路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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第55話

【アグライア・ファミリア】結成から四年が経過して【ファミリア】の等級(ランク)はAにまで上がった。

四年という短い月日で一気に名を上げていく【アグライア・ファミリア】。

その【ファミリア】の団員であるセシルは今日もダンジョンで大鎌を振るう。

「てやああああああああッ!」

『ブグゥゥゥ…!』

セシルの大鎌によって体を切り裂かれたオークは灰に変わる。

他にモンスターがいないか周囲を見渡して回復薬(ポーション)を飲み干して一息入れる。

「ふぅ…」

セシルが【アグライア・ファミリア】に入団して早くも一年という月日が流れて、現在セシルはダンジョン12階層にまで足を運んでいた。

ミクロに弟子入りしてから毎日が厳しいという言葉が優しく感じる酷烈(スパルタ)の鍛錬に耐え抜きついにここまでたどり着くことが出来た。

「帰ろうかな」

単独(ソロ)で12階層まで来れるようになったセシルは魔石を拾って地上へ向かい本拠(ホーム)に帰還する。

帰還してすぐに汗を流し終えると主神であるアグライアがいる部屋に足を運ぶ。

「アグライア様、ただいま戻りました。早速ですが【ステイタス】の更新をお願いします」

「お帰りなさい。ええ、横になって頂戴」

ダンジョンから帰還してセシルは【ステイタス】を更新する。

 

セシル・エルエスト

Lv.1

力:B798

耐久:A813

器用:A887

敏捷:B743

魔力:I0

 

更新された【ステイタス】を見てセシルはこの一年でようやくここまでこれたことに喜びと実感を感じる。

魔法はまだ発現してはいないがそれでもこの【ステイタス】の伸び具合からもう少しで最初の目標である【ランクアップ】を果たせるかもしれない。

「貴女は本当に努力しているものね」

そんなセシルの心情を察するように頭を撫でるアグライアにセシルは嬉恥ずかしいながらも撫でられる。

一年でここまで来れたのはミクロの酷烈(スパルタ)のおかげ。

「でも、無理はしてはダメよ?必ず生きて帰ってくること」

「はい!」

心配するアグライアの言葉にセシルは返答して部屋を出ていく。

食堂に足を運んで夕食を取るセシル。

「お師匠様達、まだかな……?」

『遠征』に行っているミクロ達はまだダンジョンの中。

その間はセシルは一人で鍛錬をしなければならない。

いつもより人数の少ない食堂を見渡してそう呟く。

「セシルちゃ~ん」

「わ、アイカお姉ちゃん」

突然後ろからアイカに抱き着かれたセシルは驚くがすぐにアイカだとわかった。

「ミクロ君達がいないと寂しいよね~、お姉ちゃんも寂しいよ~。寂しさのあまり今日はセシルちゃんのベッドに潜ることにするね~」

「もう、アイカお姉ちゃんは」

口では咎めるように言うが内心では嬉しかったセシル。

それと同時にやっぱりこの人には勝てないと思った。

ミクロ達がいなくて少なからず寂しいと思っていた自分を慰めに来てくれたアイカ。

そんなアイカのおかげで寂しい気持ちがどこかに飛んで行った気がした。

それだけじゃなくミクロの酷烈(スパルタ)で心が折れそうになった時もアイカが慰めてくれたおかげでセシルは耐えることが出来た。

そんなアイカをセシルは本当の姉のように慕っている。

アイカに抱きしめられながら明日も頑張ろうと思いセシルは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます!」

