忘れ形見の孫娘たち   作:おかぴ1129

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7.父は鼻の下を伸ばし、母は乙女に戻る

「爺様の遺品を整理してたらこんなのが出てきた」

 

 仕事が休みだった父ちゃんは今日、朝から爺様の遺品整理をしていたのだが……その父ちゃんが昼過ぎに居間にやってきて、僕に一枚の写真を見せた。

 

「ほぁ〜……これは……」

「爺様、若いな〜……」

 

 父ちゃんが爺様の遺品の中から見つけたのは、恐らく若かりし頃の爺様が写った写真だ。白黒で年代物のためかだいぶ傷んではいるが、被写体の二人の顔付きは分かる。

 

「これだけ若くて古い写真でも、爺様って分かるね……」

「ほんっと親父のオーラは昔っから変わらんな」

「ホントだね〜……」

 

 ちなみにこの時、母ちゃんは台所で晩御飯の準備をしていた。前回の加賀さんと瑞鶴さんの襲撃を経験し、『あの子たちが来るときは晩御飯たくさん準備しなきゃ!!』と思ったらしい。

 

 そして、写真にはもう一人女性が写っている。美人でキッとした顔立ちで気が強そうな、なんとなく爺様と悪友っぽい雰囲気が漂っている女性だ。爺様によく似たエネルギッシュなニカッとした笑みをしていて、この写真がカラーだったら白い歯が眩しく輝いていたことだろう。

 

「これ誰だ?」

「分からん……ひょっとしてこの写真を撮った時の爺様の恋人とかかな?」

 

 写真の裏を見た。裏にはこの写真の被写体と思われる人の名前が書いてあった。

 

――彦左衛門・まや 自宅前

 

「おふくろ?!」

「ぇえ?!」

 

 父ちゃんが素っ頓狂な声を上げ、僕も釣られて変な声を上げてしまう。僕も裏に書かれてある名前を見たが、確かに『まや』と書いてある……これは、婆様の名前だ……。

 

「マジで?! これが婆様……?!」

 

 僕が知っている婆様の姿は、和室に飾ってある遺影にあるような、女性らしい柔らかさをたたえたとてもかわいらしい姿だ。話し方や性格も、とても女性らしい、柔らかくて優しい婆様だった。そんな婆様の姿と、ここに写っている男勝りでキッとした顔立ちの女の子の姿がどうしても重ならない。

 

「これウソなんじゃないの?」

「いや……どうだろう……」

「ふぃ〜……下準備完了〜……どうしたの?」

 

 晩御飯の下準備を終えた母ちゃんが台所から麦茶片手にやってきた。母ちゃんは僕達が困惑して見ている写真をチラッと一目見るなり……

 

「ぁあ、爺様と婆様の若い頃の写真? 二人とも若いわね〜」

 

 とさらっと言い当てた。

 

「母ちゃん分かるの?!」

「お前、この女の子が誰か名前を見なくても分かるのか?!」

「分かるも何もそっくりじゃない。婆様が若い頃ってきっとこんな感じだったんだろうなーって想像した通り」

「マジで?!」

 

 写真を見ながらテーブルでのんびりと麦茶を飲む母ちゃんの横で、僕と父ちゃんはただひたすら女性の洞察力の凄まじさに脱帽して口をパクパクさせることしか出来なかった。

 

 いや、言われてみれば確かにそっくりと言えなくもない。この写真に写ってる女性から気合を思いっきり抜いて柔らかい感じにして、そのまま綺麗に歳を取らせれば婆様になると言われれば、確かにそう思えなくもない。

 

 でも、それだって言われてみればの話で、しかもじっくり写真を見てはじめて分かることだぞ? 母ちゃんはチラ見だったよね? しかもそっくり?

 

「そっくりじゃない。この写真の婆様だって、女の子らしくて柔らかい感じがするじゃない」

「いやいやいや……これどう見ても幼馴染のガキ大将がそのままおっきくなったみたいな子ですやん? 僕の婆様、こんなキッてしてませんやん?」

「分かってないねー和之。父ちゃんも」

 

 うお。なんか母ちゃんに無駄に煽られている気分だ……。

 

「それはそうと和之、鈴谷ちゃんたちはいつ頃来るって?」

「あ、ああ……夕方ごろになりそうってさっきメッセージが来てた。今日挨拶に来る二人は忙しくて、それぐらいの時間にならないと来れないんだって」

「あそ。んじゃ晩御飯にはちょうどいいかもね。今日も食べていってもらおっか。……さーてそしたら晩御飯の準備準備ー……」

 

