忘れ形見の孫娘たち   作:おかぴ1129

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2. 鎮守府に顔出してみてよ

「嘘でしょ……提督……」

 

 通した和室の仏壇と爺様の遺影を見て、鈴谷は絶句というか何というか……ボー然と立ち尽くしていた。

 

「僕は居間にいるから。好きなだけいていいよ」

「うん。ありがと……」

 

 あのエネルギッシュな爺様とどんなつながりの知り合いなのかは分からない。でも彼女のリアクションは、決してただの知り合いなんかではなかったはずだ。僕は彼女を一人にしてあげた。爺様との別れをちゃんとさせてあげるためだ。

 

 自分の荷物を一旦二階の自分の部屋に置き再び居間に戻った僕は、母ちゃんが準備してくれた麦茶に手を伸ばした。

 

「父ちゃんは?」

「父ちゃんはまだ仕事。夕方頃には帰ってくるよ」

 

 正直なところ、僕は父ちゃんと母ちゃんに文句があった。あの鈴谷って子になんで今まで爺様にちゃんと別れを言わせてあげなかったのか? 最初は僕も爺様と知り合いっぽい女子高生なんて得体のしれない女性だと思ったけど、実際に会って話してみると、悪いことを企んでるようには見えない。

 

「なんで今まで上げてあげなかったの?」

「だって和之……あの子が初めてうちに来た時さ……」

 

――ちーっす! 提督にいつもお世話になってる鈴谷っていいまーす! 提督いるー?

 

「てかるーい感じで挨拶してくるから、いたずらだと思うじゃない」

 

 あー確かに……僕に対してもそんな感じだったね。でもだからと言って話を全く聞かないのもどうかと思うけど。

 

「母ちゃんもね。あの子が和室に入った時の様子を見て反省してる……」

 

 なんつーか彼女、爺様の遺影を見て凹んでたというか絶句してたよね。あの様子を見て、ホントにいたずらじゃなくて爺様を探してたんだって僕も実感出来たわけだし。ともあれ、一度父ちゃんにも説教するしかないだろう。

 

 そんなことを考えながら麦茶を飲んで涼んでいると、和室からパタパタというスリッパの足音が聞こえてきた。あの子が出てきたのかな? 思ったより早かったな……

 

「ありがとー。おかげでキチンとお別れ出来たよ」

「もういいの?」

「うん! ちゃんとお線香もあげたしね!」

 

 居間に鈴谷が入ってきた。別れ間際の彼女の様子から察するに、ひょっとしたら大泣きするんじゃないかと思って気を利かせて和室を出たんだけど、大泣きしてる様子はなかった。目も赤く腫れたりはしてないし、笑顔も曇ってなんかないようだ。僕の考えすぎだったかな?

 

「鈴谷ちゃんごめんねー。おばちゃんイタズラだと思っちゃって……」

「いいっていいって。知らない子がいきなりやって来たら、誰だってイタズラだと思っちゃうもんね」

 

 彼女がカラッとした子でよかった。母ちゃんと父ちゃんの所業をいつまでも根に持つタイプだったらどうしようかと心配していたところだったんだ。

 

 ……で、ここからは彼女の正体を突き止める時間だ。

 

「ところでさ。えーと……鈴谷さんは」

「呼び捨てでいいよ。鈴谷も和之のこと呼び捨てするから!」

 

 あらまぁ! ファーストネームで呼び捨てするだなんて馴れ馴れしいわねこの小娘ッ! まぁいいか。

 

「分かった。んじゃ……えーと……鈴谷はうちの爺様とはどういう知り合いなの?」

「提督はうちの鎮守府を率いてたんだよね」

「鎮守府? なんだそりゃ?」

「海軍施設」

「海軍? いまどき? 自衛隊じゃなくて?」

「そうだよ?」

 

 いや確かにうちの爺様は戦中は志願兵として軍にいたらしいけど、確か陸軍だったような……それも運良く戦闘には参加してなかったと思うけど……

 

「いやいや冗談やめて下さいよ鈴谷くん。大人をからかうのもいい加減にしたまえ」

「ひどっ」

「いやだってそうだろー。今は自衛隊なんだから海軍なんてあるわけありませんやん。鎮守府なんて施設きいたことあらしませんがな」

「いやいやいやマジだから。つーかリュウジョウさんよりヒドい似非関西弁やめてマジキモい」

 

 電波か? この子はデンパなのか? 電波を終始受信してるから髪の色が非常識な水色なのか?

