忘れ形見の孫娘たち   作:おかぴ1129

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13.行こうよ

「……重い」

 

 フと目が覚めた。部屋の中はもう真っ暗だ。背中に何かが乗っかってる。

 

「……なんだ?」

 

 僕は寝てる最中にうつ伏せになっていたらしい。背中に手を伸ばす。人の頭みたいなものがある。

 

「なんだこりゃ……誰だ?」

「え……もう朝?」

 

 段々目が冴えて記憶が鮮明になってきた。そういえば家に戻ってきてからそのまま寝ちゃったんだっけ……真っ暗だからもう夜なのか。

 

「んー……ちょっとかずゆき……」

「あ?」

「鈴谷の頭ぐしゃぐしゃにしないで……」

 

 どうやら僕の背中に乗ってたのは鈴谷の頭だったようだ。そういえば寝るときに鈴谷が僕を枕にして寝てたっけ。

 

「人の腹を枕にするからだ……」

「文句言わなかったくせに……」

「んー……」

 

 背中に感じてた重みが離れた。鈴谷が上体を起こしたみたいだ。僕も上体を起こす。

 

「んー……おはよ?」

「ん。おはよう?」

 

 寝起きだけど真っ暗だからか? 二人とも妙な挨拶をしてしまう。なんだか妙に気恥ずかしい。お互い無防備に寝ちゃったからか?

 

「とりあえず電気つける」

「ん」

 

 まだ寝起きでふらふらする頭を支え、部屋の明かりをつけた。蛍光灯の眩しさは思った以上に僕らの両目に突き刺さってきた。

 

「まぶしっ」

「まぶ……ぶふぉっ」

「? どうした鈴谷?」

「ほっぺた」

「ほっぺた?」

「畳のあとがクッキリついてるよ?」

「マジか……」

 

 自分のほっぺたを触ってみた。確かに畳のあとがクッキリついている……でも鈴谷も人のことは言えない。同じくうつぶせだったのか、ほっぺたが赤くなってる。枕にしていた僕の背中のあとだろう。

 

「マジで?! はずかし……」

「ザマミロ」

 

 自分のほっぺたをごしごし吹いている鈴谷をほっといて、僕は時計に目をやった。夜八時か……思ったより深夜じゃなかったな。

 

「……喉乾いた」

「……麦茶でも飲むか」

「かずゆきぃ~持ってきて~」

「甘えてないで居間まで来ればいいだろう……ったく……」

「うん。一緒に行くー」

 

 二人で部屋を出て居間に向かう。家の中は真っ暗で、今日は父ちゃんも母ちゃんも疲れて早く寝てしまったようだ。八時前に寝るってどう考えても五歳児じゃないか……。

 

「かずゆきは人のこと言えないけどね」

「お前もな」

 

 居間にたどり着いたらそのまま電灯をつけ、台所に入って麦茶をコップに注ぐ。鈴谷は居間の椅子にこしかけてテレビの電源を入れた。ゴールデンタイムの番組が賑やかに始まっていた。

 

「はい。特別サービスで鈴谷の分もいれたぞー」

「はーい」

 

 鈴谷は僕から麦茶を受け取ると、いつぞやのように喉をぐぎょぐぎょ鳴らして一気飲みしていた。なんだよそんなに喉乾いてたの?

 

「かずゆきー。足りない」

「……僕のも飲んでいいよ」

「ありがとー。かずゆき大好きー」

 

 世界一軽い大好きだなと思いながら、このシチュエーションを冷静に観察してみる。……なんだか鈴谷と二人でこうしてのんびり過ごすってはじめてな気がしてきた。

 

「なー鈴谷」

「んー?」

「二人のときにこんなにゆったりするのはじめてじゃない?」

「だねぇ。大体誰かがいたし」

 

 他愛無いテレビ番組の音声がホワイトノイズとなって居間に鳴り響いていて、それが逆に室内を静かに感じさせていた。

 

「かずゆきぃー。目、覚めた?」

「んー……まぁ。鈴谷は?」

「だいぶバッチリ」

「そかー」

 

 しかし妙な時間まで随分寝てしまったなぁ……八時過ぎのこの時間帯に起きちゃったら今晩はなかなか寝付けないぞ? ……あ、ちょっと待て。こいつ今晩どうするんだろう?