 母ちゃんは言いたいことを全部言うと、再び鼻歌交じりに台所に消えていった。後に残されたのは、写真の女の子が誰なのかわからず、母ちゃんに煽られてしまった無能な男が二人だけ……。

 

「父ちゃん……母ちゃんってすげー……」

「だろ……」

 

 そうしてしばらく経って夕方頃、来客を告げるピンポンがなる。恐らくは鈴谷だろう。

 

「はいはーい。今開けますよー」

「どうせならこっちも家族総出で出迎えてやろう」

「今日はどんな子が来てるのかな?」

 

 玄関には、僕と、面白半分で揃った父ちゃん母ちゃんの三人が立っている。

 

「別に来なくていいじゃない……」

「面白そうだからいいじゃない」

「鈴谷ちゃんたち、びっくりするぞーへっへっへっ……」

「とうちゃん……キモい笑いはやめてくれ……」

 

 びっくりなんかするわけないじゃんと思いつつ、ドアを開ける。開けたドアの先にいたのは、鈴谷ではなかった。

 

「……はじめまして。妙高と申します」

「ずぎゅぅぅうううん」

 

 一人は、綺麗な紫色の着物を着た艶っぽい女性。とても綺麗でツヤのある黒髪をシニヨンでまとめていて、白くて細いうなじが映える、とても色っぽい女性だった。そして……

 

「私は那智だ」

「ずぎゅぅぅうううん」

 

 もう一人は、同じく紫のかっちりした上下のスーツを着て(なんとなくコスプレっぽい感じだけど……)、同じくツヤのある綺麗な黒髪をサイドテールに結っている、とても凛々しい顔つきをした女性だった。

 

「ちーっす! 遅くなってごめんねー。来たよーかずゆきー」

 

 その二人の陰に隠れていたのは、いつもの鈴谷だ。

 

「なんか鈴谷に向ける視線だけ妙にテキトウじゃない?」

「お前は毎日来てるだろ……」

 

 会うたびに熱い視線を向けてるなんて……そりゃ完全に恋する乙女じゃんか……

 

「まぁそれはそれとして……ちょっとかずゆき……」

「んあ?」

「なんかさ……おじさんとおばさん、変じゃない?」

 

 鈴谷が僕にこう耳打ちしてきた。別にそんなわけがなかろうとチラッと二人の様子を見てみると……

 

「私たちは生前、ひこざえもん提督に大変お世話になっておりました」

「いや! いやあの! こちらこそ!! 親父がいつもお世話になっておりまひゅ!!」

「本日はこのような機会を我々に与えていただき、大変感謝している」

「そんなッ! めっそうもございませんわ那智さま! さぁさぁ! 何もないところではございますが、どうぞお上がりください那智さま!!」

 

 あら……確かに二人ともなんか変だわ。父ちゃんは和服美人の妙高さんに視線か釘付けで鼻の下がいつもの五倍ぐらいの長さになっていて、母ちゃんは制服美人の那智さんを見つめるその瞳の中にハートマークが見えている。

 

「む……姉さん」

「はい。それでは失礼いたします」

「どうぞどうぞ! 狭っ苦しいところですが!!」

 

 妙高さんは履いている草履を脱ぎ、那智さんもブーツを脱いで玄関を上がる。妙高さんが自身の草履の位置を美しい仕草で直し、那智さんもブーツの位置を綺麗に揃えていた。そしてそんな二人を熱い眼差しで見守る父ちゃんと母ちゃん。これは……

 

「恋だね。キリッ」

「言うなよ……言うのを必死に我慢してたんだから……」

 

 二人ともさー……もういい歳なんだし、お互い自分の横に人生の相方がいるじゃないか……それに母ちゃん、相手は女性だそ? なんてことを考えていたら、母ちゃんのボソッとしたつぶやきが聞こえた。

 

「はー……女子校時代を思い出すわ……久しぶりにときめく……」

 

 聞かなかったフリ……聞かなかったフリ……聞こえなかった……僕は何も聞こえなかったんだ……

 

 その後は危険極まりない雰囲気の父ちゃん母ちゃんを強引に居間に閉じ込め、僕と鈴谷の二人で妙高さんと那智さんを和室に案内した。

 

「……貴様が和之か?」

 

 その途中、那智さんからこんな風に声をかけられた。『貴様』ってのが古い時代では敬称として使われていたというのは知っていたけど、妙に威圧感を感じるんだよね那智さんて……。

 

「そうですよ。爺様がお世話になりました」

「いや、ひこざえもん提督に世話になったのはこちらだ。……なるほど。提督の孫だけあって、いい面構えをしている」

 

 ……どういう意味?! いい面構え?! なにその戦国時代みたいな会話?!

