのは道化師エンブレムを掲げる都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】。

【フレイヤ・ファミリア】と並ぶ二大派閥の一角であり、その団長を務めている【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナと対面する。

「ここではなんだ。取りあえずは18階層までついて来てはくれないか?」

その言葉に同意するように頷く。

どこからモンスターが出てくるかわからない今の場所より安全階層(セーフティポイント)である18階層で話をすることに反対する意見もなかった。

フィンの後を追うようについて行くミクロの先には多くの視線があった。

片目を瞑り観察するように見る【九魔姫(ナイン・ヘル)】。

荒れ果てた食糧庫(パントリー)を見て静かに髭を撫でる【重傑(エルガルム)】。

最大派閥の冒険者達に見られながら同行していると一人のアマゾネスが歩み寄ってきた。

「ねーねー、あそこにいたモンスターってなんだったの?」

「『ヴィーヴル』」

「嘘っ!?『ヴィーヴル』を一人で倒したの!?どうやって倒したの!?」

「頑張って倒した」

爛漫の笑みを絶やさず話しかけてくるアマゾネスにミクロはいつものように答えていると別のアマゾネスが歩み寄って来た。

「ティオナ。まだ『遠征』中よ。話は18階層に戻ってからにしなさい」

「え~、だって気になるじゃん!ティオネだってそうでしょう?」

顔立ちが似ている二人のアマゾネスにミクロは尋ねた。

「双子?」

「ええ、私は姉のティオネよ。それでこっちは妹のティオナ」

「よろしくね!」

「よろしく」

双子の冒険者ティオネとティオナに挨拶した。

そしてティオネの話を聞いてどうして【ロキ・ファミリア】が19階層にいるか理解した。

『遠征』の帰りに『ヴィーヴル』の叫び声でも聞こえて確かめる為に食糧庫(パントリー)までやってきたのだろうと推測した。

帰還中に襲いかかってくるモンスターを見ては会話を止めて跳び出していく二人。

更には狼人(ウェアウルフ)と同じ人間(ヒューマン)の金髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタインまでも跳び出して瞬く間にモンスターを撃退していく。

