路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New10話

ダンジョン18階層で起きた殺人事件に介入したミクロ達は殺されたハシャーナが借りていたヴィリーの宿でそれぞれの表情を浮かべていた。

その中でミクロは淡々とハシャーナの荷物を漁る。

「……ほ、本当に、この人は力ずくで殺されてしまったんでしょうか?その、毒とか……」

「ハシャーナのアビリティ欄に『耐異常』があった。それもG評価ならほとんどの異常効果は無効化できる」

レフィーヤの言葉に淡々と答えるミクロ。

「情事に乗じることで油断させていたとはいえ、第二級冒険者の寝首をかける女、か……」

「……【イシュタル・ファミリア】のところの戦闘娼婦?」

フィンの言葉にティオナが考えを口にするがフィンは死体から視線を外さず口を開いた。

「そうだったとしたらわかりやすくていいんだけどね、まぁ、疑ってくれと言っているようなものかな」

「そうよ、あからさま過ぎるじゃない」

フィンの返答にティオネが声を続けた――――その直後だった。

室内にいた取り巻きの一人が、半狂乱でアイズ達に指を向けた。

「そ、それらしいこと言っているけどっ!!今ちょうど街にやって来たって顔をして、本当はお前等の誰かがやったんじゃないか!?」

その発言を皮切りに、ボールス達は一斉に振り向いた。

「違う。アイズ達とは16階層で会ったから容疑者から外れる」

だが、その言葉をミクロは否定した。

「仮にアイズ達が殺したとしても実名共に有名な【ロキ・ファミリア】が街に入れば誰か気付く」

冷静に事実を告げるミクロに取り巻きが今度はミクロに指を向ける。

「ど、どうしてお前はそんなに冷静なんだよ!?ガキの癖に!?」

「慌てる必要がないし、たかが死体に慌てる理由もない」

手がかりを見つける為に周囲を探るミクロは変わらない口調でそう告げる。

「な、ならお前の【ファミリア】の――」

言葉の途中で取り巻きの頬に切り傷ができて、その後ろには投げナイフが壁に突き刺さっていた。

「俺の家族(ファミリア)を疑うことは許さない」

次はないと警告するミクロに取り巻きは恐怖のあまり腰を抜かす。

『………』

警告するミクロにアイズ達は無言だった。

投げナイフを取り出して投擲するまでの動作が見えなかったアイズ達。

場の空気が静まり返る中でミクロはハシャーナの荷物から血まみれになっている冒険者依頼(クエスト)の依頼書を取り出してフィンに見せた。

その中で解読できたのは『30階層』『単独で』『採取』『内密に』という言葉だけで残りの文字は血で読めなかったがフィンはそれだけでも予想は出来た。

ハシャーナは依頼を受け、犯人に狙われている『何か』を30階層に取りに行っていた。

それも素性を隠して【ファミリア】に話さず。

「……ミクロ・イヤロス。君はどう思う?」

「犯人はまだこの街にいる。そして、ハシャーナには協力者がいるはずだ」

犯人はハシャーナが持っている何かを狙って接触してきた。

だが、目的の物は見つかっていないということはハシャーナが犯人と接触する前にその協力者に目的の物を渡したとミクロは推測した。

「ハシャーナが素性を隠して【ファミリア】に知らせていないとなると恐らく別の【ファミリア】の誰かに渡した。そしてそれを知らない犯人はハシャーナに接触して殺して奪おうとしたがそれがなかった以上まだ目的を達成していない」

「なら、まだ街で姿をくらませている可能性はあるか」

ミクロの推測にフィンも同意するように頷く。

「後、この場にいた女の髪の色は赤だ」

ミクロの手には一本の赤い髪の毛。

ハシャーナを殺したであろう女性の髪の毛を見つけた。

「おお、お手柄だぜ!これで犯人の特定がしやすい!」

手がかりが見つかったことに喜ぶボールスにミクロは言う。

「ボールス。街を封鎖して冒険者を一箇所に集めてくれ」

「わかった」

神妙な顔で頷くボールスはすぐに行動をするとミクロはフィン達に視線を向ける。

「協力頼む」

「もちろんだ」

「任せて!」

「うん」

「ここまで来たら、ハシャーナの弔い合戦ね。絶対に犯人を捕まえるわよ」

「は、はいっ」

【ロキ・ファミリア】と共に協力しミクロ達はハシャーナを殺した犯人を捜し始める。

 

