路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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第53話

「せい!やっ!」

朝日が顔を出す前からセシルは日課となった素振り二千回から一日が始まる。

少し体が冷える時間帯だが大鎌を振っていればそんなことはすぐに気にならなくなる。

汗水流しながら素振りを終わらせるセシルは肩で息をする。

「お疲れ。次は筋トレに入ろうか」

肩が上がらないセシルに追い打ちをかけるようにミクロは次の課題をセシルに言い渡す。

「はい……」

もう慣れたセシルは疲弊しきった体に鞭を入れて筋トレを始める。

ミクロもセシルにだけにさせるのは不公平と思いセシルの倍はするが日頃からの訓練の差やLv.差もあってどうしてもミクロの方が速く終えてしまう。

自分の倍はしているのにどうしてあんなにも速く終えられるのだろうと最初は疑問に思ったセシルも今はもう気にも止めずに自分の訓練に集中する。

「はぁ……はぁ………」

「お疲れ。次に進もうか」

筋トレを終わらせると腕がもう動かないがミクロは疲労困憊状態のセシルと模擬戦を行う。

そんなミクロに心の中で人でなしや鬼畜などと愚痴をこぼすが震える手を無理矢理動かして大鎌を握り締めてミクロと模擬戦を始める。

もちろんこの訓練方法には意味がある。

ダンジョンでは危険が付きまとう為、いつ何が起こるかわからない。

だから敢えて疲労困憊満身創痍の状態まで追い込んで極限状態の中でギリギリ残った気力と体力の消耗を最小限に抑えるように無駄のない動作をしなければならない。

もし、訓練中に気でも失えばダンジョンでは死ぬことと同じ。

いついかなる時でも揺るがない冷静な判断力と分析力を身に着ける為に敢えてそういう訓練を行うようにした。

厳しい訓練の裏には必ず生きて帰ってきてほしいという優しさが含まれている。

「やっ!」

大鎌を振るうセシルの攻撃を回避しつつ攻撃を与えるミクロ。

痛みにも慣れさせることによって動きを鈍くさせずに冷静にいられるように。

第三者から見れば模擬戦というよりミクロの一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)をセシルは毎日のように行っている。

