それはボクのクロニクル   作:大隈寝子

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第一話 出会い

 

「じゃぁ、明日な」

 掌の中にある機械がその短い文章を示す。

 少年が手に持つ赤いカードのような機械。

 “デジタルデヴァイス”

 通称デジヴァイスと呼ばれるそれを視ながらのびをする。

 7月20日。

 天気は、言うまでもなく晴れで。

 言うまでもなく、夏だった。

 ジー、ジーッと、セミがやかましく鳴いている。

 どれだけ技術がすすんでも、街に人間以外の生き物はいて、自然はしぶとく存在していた。

「あつ……」

 額から汗がこぼれる。

 今年の夏もじめじめしてはりつくような暑さなんだろう。

「あれから十年たつのか……」

 

 十年前、世界は未曾有の事件に陥った。

 世界に存在するネットワークの全てが、ただ一つを残してその機能を停止した。

 軍事、政府機関など最高機密を扱っているものでさえ、ダウンした。

 外部とつながっている全ての機器はローカルのみにおいてデータの送受信が可能になり、技術に依存していた人間たちはその大きさを思い知った。

 あらゆる場面において起きた混乱のなか、唯一機能していたネットワークが存在する。

 それが“デジタルデヴァイスネットワーク”。

 当時のそのネットワークを利用し運営していたのは日本の企業“アイリス・ザ・ワールド”。

 この企業が開発し運営していたネットワークのみが、あらゆるローカルとローカルを接続することを可能にした。

 人々は口にした。

 “デジタルデヴァイスネットワーク”は何故生き残ったのか。

 他のネットワークと一体何が異なっていたのか。

 

「デジタイズまで残り6時間」

 

 教科書にのっていたかつてのスマホとかいう通信機器に比べるとほんの少し小さい画面に、機械的な文章が不意に浮かんだ。

 6時間後。

 時刻にすればちょうど陽が落ちるくらいだろうか。

「やっと会えるな」

 少年は夢想する。

 六時間後にいったいどんな出会いが待っているのか。

 そしてその少年が待ち望んでいるものこそが“デジタルデヴァイスネットワーク”が唯一持つ、異質。

 デジタルモンスター。

 通称、デジモン。

 それはデジタルデヴァイスネットワークに存在するプログラムであり少年が持つようなデジタルデヴァイス1つにつき1体、構成される。

「どんなやつと、会えるのかな」

 少年、京堂コウキがデジヴァイスを手にしてもうすぐ五年になる。

 ちょうど五年を刻んだ時、コウキの五年分のデータを元にデジモンが誕生する。

 その瞬間まで、一切わからない。

 せっかくの誕生日だ。

 だからコウキは、その記念にふさわしい場所を探していた。

 今は、少し疲れたので休憩中だ。

 この街にはもう10年も住んでいる。

 ちょうどあの混乱のさなかと同時期だ。

 それだけの長さを、懐かしくなるほどの長さをこの街で過ごしている。

 だからどこに何があるか、どういった景色が見えるか、ほとんどを知っている。

 けれど、どれだけ「いいかもしれない」と思う所を回ってみても、五年分の誕生日を迎えるのにはなんだか物足りない。

 もう自転車で炎天下の中を探し回って三時間になる。

「ねぇ、君はどこがいい?」

 デジヴァイスに眼を向けながら、語り掛けた。

 そこにうつっているのは、少し紫を帯びた卵。

 もちろん、返事はまだない。

「いい場所を見つけてあげないと」

 デジモンには知覚がある。

 もちろん、デジヴァイスを通じてではあるが、その感覚から得られるデータで彼らは成長する。

 デジモンが現実世界に出現することはできないし、もちろん人間がデジタルの世界に行くこともできない。

 十年前までは疑似体験を可能にするバーチャルリアリティの技術を転用してデジタル世界への移動も研究されていたが、あの混乱によりその研究も全て止まったらしい。

「よっこいしょと」

 赤い自転車にまたがりながら次はどこへ行こうか思案する。

 海のあたりはもうだいたい見た。

 駅の周りにはそもそも良い場所がない。

「森か、山か……」

 どっちにしても、自転車だと移動しづらい。

 それなりにいい景色はあるだろうが。

「一回、家に帰るか」

 森に行くなら、家によった方がかなり行きやすい。

 キコキコと。

 赤い自転車をこぎながら炎天下の中、家に向かう。

 なんの変哲もない、いつもと同じじめっとした不快指数だけが友達の暑い夏の日。

 