 

「おっかしーなぁ……提督から聞いた話とだいぶ違う……」

「ん?」

「いや提督とさ。初めて会った時に和之の話してたんだよ」

 

 ほう。なんか興味あるね。

 

「爺様、僕のこと何て言ってたのさ?」

「えーとねー……」

 

――アイツは馬鹿で押しが弱いから、お前ならすぐ落とせるぞ

 

「て言ってた!」

「……」

「どーするぅ? かずゆきー?」

「どうするじゃありませんッ」

 

 僕は今、生まれて初めて爺様を張り倒したいと思った。女の子になんつー話をしてるんだ爺様……。

 

「それはそうとね。和之とおばさんに鈴谷ちょっとお願いがあるんだ」

 

 さっきまでケラケラ笑っていた鈴谷は、僕と母ちゃんに対して急に背筋を正し、真面目な顔でこう言い始めた。

 

「実はね。鈴谷以外にも提督にお世話になった子がたくさんいるんだ」

「そうなの?」

「うん」

「……ひょっとしてみんな女の子なの?」

「うん」

 

 老いてなお盛んとはこのことか……それとも婆様が逝去したことで劣情のタガが外れたのか……元から男性ホルモン多そうな人だったけど……。でも浮気とか一回もないって婆様言ってたから……ある意味高齢者デビューってやつなのか?

 

「?」

「あーいやなんでもない。続けて続けて」

「うん。でね、さっきみんなに連絡取って提督のこと伝えたんだけど、やっぱりみんなも提督に直接お別れの挨拶をしたいんだって」

「何人ぐらいいるの?」

「えーと……とりあえず二百人近くはいるかな……」

「にひゃ……?!」

 

 爺様……お盛んなのは結構だけど、わきまえてくれ……年齢というものを……。

 

「だから、出来れば提督にお別れしたい子たちに挨拶させてあげたいんだ」

「でもなー……うーん……二百人近くうちに来るってのは……」

「さすがに全員でってわけじゃないよ? それに、まだ提督が死んだってことを受け入れられない子もいるし、多分一人二人ずつ挨拶に来る感じになると思う」

 

 まぁそれぐらいなら大丈夫かな?

 

「んー……母ちゃんはどう思う?」

「母ちゃんは別にいいよ。一人二人ぐらいなら大丈夫だと思うし」

「やった! おばさん大好き!!」

 

 母ちゃんの返答を聞いた鈴谷は満面の笑みでそういうと、母ちゃんの手をガッシと掴んで上下にブンブン振っていた。母ちゃん、冷や汗が隠しきれてないです。

 

「和之はどう思う?」

「ねーねーいいでしょー? かずゆきぃいいい。かーずーゆーきー……」

「涙目の上目遣いでほっぺた赤くしながら甘えるように言うのはやめなさい」

「いいじゃんかずゆきー。かぁあずぅうゆぅうきぃいいい」

「僕の手を取って左右にぶんぶん振るのもやめなさい」

 

 ちくしょう。手が柔らかくてあったかいなんて反則だ……。

 

「別に一人とか二人とか少ない人数で来るのは構わないから。だから順番に挨拶に来て」

「やった!! 和之も大好き!!」

 

 この子はこうやって無自覚に隠れファンを量産していくタイプだと踏んだ。正直、あの笑顔で『大好き!』はヤバかった。

 

「んじゃさんじゃさ。鈴谷とLINEのID交換しようよ!」

「ん? なんで?」

「だって連絡取るのに必要じゃん? 今から行くよーとか」

「あそっか。んじゃスマホ出すよ」

 

 僕はジーパンのポケットからスマホを取り出して鈴谷とLINEのIDを交換した。

 

「ぷっ……」

「ん?」

「提督が言ってたとおりだ」

「なにが?」

「りんごのマークのスマホ」

「僕はスマホはりんごでタブレットがドロイドくんなの!!」

 

 その後は二言三言交わした後、鈴谷は鎮守府に帰ると言い出した。そこまで送るって言ったんだけど……

 

――それよりもさ。和之、一回ちょっと鎮守府に顔出してみて。

 

