忘れ形見の孫娘たち   作:おかぴ1129

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3.爺様のスイカ

「軽巡洋艦、大淀と申します……ひこざえもん提督には……いつもお世話になっていました……」

 

 鈴谷に連れられてやってきた大淀さんはスイカを大事そうに抱え、元気のない表情でうつむきがちに、そう挨拶をした。

 

「……鈴谷」

「ん?」

「鈴谷たちはさ。艦これのコスプレしてるの?」

「違うよー。これが鈴谷たちの正装だよ?」

「それが正装なのか……」

 

 一体どんなファンタジーなんだ。大淀さんの服装なんかミニスカートのきわどいところにスリット入ってるぞ? こんなきわどい正装があるのか世の中に。つーかゲームの中の格好そのまんまじゃないか。これが正装だなんて聞いたことない。スリット! スリットなんとかしろッ!

 

「かずゆきのヘンタイっ」

「なんでだよっ」

「あの……すみません。ひこざえもん提督にご挨拶させていただいてよろしいでしょうか……?」

「あ、はい。それじゃご案内します」

 

 まぁあれだ。こいつらがコスプレ電波集団だとしても、爺様の友達で別れの挨拶に来たというのは変わらない。

 

 大淀さんを奥の和室に案内する。大淀さんは和室に入って爺様の遺影を見るなり……

 

「そんな……本当に……ひこざえもん提督……本当にお亡くなりになられたんですか……!!」

 

 と言いながら両手で口を抑え、その場で泣き崩れていた。さめざめと泣く彼女を見守った僕と鈴谷は、彼女を爺様と二人にさせてあげようということで彼女を和室に残し、今は居間で二人で大淀さんが持ってきたスイカをいただいている。

 

「大淀さんは任務娘って役職でね。ずっと提督の補佐をしてた人だよ。しゃくっ」

「ほーん……そら付き合いも濃そうだなぁ。しゃくっ」

「初期艦の五月雨ちゃんと一緒に、提督が着任したときからずっと提督を支えてた人だからね。今回も、自分が最初に提督の死を受け入れなきゃ……って使命感があったみたい。しゃくっ」

「見かけ通り真面目な人だ。コスプレだけど。しゃくっ」

「マジでコスプレじゃないから。あ、あと扇風機の首、鈴谷の方にも回して」

 

 鈴谷から風を催促され、バチバチと首を回して鈴谷にも風を送ってあげる僕。今日はちょっと蒸し暑いからね。確かに扇風機の風は欲しい。

 

「はー……すずしー……」

「なんつーか……めちゃくちゃくつろいでるね」

「へ? だって提督と和之の家でしょ? 別に良くない?」

「いや別にいいけど。……麦茶ほしいな……」

「あ、鈴谷も」

「自分で入れなさい」

「ぇえー! ついでにいれてくれてもいいじゃん! 鈴谷まだこの家のどこに何があるかわかんないよー!!」

 

 考えてみれば確かにそうだ。なんつーかこのくつろぎっぷりを目の当たりにして、付き合いの長い腐れ縁の仲みたいな感覚を抱いてしまっていた……そんな自分にほんの少しの憤りを覚えつつ、僕は台所に行って自分と鈴谷の分のコップを出し、冷蔵庫の麦茶を注ぐ。

 

 同じタイミングで、廊下からスリッパのパタパタという音が聞こえてきた。大淀さんが和室から出てきたみたいだ。僕はコップをもう一つ出し、大淀さんの分の麦茶を注いで、お盆に乗せた。

 

「もういいんですか?」

「はい。ちゃんとお別れを言うことが出来ました。和之さんには感謝しています」

 

 大淀さんは居間に来て鈴谷の隣に座った。麦茶を乗せたお盆を持って僕もテーブルまで行き、大淀さんと鈴谷の前に麦茶を置いた。彼女の目は赤く腫れていた。鈴谷とは違い、和室で相当悲しんで泣いていたようだ。

 

「どうぞ。蒸し暑いですから麦茶の方がいいと思います」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 僕が出した麦茶のグラスを両手で上品に持ち、静かに口をつける大淀さん。その所作は美人秘書を彷彿とさせ、美しい。

 

 一方……

 

「あざーす! やっぱこの季節は麦茶だよねー!!」

 

 僕が麦茶のグラスを置くやいなや片手で乱暴にグラスをぶんどり、そのまま盛大に麦茶を飲み干す鈴谷。こら鈴谷。女の子が喉をぐぎょぐぎょ鳴らしながら麦茶を飲むんじゃありませんっ。

 

「……昨日、鈴谷からひこざえもん提督が逝去されたとの報告を受けた時は本当に驚きました……信じられませんでしたが……」

 

 そう言いながら麦茶のグラスを置き、再び目にいっぱい涙を溜め始める大淀さん。こんな美人な人をここまで泣かせた爺様……一体この美人さんとどんな関係だったんだ……

 

「まさか……本当に……ひこざえもん提督……どうして……うう……」

「大淀さん、元気出そ? 泣いてる大淀さんなんて、提督も見たくないよ」

 