 

「いやいや……僕なんてまだまだですよ……」

 

 僕のこの返事もなんかけったいな返事だけど、うまく頭が回らないんだよ……だって生まれてこの方『いい面構え』だなんて言われたことないしさ……。

 

「私は、あなたを一目見て和之さんだとわかりましたよ。雰囲気がひこざえもん提督にそっくりで」

 

 と妙高さんも僕にこう語りかけてきた。それも初めて言われた。なんかこう、こっちの予想外のことを行ってくる二人だな……会話のペースが握れない。

 

「鈴谷から話は聞いています。いつも鈴谷がお世話になってるみたいですね。昨日は焼き肉をいただいたとか」

「今日も母が晩御飯を準備しているようです。よかったらお二人も食べていってください」

「分かった。ありがたく頂戴しよう」

「今晩は何食べさせてくれるの? かずゆきー?」

「メニューが何かは分からんが、鈴谷の分だけは僕が作ったかつお節ご飯だ」

「ひどっ」

「もうお二人はすっかり仲良しみたいですね」

「だな」

「勘弁してください……」

「ニヤニヤ。ねーかずゆきー?」

「さて……」

 

 そうこうしているうちに、和室の前に到着する。

 

「ここが爺様の和室です」

 

 妙高さんと那智さんの雰囲気が変わった。今までは柔らかくしっとりとしていた妙高さんの雰囲気が硬質になり、那智さんの目が鋭くなった。

 

「姉さん……」

「ええ。……和之さん、和室に入るのは私たちだけにしていただけませんか?」

 

 もとよりそのつもりだ。鈴谷も僕の方を見てコクリとうなずいてくれる。僕らが妙高さんのお願いを聞かない理由はない。

 

「……わかりました。ではお二人が部屋に入ったら、そのまま襖を閉じます。好きなだけ、お別れをしてください」

「ありがとうございます」

「和之、感謝する」

 

 二人の感謝の言葉を聞き、僕は襖を開いた。和室の中の爺様の遺影が二人を迎え入れる。

 

「……ひこざえもん提督」

 

 妙高さんがフラフラと和室に入り、那智さんもそれに付き従うように和室に入っていった。……約束だ。僕は何も言わず襖を閉めた。

 

「そんな……そんな……提督……」

「姉さんっ……」

 

 襖を閉じる寸前に見えたもの……それは、両手で口を抑えて泣き崩れる妙高さんと、その妙高さんの肩を必死に支えようとする那智さんの後ろ姿だった。

 

 妙高さんと那智さんを和室に残し、僕と鈴谷は居間に戻る。居間に来ると……

 

「ああ……妙高さん……イイ……」

「那智さま……その凛々しいお姿……ああっ……」

 

 と僕の両親は二人揃ってどこか別世界に旅立っているようだった。父ちゃんはいつもの10倍ぐらいに鼻の下が伸びており、母ちゃんの目は微妙に涙で潤んでいて、まさに恋するオトメ状態だった。

 

「鈴谷」

「ん?」

「恋愛って、いくつになっても出来るものなのだろうか……」

「さぁ……?」

 

 この状況は僕も困惑しているし、鈴谷自身も戸惑っているようで、苦笑いする鈴谷の額に冷や汗が垂れていることを、僕は見逃さなかった。

 

「二人とも! 気を確かにッ!!」

 

 なんとか二人を正気に戻したくて、僕は手をパシンと叩く。父ちゃんはハッとして鼻の下が縮み、母ちゃんの目が途端に乾いた。ドライアイじゃないぞ?

 

「二人ともしっかりしてくれよ! 妙高さんと那智さんの知り合いの鈴谷の前で妙な態度取らないで!」

「す、すまん二人共……」

「わ、私としたことが……鈴谷ちゃんごめんね……」

「いやいやー。まぁ実際那智さんカッコイイもんねー」

「鈴谷ちゃんもそう思う?! ねぇそう思う?!」

 

 珍しい光景だ……鈴谷があっけにとられてるぞ……。

 

「それはそうと母ちゃん。妙高さんと那智さん、晩御飯食べてくってさ。だからちゃんと準備お願いね」

「なにッ?! 妙高さんがうちで晩御飯を食べていくだとッ?!」

 