 そう言って鈴谷は鼻歌交じりに帰路についていた。

 

 それからしばらくして父ちゃんが仕事から帰宅。父ちゃんは近所の農協で働いている。農家が多くて田んぼや畑ばかりのこの土地において、親身に話を聞いてくれる担当者として農家からの信頼も厚い……らしい。自称だからどこまで本当なのかさっぱり分からん。

 

「ところでさ。俺思い出したんだよ」

 

 晩ごはん時、件の女子高生である鈴谷を家に上げたことを報告した時の事だった。父ちゃんがぽんと手を叩き、ごはん粒を周囲に撒き散らしながらこんなことを言い出した。

 

「父ちゃん……ごはん粒飛んでる飛んでる」

「ああすまん……」

「ほんとあなた……昔っから五歳児なんだから……」

「たわけがッ! ……それはさておき、俺思い出したんだよ。その鈴谷っての」

「?」

 

 思い出した? なんだ会ったことあるんじゃん。事案発生。

 

「ちゃうわたわけがッ! いやあのな。爺様がな。死ぬ前の日の晩、パソコンいじってる最中に叫んでたんだよ」

「……ぁあー、そういえば叫んでた叫んでた」

「? 叫んでた? なんて?」

「えとな……」

 

――よっしゃぁああああ!! スズヤゲットぉお!!! ……たまらんのぉおおスズヤぁああ

 

 ……正直ね。あの人の孫であることが恥ずかしくなってきたよ僕は。

 

 とはいえ爺様が何をしていたのかはちょっと気になる。夕食が終わった後、僕は元爺様現母ちゃんのパソコンを借りてネットでちょっと調べてみることにした。

 

 以前に見た爺様のパソコンの中身から察するに、おそらくはその時艦これをプレイしていたのだろう。あのゲームは確か『艦娘』とかいう第二次大戦の頃の帝国海軍の軍艦を擬人化したキャラを集めるゲームだったはずだ。グーグル先生で確認してみよう。

 

「“艦これ すずや”……っと。べしっ」

 

 この『べしっ』てのは僕のエンターキーを押す時の口癖だ。なんか言っちゃうんだよね調子がいい時とかさー。

 

 で、出てきた検索結果を眺める。目を引くのはやっぱり画像検索の項目で、たくさんの水色の髪の人生を舐めた感じの女子高生っぽい子のイラストがたくさん出てきた。これはどう見ても、昼間に爺様の遺影を見て絶句していたあの鈴谷だ。

 

「……コスプレ系デンパか?」

 

 頬杖をつき、タッチパッドを駆使してイラストを眺めていく。どうやらこの鈴谷ってキャラクターは、やっぱり人生を舐めた感じの女子高生みたいなキャラのようだ。女子高生っぽい感じの見た目と明るくてフレンドリーな性格のため、プレイヤーの間では同じクラスの明るい同級生みたいな感じで人気があるらしい。

 

「まんまじゃないか。徹底してキャラを演じてるのか?」

 

 ともあれ悪い子には見えなかったし、あの鈴谷がうちに来る分には構わないとは思うけどね。

 

 そうやっていろいろと調べ物をしているうちに、艦これにちょっと興味が湧いた。爺様のバックアップの中からD◯Mのログイン情報を見つけた僕は、そのIDとパスワードを使ってD◯Mにログインし、艦これをプレイしてみることにする。左手で麦茶飲みながら。

 

『か、ん、こ、れっ』

 

 洲崎綾さんだっけ? この声優さんは好きな声優さんだ。

 

『いーことぉお? あかつきの水平線に、しょーりをきざむのよ?』

 

 井口さんだっけ。随分と豪華な声優陣なんだなぁ……。

 

『鈴谷だよ! 賑やかな艦隊だね! よろしくね!』

「なんでお前がここにいるんだよッ!!!」

 

 思わず叫んでしまった。だってさ。改めて見ると昼間来たあの鈴谷まんまですやんこの子。見れば見るほどあの鈴谷ですやんこの子。

 

 決まった。あの子はコスプレ系デンパだ。これは決定事項だ。

 

『やっと作戦完了で艦隊帰投か~。おっせぇなぁ、ちゃっちゃとやれよ~』

 

 と突然画面が切り替わって作戦成功とかいう表示が出てる。なんじゃこりゃ?

