リューがミクロを鍛え初めて約半年が経過していた。
リューはミクロに常識からマナー、作法、勉学、武器の扱い方や戦い方、ダンジョンの知識など自分が知っていることをミクロに叩き込んだ。
そして、現在ミクロはダンジョン七階層でキラーアントの大群と戦っていた。
『ギィィ!』
襲いかかってくるキラーアントの攻撃をミクロは素早く回避。
すぐさまナイフで斬りかかる。
その光景をリューとアリーゼは少し離れたところで見ていた。
「凄いわね。普通ならパーティ組んで倒すんだけどソロでここまで来れるようになるなんてね」
冒険者になって半年で七階層でキラーアントの大群と戦っていることに素直に称賛するアリーゼだが、リューは首を横に振った。
「いえ、彼は既にソロで10階層でも通用する実力は持ち合わせています。今日は11階層を目指す為の訓練です」
ミクロを鍛えたリューは既にミクロの実力が10階層で通用することを承知していた。
だけど、その事実を今知らされたアリーゼは驚きを隠せなかった。
「教えたことをすぐに会得する吸収力、それを使いこなす器用さ。彼には冒険者としての才能があります」
現在の【ランクアップ】の世界最速はアイズ・ヴァレンシュタインの一年。
もしかしたらその記録を超すかもしれないと思った。
「だけど、彼は冒険者として大切なものが抜けている」
「恐怖・・・それと生の執着ね」
アリーゼの言葉に頷くリュー。
この半年間でミクロは確かにいい方向へと変わった。
だけど根本的なところはどうすることもできなかった。
ミクロは痛みに恐怖を感じない。
死ぬことに恐れがない。
冒険者にとってそれは致命的だった。
半年前みたいに自らを犠牲にして戦う危ない戦い方はしていないもののそれでも見ているリュー達が心配するほど危なっかしい戦い方をしていた。
「まぁ、リオンが鍛えているんだからそう簡単には死にはしないでしょう」
ミクロの根本を正すことができなかったリューをアリーゼは励ます。
「ありがとうございます、アリーゼ」
励まされたリューの表情に少し明るくなったのを見たアリーゼは笑う。
「リュー、終わった」
キラーアントの大群を倒してリューとアリーゼに駆け寄るミクロ。
腕に怪我をしていることを発見したリューはポーションを取り出してミクロに渡す。
「怪我をしたらすぐに治しなさい。もっと自分を大切にしなければ神アグライアが悲しみます」
頷き、ポーションを受け取るミクロ。
ポーションを飲みけがを治すミクロにリューは安堵するように息を吐く。
「あらあら、随分とこの子に肩入れしてるわね、リオン」
親友のほんの僅かな変化に気付いたアリーゼは意地悪な笑みを浮かべる。
「な、何を言っているのですか!?アリーゼ!」
見抜かれたリューの気持ちにアリーゼはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべたまま。
「ううん、別にいいのよ。半年も付きっきりならそう思うのも無理はないわよね。ミクロは素直で可愛いもの。私は貴女を応援するわ、リオン」
親指を立てて応援する親友にリューの顔は真っ赤になった。
「?」
何を話しているのかミクロは理解できなかったが、きっと何かあるのだろうと勝手に納得していた。
頬を赤く染めながらリューはコホンと咳払いする。
「ミクロは弟、もしくは弟子だ。アリーゼが想像しているようなことではありません」
「ふ~~~ん、まぁ、そういうことにしといてあげるわ」
笑みを浮かべたままそういうことにしておいたアリーゼは不意にミクロの肩に手を置く。
「リオン。悪いけど明日一日この子を私に貸してちょうだい」
「それは構いませんが、ミクロはいいのですか?」
「問題ない」
首を縦に振って肯定するミクロ。
「貴方なら……きっと……」
ミクロの傍でアリーゼがぼそぼそと何かを言っていたが聞き取ることができなかった。
帰り道にモンスターを倒しながら三人はそれぞれの
「おかえりなさい」
「ただいま……戻りました」
まだ慣れない敬語を使うミクロにアグライアは微笑む。
「無理して敬語を使うことないわよ。私もそちらの方が嬉しいわ」
「わかった」
敬語で話すことを止めたミクロは早速【ステイタス】の更新をしながら今日の事と明日アリーゼに一日付き合うことを話すとアグライアは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「ふ~~ん、要はその子とデートに行くってことね」
「荷物持ちだと思う」
ミクロは何度かアリーゼと買い物に付き合ったことがあったが基本的荷物持ちだった。
明日もそうだろうとミクロは思っていた。
だけど、例えそうだとしてもアグライアは面白くなかった。
ミクロはこの半年で確かに変わった。
きちんと成長していることにアグライアは嬉しかったし、鍛えてくれているリューには感謝もしている。
だけど、それとこれは別だ。
