天幕から少し離れてフィンとミクロは身体の調子を確かめる為に軽い手合わせをしていた。
椿が作った
互いに本気で戦っているわけではない。
それでも手合わせをすれば多少なり本人の実力を把握することはできる。
しかし、ミクロの実力の底がまるで見えないことにフィンは驚いていた。
突き出した槍の穂先を紙一重で躱して容易に懐に潜り込むミクロにフィンは裏をかいて薙ぎ払いを行ったがミクロは態勢を低くしてそれも回避。
襲いかかってくるナイフをフィンは危なげなく避けてはそれと同時に攻撃も行うがミクロは避けた。
技と駆け引き。
互いに相手より一手でも早く読み合って裏をかいてはその裏をかろうと思考を働かせながら手合わせしている。
要は互いに頭がキレる。
「随分と君は戦ってきたようだね」
「いっぱい訓練してきた」
苦笑気味に問いかけるフィンに正直に答えるミクロ。
しかし、いくら訓練してきたとはいえここまでのフィンと同等の技と駆け引きを行えるぐらいの戦闘経験を得られるわけがない。
少なくともミクロは実戦で対人戦闘を何度も受けていることが窺える。
それも強敵相手と何度も。
繰り出される槍とナイフの応酬はまだしばらく続いた。
「大丈夫……大丈夫……大丈夫……大丈夫……」
天幕の中でセシルは大鎌を抱き寄せながら呪詛のように同じ言葉を繰り返していた。
初めての遠征。
初めての深層。
初めての未到達階層の
その全てを一度に経験することになったセシルの脆い心はどんどんすり減っていく。
その自分の心を少しでも慰めようとするが効果はない。
師であるミクロから頂いた大鎌を抱きしめる力が強くなっていくだけ。
「落ち着きなさい」
「ふ、副団長……皆さん……」
天幕に入って来たリュー達は落ち着きのないセシルにやや呆れ気味に笑った。
「しっかりしな、あたしだって行きたかったのをあんたに譲ったんだ」
「落ち着きなさいとは言えないけど、少しは自分に自信を持ったほうがいいわよ」
「二年で私より早くLv.3になったのだからきっと大丈夫よ」
三者三様にセシルを励ますリュコス達。
「貴女のことは私とミクロで守ります。ですので自分にできることに集中するといい」
「わ、私……お師匠様達の足を引っ張ると思うと不安で……」
「ミクロの弟子がこんなことで狼狽えるもんじゃないよ」
「その辺はミクロを見習いなさい」
「が、頑張ります………」
その言葉に妙に納得してしまう自分が怖い。
言葉通りにミクロなら平然としていられる
それでも不安と
見ての通り、私は緊張して震えていますと言っていい恰好にリューを始めとする幹部たちはため息を吐いてある決定事項をセシルに告げることにした。
「セシル。本来なら遠征から帰還するまで内密にする予定でしたが、今教えます」
副団長のリューが代表して告げる。
「セシル・エルエスト。貴女の幹部昇進が決定しています。これからは幹部としての振る舞いを見せるように」
「……………………………え?」
たっぷり十秒。
リューの言葉に理解ができなかったセシルは十秒間思考が停止してようやくその意味が理解出来た。
「なななななななな……何をいっているんですか!?だって、え?、わ、私はまだ入団して二年と少ししか……新人呼ばわりされてもおかしくないですよ!?」
「これは決定事項だ。この事はミクロはもちろん他の団員達も納得済みです」
動揺するセシルに淡々と事実を教えるリューにセシルはリュコス達に視線を向けるが頷いて肯定した。
「ミクロの弟子だからという理由ではない。貴女の実力、人柄を見て幹部へ昇進させた方がより【ファミリア】に貢献できる。それと皆が貴方の事を認めているのです」
「わ、私が……幹部………」
告げられた事実に今も信じられないセシル。
【アグライア・ファミリア】の幹部に昇進が決定づけられている。
幹部になれば団員達を引っ張らなければならない時もある。
小心者の自分にそんなことができるのかとより不安と
「あーいい加減にシャッキリしな!鬱陶しい!」
うだうだするセシルに我慢の限界が来たリュコスは怒鳴った。
「あんたはミクロの訓練に二年間も耐えて続けてきたんだ!それはあんたが並み以上に努力を重ねてきた証拠じゃないのかい!?今更幹部になる程度どうってことないだろう!?」
「リュコス、落ち着いて!」
「チッ」
パルフェの制止の言葉に舌打ちして止めるリュコス。
ビクビクと落ち着きのない態勢を取るセシルにリューは声をかける。
「セシル。ミクロが何故今回の未到達階層にリュコスではなく貴女を選んだその理由はわかりますか?」
「い、いえ……」
リューの問いかけに首を横に振る。
「貴女の実力なら問題ない、ミクロはそう判断した上で貴女を同行させるのです。ですので少しでいい、自分に自信を持ちなさい」
腰にある
「いざというときは私もミクロも貴女を守ります。安心してついてきなさい」
「……はいッ!」
リュー達の言葉に励まされてセシルは少しだけ重荷が取れたような気がした。
「お前達まで何をしている?」
いまだに手合わせを続けているフィンとミクロにリヴェリアが呆れるように言ってきた。
