日は昇らず、暮れもしない迷宮の奥深くで、時計の針だけが明朝の到来を告げる。
それぞれの武器を持って多くの冒険者達に見つめられながら
「――――出発する」
静かな号令とともに、フィン達【ロキ・ファミリア】とミクロ達は野営地を発つ。
前衛にはベートとティオナ、中衛にはアイズとティオネ、リューとセシル、そしてフィン。
後衛にはリヴェリアとガレス、それとミクロ。
客人かつ整備職人扱いの椿は中衛。
ミクロは
魔杖を使って魔法でという選択肢もあったが、それは魔法に長けているリヴェリアに任せて自分は詠唱を必要とせず速攻で遠距離で攻撃ができる『ヴェロス』を使用することにした。
「もう、何でベートと前衛なのー」
「うるせぇ、馬鹿アマゾネス」
大剣を肩でかついだティオナがぶーたれる。
「それ、弓矢の
「うん」
ラウルがミクロの
「ミ、ミクロさんは怖くないっすか?」
「怖がっても意味がない。ラウルはもう少し落ち着いた方が良い」
「は、はいっす!」
平然としているミクロの忠告にラウルは敬語で返した。
この場にいる第一級冒険者は全くもっていつも通りのなかでミクロは中衛を担っているセシルにも声を飛ばす。
「セシルも肩の力を抜け」
「は、はい!」
師であるミクロの言葉に条件反射の如く返事をするセシルは大きく息を吸って深呼吸。
幾分マシになったことを確認して頷く。
「さて、ここからは無駄口はなしだ。総員、戦闘準備」
やがて灰の大樹林を抜け、現れた大穴にフィンが声を発する。
50階層と51階層を繋ぐ連絡路は険しい坂と化している。
パーティ一同が静かに武器を構える中、長槍を携えるフィンは、告げた。
「―――――行け、ベート、ティオナ」
発進する。
凶暴な
それに一団が続き、未到達階層への
「予定通り正規ルートを進む!新種の接近には警戒を払え!」
51階層から57階層までは深層では珍しい迷路構造。
余計な戦闘、余計な物資の消費は選択肢に存在しない。
未到達領域59階層を目指し、一行は高速でダンジョンを駆け抜けていく。
「先の通路から産まれる」
「前衛は無視しろ!アイズ、ティオネ、対応しろ!」
「はい!」
研ぎ澄まされた剣士の直感が進路状のモンスター産出を予期し、フィンが声を飛ばす。
ベート達前衛が素通りした通路左右から亀裂が生じ、アイズの言葉通り壁面を破って『ブラックライノス』の群れがどっと出現した。
間髪入れずにアイズ達やリュー達がモンスター達を解体。
「集団から振り落とされるでないぞ、お主等!」
追い縋るモンスターを斧で粉砕するガレスの大声が、パーティ最後尾より投じられる。
ダンジョンは後方を上げた。迷宮に侵入する冒険者達に階層中のモンスターがその行く手を阻もうと方々から押し寄せる。
横道から、十字路の先から、天井から、壁面から。
連続の
ミクロが放った矢によってモンスターは身体を貫かれて的確に魔石を砕かれて灰へと姿を変える。
「―――――来た、新種!」
モンスターが一掃されて進路を進むミクロ達は警戒していた新種のモンスターが迫る。
幅広い通路を埋めつくす黄緑色の塊。
芋虫型のモンスターの体内にはあらゆるものを全て溶かす腐食液が溜め込まれている。
「隊列変更!!ティオナ、下がれ!【疾風】、君も頼む!」
即時かつ即行の指示が
アイズとティオナが入れ替わり、更にはリューも前衛に加わる。
「【
魔法を発動し、走り出しているベートと肩を合わせ、突撃する。
「アイズ、寄こせ!」
「―――――風よ」
ベートの要請を受け白銀のメタルブーツに風の力が宿る。
両足装備《フロスヴィルト》に気流を纏い、腰にある
リューは
三人は芋虫型の大群に踊りかかった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』
我鐘の絶叫が轟き渡る。
敵口腔から放出された腐食液だが、リューの風の刃は腐食液までも切り裂いた。
「これは……!」
以前とは違う風の刃の出力。
前回よりも高出力かつ堅牢の風の刃に驚くリューだがその原因はすぐに判明。
周囲の風だけでなくアイズの魔法までも吸収して形を形成している。
目に見えない風の刃で次々芋虫型を葬っていくリューにアイズ達も同様に芋虫型鏖殺していく。
「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬―――――我が名はアールヴ】!!」
「総員、退避!」
そしてリヴェリアの『並行詠唱』が瞬く間に終了する。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」
三条の吹雪が通路中を突き進んだ。
蒼と白の砲撃が迷宮ごと前方のモンスターを凍結させる。一直線に伸びる通路は最奥の突き当たりまで蒼氷の世界と化した。
「いやはや、凄まじい『魔法』だ。これが『魔剣』で繰り出せるようになれれば」
「そんなことになれば
モンスターの氷像を念のため破砕しながら通路を走った。
凍てついた正規ルートを進み、そこからあっさりと下部階層に続く階段に辿り着く。
「ここからはもう、補給できないと思ってくれ」
広く長い階段――――52階層への連絡路を前に、フィンはパーティ一同に振り返る。
