1話
「……これが最後になるかもしれないな。……悪いな、巻き込んじまって」
「何言ってんだよ。お前がいなくたって、こうなってたさ」
学校の屋上に二人で佇む。見据える先には、俺達の宿敵がこちらを目指して歩いてくる。
「………なあ、今更だけど……でかすぎねーか?いつもの十倍くらいあるよね?…正直帰りたいんだけど…」
「俺だってそうさ。こんなのやめてさっさとずらかりてーよ」
「じゃあ、二人で逃げちまわない?とか言って…」
「バカ言うなオワダ。護るって決めたんだろう?この学校を」
「そう…だったなハタケヤマ。…よし、やるか!」
「そうだ。護ってやろうじゃんか!この学校を———」
「———花粉症から!!」
☆
どんよりと厚い鼠色の雲の下、俺、小和田 六矢(おわだ りくや)はお気に入りの黒い傘
をさしながら雨の滴る路上をとぼとぼと歩く。
花粉症の身であるこの俺にとっては、三月に朝から夕方にかけての豪雨というものは
大変ありがたい物である。
「鼻と喉の調子も良いし、…今日の夕飯は少し張り切るか」
………………みゃあ。
「……………?」
ま、まさか…………猫の声か………!?
野良猫だろうか。気になって辺りを見回す。
だがしかし、俺の大好物である猫なる動物の姿は見受けられなかった。
「…なんだ、気のせいか………………」
はあ、と深いため息をつき、再び路上をぺたぺたと歩き始める…。
………………みゃあ。
「やっぱりいるじゃんかよ…………!!」
それこそ獲物を探す猫のような目でもう一度、周りを見渡す。
ふと、斜め後ろの電柱の根元に置かれた段ボールに目が止まる。
………………みゃあ。
間違いない。あれだ。
雨粒が道路を叩く音で自分の足音すら聞こえない中、猫の鳴き声だけが奇妙なほどにはっきりと聞こえる。
段ボールに近寄り、ぐしょぐしょに濡れたふたを開ける。
中には、凍えて丸くなっている虎柄の子猫がいた。
「……捨て猫かよ……」
「……みゃあ」
子猫を持ち上げ、そっと抱きしめ、頭を優しくなでる。満月の様に丸くて美しい瞳が愛らしい。
子猫はかたかたと寒さに震えながらこちらを見つめている。
「………うちで暖めてやるか……」
そのとき、子猫の全身が赤く光った。それは一瞬の出来事で、すぐに光は消えてしまった。
「おっ、な………なんじゃこりゃ!?」
今度は、俺の手が赤く光っている事に気づく。良く見れば足も、身体も。
「おっ、おい。とまらねーぞこれ!」
ある事に気づく。
………………空が赤い。
「なんなんだよ一体…………」
いつの間にか雨と身体の発光は止んでいた。路上は乾ききり、周りには何者の気配もない。
何より、周りの景色に色彩がない。電柱も、横に並ぶ家の屋根も、全て灰色に統一されている。
それよりも………………。
「あいつ、どこに行ったんだ……?」
今まで抱いていた猫の姿が見受けられない。どこかに行ってしまったのだろうか?
「つーか、何処よここ」
いる場所はさっきと変わらない。しかし、空の色と言い、周りの景色と言い、明らかに、そうまるで、アニメや漫画で良く見るパラレルワールドに来てしまったような感覚に落ち入る。
「まさか死んだなんてことはないだろうし………………とりあえず、帰るか……………」
乾いた傘をまとめ、再び帰路をなぞる。自分でもなぜ、こうも冷静でいられるのかが良く解らない。
自分の陰を見つめながら歩いていると、いきなり陰が巨大化した。
それが自分の物でないと悟り、振り返る。
「………は、……え………………なんだよ…」
そこには、極長の金槌を振りかぶった自分の身長の二倍は有ろうかと言う程の、黒マントをかぶった<骸骨>がいた。ビジュアルからしてどう見ても死神だ。
まさか俺、本当に死んだんじゃないよな……………?
骸骨はげたげたと顎を鳴らしながら、無造作に金槌を振り下ろした。
それを俺はほぼ奇跡と言って良いくらいのタイミングで身を後ろに倒し、辛うじて避ける。
ベコリとへこんだコンクリート製の地面が、今の一撃の威力を物語っている。
………え?マジ?今の……当たっていたら俺、死んでいた?
今になって恐ろしくなる。全身からどっと冷や汗が出て、脳髄がミートソースの様にぐちゃぐちゃになる感覚にとらわれる。
恐怖で動けない俺を無慈悲にも骸骨は再度、金槌を振り上げ、俺に叩き付けようとする。
「ちょっ、まっ、……いや、無理だから無理無理。………無理ですからああああぁぁああぁぁぁぁああぁあぁあぁあーーーーーーっ!!」
フライングを犯した我が正気を追いかけるように、骸骨に背を向け、一目散に逃げる!!
骸骨は俺をあざ笑うかの様にかたかたと音を鳴らしながら蟹股でこちらを追いかけてくる。
「あっ、ちょっと。まってくださぁ〜い!」
「しゃべるのかよお前!!」
それもやたらと口調が優しい!
