ミクロはダンジョンの24階層に向かう為に現在上層を駆け出していた。
前方にいるモンスターや襲いかかってくるモンスターを容赦なく切り倒しながらその足の速度は一切緩めなかった。
「リュー……」
ミクロの目が覚めた時には既にリューの姿はなかった。
「………」
ズキズキと胸が痛む。
リューのことを考えるだけで胸が痛くなるミクロは更に加速する。
リューではジエンには勝てない。
Lv.差もそうだが、ジエンは【
同じ
更にはジエンにはミクロの母親、シャルロットが作製した
その性能はミクロが作製してきたどの
「無事でいてくれ、リュー」
ミクロは今はただリューの無事を祈るしかなかった。
リューはフェルズの言葉通りに18階層にある『黄金の穴蔵亭』に訪れるとそこには【ヘルメス・ファミリア】の団員達とLv.6に【ランクアップ】した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいた。
ミクロと同じ『神秘』持ちの冒険者【
もちろん、それに応える【ヘルメス・ファミリア】の技量も。
だけど、一番に衝撃を受けたのは【剣姫】だった。
24階層に到着するとモンスターの大群を発見し、アイズは一人で全てのモンスターを倒し切った。
「あれが【剣姫】ですか」
数え切れないほどのモンスターの死骸を見渡した後、アスフィは通路の中心にいるアイズを眺める。
「………」
リューは無言でアイズに視線を向ける。
【ランクアップ】したことにより、強化された
あれほどのモンスターを倒したにも関わらずまだ余力が見える。
以前にミクロに負けてからアイズも強くなっていることが理解できる。
「
「可能です。ですが、【剣姫】まで容易くはない」
リューも倒せない訳ではない。
だけど、アイズのように容易く倒し切ることは出来ない。
今のアイズならミクロと互角に戦える。
そう思った。
それが
アイズを見てミクロの背中はどれほどまでに遠いのかと不意に考えてしまうが今はその考えを追い払う。
ミクロを守る為に自分はここに来たのだから。
その後、魔石を回収してリュー達は北の
モンスターを倒しつつ
「か、壁が……」
「……植物?」
リュー達の目の前に現れたのは、通路を塞ぐ巨大な壁だった。
不気味な光沢とぶよぶよしと膨れ上がった表面。気色悪い緑色の肉壁はリュー達の進路を見事に遮っている。
この場にいる全員、『深層』に何度も
アスフィは団員達に他の経路を調べさせている間にリューは肉壁を眺める。
モンスターの大量発生の原因はこの肉壁だった。
この先の
大量発生ではなく大移動。
それが今回の
なら、この先は何があるのかという疑問が生まれる。
その答えを知る為にリュー達は肉壁の中心にある『門』あるいは『口』のような器官を破壊して中に侵入する。
内部はまるで生物の体内に入り込んだと錯覚させられる。
『未知』とも呼べる領域に足を踏み込むリュー達の表情からは緊張が隠せない。
薄暗い道を通っていると通路の中心に、不自然に散乱した灰を発見する。
モンスターの死骸、それも魔石がなくドロップアイテムだけ残された。
周囲に警戒する中で一人、アイズは頭上を見上げた。
「――――上」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
牙の並んだ大口を晒すモンスター――――食人花の群れは間もなく天井から落下。
「これがセシルが言っていた食人花ですか」
ミクロは一度、セシルは二度交戦したことのある食人花のことをリューは二人から聞いていた。
打撃が効きにくいという前情報からリューは迷わず小太刀を抜刀する。
アイズと共に【ヘルメス・ファミリア】の団員達を手助するリューは食人花の触手を斬り払う。
魔力に反応する為魔導士を狙ってくるがアイズもそのことを了承している為、防衛に回る。
逆にリューは持ち前の高速戦闘で食人花の拡散させつつ触手を斬るなど前衛の援護に回っている。
二人の第一級冒険者に援護されながらも【ヘルメス・ファミリア】も動きを掴んで、一気に攻めに転じる。
無事に食人花を倒し終えたリュー達は一息つく。
その間にアイズとリューはアイスフィ達に食人花の情報を提供。
食人花の事について移動しながら考察していくと再び分かれ道に足を止める。
「アスフィ、今度はどっちに―――――」
その時だった。
ルルネの声を遮り、ずるずると体躯を引きずる音を響かせながら、左右の道から食人花が姿を現した。
更には後ろからも。
左右後方、三方向からの挟み撃ちに【ヘルメス・ファミリア】の他団員も顔をしかめる。
「……【剣姫】、
「わかりました」
「ええ」
アスフィの要請を二人は了承する。
アイズとリューで一人ずつ、アスフィ達で食人花を担当して動き出す。
後方を担当するリューは飛び出して接敵するとそれを見計らっていたかのように天井より巨大な柱がリューのもとへ落下した。
すぐさま反応して回避するリューだが、次々に落ちてくる柱により完全にアスフィ達から隔離された。
引き離されたことに驚愕するリューは襲ってくる食人花を秒殺する。
「ミクロではなかったか………」
暗闇から姿を現したのはジエン。
ミクロが来ると予測していたが予想外のリューの登場に落胆交じりに息を吐く。
「貴方が【シヴァ・ファミリア】のジエン・ミェーチ……」
同じ
だが、それ以上にリューは理解していた。
ジエンは自分より何倍も強いということに。
