路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New38話

ぶつかり合うミクロとキュオの戦闘をベル達はリューとアイズに守られながら見ていた。

互いの得物が交差し合う二人にキュオは毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒をミクロに向かって撒き散らす。

僅かにでも喰らえばそれだけで致命傷に繋がる劇毒をミクロは平然と浴びた。

「なっ!?」

驚くキュオ。

後退か回避行動を取ると踏んでいたキュオにとって予想外の出来事に驚愕するがミクロはその隙を見逃すつもりはない。

ナイフで斬りかかるがキュオは後退してミクロと距離を取った。

「普通避けない?それ、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒よ」

「俺に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒は効かない」

ミクロは『適応』のアビリティによって一度受けたものはものに適応して無効化することが出来る。

ミクロは既にエスレアとの修行の際に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けて以来効かなくなった。

それを聞いたキュオは呆れる。

「……本当に団長と同じ規格外ね」

へレスの息子だけはあると内心呆れつつどうするかと状況を分析する。

闇派閥(イヴィルス)の残党は使い者にならない。

食人花(ヴィオラス)は使い果たした。

この場にはミクロ以外にも【剣姫】、【疾風】と言った名をはせた第一級冒険者がいる。

ベル達を人質に取ろうにもそれを警戒してアイズ達はベル達の傍から離れようともしない。

逃げようと思えば逃げられるかもしれないが、ミクロが容易く逃がすとも思えない。

なら、と。

キュオは武器を収めた。

「ミクロ。私と一緒に団長の元に行きましょう」

「断る」

誘いをかけるも即断されるがキュオはそれを承知の上で話を続ける。

「まぁ、私の姿を見てからでも遅くはないでしょう?」

ビリとキュオは自身の顔の皮を剥がした。

いや、違う。

顔を隠すために覆っていた皮膚を引き剥がした。

「どう?私の顔は?普段は魔道具(マジックアイテム)で隠しているんだけどね」

素顔を露にするキュオの顔を見てミクロ以外全員は目を見開いた。

耳は片方無く、頬は削り取られた跡があり、顔中は切り傷だらけ。

「酷い………」

口を押えながらレフィーヤはそう呟いた。

まるで拷問でも受けたかのような怪我に驚きを隠せれない。

「ミクロ。私は貴方と同じこのオラリオの路地裏で住んでいたの。そして、冒険者に捕まってストレス発散の道具として毎日痛めつけられてきた。手足を鎖で縛られ、裸にひん剝かれて、私が痛がり、叫ぶ姿を見て笑っていたわ」

当時のことを語るキュオに誰もが息を潜めてその話に耳を傾けた。

オラリオの『暗黒期』ではそのようなことは決して珍しくはなかった。

それだけの悪が萬栄していたからだ。

「どれだけの年月が経ったかわからなくなったある日に私は救われた。シヴァ様と貴方の両親に。シャルロット副団長は醜い私の顔を治してくれようとした。けど、私はそれを拒んだ。何故だかわかる?」