 えらく男前なボイスでそう叫ぶ父ちゃんだが、その鼻の下は再び通常時の15倍ほどに伸びていた。父親のそういう姿って見たくなかったなぁー……。

 

「……何考えてるんだとうちゃん」

「あ、いや……おほん。別に何も考えてない」

「那智さまが私の料理を……私の料理を那智さまが……お口に合うかしら……何が好みなのかしら……お酒は何が……ドキドキ」

「かあちゃんもいい加減恋するオトメモードから再起動してくれないか?」

「いや、だって那智さまが……」

「那智さんはけっこうお酒が好きだよ。ウイスキーとか好きだったんじゃないかな?」

「大変! うちビールしかないッ!!」

 

 あ、母ちゃんが我に返った……いや、別の方向にブーストがかかったとでも言おうか……。

 

「あなた!」

「ぐへへへへ……妙高さん……あのうなじ……いろっぽくて……」

「あなたッ!!」

 

 かあちゃんの隣で鼻の下を通常時の20倍ぐらいまで伸ばし下衆な笑いを口から漏らしている父ちゃんの頭を、母ちゃんは思いっきりひっぱたいていた。昔のコント番組であったような『スパーン!!』というものすごく気持ち良い音が響いていた。

 

「あだッ?! な、何をするッ?!」

「鈴谷ちゃん、那智さまってどんな銘柄のウイスキーが好みか知ってる?!」

「あ、えーとよくわかんないけど……確かダルマとか言ってたかな……」

「ダルマね?! あなたッ! そのダルマとやらを買ってきてッ!!」

「そんなウイスキーないだろうが! ……あ、いや待て。あれか。サントリーオールドか。親父がそんなこと言ってたな……」

「それでいいから買ってくるのよ! 一番いいやつ高いやつ!!」

「オールドにいいやつもクソもないよ!」

「いいからつべこべ言わず買ってくるのよ! 那智さまのためにッ!!!」

 

 夫婦揃って何やってるんだよ……しかもお互いが人生のパートナーだというのに、そっちのけで妙高さんだの那智さまだの……

 

「そお? 仲良くていいご夫婦じゃん?」

「仲はいいな……別の意味で……」

「鈴谷ちゃん! 妙高さんの好きなお酒は?! あの方がお好きな酒は何なのだ?!」

「さ、さぁ~……でもこの前日本酒飲んでたけど……」

「よし! じゃあ父ちゃん行ってくるッ!!」

「オールド! オールド忘れないようにね!!」

 

 うーん……息は合ってるんだけど、すんごく複雑な気分……

 

 鼻の下を通常時の20倍ぐらいに伸ばした父ちゃんが大急ぎで近所の酒屋に買い物に行って10分ほど経過した時、和室から妙高さんと那智さんが出てきた。二人とも多少目は赤かったが、来た時と変わらずとても落ち着いた様子だった。

 

「ぁあ、二人ともおかえりー」

 

 なんでお前がおかえりなんて言うんだ鈴谷……

 

「爺様とのお別れは済みましたか?」

「ええ。おかげさまでしっかりとお別れを言うことが出来ました」

「ご家族の方と鈴谷には感謝している。本当にありがとう」

「そんなッ! 那智さまの麗しきお口からそのようなもったいないお言葉をいただけるだなんて……!」

 

 母ちゃんのオトメモード、再起動。

 

「む……ところで和之。お父上は?」

「お二人のために買い出しに出てます。サントリーオールドと日本酒を買ってくるそうですよ」

 

 平静を装っている那智さんのほっぺたが若干赤くなり、サイドテールが少し揺れた。本人は隠しているみたいだけど、けっこううれしいみたいだ。

 

「……でも本当によろしいんですか?」

 

 妙高さんが申し訳無さそうにそう聞いてくるが……

 

「いいんですよ! むしろどうぞ食べていってくださいまし那智さま!」

「ありがたい。では飲ませていただこう」

「よかった! それでは私は晩ごはんの準備を続けますね那智さま!」

「よろしくお願いする」

「……ああッ!」

 

 母ちゃんは目の中にハートマークをこさえたまま台所に消えていき、鼻歌混じりに野菜をトントンと切り始めた。なんか逆に申し訳ありません……無理に付き合っていただいて……。

 

「鈴谷も付き合ったげるよ!」

「お前は別にいいんだぞ鈴谷?」

「ひどっ」

「ただいま! 妙高さんただいま戻りました!!」

 