アグライアもミクロと買い物したり、何か食べに行ったりしたい。
嫉妬だということは理解しているが納得しろというのは別問題だ。
そうこう考えている間に更新中の【ステイタス】を見る。
ミクロ・イヤロス
Lv.1
力:D550
耐久:C612
器用:B778
敏捷:B745
魔力:D512
「………」
アグライアはミクロの【ステイタス】を見てミクロがこの半年でどれだけ努力しているのかはこの【ステイタス】を見て理解出来る。
ミクロがこの時点で既に【ランクアップ】出来る資格を手に入れた。
才能もあり、その才能に頼らずにミクロは努力し続けてきた結果。
後は偉業を成し遂げればミクロはLv.2になるとも確信できる。
だけど、まだ速すぎる。
これ以上加速的にミクロが成長すれば娯楽に飢えた神々がミクロを狙ってくる可能性がある。幸い、アグライアは美の神でもある。
自分が動けばそう簡単にミクロに手は出さないだろうが、不安も生じる。
女好きである【ロキ・ファミリア】の主神のロキは恐らくは問題はないだろう。
むしろ、下手に関わった方が頭のキレるロキが何かを勘ぐられる可能性がある。
問題は【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤだ。
もし、フレイヤがミクロを気に入ったら何が何でも手に入れようとしてくるだろう。
「まったく……どれだけ神は娯楽に飢えているのよ」
「何か言った?アグライア」
「何でもないわ」
ぼやくアグライアだが、自分もその神の一人だと思うと頭が痛くなった。
取りあえずはこのまま様子を見るしかないとアグライアは思い、【ステイタス】の更新を終わらせる。
「さぁ、夕食にしましょう」
「わかった」
今はこの一時の日常を大切にしていこうとアグライアは思った。
「さぁ、次に行くわよ」
「了解」
アリーゼとの約束はミクロの予想通り荷物持ちだった。
次々買い物を済ませるとそれを全てミクロに持たせるアリーゼ。
一般の
そもそもミクロは何故こんなにも買う物があるかさえミクロには理解できなかった。
何十着も服なんてあっても邪魔なだけだろうとさえミクロは思った。
前にミクロはそのことをリューに言ったら。
『女には色々必要なのです。特にアリーゼは』
遠い目でそう言っていた。
それでもミクロは文句を言わずに荷物を抱えてアリーゼに付き添う。
「次はあそこよ」
展示されているどの武器・防具は数千万ヴァリスはする【ヘファイストス・ファミリア】の武具。
アグライアから聞いていた通り高いんだなとミクロは納得した。
ミクロが現在使用しているナイフと投げナイフは【ゴブニュ・ファミリア】の武器。
主神であるアグライアが借金をしてまで買ってくれたナイフは下級冒険者が持つには十分すぎるほどの武器だった。
ここに来たということは装備を整える、もしくは変えるのだなとミクロは思った。
【アストレア・ファミリア】は都市でも名の知れた【ファミリア】。
ここぐらいの武具でないとダンジョン攻略は難しいのだなとミクロはそう考えていた。
アリーゼの選ぶ武具を今後の参考にしようと思っていると。
「さぁ、貴方の好きな武具を選んでちょうだい」
突然アリーゼがそう言ってきた。
下級冒険者で日頃の生活費がやっとでここ最近になって少しは余裕が持てるようになったからとはいえ、数千万ヴァリスもする武具なんてミクロには到底買えなかった。
「安心なさい。特別にこの私が買ってあげるから好きなのを選びなさい」
「どうして?」
率直な意見を言うミクロ。
懇意の中とはいえ他派閥でそれも下級冒険者に数千万ヴァリスもする武具を買ってやるなんて何かあるとしか思えなかった。
「いいから素直に私に甘えなさい! 一生に一度しかないチャンスをこ・の・私が与えてあげてるんだから!」
大げさなと思いながらミクロはアリーゼの言葉通りその言葉に甘えることにした。
剣や槍はもちろん、
鍛冶の【ファミリア】だけあって様々な武具が展示されていた。
何にしようかと、自分にはどんなものがいいのかと悩んでいるとある物に目が留まった。
それは
全身が闇に紛れるのに相応しいかのように常闇の色をしていて、防御より動きやすさを重視しているように見えた。
そして、その隣には黒いフード。
その二つがミクロの目に留まった。
値札を見ると装束の方は三三〇〇万ヴァリスでフードの方は一二〇万ヴァリス。
制作者のところに椿・コルブランド。
「それがいいの?」
尋ねてくるアリーゼにミクロは頷いて肯定する。
「まぁ、貴方がいいのならいいけど」
頭に手を置きながらその二つを買うアリーゼは約束通りそれをミクロに渡した。
「さぁ、次は武器よ」
笑みを浮かばせながら今度は武器を選ぶように言われたミクロはもはや不気味さえ覚えた。
何故こんな高い物を買ってくれるのかわからなかった。
ダンジョンではそんなにも金が手に入るのか?