そして、今日もボロボロになるまで行われると高等回復薬(ハイポーション)を数本飲ませて回復させてセシルを背負って食堂に向かう。

まだ朝の訓練が終えただけで今日もダンジョンに向かうには朝食は取らせなければ力が出ない。

「ハッ」

いつものように食堂で意識を覚醒させるセシル。

そんなセシルを団員達はもう見慣れたかのように特に何も言わずに自分達の食事を進ませる。

「今日も朝からお疲れですわね。はい、貴女の分ですわ」

「……ありがとうございます。セシシャさん」

食事を取って貰ったセシシャに礼を言いながら朝食を食べ始めるセシル。

始めはあまりの厳しい訓練に食事を口に入れることが出来なかったセシルだが今となっては食べなければこの後が大変と体も危険を感じたのか食べれるようになった。

「貴女も毎日大変ですわね」

「いえ、もう慣れました」

始めはミクロの酷烈(スパルタ)に根を上げていたセシルも今となってはそれほど苦も無くこなせるようになった。

「それに【ステイタス】の伸びも良くなりましたので」

スキルが発現してからセシルの【ステイタス】はかなり伸び始めた。

アビリティ評価も殆どがEまで上がっているセシルは絶好調と言ってもいいほどだった。

毎日の過酷な訓練がしっかりと【ステイタス】に表れている。

この調子で頑張って少しでもミクロに追いつきたい。

そして今はもう一つ、前に出会った【ロキ・ファミリア】の宿敵(ライバル)であるレフィーヤに負ける訳にはいかない。

同じ憧憬を抱く者として、ミクロの弟子として一分一秒でも早く強くなりたい。

やる気を迸らせるセシルは朝食を終わらせて正午からダンジョンに向かう為今は少しでも体を休ませる。

今ここで下手に体を動かせばダンジョンで命を落としかねない。

生きて強くなる為にも今はしっかりと休養を取ってダンジョンでしっかりと鍛錬する。

部屋で体を休ませようと廊下を進むと窓の外から中庭でミクロとリューが模擬戦を行っていることに気付き視線を向ける。

互いに第一級冒険者の模擬戦にLv.1のセシルにとって動きを捉えることが出来ない。

だけど、自分自身の向上の為に二人の模擬戦を観察する。

やっぱり強いと思いながら二人を観察するセシルはいずれ自分もと思いつつ気が付けば二人の模擬戦が終わるまでしっかりと見ていた。

その後、部屋で体を休ませてミクロと共にダンジョンに潜る。

ダンジョン8階層まで足を運んで襲いかかってくるキラーアントを大鎌で切り裂く。

更には慣性を利用して片手で大鎌を回転させて次々にモンスターを切り裂いていく。

ミクロがセシルに与えた大鎌の切れ味はモンスターの硬い殻を切り裂いて、モンスターの攻撃を喰らっても身に着けている魔道具(マジックアイテム)のおかげで軽傷で終わらせることが出来る。

立派な武器と魔道具(マジックアイテム)に頼ってばっかりで強くなれているなんておこがましいだろうがそれでも少しは自分に自信が持てるようになった。

「これで、終わり!」

『ギィィ…!』

最後のキラーアントの首を斬り落として倒し終えるセシルはすぐさま回復薬(ポーション)を飲み干す。

またすぐにモンスターが来るかもしれないという危機感を大切にするために回復出来る時はすぐに回復する。

「お師匠様!どうですか!?」

「うん、強くなってる」

遠くから見ていたミクロが頷きながらセシルが強くなれていることを素直に口にする。

「これなら10階層に進めれる」

次の目標である10階層に足を運んでも問題と判断したミクロ。

10階層からは大型のモンスターが出てくるが今のセシルなら多少危険はあるが問題はない判断して訓練の内容を少し変更しようと考える。

だけど、その前にしなければならないことがあった。

「セシル。今日はここまでにしよう」

「え?何かあるのですか?」

いつもなら9階層に行こうや今度はモンスターを攻撃せず回避に専念しろなどという無茶な訓練を言い渡すミクロがいつもより速く打ち切ることにいつも以上の特訓でもするのだろうかと不安が走る。

「セシルの防具を取りに行く」

セシルが今身に着けているは軽装はモンスターの攻撃を受けて傷だらけになっている。

いくらミクロがセシルに与えた魔道具(マジックアイテム)があっても完全防御という訳ではない。

普通の防具同様に損傷(ダメージ)を最小限に収める程度しかない。

「私の防具?でも、お金が……」

「問題ない。既に支払い済みで前に武器の整備に行った時には既に完成していた」

手回しは既に完了しているミクロはセシルを連れて椿がいる工房まで連れて行く。

「椿」

「おお、ミクロ。それと後ろにいるのがお主の弟子か」

「は、初めまして!」

勢いよく頭を下げるセシルにケラケラと笑う椿。

「随分と対照的な師弟であるな、ミクロ」

何事にも動じないかのような無表情のミクロと小さなことにも過剰に反応するセシルを見て思ったことを口にする椿だが、ミクロは今日来た要件を話す。

「セシルの防具は?」

「うむ。抜かりはない」

工房の奥から持ってきたのは純白の革鎧(レザーアーマー)と大型のマント。

「こ、これが……」

穢れを知らないような純白に覆われた革鎧(レザーアーマー)とマントを見て戦慄が全身に走った。

「ミクロ。お主の頼みとはいえこれは下級冒険者が身に着ける物ではないぞ?」

「俺も似たようなものだから問題ない」

「お主が異常なだけだ。深層の素材を作った武具を下級冒険者に持たせるのは普通ではないぞ?」

椿の言葉にセシルは目を見開く。

ミクロは『遠征』で手に入れた深層の素材を椿に渡して作らせた。

椿の言葉通り下級冒険者が持つのは普通ではない。

「あの、それではこれも……」

「うむ。それと同様に深層の素材で手前が作った」

ミクロに頂いてからずっと使ってきた大鎌も目の前にある防具同様に深層の素材を元に椿が作ったものであった。

次の瞬間、セシルは意識を手放した。

「はぅ―――」

あまりの衝撃な事実を突き付けられたセシルは意志を手放すことで思考を放棄。

意識を手放すセシルに椿は腹を抱えて大笑いしてミクロはどうして意識を失ったのかわからず首を傾げる。

意識を手放す直前にセシルは思った。

これからどんな過酷な特訓が待ち受けているのだろうと。


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