「その顔、覚えがある。ミクロと共にいた
ここにはいないミクロにジエンは自分の助言を素直に聞いたのかと思い問いかけるがリューは首を横に振る。
「いいえ、ミクロの代わりに私が来ただけです。ミクロは今も
ミクロの
正直に答えたリューは今度はジエンに問いかけた。
「私からも一つ聞きたい。何故貴方方【シヴァ・ファミリア】はミクロを狙う?」
リューがミクロの代わりに来た理由は他にもあった。
執拗なまでにミクロを狙ってくる【シヴァ・ファミリア】のことについてどうしてミクロを狙うのかそれが知りたかった。
「彼が特別だからだ」
「ふざけるな」
当然のように答えたジエンにリューは視線を鋭くさせて怒気を放つ。
「ミクロは貴方方が思う程特別な存在ではない……ッ!自分一人を犠牲に全てを終わらせようとする誰よりも優しい……。ミクロはそういう
誰よりもミクロの傍にいた。
だからこそミクロが特別な存在ではないことをリューは知っている。
「同胞よ。貴様は二つ勘違いをしている」
怒るリューに対してジエンは冷静に言葉を返した。
「もう一度言う、ミクロは特別な存在だ。何も知らない貴様では無理はない。それと我々は別にミクロの命を狙っているわけではない」
「何………?」
「同胞のよしみとして話そう。そうだな、初めはミクロの誕生から話そう」
語られる真実にリューは耳を傾ける。
「ミクロの誕生は我等【ファミリア】は盛大に歓迎した。なんせ、へレス団長とシャルロット副団長の子供だ。誰もがミクロの誕生を喜んだ」
その時のことを思い出しながら懐かし気に語る。
「だが、シヴァ様は我々以上にミクロの誕生に歓喜しておられた。あの時の顔は今でも覚えている」
驚愕と歓喜が交ざったような顔を浮かべていたとジエンは言う。
「何故そこまで?」
「シヴァ様は気付かれたのだ。ミクロの
「特性……?」
「魔法やスキルではないその者だけが持つことが許されている簡単に言ってしまえば特別な才能だ」
【ロキ・ファミリア】所属の都市最強魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴにも『詠唱連結』という魔法特性がある。それぞれの階位に定まった詠唱を繋ぎ合わせることで出力を高め、魔法の効果を変容し、威力を増幅させる。
それがリヴェリア・リヨス・アールヴのみ許された魔法特性。
「『
「………」
その特性を聞いてリューは眼を見開く。
ミクロは普通ではありえない速さで、限界を超えて強くなっている。
あり得ない速さの成長速度に何度もリューは驚かされてきたがジエンの言葉を聞いて納得してしまう自分がいる。
「わかるだろう?ミクロはいずれは【猛者】いや、誰もがたどり着けない領域にまで足を踏み込むことが可能とされている。これが特別と言わず何と言う?」
「………」
ジエンの言葉に否定できなかった。
「しかし、母の愛は偉大だった。シャルロット副団長はシヴァ様の思惑に気付きミクロを守った。自分とは違う当たり前の幸せを掴んで欲しいと彼女は言っていた」
ただし、それが利用されているとは気づかなかった。
シャルロットの隙を見てシヴァはミクロに
全てはある計画を行う為にシャルロットは邪魔でしかなかった。
オラリオの破壊はシヴァの計画の第一段階でしかなかった。
「シヴァ様はこの世界を統べる神になる。そして、それを可能にするのがミクロだ」
「そのようなことは不可能だ……ッ!」
「いやできる。このオラリオを壊すことが出来れば後は簡単だ。何故ならこのオラリオ以上に強い冒険者はいないのだから」
ダンジョンが存在するオラリオだが迷宮都市の外での『器』の昇華は困難である。
だからこのオラリオより強い冒険者はいないと言っても過言ではない。
「本来ならミクロにはシヴァ様の『
その後はシャルロットが計画を公にしてゼウス・ヘラの【ファミリア】によって壊滅させられた。
それでもシヴァは諦めてはいなかった。
まだミクロがいる。
誰かがミクロの才能に気付き、『
そして、【ディアンケヒト・ファミリア】との『
全てはミクロを成長させる為に。
「全てはシヴァ様の掌の上。ミクロを誰よりも強くさせる為に私達はミクロの踏み台となる」
セツラもディラもエスレアも全てはミクロを成長させる為の礎。
誰もが誰もシヴァの指示通りに動いているわけではない。それでもミクロが敵を倒して成長すれば何も問題はなかった。
ジエンは腰にかけている
「貴様たちはミクロの制御装置のようなもの。シャルロットに似て優しいミクロなら大人しくシヴァ様の言葉通りに従うだろう」
リュー達はミクロを思いのままに操る為の人質。
真実を聞いたリューは木刀を手に持つ。
「………私が初めてミクロと出会った時、ミクロには心がなかった」
淡々とした口調でリューは語る。
「ミクロの目には何も映ってはいなかった。しかし、この五年間でミクロは変わった」
共に成長してきたからこそわかる変化がある。
何もなかったミクロはこの五年間で多くの事を知り、得てきた。
友達ができて、仲間が増えて何もなかった彼はこの五年間を多くのものを得た。
そして、心が芽吹いた。
「ミクロは貴方方の道具ではない。そして私達も貴方方の思い通りにはならない」
戦闘態勢に入るリュー。
「ミクロは私が守る。例えこの身を犠牲にしてでも」
その言葉にジエンは『アビリティソード』を構える。
「なら私を越えてみせろ。そうしなければこの先貴様はミクロの足を引っ張るだけだ」
二人は激突する。