忘れ形見の孫娘たち   作:おかぴ1129

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5.脳を溶かしてくる系女子

 世の中には、異性の寵愛を一身に受けるために生まれてきたとしか思えないような人が一定数存在する。これは、男女年齢問わず存在する。自分が見える範囲の世界でも、必ず一人は存在する。異性の心を鷲掴みにする人間というものは、いつの時代にでも必ず一人は存在するものだ。

 

「はじめまして。練習巡洋艦の鹿島といいます。ひこざえもん提督には、いつもお世話になっていました」

「鹿島さんは鈴谷みたいな鎮守府に来たばかりの子の面倒を見てくれる人なんだよ!」

「……」

「和之さん?」

「おーい。かずゆきー?」

 

 白状する。僕は鹿島さんの声を聞いて、脳が溶けた。

 

「……」

「どうしたの?」

「かーずーゆーきぃぃいいい?」

「……はッ?!」

「どうかしたの?」

「あ、いや……」

 

 あぶねー……ゲームのキャラの方の声もやばかったが……この鹿島のコスプレをしている鹿島さんの声は恐らくそれ以上……声を聞いただけで意識が別次元に飛んでいきそうだ……

 

「鈴谷」

「ん?」

「お前、明日から随伴役を鹿島さんと変わってくれ」

「なんでっ?!」

「……?」

 

 アカン。あまりの鹿島さんの声の破壊力に、僕の口が僕の意識の制御を離れて欲求を忠実に言葉にしている……。

 

「ダメダメ。鹿島さんはみんなの演習を仕切らなきゃいけない忙しい人なんだから」

「そういうわけでごめんなさい」

 

 鈴谷の言葉を受けて、鹿島さんは僕に対して頭をふわりと下げた。……うーん……この、ドSっぽい外見なのに女の子らしいふわりとした柔らかい性格……そして何より別の意味での最終兵器なその声……

 

「でも和之さんの気持ちはうれしかった……」

「……」

「和之さん……」

「……」

「……ありがと」

「……?!」

 

 アカン。気をしっかり持たないと、意識が持って行かれる……。

 

「ちょっとー。鈴谷はシカトですかー?」

「なにムスッとしてんだよ」

「そらぁ誰だってムスッてするでしょー」

「くすっ……さ、そろそろひこざえもん提督に挨拶をさせてください和之さん」

 

 ああ……いいよ……この『和之さん』て言い方……いい……

 

「?」

 

 これ以上はヤバいと鈴谷は判断したらしく、僕の手を引いて鹿島さんと共に奥の和室に案内してくれた。もう何回もここにきてる鈴谷は、家の構造をかなり把握している。本人からしてみれば家主同然の意識なのだろう。

 

「ほら鹿島さん。ここが提督の部屋だよ」

 

 相変わらず脳が溶けてぽやんぽやんして、案内役としてまったく使い物になってない僕を差し置いて、鈴谷が鹿島さんにそう説明していた。

 

「ここが……提督さんの……」

「鹿島さん……大丈夫?」

「大丈夫。覚悟はしてきました。開けてください」

 

 鹿島さんの眼差しに覚悟が宿ったようだ。さっきまでのふわふわした眼差しとは明らかに異なり、視線に一本芯が通ったように感じた。僕は鹿島さんの周囲の空気か変わったことを感じて正気にもどり、和室の襖を開けるべく、二人の前に出た。

 

「じゃあ……開けます。どうぞ鹿島さん……」

「……はい」

 

 鹿島さんの返事を受け、襖を開ける。鹿島さんの目の前につきつけられる、爺様の遺影。

 

「……」

 

 鹿島さんは何も言わず、何も言葉を発せず、ただジッと爺様の遺影を見ていた。微動だにせず……目をそらさず、爺様の遺影を目に焼き付けるように、ただジッと遺影を見ていた。

 

「……提督さん」

 

 鹿島さんが口を開いた。その顔は、微笑んでいた。

 

「……ホントに逝っちゃったんですね。鹿島を置いて……」

 

 見ているこちらの涙を誘うほどの悲しみを必死に隠して、微笑んでいた。

 

「……」

「鹿島さん……」

「和之さん? 中に入ってもいいですか?」

「……どうぞ」

 

 鹿島さんが、ゆっくりと力なく和室に入った。和室に入った鹿島さんは、遺影のそばまで来ると、爺様の顔を優しく、とても愛おしそうに撫でていた。

 

「提督さん? いつも鹿島のスカートを引っ張ってましたよね?」

 

 ?! 爺様?! こんな美人でかわいい鹿島さんのスカート引っ張って遊んでたのか?! 次会ったら出会い頭にラリアットきめて折檻してやるッ!!