 

「お前今晩どうするの?」

「んー? どうするって?」

「いやお前、帰るだろ? なんでこっち来たんだよ。今晩どうやって帰るんだよ?」

「んー……分かんないけど……まぁいいんじゃん?」

「……」

「せっかくだし目も冴えてきたから、かずゆきにオールナイトで付き合ってもらおっか!」

 

 マジか……考えてみればこいつ、知り合った時からずっと僕に対してオールナイトでどうちゃらこうちゃらって言ってたなぁ。

 

「なにするなにするぅ? かずゆきぃ?」

「んー……しゃーないなぁ……たまにはオールナイト覚悟でいくかー」

「やった! かずゆき大好き!!」

 

 さっきに比べて幾分重みがました鈴谷の大好きを適当に受け流した僕は、鈴谷が飲み干した麦茶のコップを受け取り、それを台所に置いた。

 

「ちょっと外行こうぜ鈴谷」

「どこまで?」

「山の中。すぐ着くよ」

「山の中?!」

「どうした?」

「かずゆきに襲われる……ガクガクブルブル……」

 

 だったら来なくていいよといいつつ、テレビを消した僕はそのまま玄関に出る。

 

「置いてくぞー鈴谷ー」

「んあー! ちょっとまってよ!!」

 

 玄関においてある虫除けスプレーと懐中電灯を持ち、僕と鈴谷は外に出た。外では田舎の夏らしくカエルどもがゲコゲコと鳴き喚いていて、この街の田舎っぷりを演出するのに一役買っていた。

 

「どこいくのー?」

「いいから着いてきなよ」

「こわーい」

「アホ……あちょっと待って」

「ん?」

 

 鈴谷の手を取り、虫除けスプレーを吹いてやる。これから行くところは山の中。蚊が多いから刺されないようにしないとね。

 

「そっか! かずゆきありがと!!」

「どういたしまして。足は自分で吹いてくれ」

「そのまま吹いてくれればいいじゃん」

 

 鈴谷が男ならそうするけどさ……流石にスカート姿の女の子の足にスプレー吹くのは気がひけるんだよ……

 

「考えすぎっしょかずゆき。……まぁいいやスプレー貸して」

「あいよ」

 

 手を伸ばしてきた鈴谷に虫除けスプレーを手渡す。鈴谷は僕からスプレーを受け取ると、そのまま僕の手を取って、腕にスプレーしてくれた。

 

「ほい。かずゆきも」

「ん。ありがと鈴谷」

 

 一通り僕の腕やら身体やら足やらにスプレーをしてくれた鈴谷はそのまま自分の足にもスプレーを吹きかけ、僕にスプレーを返してきた。けっこう盛大にスプレーを使ったためか、スプレー缶はさっきよりも少しひんやりとしていた。

 

「よしっ。行くかー!」

「おー!」

 

 懐中電灯をつけ、カエルの鳴き声が鳴り響く中僕達は田んぼの間を縫うように目的地に向かう。山道の入り口に着き、その山道を歩いて抜けたところが目的地だ。

 

「ちょっとかずゆきー……まだ着かないのー?」

「もうちょっとだよ。だからがんばれって」

「ひー……疲れたー……鈴谷もう歩けないわー……」

 

 両膝に手をつき、ゼーハーゼーハー言いながら歩く鈴谷は本当にしんどそうだ。日頃の運動不足がたたってるじゃないのか鈴谷? まぁ昼間も散々遊んだしなぁ。

 

「うるさいなー……そら確かに普段は艤装で海の上を滑ってるだけだけど……」

 

 このままだと到着するまで延々と鈴谷のボヤキを聞かされる羽目になりそうだ。……ええい仕方ない。自身の膝小僧に置いている鈴谷の右手を手に取ってひっぱってやることにする。

 

「ぉお?」

「ほらあともう少しだから。がんばれっ」

「ありがと。いつになく気が利くじゃん」

「お前も涼風と一緒で一言多いんだよ」

 

 そのまま強引に鈴谷の手を引っ張って目的地に向かう。今日はずっとこうやって鈴谷と手を繋いでた気がするなぁ……まぁいいか。たまにはこんな日もいいだろう。

 

 鈴谷の手を引きながら歩いて10分ほど経った頃。やっと目的地が見えてきた。

 

「川の音が聞こえるねぇ?」

「うん。目的地が近い」

「どんなとこ?」

「そこにいるだろ?」

「? ……あ!」

 

 この辺りはもう目的地に近い。一匹ぐらいは繁殖場所から離れてここまで迷い込むことがあってもおかしくはない。

 

「ホタルだ!!」

 

 おそらくは目的地から迷い込んだであろう一匹のホタルが、ライムグリーンの優しい光を発しながら、鈴谷の周囲をふわりふわりと漂っていた。

 

「うわーすごいきれい!」

「目的地はこんなもんじゃないぞー」

「そうなの?!」

「そらそうだ。こいつはちょうどそこからはぐれた一匹なんだろうさ」

「マジで?! なら早く行こう!」

 

