「なるほど、事情は理解出来ました。神アグライア」
路地裏から出てギルドへと向かっていた【アストレア・ファミリア】所属のリューとアリーゼはミクロの主神であるアグライアと【ミアハ・ファミリア】のナァーザとその仲間達と遭遇した。
それからミクロを【ミアハ・ファミリア】に連れて行き、ナァーザが手当てをしている間にリューは路地裏で起きた出来事をアグライアに報告した。
アグライアもミクロのことについてリューとアリーゼに説明するとリューは納得するように頷いていた。
「私の子を助けてくれたことには礼を言うわ。ありがとう。でも、この子には悪気はないのよ」
「わかっています。事情が事情ですから主神であるアストレア様には簡潔にしか報告致しません」
「助かるわ」
路地裏で起きた出来事を出来る限り秘密にすることを約束したアグライアは安堵する。
まさか、数日でもう事件を起こすとは意外に目が離せられないミクロに今後のことを考えると少し苦労するなと思ったアグライアだった。
「……アグライア様、終わりました……」
「ありがとう、ナァーザ。貴女ももう休みなさい」
「でも……」
「貴女が責任を感じることはないわ。貴女が教えてくれなかったらミクロはもっと酷いめにあっていたのだから」
ミクロと離れたナァーザは自分の【ファミリア】とアグライアにミクロが冒険者達に連れて行かれたことを伝える為に街中を必死に駆け出していた。
今でもミクロの手当てをしてくれたことにアグライアは感謝こそして恨んではいなかった。
「………はい」
頭を下げて自室へと行くナァーザを見送った後、アグライアは寝ているミクロの部屋へと足を運ぶ。
寝息を立てているミクロの頬を優しく撫でるアグライアは運が良かったと思った。
『スキル』が発動したミクロよりLv.の高いリューとアリーゼに発見されたことに。
あのままだとミクロは冒険者達の原型を留めることなく破壊を続けていたかもしれない。
そうなればどうなっていたかと思うと寒気が襲った。
ミクロの主神である自分がしっかりしないといけないはずなのにミクロに大変な目に遭わせてしまった。
「主神……失格ね………」
まだまだ自分には足りない物が多い。
そう自覚させられたアグライア。
「神アグライア。貴女に一つ頼みたいことがあります」
「何?私に出来ることで良ければだけど」
アグライアに頼みごとをしようと声をかけるリューにアグライアはミクロを助けてくれた恩を少しでも返そうとそれに応えた。
「この少年、ミクロ・イヤロスを私に鍛えさせて欲しい」
リューのその言葉にアグライアとアリーゼは一驚するがアリーゼはすぐにリューの肩を掴む。
「ちょっとリオン!貴女何を言ってるの!?」
他派閥であるミクロをリューは鍛えたという申し出に驚くアグライアはその真意をリューに問いかけた。
「彼を見て放っておけないとそう確信しました。だから彼を鍛えたい」
神に嘘はつけない。
リューの言葉は紛れもない本物で本気でミクロを鍛えたいという気迫をアグライアは感じた。
「貴女って本当に生真面目なんだから……」
「すみません、アリーゼ」
生真面目なリューに呆れるように息を吐くアリーゼ。だが、すぐに笑みを浮かばせた。
「まあいいわ。貴女がそこまで言うなら私は何も言わないわ」
「ありがとうございます、アリーゼ」
友人であるアリーゼに礼を言うリューにアグライアは腕を組んで思案した。
正直、リューの申し出はありがたかった。
主神であるアグライアでは出来ることは限られているし、常に共に行動できるわけではない。それに素人同然のミクロを鍛えてくれるというのならダンジョンでの生存率も高くなる。リューとアリーゼの主神が正義と秩序を司る女神アストレアだ。
信用も出来る。
ただ、面白くなかった。
自分の初めてできた子が他の子に染められると思うとアグライアは面白くなかった。
「…………わかったわ。ミクロのことをお願いね」