 

 

 

 

 

ボールスによって封鎖命令が下された『リヴィラの街』の中は、いつにないざわめきと動揺が伝播していた。

「………」

順調に集まっている中でミクロは違和感があった。

順調すぎることに。

ミクロ達はアイズ達と共にそれぞれ分かれていた。

不審な者を逃がさないように分かれて行動していたがミクロは冒険者が集まる前に何かしらの行動を移すのではないかと踏んでいた。

にも関わらず冒険者達は一箇所に集まっている。

ずっと数えて五百はいる冒険者の中に犯人とハシャーナの協力者がいる可能性が高い。

だけど、このまま身体検査を行えば犯人はほぼ特定できる。

何か策があるのか、もしくはもうこの街にはいないのかとミクロは思考を働かせる。

「セシル。万が一の為に警戒」

「え、は、はい」

嫌な予感がするミクロは万が一の時の為にセシルの警戒を強いらせる。

そして、地下の青空に見下ろされながら、犯人の特定に取り掛かる。

「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな?」

「うひひっ、そういうことなら……」

フィンの助言に嫌らしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。

「よぅし、女どもぉ!?体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

ボールスの要求を聞き、全ての男性冒険者が熱烈な歓声を上げるにたいして女性冒険者達からは大顰蹙の声々が飛んだ。

「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査するぞ」

雄叫びを上げる男達を放っておき、リヴェリアが検査を受け持つため歩み出る。

声をかけられたアイズ達はリヴェリアの後に従った。

「それじゃあ、こちらに並ん、で……」

自分の前に列を作るように指示しようとしたレフィーヤの声が、不自然と途切れる。

彼女の視線の先、女性冒険者達はアイズ達を見向きもせず、ずらりとフィンとミクロの前に長蛇の列を作っていた。

『フィン、早く調べて!?』『お願い!』『体の隅々まで!!』

『ミクロ調べて!』『ファンだったの!』『好きにしていいから!』

「……」

「わかった」

「ダメです!お師匠様!」

多くの少年趣味(おんな)が、遠い目をするフィンと女性団員の服を脱がせようとするミクロに詰め寄る。

脱がせようとするミクロにセシルが全力で止めに入った。

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

【覇者】ミクロ・イヤロス。

オラリオにおける女性冒険者人気の一、二を争う第一級冒険者の二人。

ミクロは自分が女性冒険者の間で人気があることは微塵も知らないが、フィンに負け劣らずの人気があった。

「お師匠様の代わりに私が調べますから一列に!」

ぶーぶー、と女性冒険者達が野次を垂れ流す中でセシルは大鎌を構えて殺気を放つ。

「それ以上喚いたら狩るよ?」

『………』

ドスの効いたセシルの声に女性冒険者達は一斉に静まり返った。

静まり返ったのを見てセシルは大鎌を背にかけて一列に並ばせる。

「お師匠様は荷物の方をお願いします」

「わかった」

セシルが身体検査でミクロが荷物検査を行い、一人ずつ調べていくと不意にミクロの耳に笛の音が聞こえた。

「お師匠様……?」

手を止めて突然周囲を警戒するように見まわすミクロに訝しむセシル。

スキルにより五感と第六感(シックスセンス)が強化されているミクロは蠢く何かの音を捉えて武器を構えた。

「セシル。来るぞ」

「え?」

高い城壁を乗り越えて街の至る所から吠声を上げる極彩色の花のようなモンスターを見てセシルは目を見開く。

「あれは……!?」

