路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

66 / 202
New06話

アグライアは帰って来たベルの【ステイタス】を更新すると目を見開く。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:H101

耐久:H123

器用:I99

敏捷:G203

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

懸命必死(プロス・パシア)

・死の危険を感じる程に『敏捷』を強化。

・回避能力上昇。

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

「………」

ベルの【ステイタス】を見たアグライアは疲れるように息を吐いた。

新しく発現したベルのスキル。

一つ目は日頃からのミクロの酷烈(スパルタ)とミノタウロスに追われていたことにより発現したのだろうと推測する。

生きる為に懸命に努力して必死に頑張ったことから発現したと思うとスキルが発現するほどミクロの酷烈(スパルタ)は辛かったのだろうと思ってしまう。

だけど、二つ目に比べればまだいい。

問題なのはこの【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の方だ。

早熟するということは成長を促進するスキル。

間違いないレアスキルにアグライアはそのスキルを隠すことにした。

娯楽に飢えている神にこの事が知られたら間違いなくベルは神の玩具にされてしまう。

ベル自身も隠し事ができない性格から知らせない方がいいとアグライアはそう判断した。

「はい、【ステイタス】の更新が終えたわ」

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を隠して写した用紙をベルに見せる。

「やった、やりましたよ!神様!僕、スキルが発現できました!!」

「ええ、おめでとう」

瞳を輝かせて歓喜するベルにアグライアも同意するよう頷く。

子供のようにはしゃぐベルの姿は年相応の子供だった。

本当は二つもスキルを発現しているがベルの為にも二つ目のスキルは内密にする。

「ベル。今日はどうするのかしら?」

スキルの発言に喜んでいるベルには申し訳がないと思うがスキルのことから話を逸らさせる為にアグライアは話題を変えた。

「えっと、今日は夜までゆっくりしていいと団長から言われました」

昨日ミノタウロスに殺されかけた次の日くらいはミクロも休みを取らさせた。

だからミクロは今日はセシルを連れて中層でセシルの訓練を行っている。

そして、夜はベルと共に『豊穣の女主人』に向かう予定。

「なら、今日一日はゆっくりしてなさい。ミクロの訓練が大変なのはよく知っているでしょう?」

「……身を持って知りました」

改めてミクロの酷烈(スパルタ)に怯えるベルだが、その成果は確かにあったという実感があった。

ミノタウロスとの戦闘で負けはしたけどミノタウロスの一撃を反射的に防御することが出来たのはミクロの酷烈(スパルタ)があったからこそ。

もし、ミクロの酷烈(スパルタ)を受けていなかったら死んでいたかもしれない。

「貴方が無事で良かったわ」

アグライアは微笑みながらベルの頭を撫でるとベルは耳まで真っ赤になって俯く。

そんな初々しい反応するベルにアグライアは可愛いと内心思っていた。

「ぼ、僕!部屋で休んできます!」

慌ててアグライアの部屋から出て行ったベルは自室に戻ってベッドの上に寝転がる。

「……僕もあの人達のようになれるかな?」

団長であるミクロのように。

昨日出会えた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインのように。

「あ」

しかし、そこでベルは気付いた。

「なんて謝ろう……」

あーだーこーだと想像しながらイメージトレーニングを繰り返しては不安そうに別の謝り方を考えたり、どうすればお近づきになれるのかも様々な試行錯誤を繰り返していくとすっかり日は暮れていた。

 

 

 

 

 