朝の訓練を終わらせて今日も12階層に潜る為にセシルはダンジョンに駆け出す。

ミクロから頂いた武具を装備してダンジョン内を駆け出すセシル。

12階層に到着して大鎌を手に持つセシルだがある違和感を感じた。

「モンスターが少ない……?」

ルーム内を歩きながらそうぼやくセシルはいつもよりモンスターの数が少ないことに気付いた。

昨日はすぐにオークと遭遇(エンカウント)して即戦闘になるぐらいだったのに今日の至っては静か過ぎる。

楽だとは思うけど嫌な予感が止まらなかった。

そして、その予感が的中した。

『―――――――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

耳を聾するほどの、凄まじい哮り声が轟きその声の正体がすぐに姿を現した。

琥珀色の鱗に覆われて、長い尻尾に鋭利な爪と無数の牙。

体長四(メドル)を越す――――――小竜。

「『インファント・ドラゴン』……」

四足で地を這うそのモンスターは数あるモンスターの種族の中で最強と謳われている竜。

硬質な鱗に包まれた強靭な肉体、血のように赤い眼がぎょろぎょろと蠢く。

11,12階層に出現する稀少種(レアモンスター)『インファント・ドラゴン』。

迷宮の弧王(モンスターレックス)』が存在しない上層においての事実上の階層主。

そのインファント・ドラゴンと遭遇(エンカウント)してしまったセシルはその圧倒的存在感に体が震える。

「動いて……」

頭ではわかっていても本能がセシルの体を拘束する。

勝てない、そう思い込んでしまう。

『――――――――――ッッッ!!』

雄叫びと共に動いたインファント・ドラゴンはその長い尻尾でセシルを殴り飛ばした。

「かはっ」

一瞬で壁へと叩きつけられたセシルの肺から空気が出ていく。

生にしがみつくように慌てて息を吸うが恐怖でまともに思考が働かず体も動かすことが出来ない。

インファント・ドラゴンはそんなセシルに止めでもさそうかと言わんばかりに近寄ってくる。

「いや……」

死にたくない。

こんなところでまだ死にたくない。

だけど、痛みと恐怖で体が動かない。

「助けて……お師匠様……」

ここにはいない憧憬するミクロに助けを乞うがここにミクロはいない。

口を開けて無数の牙を露にするインファント・ドラゴン。

死を連想するセシルは強く瞼を閉じる。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「え?」

死ぬと思った瞬間、突然インファント・ドラゴンが悲鳴を上げた。

その原因はセシルの大鎌がインファント・ドラゴンの左眼を攻撃していた。

「わ、私が……?」

大鎌の鎌の先端には血が付着していることから無意識にセシルはインファント・ドラゴンの左目を攻撃していた。

その無意識による攻撃によってセシルが気付いた。

ミクロの酷烈(スパルタ)訓練は無意識にでも体が動くようになる為の訓練でもあった。

毎日のように行われてきた死ぬかもしれない訓練に生にしがみついて無理矢理にでも体を動かしてきた結果。

生きる為に体が無意識に動いてインファント・ドラゴンを攻撃した。

今までの努力がセシル自身を守った。

「……ありがとうございます、お師匠様」

ミクロの酷烈(スパルタ)訓練に感謝して冷静さを取り戻したセシルは大鎌を構えて叫ぶ。

「私は【覇者】、ミクロ・イヤロスの弟子セシル・エルエスト!」

自分自身にそしてこれから倒すべき竜に向けてセシルは宣言する。

「お師匠様に追いつくためにあなたを超える!」

これが、セシルの初めての冒険。

遥か高みにいるミクロに追いつくために。

譲れない想いを実現するために。

ここで、こんなところで諦める訳にはいかない。

自分を縛り付ける恐怖が消えた。

頭が冷静さを取り戻す。

大鎌を振り上げてセシルは駆け出す。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

セシルの覚悟の叫びに呼応するようにインファント・ドラゴンは雄叫びを上げる。

襲いかかってくる長い尻尾を避けて懐に潜り込むセシルは大鎌でインファント・ドラゴンの腹部を切り裂く。

「浅い……ッ」

だが、硬質な鱗に傷をつけるだけで体に損傷(ダメージ)を与えることが出来なかった。

装備は一級品。

傷をつけられないのは自分の実力不足。