 今までは僕に手を引っ張られていた鈴谷だったが、はぐれホタルを一匹見つけてテンションが上がって元気になったようだ。今度は逆に僕の手を強く握って、ものすごい力で僕を引っ張り急き立てる。

 

「ほら早く行こうかずゆきッ!」

「わかった! わかったから!!」

 

 鈴谷にグイグイと引っ張られ、川のほとりに出た。

 

「うわー……」

「よかった。今年も元気だ」

 

 そこで待っていたのは、同じくライムグリーンに輝きながら周囲を飛び交うたくさんのホタルたちだった。たくさんの光源がふわりふわりと漂いながら、僕達の目の前で輝いて、ぼくと鈴谷を出迎えてくれる。……よかった。ホタルたちは今年も元気。

 

「スゴい! すごいきれい!! すごいすごい!!」

「この街唯一の隠れた観光名所だよ。今年も見られてよかった」

 

 川の水際まで出る僕と鈴谷。途端に周囲がホタルたちに包まれる。僕達の周囲をふわふわと漂うホタルたちは、みんなが同じタイミングで明滅し、まるで今日の僕達を労っているようにも感じた。

 

「すごいね! すごいねかずゆき!! みんな同じタイミングで点いたり消えたりしてるよ?」

「ホタルはだいたいみんな同じタイミングで点いたり消えたりするんだよ。たまにタイミングを外すヤツがいたりして面白いんだけど」

「きれい! ほんときれい!!」

「シー! あんま大声出すと逃げちゃう」

「え……マジ?」

「マジ」

 

 僕からの忠告を受け、鈴谷は慌てて両手で自分の口を押さえていた。

 

 僕は、星空も好きだけどホタルの方が好きだ。星空で輝く星は、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていてとてもきれいだ。色とりどりの星の輝きを見ていると本当に飽きない。

 

「あ、かずゆきの頭が光ってるよ! ホタルがとまってる!!」

「人をハゲみたいにいうんじゃありませんっ! ……あ、でも鈴谷の頭にもとまってる」

「えマジ?! すごい!! 鈴谷輝いてるよ!」

 

 それに比べると、こいつらホタルはライムグリーン一色の輝きしかない。でもこいつらは、ぼくたちのすぐそばで輝いてくれる。すぐそばを漂いながら、ぼくたちに寄り添って輝いてくれる。今もこうやって僕や鈴谷の頭にとまって、そこであったかい光を僕達に見せてくれる。

 

 そう。ホタルは星空と違って優しくて人懐っこく感じるんだ。距離が近くて、僕達の方に漂ってきてくれる。まるで僕達を歓迎してくれるように、ぼんやりと点いたり消えたりして僕達と仲良くなろうとしてくれる。だから僕はホタルが好きだ。

 

「ぁあ! かずゆきの肩にもとまってる! かずゆきズルい!!」

「鈴谷の肩にも止まってるよ。ついでに胸のところにも」

「ホントだ! えっちいなぁこのホタル」

「考えすぎだ……」

 

 自分の胸元にとまったホタルを『うりゃっ』と両手で優しく捕まえる鈴谷。合わせた両手の中が薄緑に輝いている。

 

「ぉお! 熱くない! こんなにピカピカしてるのに熱くないよかずゆきッ!」

 

 とても大切な宝物を手に入れた子供のように大はしゃぎな鈴谷は僕のところまで走ってきて、手の中のホタルを見せてくれた。二人して鈴谷の手を覗き込む。鈴谷の手の中には、自身のお腹をゆっくりと輝かせているホタルが一匹、静かにもぞもぞと動いていた。

 

「……キモッ」

「言っても虫だからなぁ……。その割には平気で触ってるじゃん鈴谷」

「もっとキモくてヌメヌメしてるのを知ってるからね!」

「はいはい……」

 

 そうやってしばらくホタルたちと戯れた後、そばの大きな石に座って休憩する。座るときに

 

「はーい。鈴谷とかずゆきここに座るから、みんなちょっとどいてねー」

 

 と石にとまっていた数匹のホタルたちを鈴谷が追い散らしていた。すまんホタルたち……でも僕達もちょっと疲れたんだよ……。

 

 優しく輝くホタルたちに包まれ、僕と鈴谷は腰を下ろす。ホタルたちはまだ僕と鈴谷の周囲を飛び交っていて、スキを見つけては肩口や頭の上にとまって休憩していた。そのおかげで、時々鈴谷の顔が優しくぼうっと照らされて、とてもキレイな顔に見えた。

 

「なー鈴谷―」

「んー?」

「爺様ってさ。みんなとどんな風に接してたのかな……」

「分かんないなー……鈴谷も一緒に過ごしたわけじゃないから」

 

