「チッ」
あと少しでアイズに止めをさせれるところでミクロが赤髪の女の拳を受け止めて更に腹部に一撃入れて強制的に後退させる。
赤髪の女は舌打ちをして態勢を整えて向かってくるミクロに拳を撃ち出すがミクロはそれを回避する。
「アイズさん!」
「アイズ!」
駆け付けてきたレフィーヤ達。
レフィーヤはすぐに
アイズが回復している中、ミクロと赤髪の女の戦闘は熾烈を極めていた。
赤髪の女の戦鎚のような両腕に対してミクロはそれを紙一重で回避してはナイフと梅椿で赤髪の女を傷付けていく。
しかし、それはかすり傷程度の傷で赤髪の女にとっては大したことではない。
「お前がハシャーナを殺したのか?」
「……お喋りとは余裕があるな」
赤髪の女はミクロの問いを否定しなかったことに手加減をするのを止めた。
「なら容赦しない」
ナイフを振るうミクロの攻撃を回避して赤髪の女は思い切り腰をひねり、裏拳のごとく薙ぎ払いを放った。
「っ!?」
だが、赤髪の女は驚きの余り目を見開いた。
並みの冒険者なら一撃で粉々に出来る剛腕にミクロは直撃したにも関わらず大したことはないかのように平然と赤髪の女の攻撃を受けた。
その桁外れな耐久力。だけど驚くのも束の間、ミクロは左指に嵌めている『レイ』を使用して赤髪の女に電撃を放出させる。
「ぐっ!?」
先程ミクロが傷つけて流れた血がより電撃を通して通常より
「二度も受けるつもりはない」
今度は回避してミクロは肘と膝の間を挟むように上下から攻撃して
かつてのエスレアの修行で身に着けた体術はどれも人を破壊するのに適しており、ミクロはそれを全て収得している。
「ぐ―――――ァ!?」
腕が砕かれた赤髪の女の一瞬の怯みをミクロは見逃さずナイフと梅椿で赤髪の女を切り刻んだ。
「これで終わりだ」
「っ!?」
跳躍して赤髪の女の頭部にかかと落としを喰らわせて地面に叩きつける。
「………」
アイズはその戦闘に戦慄するしかなかった。
自分が手足もでなかった相手をミクロは苦戦を強いられることなく勝利した。
前に自分と戦った時よりも明らかに強くなりすぎている。
そして自分がこんなにも弱いことに自然に手に力が入った。
「抵抗されても面倒だ。手足を斬り落とす」
赤髪の女を見下ろしながら冷酷に淡々と告げるミクロはナイフを構えてまずは逃げられないように足から斬り落とそうとナイフを振るう。
だが、ナイフは赤髪の女の足には届かなかった。
それを邪魔する者がミクロのナイフを防いだからだ。
「誰だ?」
体格からして男と思われるその者はフードで顔を隠してその手に持つ剣でミクロのナイフを受け止めた。
「レヴィス。遅いから迎えに来てみればまさかやられていたとはな」
「……黙れ」
フードの男の言葉に苛立ちを隠さことなく言い放つレヴィスは起き上がる。
「まぁ、今回は相手が相手だ。私が時間を稼ぐからお前はこの場から離れろ」
「……言われなくてもそうする」
「逃がすと思っているのか?」
フードの男の剣を斬り払ってレヴィスを捕まえようとするミクロだが再びフードの男が妨害する。
「君の相手は私だ。ミクロ・イヤロス」
その言葉にミクロはこのフードの男が誰なのか察したが今はそんなことは後だった。
視線をこの場にいるフィン達に向けるとフィン達も頷いてレヴィスを捕らえようと動き出す。
「悪いけど、彼女を逃がす邪魔をさせるわけにはいかない」
「っ!?」
交差している剣の姿が突然変わったと思った時、突然の衝撃にミクロは瓦礫まで叩きつけられた。
男は更に剣の姿を変えて一瞬でフィン達の前に現れて剣を振るった。
「これは……!?」
槍で防御するフィンはフードの男が持つ剣に心当たりがあった。
「何をしている?いくら私でもそこまで時間は稼げないぞ」
「……わかっている」
怒りで顔を歪ませながらレヴィスはミクロに視線を向けた。
「借りは返す……必ず」
それだけを告げてレヴィスは脇目を振らず速やかに逃走した。
レヴィスの逃走を確認したフードの男は軽く息を吐いた。
「さて、私も逃げたいところだがそう簡単には行かないか」
この場には負傷しているアイズを含めて第一級冒険者が三人いる。
ティオナとティオネは万が一に備えて街で待機を命令したフィンだが、今はそれを少しばかり後悔した。
「……まさかこんなところで再会するとは思いもよらなかったよ。ジエン・ミェーチ」
「久しいな、フィンそしてリヴェリアよ。こんな形で再会するとは思いもよらなかった。偶然の再会という言葉は実在していたのだな」
フードを取り払う男は顔を見せる。
長い耳を見て種族はエルフとわかる。だが、その瞳はミクロが嫌という程わかる破壊に悦びを知った者の瞳をしていた。
ジエンは瓦礫から立ち上がったミクロに視線を向ける。
「ミクロ。君ときちんと会うのは初めてだ。一応名乗らせてもらう。私は【シヴァ・ファミリア】、