「こっち」

『豊穣の女主人』の酒場に向かうべくベルを連れてメインストリートを歩くミクロ達。

だが、目的は食事ではなく今日その酒場に集まるであろう【ロキ・ファミリア】主にアイズに会って謝罪と礼を言う為であった。

「だ、団長……やっぱりまたの機会に」

「礼を言うなら早い方がいい」

緊張と不安から逃れたく逃げようとするベルを一蹴して手を掴んだまま酒場に連れて行くミクロは目的地である『豊穣の女主人』に到着した。

ミクロは迷いなく店の中に入ると一人の女性店員が歩み寄って来た。

「いらっしゃいませ!あ、ミクロさん。お久しぶりです」

「久しぶり。シル」

薄鈍色の髪をした女性シル・フローヴァ。

何度かこの酒場に足を運んだことがあって顔見知りになったミクロ。

「そちらのお客様は?」

「新人のベル」

「は、初めまして!ベル・クラネルです!」

「うふふ、初めまして。シル・フローヴァです」

丁寧に頭を下げて挨拶するベルに微笑みながら名前を名乗るシルは二人を席へ案内した。

カウンター席に座る二人は適当に注文を取るとカウンターの内側にいるミアが「酒は?」と尋ねられてミクロは醸造酒(エール)を頼みベルは断ったがミアはベルの言葉を無視して二人分の醸造酒(エール)をカウンターに叩きつけた。

「気にせず食べろ」

「……ご、ご馳走になります」

支払いはミクロが払う形で奢ってもらうベルは奢って貰ってばかっかりで申し訳ない気持ちだった。

しかし、ミクロ本人も基本的には金を使うことがないからこういう時に金を消費させている。

料理を食べながら食事を進めるミクロは空いているテーブルを見て【ロキ・ファミリア】はまだ来ていないと判断できた。

「【ロキ・ファミリア】の皆さんはもう少ししたら来ると思いますよ」

「そうか」

ミクロの心情に気付いたのかシルはそう告げてベルの隣に座る。

「楽しんでいますか?」

「……圧倒されてます」

このような場所に慣れていないベルに気を使って話を振るうシル。

ベルもシルと楽し気に会話を始めていると、突如、どっと十数人の団体が酒場に入店してきた。

今回の目的である【ロキ・ファミリア】が酒場にやって来た。

「ベル。行くぞ」

アイズに会ってベルに助けてくれた礼と逃げたことに関しての謝罪をさせる為に動こうとするミクロだがベルはカウンターの下に隠れて動かない。

「す、すみません……やっぱり心の準備が……ッ!もう少し、もう少しだけ待ってください……ッ!」

ベルの懇願にミクロは再びカウンター席に座る。

ベルの気持ちの整理がついてからアイズに会わせても遅くはないし、いざとなれば無理矢理にでも会わせればいいと考えを纏めて醸造酒(エール)を一口飲んで食事を進めていくその時だった。

「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

酒に酔ったベートが思い出したかのようにそう言い出した。

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が五階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

その言葉を聞いたベルは頭が凍り付いたように動きを止める。

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがっいてよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

遠征の帰りの時の話だろうと容易に想像できたミクロはモンスターも逃げることがあるんだなと全く関係のないことを考えているとベート嘲笑うかのように声を上げて言った。

「それでよ、いたんだよ、駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が!」

ベルはそれが誰を指していることなのかすぐにわかった。

何故ならそれは自分だからだ。

「抱腹もんだったぜ、兔みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!ミノを見て気絶してやがったんだぜ?」

「―――――それは」

違うとアイズは言いたかった。

アイズは一瞬とはいえ見ていた。

ミノタウロス相手に果敢にも立ち向かっていた姿を。

「ふむぅ?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「………」

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ………!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ………!」

「……そんなこと、ないです」

ベートは目元に涙を溜めながら笑いを堪え、他のメンバーは失笑し、別のテーブルでその話を聞いている部外者達は、釣られて出る笑みを必死に嚙み殺す。

「………」

そんな奴らを見てミクロは静かに立ち上がろうとしたがベルがミクロの腕を掴んで必死に首を横に振った。

これ以上ベルを傷つける発言を止めようと軽くベートの息の根を止めようとするミクロ。

そのミクロに迷惑をかけたくないと必死にミクロの腕を掴むベル。

そんなベルを見て堪えようとするミクロ。

「それでそのトマト野郎のエンブレムを見てみたらあの眼帯野郎の【ファミリア】だったんだぜ?」

「っ!?」

だが、ベートの暴言はミクロにまで及んだ。

「え、ミクロの【ファミリア】の子だったの?」

「ああ、まったく眼帯野郎の気が知れてるぜ。あんなトマト野郎をどうして【ファミリア】に入れたのかがな」

嘲笑するベート。

「最速でLv.6になったかは知らねえがあんな雑魚を自分の【ファミリア】に迎え入れるなんてあいつもその程度だったってこった」

前代未聞の五年でLv.6まで到達したミクロ。

それだけの努力を重ねて偉業を成し遂げてきたミクロに対してもベートの嘲笑った。

「アイズに勝ったあいつの実力は認めてはいるがあんな雑魚を【ファミリア】に入れて恥ずかしくねえのかってんだよ。品位を疑っちまうぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまった少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。それにミクロ・イヤロスの実力は私も認めている。彼の侮辱は私が許さん」