 鈴谷たちと知り合ってから湧き出た疑問が、つい口をついて出た。鈴谷以外の子たちは、みな一様に爺様の死を悼み、爺様との別れをとても悲しんでいた。それは今日の告別式でよく分かった。どうやら爺様は、今日告別式に来てくれたみんなと相当仲良く過ごしていたようだ。

 

 じゃあ、実際に爺様はみんなとどんな日々を送っていたんだろう? 加賀さんは、自分たちはひこざえもん提督の孫娘だと言っていた。そこまで言い切るなんて、よっぽど強固な関係性じゃなきゃ無理だ。混じりっけなしの信頼をこれだけたくさんの子たちから得ていた爺様。爺様は、どんなふうにこの子たちと過ごしていたんだろう? どれだけ楽しい日々を過ごしていたんだろう?

 

「気になるんだよなー。みんなとあれだけ仲がいいだなんて……」

「……」

「僕ってさ。結局爺様の負けず嫌いでエネルギッシュな部分ぐらいしかよく分かんないからさ」

「……鈴谷もさ。そういうこと、ちょっと知りたいんだよね」

「……」

「鈴谷はさ。提督が亡くなる前日に来たから。これから新しい生活が始まるんだーって時に提督が来なくなって鎮守府が混乱しちゃって……」

「……」

「みんなすごく悲しんだり怒ったりしてるんだけど、鈴谷そんなみんなと温度差があるっていうか……それに、提督との思い出がないのって鈴谷だけなんだよね。それがなんか後ろめたいっつーか……ここにいてもいいのかなぁってずっと思ってた」

「……そっか」

 

 身体に留まるホタルに時々手を差し伸べながら、鈴谷は僕の方を見てそう話す。

 

「……結局ぼくらはさ。ひこざえもん提督のことを何も知らないんだよね。じいさまとみんなとの絆とか、みんなの生活はどんなんだったとか」

「そうだねー」

「どんな風に過ごしてたんだろうな。どんな風にみんなと過ごして、どんな風に仲良くなっていったんだろうな……」

「……鈴谷もさ。ちょっと知りたい」

「だよなぁ」

 

 周囲をホタルに囲まれてるからなのか……それとも夜という落ち着いた時間だからなのか……こんなに鈴谷と穏やかな気分でここまで本音で語りあうとは思ってなかった。……でもこれは僕が知りたかったことだ。鈴谷たちと爺様が仲良く過ごしていたのは本当なようだ。なら、今度は爺様とみんなが、どんな毎日をどんなふうに過ごしていたのかが知りたい。

 

 鈴谷はしばらく『うーん……』と口を尖らせて唸った後、両手をぽんと叩いた。何かいい案でも浮かんだか?

 

「じゃあさ! 一緒に行ってみようよ!」

「行く? 行くってどこへさ?」

「鎮守府!」

「ちんじゅふ? ちんじゅふって鈴谷が過ごしてるとこだっけ?」

「そそ」

「一緒に?」

「うん」

「今から?」

「いえーす」

 

 今からはさすがにしんどいだろー……それに今行っても、爺様のそっちでの生活が見られるわけではないじゃない。

 

「だからさ! 提督がいた頃の鎮守府に行けばいいんじゃん?」

 

 言うに事欠いてこの子はついに頭がおかしくなりやがりましたか? そんなこと出来るわけ無いだろう。

 

「冗談もほどほどに……」

「大丈夫」

 

 僕が文句を言おうとしたその時、鈴谷は僕の首に優しく両手を回した。そしてそのまま自分の顔を僕に近づけ、おでこを僕のおでこに重ねた。お互いの息の感触を感じるほどに距離が近い鈴谷の笑顔は、ホタルの薄明かりに照らされて今まで見たことないほどに神秘的な笑顔に見えた。

 

「行けるよ? 鈴谷とかずゆきが一緒なら」

「でも……」

「ほら行こ?」

「……」

「目、閉じて」

 

 そしてそんな鈴谷の雰囲気に飲まれ、僕は鈴谷に抱き寄せられたまま両目を閉じた。世界が閉じ、僕が感じられる外界は、周囲の音……もっと言うと鈴谷の声と、鈴谷の温かさだけになった。

 

「耳、澄ませてみて……」

「ん……」

「何か聞こえる?」

 

 言われたとおり、鈴谷の声以外の音を注意深く聞いてみる。

 

……

 

「んー……特に何も」

「もっとよく耳すませて」

 

…………

 

「鈴谷のドキドキとか?」

「かずゆきのえっち」

 

………………

 

『…一艦…! 帰…し……たー!!』

『あれ?』

『もう少し……』

 

……………………

 

 


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