面白くなかったが許可はした。
自分の我儘で今回のことがまた起きたらアグライアは今以上に後悔するだろうし、少しでもミクロには普通の幸せを味わってほしかった。
ミクロの為にアグライアは渋々にリューの申し出を許可した。
「ありがとうございます、では今日はこれで」
「失礼します。アグライア様」
リューとアリーゼはその場を去って行くとアグライアは疲れたかのように椅子に座るとミアハが茶を持ってきた。
「随分と落ち込んでいるではないか、アグライア」
「それは落ち込みもするわよ。自分がこんなにも不甲斐無いと思わされるなんて」
茶を受け取るアグライアにミアハはいつもと変わらずに微笑む。
「私も初めはそうであった。これからミクロと共に知って行けばよい」
「………そのミクロも今の子に取られそうなのよね」
むぅ、と唇を尖らせるアグライアにミアハは一笑する。
「典雅と優美を司るそなたがヤキモチとは。子を得てそなたも変わったものだ」
神界では見たことにないアグライアの新しい一面を知ったミアハ。
その本人であるアグライアは自覚はなかったが、アグライアにとってミクロは自分には欠かせれない存在になっていた。
路地裏で出会ったミクロ。
女神としても個人的にもアグライアはミクロを放っておくことができなかった。
だからこそ、声をかけて眷属にした。
数日とはいえミクロと一緒に過ごしただけで依存と言える程アグライアはミクロを愛している。
子として、眷属として見捨てるつもりはないのだが、だからといって自分以外の誰かにミクロが染められると思うと面白くなかった。
「この気持ちをミアハにぶつけても構わないかしら?」
「うむ。普通に断るぞ」
感情を目の前にいる
もちろんそんなことをするつもりはなかったのだが、それでも。
「やっぱり………面白くない………」
「生憎酒は持ち合わせてはないが茶なら付き合おう」
「………お願いするわ」
その夜、アグライアはやけ酒ならぬやけ茶をすることにした。
その次の日。
「私の名はリュー・リオン。今日から貴方を鍛えることにしました」
「ミクロ・イヤロス。話はアグライアから聞いた」
目を覚ましたミクロは主神であるアグライアからリューがミクロを鍛えるという話がついていることを聞いていた。
「神々や目上にはしっかり敬語を使いなさい」
早速ミクロに注意するリューだが、ミクロは首を傾げた。
「敬語って何?」
「………」
まずは勉学から学ばせようと強く思ったリュー。
だけどその前に聞いておきたいことがあった。
「昨日のこと覚えていますか?」
「覚えてる」
なら話は早いとリューは率直にミクロに問いかける。
「何故あのようなことをなさっていたのですか?」
昨日の夜、ミクロは中年の冒険者達を痛めつけていた。
骨を何度も折るなどの非道な行為をリューは知っておかなければならなかった。
「壊したかった。目の前にいたあいつらを。ただそれだけ」
平然と何も問題ないかのように答えたミクロにリューは今までにない恐怖を感じた。
ダンジョンでモンスターと戦っている時や人と戦っている時とはまた違う恐怖を。
だけど、アグライアからミクロの事を聞いていたリューは怖気ずくことはなかった。
長い路地裏生活でミクロは何が正しいのか、何が悪いのかミクロは知らないのだ。
要は何も知らない無知なだけなのだとリューは気付いた。
なら、これから知って行けばいい、自分が教えて行けばいいとリューは思った。
「……わかりました。それでは参りましょうか」
「わかった、リュー」
まずは常識を教えて行こうとリューは動き出す。
だけど、リューは気付いていなかった。
自分の背後に親友であるアリーゼがついてきていることに。
「リオン。私は心配だわ。どこか抜けている貴女が何かを教えることなんてできるの?」
アリーゼはリューがきちんと物事を教えられるかが心配で仕方がなかった。