ティオネやティオナも同様に狼人(ウェアウルフ)も自分と同じぐらいのLv.だと気づいた。

そして、アイズは自分より上のLv.4。

勇者(ブレイバー)】達だけではなくティオナ達も相当の実力者だと判明できた。

改めて【ロキ・ファミリア】の実力は本物だと理解した。

そして思った。

これだけの実力を目の当たりにしても妬みも嫉妬もない。

自身の無力さも感じない。

ただ噂通りの強さという認識しかできなかった。

自分自身は本当に何もない空っぽの存在なんだなと思った。

与えてくれたものに甘えて自分自身は何もしていなかった。

その考えすらもなかった。

俺の望みはなんだろうかとぼやきながら18階層に到着したミクロと【ロキ・ファミリア】一団はそこで休憩を取り、その間にフィンはミクロに声をかけて事情を聞いた。

『ヴィーヴル』がいたことと、討伐したこと。

それら全てを話した。

「そうか、よく単独(ソロ)で『ヴィーヴル』を討伐したものだ」

「運が良かった。次は無理」

称賛の言葉に対して謙虚ではない本当のことを言うミクロ。

死んでもおかしくはなかった激戦に勝ち残れたのは本当に運が良かっただけ。

次も同じように勝てる気はしなかった。

「俺からも一つ聞きたい」

「なんだい?答えてくれたんだ。こちらも出来る限りの質問には答えるつもりだよ」

「お前は何故戦う?」

ミクロはそう問いかけた。

【ロキ・ファミリア】の団長を務めているフィン。

そこまで上り詰めるにはそれ相応の何かがあるのではないかと踏んだミクロはそう問いかけた。

何を望んで都市最大派閥まで上り詰めたのか。

何の為にダンジョンに身を投じて戦っているのか。

何を欲してそこまでするのか。

主神であるアグライアには誰かと相談することは禁止されているが、問答なら問題ない。

自身の望みを、その答えを知る為にミクロは【勇者(ブレイバー)】に問いかけた。

「ミクロ・イヤロス。君は『フィアナ』という女神を知っているかい?」

その言葉に首を縦に振る。

小人族(パルゥム)の間で深く信仰されていた架空の女神『フィアナ』。

『古代』の英雄達、精強かつ誇り高い小人族(パルゥム)の騎士団、それが擬神化した存在。

だが、下界に降りてきた神々の中には『フィアナ』は存在しなかった。

それにより心の拠り所を失った小人族(パルゥム)は加速的に落ちぶれて現在に至る。

前に同じ【ファミリア】のパルフェが話していたことをそのままフィンに告げた。

「今も落ちぶれている小人族(パルゥム)には光が必要だ。女神(フィアナ)信仰に代わる、新たな一族の希望が」

「そのために戦うのか?」

「ああ、ここではまだ終われない。何が待ち受けていようと、僕は先へ進む」

その為に冒険者になったと告げるフィン。

壮大な野望を持っているフィンの言葉を聞いたミクロはその気持ちが何となくではあったが理解出来た。

何故なら自分はその光に助けられたからだ。

アグライアという光のおかげでこうしていられる。

だからこそわかるのかもしれない。

フィンの野望がどれだけ大きいものなのかを。

「ミクロ・イヤロス。君が何に悩んでいるかはわからないけど、一度原点に戻ってみたらどうだい?何かを知ることがあるかもしれない」

「原点?」

「ああ、きっと何かわかるはずだ」

「………」

思案するミクロを見てフィンは微笑を浮かべた。

感情が乏しいところはアイズに似ているせいか、少しお節介を焼いてしまったかな?と内心で苦笑を浮かべているとミクロは踵を返して歩き出す。

「ありがとう」

「ああ」

軽く頭を下げて礼を言ってミクロは【ロキ・ファミリア】から離れて地上を目指す。

自分の始まりであったあの薄暗い路地裏に自分の求める答えを見つける為に。

中層、上層、地上に戻って来たミクロは早速自分が生活していた路地裏に足を運ぶ。

今住んでいる本拠(ホーム)より長く生活していたその路地裏はどこも変わることなく薄暗く、汚い。

ゴミを漁って腐りかけた物を食べては今日を生き、寝る時は身を丸めて夜風に震えながら眠りについた。

冒険者に痛めつけられながらそんな生活を送り、今日を生きて来ていた。

明日の事なんか考える余裕なんてなかった。

何の価値も意味もない過去を思い出すだけ無駄だった。

今を生きなければいけなかった。

そうしなければ生きてはいけなかった。

今を生きることで一生懸命だった。

生きることを考えるだけで精一杯だった。

それ以外の事なんて考えたことなんてなかった。

「ああ、そうか……だから俺には望みがないんだ………」

納得した。

フィンの言葉に従って自分には望みがないことを知ることが出来た。

何故なら今を生きることしか望めなかったからだ。

路地裏での生活で生きることしか考えてこなかった自分に生きる以外の望みなんてあるわけがない。

生きていればそれだけで良かった。

強いて言えば生きることが望み。

それだけだった。

何も望んでいないのは今を生きることしか考えてこなかったから。

今を生きる為にもがいた。

今を生きることが自分の欲しているものだった。

今を生きる事。それだけしかわからなかった。

いくら与えられてもそれが自分の欲しいものかどうかさえわからなかった。

答えは見つかった。

だけど、本当にそれでいいのかと思ってしまう自分もいる。

路地裏を歩きながら取りあえずは本拠(ホーム)に帰ろうと足を進めるミクロ。

「あ、団長!」

路地裏を出て大通りを歩いていると同じ【ファミリア】のフールとスィーラと出会った。

「お話は伺いました。【ディアンケヒト・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)をなさるのですね」