 そのはずだった。

 始まりは、ほんの小さな、気づくことが難しいほどのかすかな違和感。

 ジー、ジー、と。

 蝉がさんざめくその中に潜む、音だった。

 カチ、カチ、カチと。

 時計のようなそれにしては何か、生き物が出しているような有機的な音。

「……なんだ?」

 おそらく、コウキがその音を耳にしたのはたまたまだったのだろう。

 それでも一度聞こえると、それは耳に侵入し、脳にこびりつく。

 思わず自転車をこぐ足をとめて、音の正体を探る。

 いくらかの間隔をあけて植えられた木。

 道路。

 家や庭。

 少し遠くに駅とその周りのビル群が見える。

「あれ……じゃないよな」

 そのビル群の中心にある一際高いビル。

 その天辺。

 そこには街のどこからでも見ることができるような巨大な時計がある。

 カチ、カチ、カチと聞こえる。

 なら連想するのは時計の秒針だろうけれど、あの巨大な時計に秒針はない。

 けれど。

「うーん……」

 なぜか、眼を離せなかった。

「なんか……なんだろ」

 いつも見ているその時計。

 パッと見たかぎり、何も変わっていない。

 けれど、なにかが違う。

「……」

 コウキは首にかけていたゴーグルを装着する。

 なんの変哲もない、ただのゴーグルだ。

 度が入っているわけでもない。

 なにかをしっかり見ようとするとき、ゴーグルをつける。

 それはコウキの小さいころからの癖だった。

 そしてレンズ越しに。

「なんだ……アレ……」

 コウキは見つける。

 時計の周りに発生していた、ノイズ。

 ちょうどそれは画像をモザイクやドット表示にしたようなそういう変化。

 まるでデジタルのような現象。

 そして音は。

 カチ、カチ、カチという音は大きく速くなって

「―――!!!」

 獣の咆哮へと変わっていた。

 時計塔のモザイクが、街の空を覆っていく。

 ゲーム世界の空を見ているような感覚。

 その中心。

 時計塔には一体の怪物がいた。

 ピンク色の、怪物。

 遠くからだろうか、詳しくは見えない。

 ただそれが「イイモノ」じゃないことだけはわかる。

 その薄く切れ込みを入れたかのような赤い眼と、ゾクッという寒気がコウキの全身を襲う。

 視界に入ったわけじゃない。

 ただ、方向があった。

 それだけ。

 それだけでも、コウキは動きを止めてしまった。

「―――!!!」

 音にならない純粋な叫びを、怪物が発する。

 恐怖よりもおぞましい。

 本能的な嫌悪。

 広がる叫びに、ドットになった空がゆれ、その異常に気づけないほどコウキは負の感情にのまれつつあった。

 呼吸が荒くなる。

 視界が定まらない。

 あの化け物はなんだ。

 身体がすくみあがり、震える。 

 ―――落ち着くんだ。

 ふと、声がした。

 あどけない、幼い子供のような声。

 ―――大丈夫、大丈夫だから。

 どこから聞こえるか、わからない。

 しかし、その声はコウキの身体から震えを消し去った。

 ―――近くのネットワークに接続するんだ。

 頭に直接響くような声。

 自然と、動いた。

「ここからだと……公園!」

 国民のほとんどが、デジヴァイスを持つようになったこの時代、この街において有線接続端子は街のあちこちに存在する。

 そこにいってどうなるかはわからない。

 ただ、身体に響く声を、昔から知っていたトモダチのような声を、コウキは信じた。

 自転車をこぐ。

 全力で、あの怪物から逃げるように。

 見つけた希望にすがるように。

 ほどなくして、公園にたどり着く。

 そんなに大きなものではない。

 三つある遊具はことごとく危険、立ち入り禁止とテープが巻かれているイマドキの公園だ。

「端子は……あった」

 自転車を乗り捨て、慌ててデジヴァイスを有線接続する。

 その瞬間、デジヴァイスの画面が今まで見たことのないものへと変わる。

 表示されているのは

“Blast Digitizing”

