路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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第八話

【ロキ・ファミリア】主催の神の宴が終わってから一ヶ月。ミクロ達はいつもにように過ごしている中、リューは装備を入念に整えていた。

「いいですか?くれぐれも無茶はしないように」

「わかった」

「明日までには戻りますから。それではアグライア様。私はこれで」

「ええ、いってらっしゃい」

一人、本拠(ホーム)を出て行くリューはアリーゼ達の墓がある18階層へと墓参りへ行った。

時折、リューは一人で18階層へと向かって帰ってくる。

その間はミクロは一人、もしくはナァーザとダンジョンに潜ったりしている。

だが、Lv.2となったナァーザは【ファミリア】の方が忙しく明日まではミクロは一人で稼がなければならなかった。

「アグライア。俺も行ってくる」

「気を付けるのよ」

ミクロも生活費を稼ぐためにバベルを目指してダンジョンへと向かう。

メインストリートが合流する中央広場(セントラルパーク)まで歩いていると前から見覚えのある犬人(シアンスロープ)がミクロに歩み寄ってきた。

「一ヶ月ぶりね。えっと、ミクロで合ってる?」

神の宴で挨拶した【ザリチュ・ファミリア】の茶髪の犬人(シアンスロープ)ティヒア・マリヒリー。

「合ってる」

確認を取るティヒアにミクロは返答する。

「突然で悪いんだけど、私とダンジョンに潜ってくれない?」

「自分の【ファミリア】を誘えばいいんじゃないのか?」

ミクロの問いにティヒアは面倒そうに息を吐いた。

「私の【ファミリア】って知っての通り悪い噂が多いのは自分勝手の奴らが多いのよ。主神であるザリチュ様のせいでね。今日だってパーティ組んで潜るはずだったんだけどそのメンバーが全然来ないのよ」

なるほど。とミクロは納得した。

「わかった。よろしく」

「ええ、よろしくね」

ティヒアの臨時のパーティをすることになったミクロは二人でダンジョンへと向かい、一階層へ足を運ぶ。

「ところで、ミクロは今日はどこまで行くつもりなの?」

「11階層」

12階層の次は中層の13階層になる為、中層のモンスターが現れる可能性が万が一にある為リューはミクロに一人では行くなとしつこく念押ししていた。

「そっか、私と同じか。あ、ゴブリン発見」

一階層へとやってきたミクロとティヒア。

ゴブリンを見つけたというティヒアにミクロは前を見ると遠くの方で確かにゴブリンがいた。約50(メドル)先にいるゴブリンを発見したティヒアは矢筒から矢を取り出して弓を構える。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱を唱えるティヒアの矢に茶色の魔力が纏う。

「【セルディ・レークティ】」

魔法を発動させて矢を放つと矢は50(メドル)先にいるゴブリンの頭を正確に射抜いた。

「追尾属性の魔法……?」

「そう。視認できる範囲ならどんなに離れても当てることができるし、当たるまで決して避けることができないの」

便利だな。とミクロは思った。

接近戦ならそこまで重宝できないけど、遠距離なら今の魔法は凄く便利で相手に先制が取れる。

「仮とはいえ、今日一日パーティを組んでくれたお礼替わりよ。と言っても私の魔法はこれだけだけであんまり大したことはないから期待しないでね」

「了解」

苦笑気味に言うティヒアにミクロは頷き、二人はモンスターを倒しながら11階層へと目指す。

「……ねぇ、ミクロはさ、英雄って信じる?」

「英雄?」

7階層辺りでキラーアントを倒し終えて魔石を回収していると突然にティヒアはミクロにそう尋ねてきた。

「私はね、信じてるんだ。この世界にもきっと英雄はいる。私だけの英雄がきっといる。そう思ってこのオラリオに来たんだ」

「………」

話すティヒアのその表情がどこか儚げに感じたミクロ。

「……俺は信じていないかな?英雄がいてもいなくても俺にはどうでもいいことだから」

「………そう」

「でも、ティヒアが望むような英雄がいるといいとは思ってる」

思わぬ言葉にティヒアは一驚して尻尾を高く上げる。

「………ありがとう」

小さく礼を言うティヒア。

その後も二人はモンスターを倒しながら11階層までやってきたが11階層には既に多くの冒険者達がモンスターと戦っていた。

一か所の階層にここまで集まるのも珍しいと思いつつミクロとティヒアも参戦する。

オークやインプを倒しつつ魔石やドロップアイテムを回収するミクロだけどある違和感を感じた。

いつもよりモンスターの数が多い。とミクロは思った。

ミクロ達以外にも今日は多くの冒険者がいるにも関わらずいつもと変わらないぐらいのモンスターを倒している感覚に近い違和感を感じ取ったミクロ。

すると、ピキリという音が周囲から鳴り響いた。

聞き覚えのあるその音にミクロ以外の他の冒険者も自分の耳を疑った。

ダンジョンがモンスターを産むその音。

それが11階層全体から異常なまでに鳴り響いていた。

顔を青ざめる冒険者も入れば、これから起こることに恐怖する冒険者もいるなかでそれは突然にやって来た。

怪物の宴(モンスター・パーティ)』。

突発的なモンスターの大量発生。冒険者を絶望の淵に突き落とす悪辣な迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)

それが上層のミクロがいる11階層で起きた。

誰もが驚愕する中で一人の少女だけはじっと一人の少年を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは一人の犬人(シアンスロープ)の少女の御話。

少女は都市オラリオの外にある小さな村で産まれた。

両親と村の人達と一緒に少女は健やかに成長していく中で少女は一冊の迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)を読んだ少女は物語の英雄に憧れた。

