ほんの少し前まではフランスを勝利に導いた救国の聖女… と、呼ばれていた。
【この魔女が!】
【汚らわしい!】
【早く魔女に死を】
死ね!死ね!死ね……
火刑に処された聖女は、何を思ったのだろう? ただ、彼女は天を仰いだ。 怒りも無い。憎しみも無い。後悔も無い。 苦しみも無い。
地獄の様な責め苦を受けていた時ですら、心の内で神に祈りを捧げていた程。
悲しみは…。その感情は、何故だか無視できない。 足元に火が灯され、瞬く間に頭まで燃え広がっていく。熱く、息が出来ずに苦しいけ れど、それでも聖女の瞳に曇りは無い。
少しずつ意識が薄れる。 聖女の瞳から零れた透明の一滴が、その頬を濡らす。
私は、何も出来ないまま。
その刹那、聖女は火が燃え広がる景色を見 た。白昼夢だろうか?建物が崩れ落ちた街 で、一人の男が絶望に染まる瞳で町をさ迷う。
男は心が死んでいた。全てを失い、希望を 消した男は救いを求めていたのかもしれな い。その足元にある、小さな命にも気付か ずに町をさ迷った。 その、僅かの時間も経たず、男は命を失っ た。
もしかしたら、足元の小さな命と出会えて いれば、男の道が変わっていたかもしれない。2つの道が交われば、男の生涯は変わったのかもしれない。…それは、きっと誰にも分からない。
その一瞬の光景は、聖女の最期の心を作った。
『あの男性と、小さな命を救いたい。で も、私の命はもう消えるだろう。だから… 誰か…』
頬を伝った涙は、燃え盛る炎に掻き消される。
聖女の思いは、そこで途切れた。
ある夏の夕暮れ、日本と呼ばれる東の島国 だった。高校二年の学校の帰り道、鈴代(すずしろ)唯(ゆい)は導かれる様に人の少ない公園に足を向けていた。
何故だか、何時もより夕陽を懐かしいと思い、自然と空を仰いだ。
ふと、頭に響く誰かの声に気付く。
誰?何の声?
『あの人を、助けて…』
…え?
「…誰を?」
思わず呟いた唯の心は、その言葉に込められた悲しさと苦しみを直に感じた。誰とも知れない声なのに、まるで自分の心の様で胸が締め付けられる。
ねえ私が、助けようか? そうしたら…あなたは救われるのかな。
その思いを受け止めたのか、夕陽が一層光を放った。その光に包まれ、一瞬で消えていく少女の事など誰も気付く事は無かった。
心優しき少女は、いつ終わるとも知れぬ戦 いの中に身を投じていく事となるのだった。
次に目覚めた少女の瞳に映った自分の姿は、金色の髪に青い瞳の聖なる乙女である事は、まだ知らない。
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