 という文字と、%を示す青色のバー。

「なんだ……コレ……」

 声のままに従ったそこでやっと、コウキは落ち着きを取り戻し、画面の意味を考える。

「デジタイズって……デジモンの……でもなんだ?Blastって」

 バーはゆっくりと進行していく。

 その画面を眺めていると、ざッと音がした。

 砂の地面を踏みしめた音。

 人が来たのだろうかと、コウキは思った。

 振り返り見つめるまでは。

 視線の先にいたのはピンク色の怪物。

 手足は赤い鎌のようになっていて、ところどころに血のような筋が入っている。

 怪物は首をかしげ、薄い眼でコウキを見つめる。

 ザリ、ザリ、と。

 一歩ずつ怪物は近づいてくる。

 その短くなる距離に反比例して、本能が叫ぶ恐怖が増大していく。

「来るな……」

 その恐怖に理由はない。

 ただその存在が恐ろしい。 

 それだけだ。

 だからコウキはただ震えるしかなかった。

 デジヴァイスを握りしめながら。

 手が震える。 

 足がすくむ。

 身体が動かない。

 多分、逃げなきゃいけないのだろう、と。

 コウキは直感していた。

 わかっていた。

 けれど身体が動かない。

 足もすくんでいる。

 でもそれを動かしそうなほどの恐怖がある。

 それでも逃げ出せなかった。

 右手に握る、デジヴァイス。

 言ってしまえば、ただの板切れ。

 言ってしまえばただのプログラム。

 でもコウキは逃げ出せない。

 怪物が近づく。

 その足が触れるところが、ドットに変わっていた。

 ゲームを現実にしたかのような風景。

 でも動けない。

 この日をどれだけ待ったと思っているんだ。

 ずっと待ってたんだ。

 心を通わすことのできる存在を。

 トモダチを。

 だから動かない。

 恐いからどうした。

 もうすぐ友達が会いに来てくれる。

 だったら逃げるわけにはいかない。

 触れられるほどの距離に、その怪物が近づく。

 初めてのモノを見るようにしげしげとコウキを眺め、鎌になっている手を振り上げる。

 逃げられない。

 そうできていたらよかった。

 恐怖の具現が、コウキの心を折った。

 デジヴァイスを離し、コウキはとっさに横に転がってしまっていた。

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい

 それだけが、頭と体を駆け巡る。

 怪物は振り上げていた鎌を下ろす。

 デジヴァイスに向かって。

 その光景はスローモーションに見えた。

 だらん、と。

 ケーブルに繋がりぶら下がるデジヴァイス。

 バーには99%という数字が表示されている。

 まっすぐ、鎌が近づいていく。

 友達がその中にいる。 

 やめてくれ。

 鎌は近づく。

 やめてくれ。

 やめろ!!

 その一瞬、意思が恐怖に勝った。

「やめろぉぉお!!」

 ただの体当たり。

 効率だとかダメージだとか、全くなんの考えもない、純粋な動き。

 ほんの少しだけ怪物が動きを止める。

 わずらわしそうに、一方の鎌をふる。

「クソ……ッ」

 体勢を崩したコウキは、動けない。

 なぜか恐怖ではなく、くやしさがコウキの中にはあった。

 もう終わりかと思ったその時。

 

 ―――ありがとう。その一歩が、ボク達の友情の証だ。

 

 声が響く。

 それは現実の世界に響いていた。

 怪物を、鋼の球体がおしやる。

 紫色の、小さな竜。

「はじめまして、コウキ。ボクはドルモン」

 よろしくね。

 

 それが、ニンゲンとデジモンの、コウキとドルモンの出会いであり長く続く物語の、始まりだった。

 

