まだ薄暗い時間帯にベルは今日から始まる訓練に気合を入れていた。
「始めようか」
「はい!ご教授お願いします!」
軽装を身に纏って腰には昨日買って貰ったばかりの白いナイフと
見た目だけなら冒険者らしくなったベルだが今日から本当の冒険者になる為に訓練が始まった。
「よろしく」
「あの、僕はこれから何をすればいいんですか?」
「ベルは戦うことに関して全部足りないからまずは戦うことに慣れてもらう為にセシルと模擬戦をする。セシル」
「はい!ベル、構えて」
「え、は、はい!」
大鎌を構えるセシルにベルも急いでナイフを持つ。
大鎌を武器にするセシルにベルは大鎌に警戒して距離を取ろうと後退りする。
「いくよ」
どう大鎌が襲いかかってくるか身構えるベルにセシルは柄でベルの腹部を攻撃した。
「がっ!?」
突然の腹部の衝撃に吹き飛ばされるベルは地面に転がり、腹部を押さえる。
「けは、かふ」
せき込むベルにミクロは告げる。
「ベルは今、セシルの鎌の部分しか見ていなかっただろう?だから柄で攻撃を受けてしまう。それにベルの武器は近距離に対してセシルの武器は中距離に位置する。下がればベルの攻撃範囲が無くなり、セシルに優位な攻撃が可能としてしまう」
ベルの注意点を告げてミクロは次に改善点をベルに伝える。
「武器だけじゃなく相手の全体を見る事。恐れずに前へ踏み出すこと。後は痛みに慣れること。朝の訓練は取りあえずはそれぐらいにする」
一度に全部は覚えるのは不可能の為ミクロは朝の訓練は主に三つに止めることにした。
「視野を広く持つこと。自分の間合いを作ること。痛みに慣れること。戦いにおいてこれは基礎的なことだからまずはこれを体で覚えてもらう」
「……は、い」
腹部を押さえながら立ち上がるベルは辛うじて返事をして得物を構える。
「セシルに一撃当てることが出来ればこの課題はクリアだから頑張れ」
「はい!」
強くなる為に気合を入れ直すベルに対してセシルは気付いていた。
この課題はクリアということはベルがセシルに一撃入れることが出来たら今度はミクロがベルと模擬戦をすることに。
そして、自分のように毎日気絶させられるということに。
だけど、手を抜くほどセシルは優しくもなければ無礼ではない。
本気で強くなろうとしているベルに一切手を抜かずに戦う。
「行きます!」
「いいよ!」
駆け出すベルにセシルも大鎌を構えて迎撃する。
結局その日はベルは一撃どころかセシルをその場から動かすことさえできなかった。
朝の訓練が終わって朝食を取ったらベルは今度は書庫に足を運ぶ。
「では、僭越ながら私がクラネルさんを教授させて頂きます」
「よろしくお願いします、リューさん」
午前中はリューがベルにダンジョンやそれ以外に関することを教えることになった。
「知識があるないでは生存率は大きく変わります。クラネルさんにはしっかりと知識を蓄えて頂く予定ですので覚悟してください」
「はい」
リューの言葉に素直に頷くベル。
「では、まずは基本的なことから始めましょう。クラネルさんは【アビリティ】には二種類あることはご存じですか?」
「えっと、わかりません……」
基礎的なこともわからない自分の無知に落ち込むがリューは励ましの言葉を送る。
「落ち込む必要はありません。わからないのであればこれから知っていけばいい。クラネルさん、無知は恥ではありません。ミクロも初めは貴方以上に物事を知らなかったのですから」
「え、団長がですが?」
ベルにとってミクロは何でも完璧にこなせる人という美化した存在だった為今のリューの言葉は驚いた。
「事情が事情なだけあって仕方はありませんでしたが間違いなくあの頃のミクロとクラネルさんと比べればミクロの方が無知でした。ですが、ミクロはしっかりと勉強して今では教えた私以上に賢くなりましたよ」
ベルにミクロに物事を教えていた頃を思い出して微笑するリューの顔を見て顔を赤くした。
「ですので何も問題はありません。これからしっかりと私達が教えますのでそこから学んでください」
「はい!」
素直に返答するベルに好感を持つリューは先ほどの【アビリティ】のことについて説明を始める。
「まず【アビリティ】には【基本アビリティ】と【発展アビリティ】が存在しています。【基本アビリティ】は『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の五項目あります。【
「あの、具体的にはどのようになるのですか?」
「そうですね……」
どうわかりやすく説明しようかと思考を働かせているとリューは一度書庫から離れて『ヴァルシェー』を持ってきた。
「それは?」
「これはミクロが作製した
リューは『ヴァルシェー』を持つと本棚にある本が宙を浮き始めて動き出す。
その光景を見たベルは驚愕した。
「このように【発展アビリティ】で得た力によって特殊な能力を発現します。これはオラリオでも五人もいない『神秘』の【発展アビリティ】を発現した者にしか作製することが出来ない