 

「その時はイヤだったけど……今は提督さんがいなくて、とてもさみしい……」

「……」

「もう……鹿島のスカート引っ張ってくる困った提督さんは……いないんですね……」

「……」

「寂しいなぁ……ぐすっ……また……提督さんに、会いたいな……」

 

 そう言って鹿島さんは、目に涙を溜め寂しそうに微笑みながら、愛おしそうに爺様の遺影を撫でていた。その様子はさながら、愛する男性の死を悼み生前の姿を懐かしんでいるようであった。一輪の白い鈴蘭。そう形容してもおかしくないほどに、彼女は可憐で美しく……

 

「ちょっとかずゆき」

「ん? なんだよ」

「なにそんなにうっとり鹿島さん見つめちゃってるの?」

「たわけがッ」

「とりあえずさ。鹿島さんを一人にしてあげよ」

「だな」

 

 僕と鈴谷は静かに和室から出た。襖を閉じる時にチラッと見えた鹿島さんは、とても寂しそうに微笑みながら、優しく爺様の写真を撫でていた。ちくしょう。

 

「なんでそんなに悔しそうなの」

「爺様に負けた気がするから」

「?」

 

 鈴谷にはわかるまい。この悔しさというものが……。

 

 居間に戻ったあと、鈴谷が『暑いからアイス食べたい』とわがままを言い出したので、冷蔵庫に奇跡的に残っていたぶどう味のチューペットを二人で分け合うことにした。鈴谷は半分しか食べられないのが納得いかないようだったが、僕だってチューペット食べたい。暑いし。

 

「鈴谷はハーゲンダッツがよかったなぁ。ちゅー……」

「だったら返せぶどう味のチューペット。今すぐ返せさぁ返せ。ちゅー……」

「まぁこれはこれで好きだからいいんだけど。ちゅー……」

「なんなら新しいチューペットでもいいぞ。返してくれるんならな。ひゅぼっ……」

 

 こうして僕と鈴谷がいつものように軽口を叩き合いながらチューペットを堪能していると、鹿島さんがスリッパの音をパタパタさせながら和室から出てきた。

 

「チューペットですか?」

「もういいんですか?」

「はい。おかげさまで、ちゃんと提督さんにご挨拶することが出来ました」

 

 鹿島さんはそう言いながら、鈴谷の隣にふわりと腰を下ろす。鹿島さん。僕の隣の席、空いてますよ?

 

「いいじゃん鈴谷の隣でさー」

「お前には聞いてない」

「くすっ……お二人は仲がよろしいんですね」

「めっそうもない。こんな傍若無人で若さという武器を最大限活用して振り回す女子高生、迷惑以外の何者でもありません」

「ひどっ」

「ふふっ……そういうことにしときましょっか」

 

 僕と鈴谷を見比べ、鹿島さんはくすくすと笑う。鹿島さんの言葉の一つ一つが僕の頭に染み渡り、心地いい快感と共に僕の頭を溶かしていく。……ダメだこの人。鈴谷が無自覚にファンを作っていくタイプなら、鹿島さんは無自覚に中毒者を量産していく、もっとも危険なタイプの女性だ。

 

「それはそうと……爺様にはいつもセクハラされてたみたいで……」

「ぁあ確かに。提督さん、私のスカートやら服のすそをいっつもちょんちょんって引っ張ってきて……」

 

 ちょんちょん……なんだこの可憐でかわいい言葉……こんなに美しい日本語が存在したのか……

 

「で、私が『ダメですよっ』て言っても、『その言い方がセクシーでいい』って言って、全然やめてくれなくて……」

「僕が許可します。七回地獄送りにしてやってください」

 

 こんな天使にセクハラを働くとはけしからん。たとえ全世界の裁判所が無罪判決を出したとしても、僕だけは有罪の木槌を叩き続けてやるッ。

 

「でも……突然鎮守府に来なくなって……提督さん、お亡くなりになってるって分かって……あの日々が……今ではとても懐かしくて……」

「……」

「そっかー……私のスカートを引っ張ってくる人はもういないんだ……困ることはなくなったけれど……寂しいな……提督さん……」

 

 鹿島さんは頬杖をつき、寂しそうに微笑んでテーブルを見つめていた。きっと鹿島さんは今、爺様の傍若無人っぷりに苦しめられていた頃のことを思い出している。そして、死を受け入れながらも、あの楽しかった日を懐かしむ郷愁の気持ちを抱いているのだろう。

 

「鹿島さんっ!」

「はい?」

 

 もうガマンならん。気が付くと僕の口は僕の制御を離れ、鹿島さんの名を呼んでいた。

 

「よかったらまた来てください! 爺様もいますし、ここなら気も紛れると思います!」

 

 僕の理性は『紛れるわけがないだろう』と必死に叫んでいるのだが、僕の口が言うことを聞かない。今となりでチューペットの容器を膨らましたりぺたんこにしたりして暇そうにしている鈴谷なんかどうでもいい。鹿島さん。また来てくれ! そしてまた僕の脳を溶かしてくれ!!