スィーラの言葉に首を縦に振る。

「心配ない。お前達に迷惑はかけない」

負けても自分の負担が増えるだけで団員である二人には負担は掛からない。

不意に視線を下げると二人は紙袋を持っていることに気付いた。

「買い物?」

「え、あ、そうです!今日で四階層まで行けたのでそのお祝いに!ねぇ、スィーラ」

「ええ、その通りです」

二人組でダンジョン探索をしているフールとスィーラ。

前衛でフールが敵を足止めしてスィーラの魔法で仕留める。

バランスがいい組み合わせで探索しているのだなと思った。

「団長もダンジョンに行ってたのですか?」

「19階層まで」

「お一人で、ですか?」

頷くミクロに二人は目を見開き、フールはがくりと肩を落とす。

「アハハ……やっぱりすごいな、団長は」

「ですね」

サポーターとしてついて行ったことのある二人はそこまでたどり着くのにどれだけ頑張ればいいのかと力なく笑った。

「どうして団長はそんなに強いんですか?」

「私も聞きたいです。ぜひともご助言を」

「日々の鍛錬と模擬戦」

リューと出会ってからほぼ毎日それを繰り返していたからそれ意外の答えようがなかった。

「うぅ、やっぱりそうなのかな?」

「そのようですね。私達も見習わなければ」

息を吐くフールにミクロの言葉を真剣に捉えるスィーラ。

「二人は仲がいいな」

その言葉に二人は苦笑を浮かべながら言った。

「団長と副団長ほどではありませんって!」

「ええ、副団長とは同じエルフの同胞ですからお二人の仲の良さがよくわかります」

誇り高いエルフは己が認めた者以外の肌の接触を嫌う。

だからこそ、ミクロとリューの距離感がよくわかる。

だけどスィーラはそれ以上のことを口にするのは無粋と判断した。

「………」

ミクロは思った。

フールとスィーラは仲がいいと思った。

だけど、二人は自分とリューの方が仲がいいと言った。

「あ、そっか」

唐突に尚且つ自然にミクロは気付いた。

「あげる」

「え、きゃ!?」

放り投げる亜麻色の袋を反射的にキャッチしたフールだがその重さに思わず悲鳴を上げてしまう。

「好きに使っていい」

言いたいことを言って走り出すミクロを呆然と見送る二人は何を渡したのかと中を覗くと袋の中にはぎっしりと金貨が入っていた。

「これ、どうしよう……?」

「どうしましょう……」

数十万ヴァリスは余裕で入っている金貨を見て二人は頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグライア」

「ああ、ミクロ。ちょうどよかったゲームの開催日が……どうしたの?」

表情はいつもと変わらないが雰囲気がいつもと違うことに気付いたアグライアは尋ねるとミクロは答えた。

「俺はアグライアと出会うまでずっと一人で今を生きていた」

薄暗い路地裏でたった一人で生きてきた。

だけど、アグライアと出会って【ファミリア】を作って変われた。

「今の俺にはリューや【ファミリア】の仲間達がいる。もう一人じゃないことに気が付いた」

今を生きることしかわからなかった。

だけど、今は生きること以外にもこうして考え、悩んだりすることが出来るようになった。

それは【ファミリア】が仲間が出来たからだ。

「俺は【ファミリア】の仲間と共に今を生きて行きたい。これからも、この先もずっと。それが俺の望み」

昔の自分では思いつきもしなかったその答えに辿り着いたミクロ。

多くの仲間と出会ったからこそたどり着くことのできた初めての望み。

その答えを聞いたアグライアは優しく微笑みミクロを抱きしめた。

「ええ、ならその望みを大切にしなさい。そしていつかは貴方自身が幸せを掴み取るのよ」

「わかった」

子の成長に感極まったアグライアの頬から一筋に涙が流れるがすぐに笑みを浮かばせる。

「三日後に行われる戦争遊戯(ウォーゲーム)必ず勝ちなさい。貴方なら必ず勝てると信じているわ」

「わかった」

三日後に行われるようになった【ディアンケヒト・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)

ミクロなら必ず勝つと信じて【ステイタス】を更新した。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.3

力:H101

耐久:G232

器用:G267

敏捷:G265

魔力:G202

堅牢:H

神秘:I

 

「………ミクロ。私と会うまでダンジョンにいたのかしら?」

「19階層まで。『ヴィーヴル』を討伐した」

証拠を見せるかのように(ホルスター)から『ヴィーヴルの鱗』を見せるとアグライアは頭が痛くなった。

19階層まで一人で行ったことに関してもだが、希少種(レアモンスター)で更には竜の種族である『ヴィーヴル』を単独(ソロ)で討伐。

それならこの基本アビリティの伸びには納得はしたが、後で色々言いたいことがあった。

【ステイタス】を更新していくと新たなスキルが発現していた。

 

創造作製(クレアシオン)

・発展アビリティ『神秘』の補正。

・作製における効果、効力の上昇。

 

このスキルを見てアグライアはシヴァの血の影響が出てきているのではないかという不安が頭を過る。

だけど、変わりつつあるミクロならシヴァに影響されることはないだろうと考えを改めて【ステイタス】の更新を終わらせて新たなスキルのことをミクロに話す。

「なるほど」

こういうスキルが発現したんだな程度の認識しかなくミクロはアグライアの部屋を出て自室で早速作業に取り掛かった。

三日後に行われる『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝つ為に必要な魔道具(マジックアイテム)を作る為に。

刻々と迫りくる時間。

遂に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が開催される日が訪れた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。