 本来なら見ているこちらにも悲しみが伝わる二人のシーンなんだが……爺様が爺様な上に、悲しんでいるのはコスプレしてる二人……どうしても僕にはシュールに感じてしまう。いや悲しみは伝わってくる。伝わっては来るんだけど……

 

「……そうですね。鈴谷の言うとおりですね。これではひこざえもん提督に顔向けできないですね」

「そうだよ! “女の子は笑え! それが男を落とす一番の武器だ!!”て怒られちゃうよ?」

「ですね。ひこざえもん提督に怒られちゃいますね」

 

 元気はまだ戻ってないけど、大淀さんが涙目で少しだけ微笑んだ。よかった。少し気持ちが持ち直したのかもしれない。

 

 でも二人共爺様の名前に『提督』なんて仰々しい敬称をつけて大真面目な顔で『ひこざえもん提督』とか言うからどうしてもそれが僕を魅惑の異空間へと誘う。

 

 んー……なんつーかホント、違和感しかない。コスプレ衣装に身を包む二人の女性が、爺様の名を『提督』という敬称をつけて呼ぶ……

 

「んー……」

「?」

「あ、し、失礼……ところで大淀さん、うちの爺様とはどういうご関係ですか?」

「3年ほど前、ひこざえもん提督が私達の鎮守府に着任してから、私は任務娘としてひこざえもん提督を支えてまいりました。それこそ、毎日一緒にいました」

「はぁ……」

「提督は元気で豪快で……いつも私達を楽しませてくれる、とても楽しい方で……」

 

 まぁ確かに豪快というところは否定出来ないなぁ。

 

「私が……艦娘として出撃することが決まった時には……ひこざえもん提督は……まるで自分のことのように……ううっ……喜んで……ぐすっ……くれ……」

 

 感極まってきたのだろうか……大淀さんは再び両手で口を押さえ、さめざめと泣き始めた。僕のせいではないのだが、どうも女の子が泣く光景を見ると、無条件に罪悪感というメンタルダメージが連続ヒットしていく。

 

「だってかずゆきが提督との思い出なんか聞くから……」

「言うなよ……ちょっと反省してるんだから……」

 

 でもさー。気になるじゃんか。自分の祖父がこんな若くて美人な人とどうやって知り合ったのかさー。しかも泣き崩れるぐらいに仲良くしてたって相当だよ?

 

「……ひこざえもん提督、いつもあなたの事を話してくれてましたよ?」

「へ? 僕の?」

「ええ。なんせ私はずっと一緒にいましたから。ひこざえもん提督とはいろいろお話させていただきました」

「どんなことを言ってたんですか?」

「自分が鎮守府の運営に関わるようになったのは、元をたどれば孫のあなたがパソコンなんてものに興味を持ったからだって」

 

 ああ、そういや僕がプログラマーになったのが癪に障ってパソコン覚えたって言ってたもんね。……ちょっと待て。なんでパソコンに興味を持ったイコール大淀さんや鈴谷たちと出会うって方程式が成り立つんだ?

 

「和之さん、プログラマーをされてるんですよね」

「そうですよ。そんなことも祖父はあなたたちに話していたんですか?」

「はい。あいつのおかげで私達と知り合えたことがムカつく……といつも言ってました」

 

 涙目のまま笑顔でそう答える大淀さんには悪いが、この時僕は心の底から爺様を張り倒したいと思った。いつになるかはわからないが、次爺様に会った時は絶対に張り倒す。

 

 鈴谷は鈴谷で、僕と大淀さんの会話に乱入するのは諦めたのか、スイカを食べては種を口から窓の外へ向けて発射していた。

 

「ぷぷぷッ……」

「おい鈴谷」

「ん? かずゆきどしたの?」

「どうでもいいけどスイカの種をうちの敷地に撒き散らすのはやめなさい」

「どうでもいいなら別にいいじゃん。うりゃー。ぷぷぷッ」

 

 こっちに口を向けて尖らせ、僕に向かってスイカの種を発射しようとする鈴谷。お前は小学生か……部屋の中で種を撒き散らそうとするんじゃあないっ。

 

「いや、なんか邪魔しちゃ悪いなーと思って」

「気を使うのはいいんだけど、それ以上の迷惑をうちに振りまこうとしてるからね?」

 

 まったく……ちょっとは大淀さんの礼儀正しさをを見習ったらどうだこの女子小学生は……

 

「スイカのお味はどうですか?」

 

 大淀さんが僕と鈴谷の不毛なやり取りを眺めながら、少し笑いをこらえつつそう質問してきた。聞けばこのスイカは、彼女たちの施設で取れたスイカということだった。

 

「美味しいですよ? 本当にありがとうございます」

「いえいえ。このスイカ……ひこざえもん提督の一言でみんなで栽培することをに決めたんです」

 

 へぇ。あの爺様がスイカを育てるだなんてまったく似合わないな……

 