「そりゃ喋りますよ。生きてるんですから私。なにか不都合なことでも?」
「不都合だらけだ!つか、こっち来んなよ!」
意外にもヤツの足は遅いようだ。このまま、逃げ切れば良いんじゃ………?
曲がり角を行った先、もう一つの陰を見つけた。
あれは………………人!?
女の人だ。背丈は俺より少し高い。腰まで掛かる黒い髪。
そして何より美しく発達した太ももと豊かな胸がエロくて目のやり場に困る。
「……ひっ、ま、魔女……」
後ろで、骸骨がブレーキを踏んだ気配を感じる。おびえているのか?
俺も足を止め、女の人を見る。
「…………………………」
女性は無言でこちらに歩み寄ってくる。
なんとなく道を開けてみせる。
しかし、女性は進行方向をずらし、尚もこちらを目掛けて歩いてくる。
「…………傘を貸してください」
「え?あっ、はい……………その…俺を助けてくれるんですか?」
「勿論です」
笑顔で言われる。
すると女性は傘を刀を持つ様に、中段に構えた。
俺の渡した傘が先ほども見た赤い光に包まれる………………。
今まで女の人を警戒して、ぴくりとも動かなかった骸骨が、糸が切れたかの様に女性に突っ込む。
「畜生!魔女だろうと何だろうと、僕の邪魔をするヤツは全員葬り去ってやる!」
骸骨が飛び上がり、金槌を大きく振りかぶる。妙に清々しい骸骨だ。
しかし、女性の方が先に動いた。赤く光る傘を横に一振りする。
金槌が真ん中から横に切断される。
体勢を崩した骸骨が女の人の上を飛び越し地面に転がるが、すぐに受け身を取って起き上がり、再度飛びかかろうとする。———が、やはり見知らぬ女性の方が一枚上手だった。
女性は骸骨よりも先に相手に飛び付いていた。
着地に会わせた右斜め上からの撫で斬りをかます。骸骨は身を引くが、時既に遅く、あばら骨にばっくりと斜めに傷が入る。
「グ………………ィィィィギギギギギギイ………………………ッ!!」
うめき声を上げて踞る骸骨に再び傘を振りかぶる女性。
振り下ろす瞬間に最後の力を振り絞った骸骨が身を横に転がす。
女性の一撃は空を斬り、その隙に骸骨は頭のついてない方の金槌のグリップを捨て、こちらに飛びかかって来た。
「…う、うわあああぁぁぁぁああああっ!!」
情けない声を上げて両腕で顔を隠す。目を閉じる瞬間に見た骸骨のギラギラとした目がとても恐ろしかった……………。
ばぎゃぁ、と骨の砕けた嫌な音がする。
一瞬、自分の頭蓋が破れた音かと思った。腕の間に隙間を作り、目を開ける……。目の前には先ほど貸した傘の先端があった。
骸骨は背骨を貫かれて、かたかたと苦しそうに顎を鳴らしている。後ろには右腕を前に突き出した女性の姿が半ば見受けられる。
女性が傘を右に振ると、骸骨は道路に投げ出された。弱々しく点滅する赤い目が辛うじて息をしていることを物語っている。
決着がついたと言わんばかりに、女性は再び歩み寄ってくる。
ことの状況が理解できず、俺はなさけなく呟く。
「さっきから一体、どうなってるんだ……」
「……時が来たら、また会って、説明することになるでしょう。あなたが思っているよりもずっと早く」
☆
気がついたら、俺はさっきまでいた道路に佇んでいた。
「……夢………だったのか?」
……寒い。足下に何故か折り畳まれたお気に入りの傘が落ちている。
制服がぐしょぐしょに濡れている。
でも、……さっきの出来事は……。
「夢にしちゃあ、はっきりしすぎてるよな…」
「にゃあ」
「…あっ、悪いな。寒かっただろ。今暖めてやるからな」
腕の中の子猫が完全に凍えている。このままじゃ可哀想だ。傘をさし、早足で家を目指す。
歩きながら、さっきのことを思い出す。
…女の人……骸骨……赤い空……俺だけ……女の人……女の人……そして大きなおっぱい…。
「ぐはあっ……!」
だめだ、思考があらぬ方向に転がってしまって、まともに考え事ができない……。
それからは何も考えないことにした。考えた所で思考がおっぱいに行くか気分が悪くなるかのどっちかだからだ。
「…ただいま……って、おふくろ、今日は遅いんだっけ」
玄関に入って真っ先に風呂場を目指す。
バスタオルを棚から取り出す。
それで子猫を包み、毛にまとわりつく水分を吸い出してやる。
ドライヤーで更に水分を飛ばし終えると、棚からもう一つバスタオルを取り出し、今度は自分が制服を脱ぎ、身体を拭く。
「着替えてくるか…」
子猫をリビングのソファーに置き、二階の自分の部屋で私服に着替える。
再びリビングに赴く。
「腹減ってるだろ?今何か用意してやるからな」
キッチンの炊飯器から昨日のあまりのご飯を器に載せ、冷蔵庫からこれまた夕食のあまりのマグロの刺身と鰹節を取り出す。
それを混ぜ合わせ、床に置く。ようは簡単なねこまんまだ。
指摘、コメント等ありましたらよろしくお願いします