迷宮の真上に築かれた
銀髪の女神はたった今帰還してきた従者であるオッタルからダンジョンで起きた出来事の報告を耳にして静かに微笑みを浮かべる。
「そう、あの子がそう言っていたのね」
「はい」
ワイングラスを片手にしばし沈黙するフレイヤはオッタルが負っている傷を見て決断する。
「あの子、ベルに直接ちょっかい出すのはもう止めにしましょう。私もあの子を敵にまわしたくないのもの」
「フレイヤ様のご命令とあればこのオッタル、いかなる者でも倒してみせましょう」
くすり、と笑うフレイヤ。
「オッタル、それにフレイヤ様もあまりミクロに刺激を与えないではいただけませんか?」
オッタルの背後から現れた一人の少女は二人に対して諫めるような口ぶりで話す。
「あら?早かったのね」
少女の言葉を気にも止めていないのか態度を変えることなくいつものように声をかける。
「はい、どこかの女神様とその従者がミクロにちょっかいを出したと聞いて早めに切り上げてきました」
「あの子には手を出してはいないわよ?貴女との契約ですもの」
「直接でなくとも間接的には手を出したから言っているんです。ミクロにはまだ時間が必要なんですからあの子に必要以上の刺激を与えないでください」
「それは私の知ったことではないわ」
神の特にこの女神の我儘はどうにかならないものかと悩ませる少女だったがもう慣れたかのように諦めて息を吐く。
「わかりました。ですが、契約は守ってくださいよ?」
「それはもちろんよ。貴女との契約は私にとっても有益なのだから」
互いに利益を得るという契約で結ばれているフレイヤと少女。
少女はオッタルが使っていた大剣を片手で軽々と持って凝視する。
「うそ……これも私の渾身の作品なのにヒビが入ってる。でも、それだけミクロは力をつけたって喜ぶべきなのかしら……?」
作品にヒビが入っていることに嘆けばいいのか、ミクロが強くなっている事に喜べばいいのかわからない少女は実際に使用したオッタルに問いかけた。
「オッタル。貴方の腕は確かなのはよく知っているけど、もう少しどうにかできなかったの?普通はヒビが入ることなんてないのだけど?」
「……最後の大技はそれでなければ防げなかった」
「はぁ、その辺はあの人似なのかしら……?周りの子に迷惑をかけてなければいいのだけどそれは無理よね………」
その口調はまるでミクロがどういう人物なのかよく知っているように聞こえる。
溜息を吐きながらしぶしぶと大剣を布に包んで部屋の外に持って行こうとする前に少女は今一度フレイヤに視線を向ける。
「フレイヤ様、くれぐれも契約は守ってください。それとオッタル、私はもう作ることは出来ないのだから取り扱いには注意して頂戴」
二人に忠告だけして部屋を出て行く少女を見計らってオッタルは尋ねる。
「よろしいのですか?かつては敵対していた者を秘密裏に【ファミリア】で匿ったりしても」
「それとこれとは話は別よ。それに私個人もあの子には興味があるもの。その子供であるミクロにもね。手綱は握っておいて損はないわ」
外の景色を眺めながら銀髪の女神は妖艶に微笑む。
「我が身を捨ててまで我が子を守ろうとする。とても素晴らしく美しい」
フレイヤは愛と情欲を司る女神である。
故に少女と契約を結びギルドや他派閥の者からも秘密裏に匿っている。
「それに形こそ賢者の石とは違うけどあの子は不死を獲得した者。手元に置いておかない理由はないわ。オッタルも契約通りには動いてあげてね」
「もちろんです」
彼女がいる限りはミクロもアグライアもまだどうにでもなる。
だけど、必要以上に手を出せば手痛い思いをするのはこちら。
直接にちょっかいを出さずバレないように間接的にちょっかいを出そうと結論に至った。
「ベルに問題がなくてよかった」
『ええ、怪我ももう完治しているから安心なさい』
フェルズの
現在、ダンジョン50階層。モンスターが産まれない
『そちらは大丈夫なの?』
「問題ない」
オッタルの時に負った
これまでの階層では反動による
その間はアイズ達やリュー達がモンスターを討伐。
『そう、それならいいけど。ああそうそう、一つ朗報よ。ベルが【ランクアップ】したわ』
「やっぱりしたか」
ミノタウロスの討伐という偉業を達成したベルなら【ランクアップ】しても不思議ではなかった。
「アグライア。ベルが中層に、いや、
『……そうね。一ヶ月半で【ランクアップ】したんですもの。他の冒険者や神々に絡まれる可能性が高いわね』
ベルが【ランクアップ】するまでの最速記録はミクロの八ヶ月。
それを大幅に上回る速さで【ランクアップ】したベルをちょっかいかける冒険者や神々が出てくるはず。
そう踏んだミクロは既にLv.2の二人をベルのお目付け役と周囲の警告を含めてベルと共に行動するようにアグライアに告げた。
『わかったわ。二人には私から伝えておくわね。ミクロも必ず生きて帰って来なさい』
「うん」
アグライアの言葉に頷くと連絡を切ってフィン達のところに合流する。
これから向かう51階層からの進軍に向けての最後の打ち合わせを行う。
「最後の打ち合わせを始めよう」
輪になったままフィンの言葉に耳を傾ける。
「事前に伝えてある通り、51階層からは選抜した
51階層からはサポーターと言えど最低限の能力を持った者でなければ連れていけない。
故に未到達階層を目指すのは【ファミリア】の精鋭のみ。
フィンが率いる【ロキ・ファミリア】は第一級冒険者達のアイズ達とサポーターを数名。
「俺、リュー、セシル。リュコス達は防衛に回って欲しい」
必要以上に戦力を増やさないように三人に絞り、残りを防衛に回したミクロ。
ミクロ達は一人に一つ『リトス』を装備している為にサポーターを連れて行く必要性はない。
Lv.4のリュコスの代わりに
ミクロは万が一の時の為にリュコス達を防衛に回した。
そのことを事前に伝えてあるためにリュコス達は団長であるミクロの指示に従う。
防衛の指揮は【ロキ・ファミリア】の団員アキが行う。
椿は武器の整備士としてミクロ達と同行。
そして新種対策として椿は『
それぞれが『
「何をしておる?コレはお主のだ」
「え?わ、私ですか?」
取り残された武器を椿はセシルに投げ渡した。
「ミクロに頼まれた特性の大鎌だ。存分に使え」
包まれた布を取り外すとそこから姿を現したのは白銀色に輝く大鎌。
当然これも『
遠征に行く前にミクロが椿に頼んでおいた。
「お師匠様、ありがとうございます!」
「うん」
フィンから新種のことを聞いておいたミクロはセシル用の『
ミクロは既に『
問題はこれからの
持っている大鎌と含めて二振りの大鎌を背負うセシル。
「では、明日に備えて解散だ。見張りは四時間交代で行うように」
その指示を皮切りに、ミクロ達は周囲にばらけ始める。
「ああそうだ、ミクロ・イヤロス。君は少し話しておきたいことがある」
「わかった」
フィンに呼び止められたミクロはフィンの下にまで行く。
「体の方は問題はないのかい?」
「問題ない。明日からは参戦できる」
ミクロの事を気遣うフィンはその答えを聞くと頷いて本題に入る。
「明日に向けて僕も調子を整えておきたい。手合わせをお願いできるかい?」
「わかった」
【