「なんて言ってたんですか?」

「“孫に俺のスイカを食わせて、負けを認めさせる”って言ってました」

「……」

「だから……和之さんにはぜひ食べていただきたくて持ってきたんですよ? お気に召したようでなによりです。ひこざえもん提督もお喜びのことと思います」

「待ってきてくれたのはありがたいですし実際とても美味しいスイカですけど、僕は爺様に負けてませんから」

「おっ。かずゆき負け惜しみ? ぷぷぷっ」

「だから僕をスイカの種でスナイプするのはやめなさいっ」

「うりゃー。ぷぷぷっ」

 

 こうして僕と鈴谷が今世紀史上最もしょぼい攻防戦を繰り広げていた時だった。

 

「私も……ひこざえもん提督のスイカ、いただいてよろしいですか?」

 

 僕と鈴谷の様子を見ていた大淀さんが、笑顔でそう言った。

 

「私もスイカ、いただきたいです」

「わかりました! ちょっと待っててください!!」

 

 僕は台所に行き、大淀さんが持ってきたスイカの余りを冷蔵庫から出して、そのスイカから大淀さんの分を切り分けて皿に持った。そしてそれを大淀さんの前まで持ってくると……

 

「じゃあ、いただきます。……しゃくっ」

 

 大淀さんはそのスイカに口をつけた。目を閉じてスイカをじっくり味わいながら、爺様との思い出を思い出すように。

 

「……美味しい。美味しいですね。ひこざえもん提督のスイカ、本当に美味しいです」

「ええ。これをこんなに美味しく育ててくれた大淀さんたちには、本当に感謝です」

「ありがとうございます。美味しいです……本当に……」

 

 爺様のムカつく鶴の一声によって生み出されたスイカの味と、爺様との三年間の日々の思い出を噛み締めながら、大淀さんは僕と鈴谷に精一杯の笑顔を向けてくれた。その顔は、爺様との別れを悲しむ気持ちと、それでも悲しみを受け止めて前に進もうという前向きな気持ちにあふれていた。

 

「ホントに……ぐすっ……美味しいです。……ひこざえもん提督……あなたのスイカ……ぐすっ……ホントに……」

「大淀さん……」

「和之さんありがとう……私に、ひこざえもん提督とお別れする機会をくれて……ぐすっ……本当にありがとうございます」

 

 その後爺様との思い出話をいくつか僕に語ってくれた後、大淀さんと鈴谷は自分たちの施設……鎮守府だっけ。そこに帰っていった。帰り際に、

 

「私以外にも提督にお別れを言いたい子はたくさんいます。もしよかったら、その子たちにもお別れを言う機会をください」

 

 とお願いされ、僕は快諾した。確かに、彼女たちがどこから来て、あの傍若無人な爺様とどんな関係だったのかは未だにわからない。でも、大淀さんのあの姿を見る限り、爺様との関係は本物のようだ。爺様を慕う人たちが多いのも事実なようだし、彼女たち自身も別に悪い子たちではなさそうだし。だったら僕らに断る理由はない。

 

『今日は本当にありかとう! 大淀さん、こっちに戻ってから元気になったよ!』

 

 夜に鈴谷からLINEでメッセージが届いた。大淀さんが元気になって何よりだ。なんでも『ひこざえもん提督に顔向け出来るように、鎮守府運営がんばらなきゃ!!』とはりきって仕事に励んでいるらしい。今回の爺様とのお別れがいい機会になったようでなによりた。

 

『でさ! 今晩こそオールナイトで出撃しない?』

『しないよ。明日もこっち来るんだろ? だったら早く寝なさい』

『ぇえー! 鈴谷マジ退屈なんですけどー?』

 

 何を考えとるんだあいつは……徹夜仕事の辛さを知らないんだな……若いってのは恐ろしいねぇ……

 

『それはそうと、明日は二人連れて行くから』

 

 ほう。二人とな。

 

『今日連れてった大淀さんと一緒に、ずっとひこざえもん提督と一緒にいた五月雨ちゃんと、その五月雨ちゃんの妹の涼風ちゃん』

 

 うん。なんつーかもう名前で分かるね。その子たちもきっとコスプレ大好きっ子なんだろうね。爺様、コスプレイヤーと一体どういうつながりで知り合ったのか、僕がそっちに行った時にじっくり話を聞かせてくれますか?

 

『まぁそんなわけで明日もよろしくね!』

 

 鈴谷とのLINEを適当に終わらせた後、麦茶が飲みたくて居間まで来た。なんか妙なものを踏んだ気がして、スリッパの裏を覗き込む。黒いツブが付着していた。

 

「鈴谷のアホ……フリだと思ってたら一個だけスイカの種ホントに発射してたのか……女子高生じゃなくて五歳児じゃんかアイツ……」

 

――ぴーひょろろ〜

 

 タイミングよく僕のスマホにLINEでメッセージが届いた。もうなんとなく誰からのメッセージか分かる。でもあえて一応、通知欄を見てみることにする。……やっぱ鈴谷じゃん。なんなんだよ一体……。

 

『なんか今ムカついたんだけど。かずゆき、鈴谷の悪口言わなかった?』

「知るかバカタレがッ!!」

 

 僕は怒りに任せてスマホを座布団に向かって投げた。ワンバウンドした後偉そうに座布団の上に佇んでいるスマホは、なぜかふてぶてしい態度の鈴谷を彷彿とさせた。

 


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