「行くぞ」
短い命令とともに、パーティは52階層へ進出。
先程よりも速まった
「ミクロ・イヤロス!頼む!」
出現、
「おおっ『ドロップアイテム』」
走りながら迎撃の太刀で仕留めたモンスターから発生する貴重な
「止まっちゃ駄目っす!?」
「むっ?」
隊列から外れようとする椿の手を引っ張る。
地面に落ちた
「何故だ?手前はここまで深い階層に来たことがない、何かあるのか?」
「狙撃されるっす……!?」
顔面から脂汗を散らしながら、ラウルは言った。
「この下にいる砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』が階層を無視して攻撃してくるらしい」
疑問を抱く椿にミクロがラウルに続いてフィン達から聞いた情報を椿に簡潔に話した。
砲撃地点58階層に居座るのは砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』。
捕捉されたら最後、階層を無視して地面を爆砕しながら標的を紅炎で呑み込む。
それを回避するためにフィン達は危機感を持って下の階層を目指す。
しかし、竜の遠吠えが轟く。
「フィン」
「ああ―――――捕捉された」
「走れ!走れぇ!!」
移動をがなり立てる冒険者達。走行の
「ベート、転進しろ!!」
すかさずフィンの指示が飛び、先頭にいたベート、遅れてティオナとパーティ一団は正規ルートを外れ横道へ飛び込んだ。
次の瞬間。
「――――――――――――――――――――――――」
地面が爆砕した。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?』
突き上がる轟炎、そして紅蓮の衝撃波。
火炎のうねりは天井まであっさり達し、そのまま51階層を突き破った。
視界の間近で起こった迷宮の爆砕、そして押し寄せる獰猛な爆風にサポーター達が口内で悲鳴を押し殺す。
「迂回する!!西のルートだ!!」
激しいフィンの指示にパーティは導かれる。正規ルートを外れた冒険者達は迷路状の広幅の通路を全力で走った。
次の爆撃に警戒するフィン達だが、ヴァルガング・ドラゴンの爆撃が来なかった。
それどころか竜の遠吠えが途絶えた。
その変化に最初に気付いたのはフィンだった。
前回では止むことのなかった竜の咆哮と怒涛の『砲撃』がピタリと途絶えた。
まるでヴァルガング・ドラゴンが突如いなくなったと思わせるように。
「ミクロ!?」
それに気づいたリューはすぐに救助に向かおうとしたがミクロは首を横に振った。
「そのまま行け!」
自分は大丈夫だから他の皆を守れと言外に告げるミクロは58階層に向かって落ちていく。
「お師匠様!?」
叫ぶセシルだが、返答はない。
リューはミクロの言葉を無視してでも向かおうとしたがそれをフィンが制止した。
「【疾風】、君が行っても彼の足を引っ張るだけだ。彼は強い、ならそう簡単にはやられたりはしない。僕達はこのまま正規ルートで58階層を目指す!一秒でも早くミクロ・イヤロスを助ける為に!」
「……ッ!」
フィンの言葉にギリと歯を食い縛るリュー。
フィンの言葉通り、このまま縦穴に飛び込んでもミクロの足を引っ張る可能性がある。
それならフィン達と共に58階層に向かえばまだミクロを助けられる可能性がある。
「ミクロ・イヤロスの耐久力は君が良く知っているはずだ!急ぐぞ!」
駆け出すフィン達に続くようにリューも駆け出す。
少しでも早くミクロを助ける為に。
黒い鎖の巻き付けられて縦穴に落ちていくミクロは高速飛行する『イル・ワイヴァーン』を足場にして58階層に緊急着地する。
リュー達より早く58階層に到着したミクロに待ち受けていたのは死体だった。
ミクロが足場替わりにしたイル・ワイヴァーンとヴァルガング・ドラゴンの死体が山のように積み上げられていた。
それもただ殺されているだけではない。
原型が留めていない程に破壊されている。
壊すことに長けている者しかこの壊し方は知らない。
「よぉ、久しぶりだな」
声の方に視線を上げるとそこにはヴァルガング・ドラゴンを椅子代わりにしているへレスの姿があった。
なるほどとミクロは納得してへレスに問いかける。
「どうしてここにいる?」
オラリオを去ったはずのへレスがダンジョン、それも58階層にいることに問いかけるとへレスはその問いに答えた。
「ダンジョンは隠れ蓑に丁度いいからな。外でヤバい時は大抵は潜る」
その答えにミクロは頷いた。
へレスの言う通り、隠れ蓑にするにはダンジョンはうってつけだ。
特に深層となれば来れる冒険者に限りがある。
へレスの答えに納得してミクロは周囲にいる6人の気配に気付いた。
「まぁ、流石にここまで俺一人で潜る程自惚れてはいねえ」
竜の死体から姿を現す六人の種族。
そして目の前にいるへレス。
ミクロは聞かなくてもわかる。
ここにいる全員は【シヴァ・ファミリア】の最高戦力、
周囲に囲まれているミクロに逃げ場はない。
へレスはヴァルガング・ドラゴンから降りて槍をその手に持つ。
「せっかくだ。親子水入らずに遊ぼうぜ?命懸けでな」
嗤いながらへレスはミクロに迫る。