 紫色の竜。

 全身をやわらかそうな毛で覆われたさしずめ獣竜といったところだろうか。

 手足と口、それから腹は白の毛で覆われていて瞳はくりくり輝いている。

 まだ子供だからか、背中に生えているどこか悪魔のような翼は小さい。

「立てるかい、コウキ」

 その声は心の中で語り掛けていたものと同じ声。

「ドルモン……」

「そうだよ、コウキ。ボクが君のパートナーだ」

 にこりと。

 子供のように少し高い声ながら、その響きは理知的だ。

「―――!!」

 二人の間をわるように、ピンク色の怪物が叫んだ。

「まずは、アレだね。コウキ、乗って!」

 ドルモンはその体勢を低くして、コウキに乗るように促す。

 大きさだけでいえばポニーより少し大きいくらいか。

「はやく!」

「う、うん!」

 おっかなびっくり、その背中に身を預ける。

「しっかり捕まってよ……!」

 翼を少しふるわせ、毛が浮き立つ。

「―――!!」

 怪物が逃げるなとでも言うように咆哮する。

「そぉれ!」

 その小さな翼で飛ぶわけではなく、コウキをのせたドルモンは走り出した。

「うぉッ!」

 思わず声が漏れる。

 思っていたよりその速度ははやく、自転車とはくらべものにならないほどだった。

「ど、どこに行くんだドルモン!」

 ドルモンは特に行先も告げずに走り出した。

 方向としては、街の中心とは真逆、森の方角だ。

「どこでもない!とりあえずアイツから身を隠せるところ!」

 アイツ。

 その言葉でコウキは後ろを見る。

 だいぶ距離は離れているが、あの怪物はまだ追ってきていた。

「コウキ、どこかに心当たりはない?!」

 走りながらドルモンが聞く。

「……そのまままっすぐだ!」

 アイツから逃げ切れるところ。

 思い当たるところは一つしかない。

「わかった!!」

 そう言っている間にも、怪物は追ってきている。

「ねぇ!」

「なに?」

「アイツって、うぉっ!」

 突然の段差に身体が上下し、コウキは変な言葉を発する。

「アイツってなんなんだ?」

「それはあとで話す!今は逃げなきゃ!スピードあげるよぉ!」

 

 それからしばらく、コウキとドルモンは茂みの中にいた。

 街の中心地からは遠く、“チンジュのモリ”と呼ばれている公園の一部だった。

「アイツって、なんなんだ……ハァ……」

 息を切らしながら、コウキはドルモンに問う。

 自分たちを突如襲ってきたあの怪物。

「あれはデジモン」

「デジモン?あれが?」

 15才になると与えられたデジヴァイスの中で、データを元に誕生する。

「というかドルモンもそうだけど、どうやって現実世界に来たの?」

 データが実体となって現れるなんて聞いたことがない。

 人間の精神データを解析して、電脳空間にダイブする技術は聞いたことがある。

 けれど、その逆は知らない。

「それはよくわからない。多分、原因はさっきのアイツなんだけど」

 うーん、と。

 腕を組みながらドルモンは答える。

「アイツを止めなくちゃいけない。でないと、世界が壊れちゃうんだ」

「世界が壊れる……?」

「うん。アイツのせいでもう何個もデジタルワールドが潰れてる。多分、このままいけばこの世界も」

「……え?」

 信じられなかった。

 けれど、あのデジモンは事実、公園を破壊していた。

「アイツ……なんていうんだ?」

 なんでそう思ったのかは、わからない。

 逃げればいいのに。

「名前かい?」

 誰かに任せて逃げてしまえば楽なのに。

「うん」

 なんで。

「アイツの名前はアルカディモン」

「アルカディモンか……」

 立ち上がろうとしているんだろう。

「止めなきゃね、アイツを」

 

 

 





 さて、デジモンの新しいアニメプロジェクトが始まったということで。なんとはなしにやってみようかと思った次第です。
 わりかし駆け足気味の展開かつ文体なので後日じっくり加筆したいなぁと思ってはいますがいつになるかわかりません。
 とりあえず次回は来週の火曜日(6/28)になるかと思います。


 デジモンなんだそれと思う方は「デジモン図鑑」など公式でイラスト・設定が確認できますのでご参考になさってください。
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