三日間のセシルとの模擬戦を終えていよいよ本題の『並行詠唱』の訓練が始まる。
「あの、セシルさんは……」
「もうすぐ来る」
今日はティオナ達もおらず、セシルはミクロの指示によってこの場を離れている。
『ルーム』にはレフィーヤとミクロの二人きっりでレフィーヤは緊張気味だった。
「レフィーヤ」
「ひゃい!」
突然名前を呼ばれて変な声が出てしまったレフィーヤは顔を赤くするがミクロは気にせず話をする。
「『並行詠唱』をするときはまずは回避に専念しろ。俺も初めは回避を身に着けてから防御、攻撃を身に着けて今の段階まで出来るようになった」
自分の経緯を含めながらレフィーヤに『並行詠唱』についてアドバイスする。
「次に『魔力』は詠唱の後半で一気に練り上げた方が成功しやすい」
「な、なるほど……」
説明を促すミクロにレフィーヤは納得気味に頷くとそこでミクロの説明は終わった。
「これでレフィーヤはもう『並行詠唱』は出来るようになった」
「え?」
まだ『並行詠唱』の訓練も行っていないにも関わらずミクロはレフィーヤはもう『並行詠唱』が出来るようになったと告げた。
どういう意味なのかわからなかったレフィーヤの耳に軽い地響きとゲロゲロという幾重もの蛙の啼き声が聞こえた。
徐々に近づいてくる広間の出入り口からセシルがモンスターの大群を引き連れて来た。
「レフィーヤ。あのモンスターを『並行詠唱』で編み上げた『魔法』だけで倒せ」
「ええええええええええええええええええっ!?」
セシルを追いかけてきたのは蛙のモンスター『フロッグ・シューター』。
セシルはレフィーヤの正面から背後へと走り抜けてミクロのその場から離れた。
二十にも及ぶモンスターは残されたレフィーヤに狙いを定めて向かってくる。
まだ『並行詠唱』の訓練も行っていないのにも関わらず無理難問を叩きつけたレフィーヤは取りあえずはモンスターと向かい合うとある変化に気付いた。
四方八方から間断なく飛びかかってくるフロッグ・シューターの攻撃が遅く感じられた。
しっかりと攻撃が視えて容易に回避することが出来るレフィーヤは今の調子で詠唱を歌う。
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ】」
先程ミクロに教わったことを思い出しながらレフィーヤは歌い続ける。
「【押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応じ、矢を番えよ】」
回避しながらレフィーヤは詠唱を口にしていた。
まだまともに出来たことのない『並行詠唱』をレフィーヤは実現させている。
「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」
『魔力』を練り上げていくレフィーヤの『魔力』は跳ね上がるように膨れ上がる。
「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」
詠唱が完成して魔法を発動する。
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」
体当たりと夥しい舌撃を躱して、後方に大きく跳んだレフィーヤの足元に山吹色の
断末魔を上げる暇もなく広域攻撃魔法が炸裂してモンスターを殲滅した。
「はぁ……はぁ……」
息を切らすレフィーヤにミクロは近づく。
「それが今のレフィーヤの実力だ。この三日間の模擬戦で精神的余裕が生まれたはずだ」
「……はい」
ミクロの言葉通り、レフィーヤには精神的余裕があった。
モンスターの攻撃が視えて容易に回避できるようになった分魔法に集中することが出来た。
「知識、技術的問題はレフィーヤにはなかったのは初めに質問してわかった。だから、この三日間は魔法を禁止して模擬戦を行わせた」
その言葉にレフィーヤは思い出した。
訓練初日にダンジョンに潜る前に確かにミクロはレフィーヤに尋ねていた。
「精神的余裕を生み出すには白兵戦がちょうどよかった。自衛手段も増えるからより完成度の高い『並行詠唱』を身に着けることもできる」