「……憎しみを忘れないためか」

「そう!私は私を痛めつけて楽しんだ冒険者に復讐をする為にこの醜い顔を消さない!切り刻んでやる!痛めつけてやる!壊しつくしてやる!その権利が私にはある!!」

憎悪を撒き散らすキュオ。

「………」

人の悪意、害悪、敵意、憎悪。

今までに無縁だった悪の激情の渦にベルは視界がかすむ。

「ミクロ、貴方もそうだったはずよ。冒険者に痛めつけられてきた貴方なら私の気持ちが理解できるはずよ!私と一緒にオラリオを破壊へ導きましょう」

同じ過去を持つ者同士分かり合えることがある。

「この世界に救いはない、もう壊すしか方法はない。この世界を破壊してシヴァ様を地上の神として君臨し、貴方は世界の王にする。その為の力と素質は貴方にはある」

キュオは『暗黒期』の被害者。

「神の血は不老を与え長寿を与える。今のミクロなら長寿種族(エルフ)と同じぐらいは生きていられる」

ミクロと同じ冒険者に痛めつけられて壊された者。

「さぁ、共に世界を破壊しましょう」

「断る」

それでもミクロの答えは変わらない。

「確かにお前と俺の過去は似ている。俺を拾ってくれた神がアグライアではなくシヴァなら同じ道を歩いていたと思う」

だけど、ミクロはアグライアによって救われた。

そして、出会えた。掛け替えのない仲間に。

「俺は家族(ファミリア)と共に未来を歩む。家族(ファミリア)を守る為なら俺はこの手がいくら汚れても構わない。お前達の全てを受け入れて終わらせる。俺の手で」

「団長……」

「お師匠様……」

「ミクロさん……」

ミクロの決意と覚悟に言葉を失うベル達は気付いた。

ミクロは決して自分の為にその手を汚しているのではない。

友達の為に、仲間の為に、家族の為に。

守るべきものの為にミクロは戦っている。

自分の手だけを汚して全てを終わらせようとしているミクロ。

その後姿は果てしなく遠く、広く感じた。

その覚悟を聞いたキュオはため息が出た。

「無理……か。ここで応じてくれるとは思わなかったけど仕方ないか」

キュオは再び武器を構えてミクロを見据える。

(ころ)して逃げさせてもらうから!!」

衝突し合うミクロとキュオ。

「【解き放て】」

超短文詠唱から放たれる放出魔法は斬撃を生み出すが、それは武器からだけではない。

獣人であるキュオは尻尾からでも斬撃を飛ばせる。

三方向からくる斬撃をミクロは不壊属性(デュランダル)で防ぎ、回避しつつ投げナイフを投擲する。

「こんなもの!」

弾き落とすキュオだが、ミクロは姿を消した。

「後ろ!」

59階層でへレスとの戦いで見た魔道具(マジックアイテム)による背後からの奇襲と思い、キュオは自身の背後にナイフを振るうが空振りに終わる。

「上」

「っ!?」

自身の上空から聞こえた声に顔を振り上げるとミクロが『ヴェロス』を展開して『砲弾』を放った。

「チッ!」

舌打ちしつつ回避行動を取るキュオは尽かさず上空にいるミクロに魔法を発動する。

「【解き放て】!」

斬撃を飛ばすキュオにまだ上空にいるミクロでは回避不可能。

だが、ミクロは腕に隠している鎖分銅を木に巻き付けてそれを回避する。

更には木の柔軟性を利用して加速するミクロはそのままキュオに突貫する。

「いい的だよ!」

真っ直ぐ向かってくるほど狙いやすいものはない。

再び魔法を発動させようとした瞬間、ミクロは強臭袋(モルブル)を投げた。

「ッ!?なに……コレ……」

咄嗟に鼻を塞ぐキュオ。

二次被害でベル達にも被害が及ぶがベル達とは少し離れている為に害はそこまでない。

獣人の嗅覚を封じたミクロは続けて煙玉を投げて煙幕を作る。

姿を眩ませるミクロにキュオは警戒を強いる。

煙幕の中でミクロはキュオの背後から奇襲を仕掛けた。

背後からの奇襲に気付いたキュオだが、ミクロの方が一手早い。

振り下されるナイフにキュオは詠唱を(うた)う。

「【縛り閉ざせ】」

超短文詠唱から発せられる赤光。

「【スコティニア】」

赤光をミクロは直撃する。

呪詛(カース)を受けてしまったミクロはその場で立ちすくむ。

「これで私の勝ち」

キュオのとっておきの呪詛(カース)は対象の五感を封じる。

対象は一名、効果時間は三分と制限は多い呪詛(カース)だが、対人それも一対一との戦闘には無敵に近い。

五感を封じられた相手は自分がどうなっているかさえも分からない。

見えない、聞こえない、臭わない、感じない、味わえない。

五感を完全に封じられている今のミクロはキュオの敵ではない。

「ばいばい、ミクロ」

念には念を入れての距離を取っての魔法で仕留めるキュオ。

「【解き放て】」

距離を取っての魔法の斬撃がミクロに放たれる。

勝利を確信したキュオ。

だけど、ミクロはその斬撃を避けた。

「なっ!?」

驚愕に包まれるのを束の間、五感を封じられているにも関わらず接近してくるミクロにもう一度魔法を放つ。

「【解き放て】!!」

それでもミクロは躱してキュオの胸部にナイフを突き刺す。

「かふ……」

血を吐き出すキュオに呪詛(カース)は解けていく。

「どうして……?」

「勘」

五感を封じてもミクロには第六感(シックスセンス)によってキュオの攻撃を回避して止めを刺した。

だけど、勘などというふざけたもので自身のとっておきを破られることに怒りを覚えるがそれ以上にどこか解放されていく感覚があった。

「もう休め」

その言葉を聞いたキュオは小さく笑みを浮かべる。

「そう……するよ………」

ミクロの胸の中でキュオは息を引き取った。

これでもう憎しみや苦しみに縛られることはなくなったキュオとベル達を守って死んでいったジエンを抱えてミクロはその場から姿を消していく。

「団長………」

そのミクロの背中を追いかけようとするベルの肩をリューが掴んだ。

「今は……一人にさせてあげてください」

リューはとても悲し気にそうベルに懇願した。

「…………帰ろう、皆、心配している」

何とも言えない空気の中でアイズはレフィーヤに肩を貸しながら皆がいる野営地へ誘導するように歩き出す。


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