 

「そうですね……」

 

 鹿島さんは手に自身の顎を乗せて色っぽい頬杖をついたまま、チラッと鈴谷の方を見た。鈴谷は空になったチューペットの容器をしぼませたり膨らませたりして遊んでるようだった。

 

「? 鹿島さんどうしたの? ぷくー……」

「……やっぱりやめとこうかしら」

「なぜッ?! ココに来てはわがまま言い放題、傍若無人な鈴谷よりも、あなたのほうが随伴役にふさわしいッ!!」

「ひどっ。ひゅぼっ……」

 

 口ではそういいながらもさしてショックは受けてないように見える鈴谷を尻目に、鹿島さんは優しい微笑みをたたえて僕を見つめる。見せてくれ鹿島さん。その眼差しを僕にもっと向けてくれッ!

 

「……和之さん?」

「はい」

「鹿島は練習巡洋艦です」

「はぁ……」

「……でも、和之さんの練習には、付き合えません。ね?」

 

 ほわっつ? 鹿島さん意味がわかりませんが……?

 

「鈴谷? これでいい?」

「へ? なんで? ぷくーひゅぼっ……」

 

 僕と同じく鹿島さんの言葉の真意がいまいち読めなくてボー然としている鈴谷に対して、鹿島さんはかわいくウィンクをしていた。

 

 その後は思い出話で花を咲かせた後、鹿島さんは鈴谷と帰っていった。帰り際、鹿島さんからは

 

「明日から、また鈴谷をよろしくおねがいしますね」

 

 と改めて随伴役交代をお断りされた。なんてこった……爺様に完敗だ……。

 

 さて、夜はもう恒例となりつつある鈴谷とのメッセージのやり取りになる。鈴谷は自分たちの施設に戻った後、鹿島さんに『がんばって』と言われたそうだ。

 

『別にがんばることなんてないんだけど。なんだろうねぇ』

『わかんないよ……僕に聞くんじゃなくて本人に聞きなよ……』

『聞いたよ。そしたら色っぽい顔と声でさー』

 

――くすっ…… 和之さんに聞いてみて

 

『てさ』

『意味が分からん……』

 

 なんか鹿島さん、爺様への挨拶が終わった時ぐらいから意味深なセリフが多いね……

 

『それはそうと、明日は二人連れて行くから』

『なんて子?』

『加賀さんと瑞鶴さん。二人とも正規空母』

 

 反射的に『艦これ 加賀 瑞鶴』で検索かけてしまう自分に危機感を覚えてしまう。まさかとは思うけど、現実とゲームの区別がつかなくなっているのではあるまいな……

 

『……その二人、ひょっとして仲悪い?』

『あれ? 加賀さんと瑞鶴さんのこと知ってるの?』

 

 うーん……怖いなー。件の二人がではなくて、今の僕自身が。

 

『だから今からそっちにつくまでの道のりが怖いよー。ギクシャクしそう』

『まぁがんばれ』

『かずゆきー。むかえにきてー車で。BMでガマンするから』

『断る』

『ひどっ……まぁそんなわけで明日もよろしく! また明日連絡するね!!』

 

 そのメッセージのあと、お月様のスタンプが鈴谷から送られ、その日のやり取りは終わった。僕はスマホを充電器につなぎ、布団に寝転んで天井を眺める。

 

 天井を眺めながらフと思い出した。確か艦これというゲームには、独特なレベルキャップ開放システムがあった。確かケッコンカッコカリとかいう名前だ。そんな名称だから、全国の提督の中には、レベル上限開放以上の意味合いを持っている人も多いと聞く。うちの爺様はプレイ歴は長いようだが……誰かそのケッコンカッコカリしているキャラクターはいるのかな?

 

 ……まぁいいか。明日にでもちょいとまたログインして調べてみるとしよう。今日は眠いから寝る。僕は電気を消して布団に寝転んだ。おやすみ鹿島さん……

 

――ぴーひょろろ~

 

 ……なんだよ人がこれから寝るっつー時に……誰だ? 鈴谷か?

 

『どうせなら鹿島さんじゃなくて鈴谷を思い出しながら寝てね~』

「人の寝入りばなの邪魔をするな鈴谷ッ!!!」

 

 僕は怒りに任せて暗闇に向かってスマホを投げた。スマホは画面を天井に向け、暗い室内を画面の明るさで眩しく照らす。その様子は、なぜか僕に鈴谷のムカつく笑顔を思い出させた。

 


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