「フィン、ミクロ。団長がそのようでは下の者に示しがつかん」
「いや、つい熱が入ってね」
「まだ問題ない」
あははと苦笑して誤魔化すフィンに問題ないと答えるミクロにリヴェリアの口から溜息が出てきた。
実際のところフィンの熱が入ったというのは本当だった。
ベル・クラネル。
フィンがベルの事を知っていることは数少ない。
ミクロならともかく【アグライア・ファミリア】他派閥の新人であるベルのことを知ったのはアイズの下で師事を受けるようになってからだ。
始めは大して気にも止めていなかった。
ミクロが新人を鍛える為にアイズに師事させたかもしくは別の考えがあったのかと深く考えていたがどれも結論は出なかった。
だけどベルはミノタウロスを撃破するところを見てフィンもベート達同様に自分が冒険者だということを思い出した。
あの瀬戸際の戦いに目を奪われた。
煮えたぎるその熱を少しでも冷ませたくフィンはミクロに手合わせを申し込んだのだが、予想以上に手強いミクロについついやり過ぎてしまった。
リヴェリアにも見つかったことに観念して手合わせをここで終了。
「手合わせに付き合ってくれて助かったよ、ミクロ・イヤロス」
頷いて返答するミクロに微笑を浮かべるフィン。
「それともう一ついいだろうか?明日の
リヴェリア、レフィーヤの他に魔法に長け、更には
「わかった。リューとセシルは中衛で頼む。後は全体的な指揮はフィンがしてくれ」
「ああ、受け持つよ」
ミクロよりもフィンの方が指揮に長けている。
フィンの方が冷静に尚且つ的確な判断を下せられる。
「付き合わせた僕が言えることじゃないけど、君も早く休むといい」
リヴェリアと共に天幕の方に去って行くフィン達にミクロはその場で座り込んで9階層で戦ったオッタル―――が使用していた大剣のことについて思い出す。
最後の大技で衝突し合う中で気がついたら後方へ吹き飛ばされていた。
実際に試したのがあの時が初めてだったが、深層の階層主でも十分な威力はあると自負している。
それなのに大剣にはヒビが入った程度だった。
それが
オッタルの技量という線もある。
それでもあの大剣が妙に気になった。
「……寝ないの?」
「アイズか」
背後から姿を現すアイズにミクロは特に気にも止めない。
アイズはミクロの隣に腰を下ろす。
「………」
「………」
互いに無言になる二人にミクロが声をかけた。
「寝ないのか?」
「……まだ」
「そうか」
「………」
「………」
またも無言になる。
しばし何も話さない状態が続く中でアイズがミクロに言った。
「ミクロは………私の事どう思う?」
「どうとは?」
「弱くなったと思う……?」
「【ランクアップ】したなら強くなっている」
「そういうことじゃなくてっ」
珍しく語気を強めたアイズにミクロは首を傾げる。
アイズはミクロの口からも聞きたかった。
先程、椿からは仲間という鞘ができたと。
自分は『剣』ではなくなったと。
悲願のためなり振り構わず戦い続けていた当時の自分から遊離しているのか。
叶えなければならない悲願への執着が薄れてつつあることに、危惧を抱いていた。
「自分が
「え?」
唐突に告げられた
それがどういう意味なのかと尋ねる前にミクロが言った。
「アイズ。お前には精霊の血が流れているだろう?」
「っ!?」
目を見開いて驚愕に包まれたアイズ。
アイズのその反応を見て確信へと変わったミクロ。
「どう、して………?」
それを知っているのか?
それを知っているのは主神であるロキ、フィン、リヴェリア、ガレスのみ。
怪しいと思われるのは
それなのに他派閥であるミクロがそれを知っているのか。
「俺の身体には
ミクロはアイズに自身のことについて語った。
アイズと似た境遇であることも。
だからこそアイズに精霊の血が流れている事に気付いた。
「……そうなんだ」
平然と語る自身の素性を語るミクロにアイズは聞いた。
「どうして、それを私に話したの?」
「特に理由はない。それにこの事はリュー達も知っている」
「……怖くなかったの?」
アイズはまだ自分の素性の事をティオナ達に話していない、いや、話したくなかった。
その事を知ってどんな目で見るのかそれが怖い。
「アイズは怖いのか?」
その言葉にアイズは小さく頷いた。
「今の話を聞いてアイズは俺が
ふるふると首を横に振る。
「ならアイズに精霊の血が流れていると知って俺がアイズを見る目が変わったか?」
首を横に振る。
「そういうことだ。他とは違う血が流れていようと俺は俺でアイズはアイズだ。気にする必要なんてない」
「………」
言い切ったミクロだけどそれでもアイズには不安がある。
アイズの不安を察したのかミクロはアイズの頭を撫でる。
「俺はアイズが何者だろうと気にしない。ティオナ達もきっとそうだろう」
アイズの頭を撫でながらミクロは言う。
「
だからこそミクロは何の恐怖もない。
自分が何者であろうとリュー達が当たり前のように受け入れてくれたから。
自分と同じ境遇であるアイズにもそのことを教えた。
「………うん」
今は無理かもしれない。
でも、いつかはと思えるようになった。