驚愕と同時に大鎌を構えるセシルは突然姿を現したモンスターに見覚えがあった。

怪物祭(モンスターフィリア)の際にアイズ達と共に倒した食人花のモンスターだった。

「なにモンスターの侵入を許してやがる!?見張りは何やってんだ!」

ボールスの怒号が響き渡る。

食人花のモンスター達に、街中心部の広場は騒然となっていた。

『―――――――――――――――アァッッ!!』

水晶の柱を破壊し、光り輝く破片の雨をばらまきながら、一輪の食人花が広場に到達するとそれを皮切りに、一挙、他のモンスター達が雪崩れ込む。

「セシルは他の冒険者を助けろ」

「はい!」

ミクロの指示に動き出すセシルにミクロはフィン達のところに駆け出す。

自分達より能力が高い食人花に恐慌(パニック)になる冒険者達は散らばって逃走する。

「フィン」

「ああ」

リヴェリアとボールスに指示を繰り出したフィンは言いたいことがわかるかのように頷く。あまりにも作為的過ぎることに。

怪物には不可能である戦略的行動に二人の答えが一つに当てはまった。

殺人鬼は調教師(テイマー)と。

五十以上もしくはそれ以上に増えるかもしれない食人花にミクロは触手を斬り払いながら襲われている冒険者達を救出に向かう。

数が多い食人花にミクロは『ヴェロス』を発動させるとその魔力に反応した食人花はミクロに向かっていく。

だけど、ミクロにはそれは好都合だった。

『砲弾』として放たれた矢は向かってきた食人花を一斉の葬った。

だが、それも数体だけで数があまりにも多いことからミクロはすぐさま『ヴェロス』を解除する。

魔法で倒そうにも逃げ回っている冒険者も巻き込んでしまう為にミクロはティオナ達が広場に冒険者を集めるまで地道に倒していくことにした。

「ハッ!」

大鎌を振り回して食人花を切り裂いていくセシルは他に襲われている冒険者を探しては救助に向かおうとするが立ち直り始めてきている冒険者を見て少しずつではあるがこちらが優勢になってきていることに気付いて一安心する。

「セシル」

「お師匠様!」

セシルに駆け寄ったミクロは指示を飛ばす。

「お前は他の冒険者と共にモンスターの殲滅。俺はフィンのところに行って状況を把握してくる」

「はい!」

指示を飛ばしてフィンの下に駆け出すミクロだが、その足は突如現れた巨躯のモンスターによって止まった。

女体を象った上半身に十本以上の足はうねると蠢いている。

始めて見た女体のモンスターは真っ直ぐと中心部に向かってきた。

「フィン。あれは深層のモンスターなのか?」

「違うとは言い切れないね。前の遠征でも50階層で似たようなモンスターと遭遇(エンカウント)したが恐らくあれも新種だ」

「どこから現れた、と問いただしたいところだが……始末する方が先決だな」

「ああ、そうだね」

「わかった」

「何でてめえ等はそんなに冷静なんだ!?ちったあ慌てろ!」

ボールスの悲鳴が響き渡り横で、三人は巨躯を見上げた。

レフィーヤと犬人(シアンスロープ)を抱え逃げ込んできたアイズに続き、その食人花の足を侵入させ、轟音とともに女体型が広場へ到着する。

「………」

ミクロは一度周囲を見渡して冒険者が一箇所に集まっていることと食人花のモンスターが減っていることを確認して『リトス』から魔杖を取り出す。

「フィン。援護を頼む」

「倒せるのかい?」

尋ねるフィンにミクロは頷いて応えると女体型のモンスターに向かって駆け出す。

「ティオネ!ティオナ!ミクロ・イヤロスの援護を!」

「はい!」

「うん!」

「リヴェリア、それにレフィーヤも魔法の準備を頼む!」

「わかった」

「は、はい!」

駆け出すミクロの横に疾走するティオネとティオナにミクロは走りながら詠唱を口にした。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