「………」
名乗るジエンにミクロは無言で答える。
二人のやり取りにフィン達は思案するがその前にジエンが答えた。
「君も名乗りたまえ。へレス団長とシャルロット副団長の子として自身の親に恥ずかしい思いはさせたくないだろう?」
その言葉にフィン達の視線はミクロに集まる。
かつては壊滅された最悪の【ファミリア】。
ミクロがそのトップの子供だという真実に驚愕した。
「関係ない」
だけど、ミクロははっきりとそう告げた。
「関係なくはないだろう?君の両親の――」
「俺はアグライアの
ナイフと梅椿を構えなおすミクロにジエンは軽く息を吐く。
「【ファミリア】を自身の親も捨てるというのか?」
【シヴァ・ファミリア】を過去の記憶として捨てるのかと尋ねるジエンにミクロは自身の胸に手を当てる。
「過去があるからこそ今の俺がいる。だから俺は今の家族と共に未来を歩む。その道を邪魔する奴は誰だろうが倒すだけだ」
相手が【シヴァ・ファミリア】でも誰であってもミクロには関係ない。
その道を邪魔する者を倒すだけ。
その答えを聞いたジエンは納得した。
「過去を受け入れ、今を未来の為に戦う。
ジエンは剣の切っ先をミクロに向ける。
「なら交えよう」
「フィン、リヴェリア、アイズ達も手を出すな」
得物を構えるにつれてミクロはフィン達にそう告げる。
こいつは自分が倒さなければならないと言わんばかりの迫力にフィン達は傍観に徹する。
「いいのか?」
「仕方ないさ。これは彼等の問題だ」
二人の意志を尊重する物言いだが、フィンはジエンが弱ったなら迷うことなく捕縛することを視野に入れている。
例えミクロを切り捨てたとしても。
駆け出すミクロにジエンは迎撃するように剣を横に薙ぐがミクロはそれを容易に回避して懐に侵入するとナイフで斬りかかる。
だが、ジエンは重心を移動させて回避して剣で斬りかかる。
その時、剣の姿がまた変わっていた。
「それは……」
「ええ、君の母親シャルロット副団長が作り出した
それとは逆の
「………」
ミクロも
ジエンが持っているのがどのような効果を持つものかはある程度把握できている。
『
だけど、それならミクロも作製できる。
それが何故武具と呼称されていることに違和感があった。
得物を交差するとき、ジエンの剣の姿が変化する。
だけど、一度は見た剣の形状にミクロはすぐさまジエンの剣を受け流す。
「一度見ただけでもう対応できるのか。流石だ」
ジエンが披露した
始めに見た剣の形状変化は『力』。
剣、もしくは所有者の力を何倍にも跳ね上げることが出来る。
フィン達に一瞬で移動した時は『敏捷』。
所有者の速度を跳ね上げる。
ミクロと交差している時に変化していたのは『器用』。
所有者の剣の技術を上げる。
それぞれの剣の形状を見ればどのような能力が備わっているかすぐに理解できる。
まだ見せていない残り二つ『耐久』と『魔力』もそれに特化した能力と踏んでいる。
「だけど、これの恐ろしさはこれからだ」
ミクロのナイフを斬り払ってジエンは剣を振り上げる。
剣の形状は『力』と把握できているミクロは力では分が悪いと判断。
回避を行い、すぐにジエンの懐に潜り込んで攻撃を仕掛けると思考を働かせる。
「っ!?」
だが、ミクロは直感的に大きく後退した。
突然、足場が大きく揺れて地響きが発生した。
18階層全体が震えているかと思わせるような地響きに驚愕しながらミクロは視線をジエンから外さなかった。
「……それが
剣が振り下ろされていた場所は大きく抉れ、クレーターが生み出されていた。
たった一振り。
それも特に力を込めた様子もないその一振りでクレーターを生み出した。
『力』の形状でこれほどの威力が生み出されるのなら残り四つもこれと同等かそれ以上と考えられた。
「頃合だな……」
ジエンは剣を鞘に納める。
先程の一撃で周囲には砂煙が舞っている。
フィン達もいるなかで逃げるのが今が好機だということはミクロにも容易に想像できた。
「ミクロ。君は家族と共に未来を歩むと言っていたな」
「ああ」
「なら、君は【ファミリア】を去って静かに暮らすべきだ。君が今の【ファミリア】にいる限り私達は永遠に君達を襲い続ける」
それは助言も含まれた忠告だった。
「私はシヴァ様に忠誠を誓っているがシャルロット副団長には恩がある。その恩を代わりに君に返そう」
ジエンは告げる。
「シヴァ様は君が生きている限り追いかけ続ける。もし、君が今のまま未来に進むというのならそれは破滅の道だ。だが、オラリオを去り、どこかで静かに暮らせばまだ平穏に生きて行けるだろう。愛する者がいるのなら尚更そうしたほうがいい」
ジエンはミクロに背を向けて歩き出す。
「何故シヴァはそこまで俺を狙う?」
「特別だからだ。私達
砂煙と共にジエンは姿を消した。
「……破滅の道、か」
ぽつりと口から洩れるようにそう言った。