もしくはこれをネタに何かしてくるのではないかとさえ覚えた。
疑心暗鬼になるミクロだが、何も言わず武器を選んでいると一つの鎖分銅を見つけたミクロはそれをアリーゼに言う。
「これがいい」
「鎖分銅……さっきといい貴方は何を基準で選んでいるのよ……」
呆れるように言うアリーゼだが、鎖分銅も買った。
高い武具を買ったアリーゼとミクロは
「ねぇ、ミクロはリオンのことどう思っているの?」
「どう、とは?」
唐突に意味深な問いかけをするアリーゼにミクロは首を傾げる。
「好きか嫌いかとか、尊敬しているとかお姉さんみたいとかそんなのよ」
「……」
考えるミクロ。
この半年間ミクロはリューから色々なことを教わった。
始めは何故こんなことをするのだろうか?
それがリューにとって何の得になるのだろうか?
そんなリューをミクロは理解できなかった。
今でもそれが理解できない。
でも、ミクロはリューに感謝はしている。
今までにないことを聞いて、見て、触って、知ることができた。
それを教えてくれたリューにミクロは感謝している。
「………優しいエルフ?」
考え抜いてそう結論を出したミクロにアリーゼは深いため息を吐いた。
「・・・・まぁ今はそれでいいわ。じゃ、私からのお願い、いえ、命令を聞きなさい」
拒否権なしの命令。
先程の武具はその為かと納得したミクロにアリーゼはミクロに言った。
「私に万が一のことがあったらリオンをお願いね」
「どういう意味?」
その言葉の意味が理解できなかったミクロは問いかける。
「私達は冒険者。いつ死ぬかわからない職業でしょう?それに私の所属している【ファミリア】と敵対している【ファミリア】は多いのよ」
その話はミクロは既に知っていた。
秩序安寧に尽力している【アストレア・ファミリア】に敵意を抱いている【ファミリア】は多いとリューから聞いていた。
「もし、私に何かあったらリオンは責任を全部一人で背負おうとするからその時は私の代わりにミクロ、貴方がリオンを止めなさい」
「わかった」
「もちろん嫌とは……って返事が早いわよ」
即答するミクロに呆れるアリーゼは息を吐く。
「まぁ、私は死ぬつもりなんかこれっぽちもないけど。あんたは保険よ、保険。いいわね、絶対に約束は守りなさいよ」
「わかった」
首を縦に振って肯定するミクロに満足そうに頷くアリーゼは腰に掛けている小太刀をミクロに手渡す。
「私の愛刀『梅椿』。一応あんたに託すわ」
アリーゼは自身の愛刀である梅椿をミクロに託す。
「
「わかった」
梅椿を受け取るミクロにアリーゼが何故自分の愛刀を渡したのかわからなかった。
そして、何故アリーゼは悔いはないかのように満足そうにしているのか。
まるで、もうすぐ自分が死ぬことがわかっているかのよう言うアリーゼがミクロは理解できなかった。
それから数日後、【アストレア・ファミリア】の団員が一人を除いて全滅したという情報を知ったミクロ。
それからミクロの前にリューは現れることはなかった。