詠唱を口にするミクロの足元からは白く輝く魔法円(マジックサークル)が展開される。ミクロがLv.6に【ランクアップ】を果たした時に発現した発展アビリティ『魔導』。

「【礎となった者の力を我が手に】」

ミクロの魔力に反応した食人花と女体型のモンスターは何十もの触手をミクロに向けて放つがそれをティオネ達が切り裂いてミクロを庇う。

「【アブソルシオン】」

詠唱を完了させてミクロは再び詠唱を始める。

「【雪原の白き前触れは全てを凍結して崩壊へ誘う】」

その魔法はかつて倒した【シヴァ・ファミリア】の団員エスレアの魔法。

「【風を巻き、光さえも閉ざす絶対零度の厳冬の前に何者も抗う術はない】」

膨れ上がる魔力に女体型のモンスターは震える。

『―――――――――――――ッッ!!』

食人花の足が大きく吠え、目標の魔力に飛びかからんとする。

「【アルクス・レイ】!」

飛びかからんとする触手をレフィーヤが魔法で支援し、ティオナ達も撃ち損ねた触手を切り裂いていく。

「ミクロの邪魔は」

「させないよ!」

「【砕け散る者にせめてもの慈悲と美景を与えよう】」

【ロキ・ファミリア】に守られながらミクロは詠唱を続ける。

「【無常の吹雪が汝を冥府に導く】」

そして、詠唱が完了してミクロは魔杖を女体型のモンスターに向けた。

「【アースフィア・スファト】」

放たれたのは回避不可能のブリザード。

触れた者を全て凍結させる絶対零度の凍結魔法に女体型のモンスターどころかその周囲にいた食人花は凍結され、動きが完璧に停止した。

「たたみかけさせてもらおうか」

フィンの言葉にミクロ達は一斉の凍り付いた女体型のモンスターに攻撃を叩き込み女体型のモンスターは完全に砕け散った。

「やった―――――!!」

女体型のモンスターを倒して歓喜の声を上げるティオナにこの場にいる全員が一息つく。

だけど、その場にはミクロの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

食人花のモンスターが全滅一方、アイズと赤髪の女は都市の西に戦場を移していた。

「っ!」

「便利な風だな」

アイズは魔法を既に使用して剣の切れ味、速度ともに上昇している。

それでも赤髪の女はアイズの風を圧倒している。

【エアリエル】を遺憾なく使用しても、相手は一歩も引かず、純粋な白兵戦でアイズの猛攻を防いでは攻めかえる。

「……っ」

アイズは冷静ではなかった。

赤髪の女から告げられた『アリア』という言葉を聞いてアイズの心は激しく揺れている。

柄を握りしめる手の力を増し、一段と剣速が上がった。

アイズの視界から全てのものを取り除き、目の前の敵に剣を振るう。

「―――――人形のような顔をしていると思ったが」

だが、激しい心の動きにより、常時よりも前のめりになったアイズの剣筋を、赤髪の女は見逃さなかった。

大振りになったアイズの剣を躱して、風を引き千切る一撃を見舞った。

すくい上げるような拳砲。

籠手(ガントレット)を失った左手が気流の鎧ごと腹部を強打し、細身の体を後方に殴り飛ばす。

「っ!?」

強制的に後退させられ態勢を崩すアイズは速攻で態勢を立て直そうとするがそれよりも早く赤髪の女が長剣を振りかぶり、眼前に踏み込んだ。

「――――」

ぞくっっ、と。

アイズは全身という全身を悪寒が駆け巡った。

振り下ろされる長剣にアイズは風鎧(エアリエル)を最大出力、そして驚異的な速度で《デスぺレート》を前に構えた。

瞬間。

「――――――――――ッッ!?」

轟音が爆発した。

左斜めに斬り下された長剣は《デスぺレート》の防御と風の気流を突き抜け、アイズの身に衝撃を貫通させる。

宙を飛ぶアイズは後方の瓦礫に叩きつけられる。

「うっっ!?」

激突した背中が瓦礫を盛大に砕く。

神経が断線したかのように一瞬言うことが聞かなくなる。

「やっと終わりだ」

剣身が爆発し粉々に砕け散った長剣を捨て、赤髪の女は疾駆する。

地面に膝をつくアイズに向かって突撃し、その右腕を背に溜める。

対応できない。

顔を歪めるアイズ目がけ、籠手(ガントレット)に包まれた掌底が打ち出された。

「なにっ?」

「アイズ無事か?」

その掌底をミクロは受け止めて防いだ。

「ミクロ……」

女体型のモンスターを倒して誰よりもその場に駆け付けたミクロは視線を赤髪の女に向ける。

友達(アイズ)を傷つけるな」

「っ!?」

ミクロの拳が赤髪の女の腹部に直撃し、吹き飛ばす。


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