 

――ぴーひょろろ~

 

 唐突に僕のスマホの着信音がなった。LINEにメッセージが届いたみたいだ。LINEを開いてみると……

 

「鈴谷から……だと?」

 

 なんという神がかり的なタイミングだ……メッセージを読んでみる。どれどれ~……

 

『かずゆきが来てくれたおかげで遠征に出てた子たちが戻ってこれたよ! ありがと!! あとちゃんとみんなに補給してあげてね!!!』<すぽんっ

 

 ……なんだこの今のシチュエーションぴったりなメッセージ。とりあえずグーグル先生にやり方を聞きながら、第二艦隊?に補給をしてみる。

 

『おぅ!もらっとくぜ』

 

 ちゃりんて音が鳴って画面右上の数字が減った。なるほど。補給ってこういうことか。

 

 そのまま編成画面に移行してみる。鈴谷は第一艦隊旗艦という立場なようだ。でもその第一艦隊には鈴谷しかいない。父ちゃんの証言によると、爺様は鈴谷をつい最近手に入れたみたいだから。うれしくてそのまま第一艦隊の旗艦にしていたのかな?

 

 興味が再び湧いた僕は、そのまま第一艦隊を出撃させてみることにした。今第一艦隊のメンバーは鈴谷ただ一人。おっかなびっくり一番簡単そうなステージである1-1を選択し、見れば見るほど昼間の鈴谷にそっくりな鈴谷は勇ましく出撃していった。

 

『最上型重巡! 鈴谷いっくよー!!』

 

 おー。さすがはゲームのキャラクターだ。戦いに行くのも勇ましいのう。

 

 その後、意外とグロテスクな外見の敵一体と戦闘になった。『うりゃー!』の掛け声とともに鈴谷の攻撃が敵に当たり、相手のグラフィックに『撃沈』の表示がつく。これで戦闘は終わりみたいだ。随分あっけなかったな……

 

『鈴谷褒められて伸びるタイプなんです。うーんとほめてね』

 

 ほめてと言われてもどう褒めればいいんだろうか? 頭撫でるとか? いやまてそれじゃ犯罪者だ。んじゃ『えらいッ! さすが鈴谷!! 素敵だよッ! 強いッ!!』とか言って盛り上げてあげればいいのだろうか……まさかとは思うけど『ほめる』ボタンとかないよな?

 

――ぴーひょろろ~

 

 再度僕のLINEにメッセージが届いた。誰からのメッセージなのかなんとなく分かった。

 

『ひさしぶりに出撃したよ! ありがとー!!』

 

 なんかだんだん、この画面の向こう側の鈴谷があの鈴谷なんじゃないかと思うようになってきたぞ……ヤバいヤバい。現実とゲームの区別をつけなくては……とりあえずブラウザを閉じ、パソコンの電源を落とした。このままでは区別がつかなくなってしまいそうだ。

 

――ぴーひょろろ~

 

 またあいつか。今度は何だ?

 

『ぇえ~! もう終わっちゃうのー?! もっと出撃しようよー!!』

 

 なんでこいつはこんなにジャストなタイミングで妙なメッセージを送ってくるのか……マズい。このままでは現実とゲームの区別がつかなくなってくる。

 

『もう寝なさい!』

『いいじゃん夜はこれからだよー? 鈴谷やっとエンジンかかってきたのにー!!』

『明日も来るんだろ? だったら今日は早く寝なさい!!』

『ちぇ~……せっかく一ヶ月ぶりにオールナイト覚悟だと思ったのにー……』

 

 言ってる意味分かってるのこの子?

 

『あーそうそう。みんなに提督へのお別れの件話したよ』

 

 ほう。仕事が早いね鈴谷くん。

 

『で、とりあえず明日は大淀さんが鈴谷と一緒にそっちに行くから。明日もよろしく~』

 

 鈴谷に関してはもう驚くことはないが……まさかその大淀とかいう人も……気になった僕は『艦これ 大淀』でグーグル先生で検索をかけてみる。

 

「……マジか」

 

 いた。『大淀』ってキャラも艦これにいた。まさかとは思うけど……明日鈴谷が連れてくる大淀さんとやら、この『大淀』ってキャラのコスプレしてやってくるんじゃあるまいな……。

 


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