 玄関から父ちゃんの元気な声が聞こえてきた。帰ってきて開口一番『妙高さんただいま!!』って、あんたどれだけ妙高さんにやられっぱなしなんだ父ちゃん……ほら反射的に妙高さん立ち上がっちゃってるじゃないか……

 

「妙高さん、気にしなくていいですよ……」

「いえせっかく呼んでいただいたのですから、私がお出迎えします」

 

 妙高さんはそう言うと、しずしずと玄関に向かっていく。その後『お父様、おかえりなさいませ!』『妙高さん! ムッはァァあああ妙高さんっ! 日本酒を買ってきましたぁあ!』という声が聞こえる。だんだん頭が痛くなってきた……

 

「それはそうとかずゆきー」

「んー?」

「この写真なに?」

 

 そういえばテーブルの上にはまた、若かりし頃の爺様とイマイチ信じられない婆様が写った白黒写真がまだ放置されていた。鈴谷の目にそれが止まったようだ。

 

「ぁあこれ? 今日見つけた爺様の遺品。若いころの爺様と婆様が写ってるんだよ」

「ふーん……」

 

 鈴谷は写真に手を伸ばし、それを手に取って眺めていた。……と思ったら。

 

「え……?」

 

 ん? どうかしたか? 珍しく驚いてやがる。

 

「これ……」

「ん?」

「どうかしたか?」

 

 今まで母ちゃんの妙な雰囲気に気を取られていたようだった那智さんが、鈴谷の様子に気がついた。

 

「那智さん……これ……」

「ん?」

 

 鈴谷はそう言いながら那智さんに写真を渡し、那智さんもその写真を見るなり驚いた顔をしていた。

 

「……摩耶か?」

「でしょ? 摩耶さんだよね?」

 

 ちょっとまってどういうこと? なんで二人が婆様の名前知ってるの?

 

「二人ともうちの婆様知って……」

「いやー妙高さんにお出迎えしていただけるだなんて思っても見ませんでしたわダハハハハハ!!」

「とんでもないです。私たちのためにこんなにたくさんお買い物していただいて……」

 

 すごくタイミングよく父ちゃんと妙高さんが部屋に戻ってきた。父ちゃんはそのまま買ってきた山のようなお酒を上機嫌で台所に持っていき、妙高さんはそのままこちらに来て、二人の様子がおかしなことに気がついた。

 

「ふたりとも? どうかしたの?」

「ぁあ姉さん、この写真を」

「? 写真?」

 

 那智さんが妙高さんに件の写真を手渡し、妙高さんも腰を下ろしながらその写真を見る。そして二人と同じく、写真を見るなり驚いた表情をしていた。

 

「摩耶……?」

「そうだよね? これ摩耶さんだよね?」

「確かにそうね……」

「ちょっと待って待って。なんでみんなうちの婆様のこと知ってるの?」

 

 そうだよ。その写真を見て驚くだけならいざしらず、なんでそれをひと目みただけで『婆様』って分かるんだよ。これも女特有の直感力ってやつなの? それとも何か他に理由があるの?

 

「ねぇかずゆき。この写真どうしたの?」

「言ったじゃん。爺様の遺品整理してた父ちゃんが爺様の遺品の中から見つけたんだよ。若いころの爺様と婆様の写真だよ」

「じゃあこの人、かずゆきのおばあちゃん?」

「そうだよ? 裏に“彦左衛門 まや”って書いてあるだろ? うちの婆様、まやって名前だからさ」

「……」

 

 え……なんだこの感覚。なんかすごく置いてけぼりを食らってる感じだ。三人とも顔を見合わせて難しい顔をしてるし……だいたいなんで三人ともうちの婆様を一発で見分けてるんだ? そしてなんで婆様の若いころの姿を知ってるんだ?

 

「かずゆき」

「ん?」

「えとね。この前かずゆきに秘書艦の話をしたでしょ?」

「したね」

 

 レベルキャップを開放した子を見てみたくて探し当てたけど、鈴谷に『今はやめてあげて』って言われた時のことだろ? よく覚えてる。

 

「その時に言いそびれたんだけど……提督とケッコンした子、摩耶って子なの」

「え……」

「しかもね。この写真に写ってるかずゆきのおばあちゃんにそっくりなんだ」

「……マジで?」

「うん。マジ」

 

 台所からは、『ちょっとあなたッ! 那智さまのグラスを綺麗に洗って!! 曇り一つ無いようにしっかり磨き上げるのよ!!』『やかましいわッ! 俺は今妙高さんのおちょこを洗うのに忙しいんじゃ!!』という夫婦漫才が響いていた。

 


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