『遠征』前日。
鍛錬最終日にミクロはセシルとレフィーヤを鍛えるべくいつもの5階層の『ルーム』で模擬戦を行っていた。
「ハァ……ハァ………」
「……セシルさん、動けます…か……?」
「何とか……ねぇ……」
既に体はボロボロの状態になりながらも互いに得物を強く握りしめてミクロと対峙している。
息切れ一つせず、ミクロは魔法で作り出した剣を抜く。
「行くぞ」
動き出すミクロに二人の集中力は極限まで高まる。
「レフィーヤ!」
「はい!」
叫ぶセシルにレフィーヤは詠唱を始めようとするがミクロは剣をレフィーヤに投げて阻止しようとするがセシルが大鎌で剣を弾いて接近するとミクロは大剣を手に持ち鍔迫り合う。
「【解き放つ一条の光、成木の弓幹。汝、弓の名手なり】!」
早く、的確に流れるように詠唱を唱えるレフィーヤ。
魔法の発動を阻止しようと大剣でセシルの大鎌を上に弾きがら空きとなった腹部に膝蹴りを叩き込む。
「かふっ……!」
ミシミシと鈍い音が聞こえるなかでセシルは詠唱を口に乗せる。
「【
「っ!?」
セシルの重力魔法は限定された時間及び空間の重力を操作することが出来る。
それにより、自分を道連れにした状態でミクロと共に重力の結界に閉じ込める。
足場にクレーターが生まれるほどの加担される重力と共に自らもレフィーヤの詠唱の時間を稼ぐ囮となるセシル。
犠牲なしではミクロには勝てない。
自らも犠牲にしてまで行動したセシルの覚悟を無駄にしない為にも詠唱を歌うレフィーヤ。
だが、相手が悪かった。
「あぅ!」
ミクロは重力の結界を諸共せずにセシルを地面に叩きつける。
一瞬とはいえ、意識が途絶えたことにより『魔力』という手綱が手放されて重力の結界は消えた。
セシルを見向きもせずに大剣を捨てて突貫するミクロ。
「【狙撃せよ―――」
あと少しで詠唱が完了するという間際でミクロは攻撃範囲内にレフィーヤを捉えて回し蹴りを繰り出すがレフィーヤは回避しつつ詠唱を続けようと口を動かす。
「―――妖精の射手。穿て―――ッ!!」
『並行詠唱』を行いながらあと少しで魔法が発動するというところでミクロは『ルーム』にある武器を一斉にレフィーヤ目掛けて投げつけた。
広範囲で正面からくる武器に今度は回避不可能だと思った瞬間、突如武器は地面に叩きつけられる。
視線の先には腕をこちらに伸ばして小さく勝ち誇るような笑みを浮かばせているセシルにレフィーヤは力強く頷く。
勝つ為に。
セシルの助けを無駄にしない為に。
強くなる為にレフィーヤは歌う。
「――必中の矢】!!」
山吹色の
「【アルクス・レイ】!!」
短文詠唱から放たれる光の矢はレフィーヤの強大な『魔力』に加え大量の
放たれたレフィーヤの単発魔法は自動追尾の属性を持ち回避はかなわない。
驀進する大光閃にミクロは片腕を突き出して受け止める。
微塵も揺るがすことなくミクロはレフィーヤの魔法を片腕一本で受けきった。
「~~~~~~~~~~~~~っ!?」
推定威力Lv.5に匹敵する砲撃を片腕一本で受けきったミクロに驚きを隠せられない。
「うん、よく頑張った」
いつもと変わらない声音で褒めるミクロは魔法を解除して『ルーム』から武器を消す。
それを見てレフィーヤは地面に座り込んで肩で息をする。
ミクロは倒れているセシルに
「大丈夫?」
「……もう少し手加減してください」
「それだと訓練にはならない」
バッサリと言い切って手際よく手当てをするミクロにレフィーヤは呼吸を整えてようやくミクロの
これだけの
そうでなければもっと辛い思いをしただろう。
訓練で何度も心身ともに挫けそうになったのかわからない。
夢の中にまで現れて鍛えようとするミクロにレフィーヤは呻き声を出しながら涙を流す。
本当によく耐えれた自分を褒めてあげたい。
でも、訓練中はミクロはしっかりと手加減をしていたことをレフィーヤは知っている。
本当にミクロが敵だったら一瞬で終えているだろう。
死なない程度までにしっかりと加減して戦っていた。
詠唱もセシルの援護ありで短文詠唱を唱えるので精一杯。
本当にこの人は強いのだと身を持って知ったレフィーヤは涙を拭いミクロの下に歩み寄る。
「あ、あのミクロさん。この一週間鍛えて頂きありがとうございました!」
鍛えてくれたミクロに感謝の言葉を述べた。
「うん、『遠征』一緒に頑張ろう」
「……はい!」
レフィーヤは何となくではあるがセシルがミクロに弟子入りした気持ちがわかった気がした。
訓練は死ぬほどきつくて何度も心身が挫けそうになるけど、その人に必要なことをしっかりと教えて何度も付き合ってくれる優しさがある。
そしてその強さはどこまでも自分の目標として前へ立っていてくれる。
その背中を追い続けたいと思わせてしまう。
少しだけセシルが羨ましくなったレフィーヤの腹からきゅるるると可愛らしい音が『ルーム』に響く。
一瞬の静寂の後、腹を押さえて耳まで真っ赤に染まり上がるレフィーヤにセシルは手で口を押えて笑いを嚙み殺す。
「もう昼は過ぎているから腹が減るのも無理はない」
優しく言ってきてくれるその優しさが今のレフィーヤには逆に辛かった。
訓練を終えて地上に向かう間、レフィーヤは羞恥心で一杯だった。