その為に模擬戦を行わせてた。
レフィーヤが何を言おうがそれが最善と判断した上で三日間の模擬戦を強要させた。
「今のレフィーヤなら今のような格下相手になら『並行詠唱』の魔法で倒すことができるはずだ」
「………」
レフィーヤは何も返す言葉がなかった。
この三日間、いや、つい先ほどまでミクロの訓練に理解も納得も出来なかったが先ほど行った『並行詠唱』は間違いなくミクロの指導が正しかったからこそできた。
今も自分が『並行詠唱』でモンスターを倒したという実感がある。
ミクロはレフィーヤにとって必要なことを教え、与え、実感させた。
それなのに自分は取りあえずはいう形でミクロの言葉通りに訓練を受けて心の底では疑っていた。
そんな自分は酷く嫌になった。
自己嫌悪するレフィーヤは表情を暗くさせて俯くとミクロはレフィーヤの頭を撫でた。
「頑張った」
視線を上げるとミクロはいつもと変わらない表情でレフィーヤの頭を撫でていた。
疑っていたことを気にも止めていないかのように三日間努力したレフィーヤに労いの言葉を送る。
「………」
頬を桜色に染めて何とも言えないレフィーヤは大人しく撫でられる。
褒められたことに嬉しく思うし、疑ったことに対しての償いとまではいわないがミクロの気が済むまで大人しく撫でられる。
レフィーヤの頭から手が離れるとミクロは
「お師匠様、それは……」
「セシルが持っているのと同じ
「えっ!?」
その言葉に驚いたのはレフィーヤだった。
身に着けているだけで見えない鎧を纏うことが出来る
それをレフィーヤに渡した。
「う、受け取れません!?このような貴重品を受け取る訳にはいきません!」
しかし、レフィーヤは受け取りことを恐れた。
自派閥ならともかく他派閥である自分が受け取っていいものではない。
それもミクロが作製した
「気にするな」
「気にします!?」
返そうとするがそれを拒否するミクロ。
「レフィーヤ。受け取った方が良いよ?次の『遠征』で未到達階層に行くなら生き残る為にもお師匠様の好意に甘えるべきだよ」
「う……」
そういわれると痛かった。
少しでも強くなる為にミクロの下で訓練を受けている。
それに
「……わかりました。ありがたく受け取ります」
「うん」
この日、『並行詠唱』修得へ大きな前進を果たしたレフィーヤはミクロから
それを早速、身に着けたレフィーヤにミクロは頷く。
「これなら多少激しい訓練をしてもそうそう死ぬことはない」
「「え?」」
不意に投げられたその言葉に唖然とする二人にミクロは詠唱を口に乗せる。
「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」
足元から白色の
「【礎となった者の力を我が手に】」
詠唱を終わらせて魔法を発動させる。
「【アブソルシオン】」
再び詠唱を口に乗せる。
「【鋼の武具を我が身に纏え】」
武装魔法の詠唱を唱えるミクロは魔法を発動させる。
「【ブロープリア】」
魔法発動と同時に『ルーム』全体に魔法で作り出された多種多様性の武器が作り出されるとミクロは手元にある一本の剣を手に取って構える。
「今から『遠征』までは格上相手に通用できる訓練をする。ここにある武器は刃は潰してあるから斬られることはないけど骨は折れるから注意」
淡々と次の訓練の説明を促すミクロにレフィーヤ達の顔は真っ青になった。
「レフィーヤは『並行詠唱』の魔法を俺に当てて、セシルはレフィーヤを守る。俺が今からお前達に襲いかかる仮定の敵として対応すること。大丈夫、死なない程度に加減はするから」
「ア、アハハ……」
「セシルさん!!現実逃避しないで助けてください!!」
死んだ目で天井を見上げて現実逃避するセシルに叱咤をかけるレフィーヤ。
「無理……諦めて戦おう。大丈夫、死んだ方がマシだと思える程痛い思いをするだけだから………」
死んだ目で大鎌を構えるセシルに動転するレフィーヤにミクロは動き出す。
「行くぞ」
「い、いやぁぁあああああああああああああああああああああああッッ!!」
その日、レフィーヤは心からアイズに助けを求めた。