「す、凄い……」
素直な感想を告げるベルにリューは本を元に戻す。
「団長はその稀少な【発展アビリティ】を発現しているんですね」
「はい。クラネルさんもLv.が上がれば何か発現するはずですがこれはまだ先の事なのでまずはもう片方の【基本アビリティ】の事について詳しく説明します」
「はい」
リューの教えを真面目に聞いて用紙にそれを纏めていくベル。
真面目にそして素直に学んでいくベルにリューも教えがいがあった。
「んじゃ、あたしからは体術を教えるけど生憎とあたしは人にものを教えたことはないから文句があればすぐに止めな」
「は、はい」
昼食を終わらせるとベルはリュコスから体術を習う為に中庭に来ていた。
きつめに話すリュコスにベルは少し怯える。
「リーチが短いナイフや短剣だとどうしても距離を詰めないといけないからね。そこに体術を身に付ければ攻撃の幅も広がる。逆に言えば近づくことが出来なければ何もできやしない」
構えるリュコスにベルも真似るように構える。
「あたしとの戦いの中であたしの動きを真似てそこから自分が使いやすい体術を考えな」
「はい!」
返答と同時にリュコスの鋭い蹴りがベルに炸裂してベルは壁まで蹴り飛ばされた。
「あ、わるい……」
手加減し損ねたリュコスはベルに謝罪するがその時にはベルの意識は途絶えていた。
それからしばらくして目を覚ましたベルにリュコスはバツ悪そうに謝罪してベルは笑いながら許した。
「次は手加減してみせる」
「お、お願いします……」
もう一度一から始める二人。
「フッ!」
今度は確実に手加減した蹴りを放つリュコスの一撃をベルは直撃。
だが、今度は気絶することなかったがそれでも痛みが全身を襲う。
「うっ」
「呻く暇があったら攻撃してきな!」
蹴り主体で攻撃を繰り出すリュコスにベルは防戦一方。
「敵は待ってはくれない!痛みに耐えながらも前に出て攻撃しな!」
「う、ぐ…はい……」
体術を覚えるべくリュコスと模擬戦を行うがリュコスの激しい攻撃に終始ベルは防戦を強いられたままだった。
「ま、最初はそんなもんさ」
動けなくなったベルの首根っこを持って持ち上げて食堂まで連れて行くリュコス。
朝は戦うことに慣れさせ、午前中は勉強、午後は体術。
夜はしっかりと休ませる為に訓練は無しになっているベルだが今日一日の訓練が終えたベルは夕食を食べる気力がなかった。
「ベル、大丈夫?」
「セシル………」
テーブルに突っ伏しているベルを見てセシルが心配そうに声をかける。
「やっぱり訓練は厳しかった?」
あれでも大分手加減されているとは口に出さずにセシルはベルにそう尋ねるとベルは首を横に振る。
「ううん、それもあるけど違うんだ。今の僕に必要なことを団長達は教えてくれているのはわかってるんだ。だけど、ちゃんと身に付けられるか不安で……」
訓練がきついのは本当だが、ベルはそれ以上に教わったことをちゃんと身に着けて行けるのかが不安だった。
「大丈夫だよ。私も才能はないけどちゃんと【ランクアップ】できたんだからベルも努力すれば強くなれるよ」
「……ありがとう」
励まそうとするセシルにこれ以上迷惑をかけさせないように礼を言うベルだが不安は消えていない。
セシルもかつては自分が通った道だからベルの不安がよくわかる。
だけど、どう励ませばいいのかわからなかった。
「落ち込んでいるね~ベル君~」
「アイカお姉ちゃん」
セシルの後ろから抱き着いて来たアイカはセシルの肩に顎を置いてベルに言う。
「でもね~ベル君。落ち込むのはまだ早いよ~。だって今日一日でそんなに変わる訳じゃないんだからね~」
「アイカさん……」
「だから~少なくとも数日は頑張ってみてから落ち込ばいいよ~。その時は私が慰めてあげるからね~」
のんびりとした口調でそう告げるアイカにベルの瞳から不安は取り消された。
「……そうですよね。まだ始まったばかりですしもう少し頑張ってみます」
「うん、頑張ってね~」
微笑みながら応援するアイカにセシルは相変わらず凄いと思ってしまう。
下手な励ましよりも効果的な言葉を述べるアイカは本当に人を良く見ている。
「でも~ベル君も男の子だね~。ダンジョンで異性との出会いを求めるなんて普通は思わないよ~」
「え」
「え?」
笑顔のまま唐突にそう告げるアイカに二人は唖然する。
ベルはどうしてそのことをと内心で焦るがアイカは笑みを浮かべたままベルに言う。
「ふふ、わかりやすいね~ベル君は~」
ダンジョンに出会いを求めているベルの心をアイカは平然と見破ったことにベルは昨日リオグが言っていたことを思い出した。
アイカは鋭いから嘘はつけないと言っていたことを思い出したベルはこの人は心根も見抜けるほどそれこそ神を相手にしているかのように嘘はつけないのかと思った。
「流石に神ほどじゃないよ~」
笑顔のまま平然と考えていることを見抜いたアイカにベルは頬を引きつかせた。
セシルは二人のやり取りを見て呆れるように息を吐くしかなかった。