英雄に憧れた少女は数多くの英雄譚を読んでは自分もこんな英雄に会えたなと夢を見た。

それは子供なら誰もが夢見る話。

物語とはわかっていても、空想だとしても夢を見たり、憧れたりはする。

少女もその一人。

そんなある日、少女が住む村がモンスターに襲われた。

燃え上がる家、辺りに飛び散る血、悲鳴に絶叫。

地獄のような光景を目撃した少女はモンスターに背を向けて走り出した。

背後から聞こえてくる悲鳴のなかで少女は何度も英雄に懇願した。

助けて、と。

何度も何度も懇願した。

だけど、誰も助けてはくれなかった。

英雄は自分の前には現れてはくれなかった。

運よく生き残った少女は村へ戻るとそこには焼き払われた家、夥しい程の血が地面に流れていた。

少女は涙を流した。

村の人たちが、両親が死んだことに。

そして決意した。

自分だけの英雄を見つけようと。

英雄とは待っていては、願っていては来てくれない。

なら、自分だけの英雄を見つけに行こう。

決意を胸に秘めて少女は迷宮都市オラリオへと向かった。

「……その後、少女の前に一人の神が現れて神はその少女を自分の【ファミリア】に誘ったとさ。どうよ、泣ける話だろう?アグライア。イヒヒ」

「……取りあえず何で紙芝居で説明したかを問いただしたいわね」

ミクロがダンジョンに向かってすぐに本拠(ホーム)にザリチュがやって来た。

「イヒヒ。それだけかよ。何か感想はねえのか?」

「そうね、無駄に絵が上手いのが腹立たしいわ」

笑うザリチュにアグライアは無駄に綺麗な絵を指摘する。

「絶望を知ったティヒアは自分を救ってくれる英雄を望んでいるのさ。スキルとして発現するほどにさ」

「【英雄探求(イアロス)】。それがその犬人(シアンスロープ)の子が持っているスキルなのね」

「そうさ。そのスキルを見た時俺は大笑いしたぜ?英雄の器を見つけられるスキルなんて滅多にお目にかかれねえ」

イヒヒと思い出し笑いするザリチュ。

「英雄になる器を見つけ、試練を与える。それがティヒアのスキルさ。イヒヒ、良かったじゃねえか、アグライア。お前のとこの子は英雄の器になり得る素質があるんだぜ?」

「そうね」

笑うザリチュにアグライアは冷静に返した。

予想とは違う反応にザリチュは揺さぶりをかける。

「おいおい、落ち着きすぎじゃねえか?どの時代においても英雄の試練は生半可なものじゃねえのはお前も知ってんだろ?」

「知ってるわ。それに心配もしているのよ。でもそれ以上に信用しているのよ」

揺さぶりをかけるザリチュにアグライアは余裕の笑みを浮かべたまま断言した。

「どのような試練でもあの子は、ミクロは乗り越えていくと私は信じているのよ」

その言葉を聞いたザリチュは可笑しそうに笑みを浮かべた。

「じゃ、一つ賭けをしようぜ?今日中にお前とこの子、ミクロ・イヤロスとティヒアが戻ってきたらお前の勝ち。戻ってこなければ俺の勝ちだ」

「いいわよ。それで内容は?」

あっさりと承諾するアグライアにザリチュは賭けの内容をアグライアに明かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物の宴(モンスター・パーティ)』が発生した11階層では異常なまでのモンスター相手に冒険者達の被害は決して少なくはなかった。

数多くいた冒険者は今はミクロとティヒア含めて十人もいない。

同胞を、仲間を失い、またパーティ全体が全滅した冒険者達もいるなかでミクロは生き残った。

両手にナイフと梅椿を握り締めながら荒く呼吸するミクロはナイフをしまって高等回復薬(ハイ・ポーション)を数本飲み干す。

飲み終えると残りの装備を確認してパーティを組んでいるティヒアの元へ歩く。

「大丈夫?」

「……ええ、何とかね」

バツ悪そうに返事をするティヒアはそれ以上何とも言えなかった。

自分のスキルのせいでこの場にいる多くの冒険者を殺してしまった。

ティヒアがこのスキルを使ったのは今日が初めてじゃない。

今までに何度も英雄の素質をあるものを見つけては試練を与えて殺してきた。

そのことに後悔も罪悪感もあるがそれ以上にティヒアは英雄を欲した。

例えこの手を血で染めようとも、多くの人を巻き込んででもティヒアは自分だけの英雄を見つけ出す。

幼い頃から憧れ続け、絶望を知った自分を救って守ってくれる。

そして、その英雄は現れた。

襲いかかってくる大量のモンスターからティヒアを守ったミクロ。

やっと見つけれた、自分だけの英雄にティヒアは歓喜した。

自分がしてきたことは決して許されることではないけど、今は嬉しさを、気持ちをミクロに話そうと思った。

 

『―――――――ブフォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

そう思った時に11階層全体を震わせるほどの雄叫びが鳴り響いた。

ドスン、ドスンと地響きのように聞こえる足音に冒険者達は困惑し、恐怖しながらもその足音の正体を見つけようと足音がする方へ視線を向けると目を見開いた。

足音の正体は天然武器(ネイチャーウェポン)を持つ全身が黒いオーク。

本来のオークは茶色い肌のはずがミクロ達の前に現れたオークの肌は黒かった。

「……『強化種』」

冒険者の誰かがそう呟いた。

モンスターが魔石を摂取すると能力に変動が起こる。

経験値(エクセリア)】を蓄積し能力を高める人類とは異なった、モンスターの力の引き伸ばし。

同胞を殺して魔石を喰らって強くなる。

それが『強化種』。

その『強化種』のオークが今ミクロ達の前に現れた。

ティヒアが持つスキル【英雄探求(イアロス)】の試練はまだ終わっていなかった。


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