先程の一撃もこの防具と魔道具(マジックアイテム)がなければ確実に死んでいた。

師であるミクロのおかげで今も生きて戦える。

いや、勝って生きて帰ってみせる。

師であるミクロの為に、【アグライア・ファミリア】の一員として必ず生きて帰る。

「もっと自分を信じる……」

こういう時の為に訓練してきた自分の努力を信じて再度駆け出す。

噛みつこうと口を開けて襲いかかってくるインファント・ドラゴンの攻撃を体を捻らせて回避してその首を斬り落とす勢いで切り裂く。

『ガアアアアアアッ!』

「通った……!」

鱗を切り裂いてそこから血が噴き出る。

だが、それでも致命傷を負わせることはできなかった。

だけど、倒せるキッカケは出来た。

先程首に出来た傷口から大鎌で突き刺してそこから首を裂けば間違いなくインファント・ドラゴンを倒せる。

いや、むしろそれしかインファント・ドラゴンを倒せる方法がない。

時間が経つにつれて自分の方が先に体力がなくなってしまう。

なら、そうなる前に倒さなければ勝機がない。

問題はどうやって同じところを攻撃するか。

自身の鱗を傷つけられたインファント・ドラゴンはセシルに警戒を強めている。

同じところを攻撃させてくれるほどモンスターも馬鹿ではない。

真正面から睨み合うセシルとインファント・ドラゴン。

睨み合う中でセシルはインファント・ドラゴンの周囲を囲むように走り出す。

インファント・ドラゴンの尻尾の攻撃範囲ギリギリ外で囲むように走り出すセシルにインファント・ドラゴンは残った右眼でセシルを追いかける。

すると右眼で追いかけるセシルの姿が消えた。

『―――――ッッ!!』

潰された左眼の死角を狙われたと思ったのかインファント・ドラゴンは首を動かして右眼で左側を見るがそこにセシルはいなかった。

「ハァアアアアアアッ!!」

跳躍したセシルは大鎌で残った右眼を潰した。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

両目を潰されたインファント・ドラゴンは視界が閉ざされて悲鳴を上げる。

だけど、セシルは地面に着地と同時に再び跳躍する。

悲鳴を上げているその隙を無駄にしない為にセシルは大鎌を振り上げる。

狙いは先ほど傷つけた首の傷。

「やああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

ドスと大鎌の鎌の先端が傷口からインファント・ドラゴンの首に深く突き刺さる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

咆哮を上げて力を振り絞ってセシルはインファント・ドラゴンの首を切り裂いた。

そのまま地面に落下したセシルはすぐに起き上がってインファント・ドラゴンに視線を向ける。

『……ガッ、ァ』

掠れた声を残してインファント・ドラゴンは倒れて動かなくなった。

動かなくなったインファント・ドラゴンを見てセシルは安堵するように息を吐く。

「やった………」

倒した。

自分の力で竜を倒したことに喜ぶと緊張の糸が解けて意識が遠くなって倒れる。

損傷(ダメージ)と心身の疲労が一気に襲いかかって来たセシルはこんなところで気を失う訳にはいかずに何とか意識を繋げようとするが意識が遠のき閉ざされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

「起きた?」

「………お師匠様?」

次に目が覚めたセシルがいた場所はミクロの背中だった。

「目が覚めましたか」

「副団長………」

声をかけてきたリューに視線を向けてセシルはようやく意識が完全に覚醒した。

「あ、わた、私は……どうなって!?」

「落ち着きなさい。私達は遠征の帰りに12階層で倒れている貴女を見つけて一緒に地上に帰還している最中です」

慌てふためくセシルにリューは簡潔に説明する。

「インファント・ドラゴンを倒したのはセシル?」

セシルと一緒に絶命していたインファント・ドラゴンを倒したのはセシルか尋ねる。

「………はい」

「よく頑張った」

ミクロの言葉を聞いたセシルの眼から一筋の涙が流れる。

「……はい」

さりげないその言葉がセシルは嬉しかった。

しばらくの間はセシルはミクロの背中で涙を流した。


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