オラリオ最強の魔導士であるリヴェリアもミクロの実力を認めている。

故にその侮辱の発言は許せるものではなかった。

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって、でもよ、そんな救えねえヤツ擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すために、ただの自己満足だろう?ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

「眼帯野郎も眼帯野郎だ。第一級の誇りもあるのか疑うぜ。眼帯野郎の弟子とかほざいているあの雌に何を教えているって話だ。雑魚と仲良し小良しして何の意味がある」

「それって……」

ベートの言葉にレフィーヤは小さく反応を示した。

同じ憧憬を抱く自身の宿敵(ライバル)であるセシルもベートは雑魚呼ばわりした。

「………」

自分の腕を握っているベルの手が震えながらも力を増す。

その握られている手を払うことなくミクロは何もしない。

訳にはいかなかった。

「ベル、団長命令だ。今すぐに外に出て行け」

握られているベルの手を払ってミクロはベルに告げる。

「溜め込んでいるものを外で出してこい」

「………っ!?」

ベルは椅子を飛ばして、立ち上がる。

殺到した視線を振り払って、ベルは外に飛び出した。

「ベルさん!?」

外に飛び出したベルを追いかけるシルに酒場にいた大半は何が起きたか把握できずにいた。

その中でミクロは黄金の指輪を左の中指に嵌めてベートに近づく。

「あぁン?食い逃げか?」

「うっわ、ミア母さんのところでやらかすなんて……怖いもん知らずやなぁ」

周囲と同じ反応するベート達の中で何人かはミクロの存在に気が付いて一気に酔いが覚めた。

「おい」

「あぁ?」

ミクロはベートの前に立ってベートを殴り飛ばした。

外まで殴り飛ばされたベートにこの酒場にいる者はミクロの存在に気が付いた。

「ミ、ミクロ……」

驚愕の声を出すアイズや他の【ロキ・ファミリア】の団員達と部外者達も驚きを隠せれなかった。

「アイズ。久しぶり」

変わらず声をかけるミクロにアイズは居心地悪そうに視線を逸らす。

嘲笑していた本人がその場にいたことにアイズはまだしもミクロの事を笑っていた者達は顔色が青くなって小さく震え出す。

「てめえ!眼帯野郎!?」

殴り飛ばされたベートは外から戻って来た。

憤りながら戻ってくるベートにミクロは淡々と言う。

「俺の事はどうでもいい。そんなことは慣れてる。だけど、ベルとセシルの事について謝れば今の一撃で許してやる」

寛大ともいえる処置をベートに施すミクロだがベートは鼻で笑った。

「ハッ、誰が雑魚に頭を下げるかよ!雑魚は雑魚でしかねえ!雑魚に謝るなんて死んでもご免だ!!」

だが、ベートはそれを拒んだ。

「………そうか」

その言葉を聞いたミクロは息を吐く。

予想通りの答えにミクロは予定通りに軽くベートの息の根を止めることにした。

だが、ミクロが動く前にベートの蹴りがミクロの横顔に直撃した。

「てめえが先に手を出したからな」

吐き捨てるように告げるベートだが、その表情はすぐに驚愕に包まれる。

「まぁ、それは否定しない」

ベートの蹴りは確かにミクロに直撃したにもかかわらずミクロは微塵も動いてはいなかった。

何事もなかったかのようにその場に立ったままだった。

その光景に誰もが目を見開いた。

特に【ロキ・ファミリア】の団員達はベートの蹴りの強さは嫌という程知っている。

だけど、その蹴りがミクロには微塵も通用していなかった。

ミクロはベートの脚を掴んで強力な電撃を放つ。

「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

電撃が全身に迸るベートは悲鳴を上げた。

ミクロの左の中指に嵌めている黄金色の指輪はミクロは新たに作製した魔道具(マジックアイテム)『レイ』。

指に嵌めることでその手から強力な電撃を放出することが出来る魔道具(マジックアイテム)