ミクロはよく食べ歩いているジャガ丸くんのある屋台に行くとそこには主神であるアグライアが売り子をしている女神と話をしていた。
「アグライア」
「あら、ミクロ。それにセシルとレフィーヤ。訓練の帰りかしら?」
「その子達が君の子供たちなのかい?アグライア」
売り子をしている女神にアグライアは頷いて肯定する。
「ええ、私の自慢の子供達よ、ヘスティア」
「いいなー、ボクも早く自分の【ファミリア】に入ってくれる子が欲しいよ」
子供のように頬を膨らせるヘスティアにはいはいと聞き流すアグライア。
神同士の会話に割り込まず黙っているミクロ達にヘスティアは視線を向ける。
「やぁ、子供達。ボクの名前はヘスティアさ!これでも神だぞ!」
「ミクロ、ミクロ・イヤロス」
「セシル・エルエストと申します。ヘスティア様」
「レ、レフィーヤ・ウィリディスです」
「うんうん、皆いい子達だね。アグライア」
「当然よ」
自分の眷属が褒められることを当然のように胸を張るアグライアにミクロは注文するとヘスティアはせっっせとジャガ丸くんを用意して手渡す。
「アグライアー、ボクのところでも入ってくれそうな子を紹介しておくれよ……」
「いないわよ。というかそういうのは自分で探すのも下界の醍醐味でしょう?他の神達もそうしてるわよ」
「……ヘスティアは【ファミリア】の主神?」
ジャガ丸くんを食べ終えて尋ねるミクロにヘスティアは目を輝かせてミクロに顔を近づける。
「なんだいなんだい!?アグライアのところからボクのところに来てくれるのかい!?」
「いかない。俺はアグライアの眷属を止めるつもりはない」
一瞬の躊躇いもなく即答するミクロの言葉に落ち込むヘスティア。
「【ヘスティア・ファミリア】、聞いたことがない」
一つの【ファミリア】の団長として大小の【ファミリア】を把握しているミクロだが【ヘスティア・ファミリア】の名に聞き覚えがなかった。
「ミクロ。ヘスティアにはまだ子が一人もいないの」
「なるほど」
落ち込むヘスティアの代わりに答えるアグライアに納得する。
「うぅ……ボクだって好きで売り子をしているわけじゃないんだぞ……おばちゃんたちやジャガ丸くんを買って来てくれる子供達にだって声をかけてるんだ」
努力はしているけど報われないヘスティアにセシルとレフィーヤは同情の眼差しを向ける。
「まぁ、頑張りなさいな。ここの売り上げには貢献してあげるわ」
「毎度あり………」
ジャガ丸くんを購入するアグライアは食べながらミクロ達に視線を向ける。
「ミクロ。明日からは『遠征』なんだから今日は早めに休みなさい」
「わかった」
「私はもう少しヘスティアと話をしてから帰るわ」
そこで別れるミクロ達はレフィーヤを『黄昏の館』まで送るとレフィーヤは深々と頭を下げた。
「ミクロさん。本当に一週間ありがとうございました。おかげで少しは強くなれたと自分でも思えるようになりました」
「よかった。また」
「またね、レフィーヤ」
「はい、ありがとうございました!」
もう一度頭を下げるレフィーヤも明日の『遠征』の為に動く。
レフィーヤと別れたその日の夜。
明日の『遠征』に向けての必要な資材の確認を行っていたミクロは一人執務室で作業をこなしていた。
必要な資材は既にセシシャ達が万全に準備をしてくれていた。
装備や
それが終わればミクロも明日に備えて休む予定にしている。
未到達階層の59階層。
そこに何があるのかはまだわからない。
それでも行く価値はあるとミクロは踏んでいる。
淡々と作業を終わらせていき、最後の確認を終わらせて一息つくと執務室の扉をノックする音が聞こえた。
『ミクロ。入ってもよろしいでしょうか?』
「問題ない」
「失礼します」
入って来たリューは手に持つ酒瓶とグラスをミクロに見せる。
「少し飲みませんか?」
「わかった」
リューの言葉に同意してソファに座り直すミクロと向かい合う形でソファに座るリューはグラスに酒を注いでミクロに渡す。
「リューが酒を飲むなんて珍しい」
「たまには飲んでいます。普段は飲みませんが」
日頃から食事中の時も水しか飲まないリューは酒を一口飲むとミクロも酒を口にする。
「いよいよ、明日ですね……」
「うん」
【ロキ・ファミリア】と共に未到達階層に出発する日がいよいよ明日に迫って来た。
緊張していないといえば嘘になる。
「……やはり【ランクアップ】できなかったのが少々痛手ですね」
リューはジエンとの戦いで【ランクアップ】できなかった。
そのことに少々不安を抱くリューにミクロは言う。
「リューは強いから問題ない」
当たり前のように言ってくるミクロにリューは微笑を浮かべる。
ミクロはこういう人だと思いつつミクロにばかり負担を掛けさせないようにしなければと意気込む。
「【
「取りあえずは『並行詠唱』は出来るようになった」
その代わりに
ティヒア達を含む『遠征』メンバーも明日に備えてしっかりと訓練を重ねてきた。
後はその実力をモンスター相手に発揮させて生きて帰ってくることだけ。
「ミクロ、頑張りましょう。誰一人欠けずに帰って来れるように私も尽力します」
「当然」
生きて帰ってくることに力を尽くす二人は静かに酒を口にする。
そして翌日。
『遠征』の日がやってきた。