ミクロはそれを使ってベートを感電させている。

「く……っそがッ!!」

感電しながらも蹴りを放つベートだがミクロにはまるで通用しなかった。

「まだ平気か」

攻撃してくるベートにミクロは電撃の出力を上げた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

叫ぶベートにミクロは止めない。

「ミクロ・イヤロス。君の団員達の非礼は詫びよう。だからベートを許してはくれないか?」

感電するベートをこれ以上見ていられないとフィンがミクロに制止するよう懇願する。

「安心してくれ、フィン。殺しはしないし、この程度では死にはしない」

だが、ミクロは止めるつもりはなかった。

ミクロは人の限界を誰よりも把握している。

だから、この程度では死ぬことはない為ミクロはベートに電撃を放ち続ける。

「やめい、【覇者】。自分、誰の子に手を出しとるか知ってるん?」

「ロキの眷属」

「知ってるんなら今すぐにその手を離し。今なら許したる」

痛めつけられているベートにロキが脅しをミクロにかけるがミクロは淡々とロキに問いかける。

「俺の主神でもないお前が何故俺に命令する?」

ロキはそこで気付いた。

ミクロはアグライアでなければ止めることは出来ない。

「二大派閥だろうと神だろうと俺の家族を傷つける奴に俺は容赦しない」

「ミクロ。もうやめて」

「そうだよ!ベートを許してあげてよ!」

「わかった」

アイズとティオナの言葉にミクロはあっさりと止めた。

驚くほどあっさりと止めたミクロにロキは椅子ごと倒れる。

「何でアイズたんとティオナの言葉にはそんなに素直やねん!?」

「友達の頼みを聞くのは当然」

叫ぶロキにミクロは当たり前のように答える。

神の言葉よりも友達であるアイズ達の言葉の方が効果があったことにロキは深く溜息を吐く。

恐ろしいほど素直な奴とロキは内心でそう愚痴る。

そんなロキを無視してミクロは『リトス』から金貨を取り出したカウンターに置く。

「代金と迷惑料」

数百万はある金貨をミアに渡して立ち去ろうとするミクロはその前にアイズに頭を下げる。

「アイズ。ベルを助けてくれてありがとう」

礼を言ってミクロは店を出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルは走っていた。

歪められた眦から水滴が浮かんでは、背後へと流れていく。

惨めな自分が恥ずかしく、助けられる自分が許せず、弱い自分に殺意さえ覚えた。

笑い種に使われ失笑され挙句庇われるこんな自分を、初めて消し去ってしまいたいと思った。

それだけではなく自分が弱いせいでミクロやセシルにまで笑い種にしてしまった。

暖かく家族のように迎え入れてくれた【アグライア・ファミリア】。

才能もなく弱い自分を鍛えてくれるミクロや朝の訓練で模擬戦の相手をしてくれているセシル。

それなのにベルは何も言えずミクロに庇われた。

どうすればアイズと親密になれるのかと妄想していた自分が恥ずかしかった。

ベルは弱い自分が悔しい。

「………ッッ!」

深紅(ルベライト)の双眸が遥か前方を睨み付ける。

目指すはダンジョン。目指すは高み。

 

 

 

 

 

 

ミクロは迷わずにベルがいるであろうダンジョンに足を運んでいた。

ベルが酒場から立ち去ろうとした時の目はかつて自分がしていたものと似ていた。

エスレアの元で修行に行くときの強くなりたいという瞳をしていたベルにミクロはベルはダンジョンにいると容易に推測できた。

何階層にいるかまではわからないがベルの事だから5階層より下と踏んでいるミクロは下の階層に降りていく。

そして、6階層でモンスターと戦っているベルを発見した。

「……………」

ミクロは来た道に振り返って本拠(ホーム)でベルを待つことにした。

「強くなれ、ベル」

強くなって戻ってくるベルを信じて。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。