「ほらほら早く言ってくんない?ボーっとする前にねー」
会長さんの言葉に俺は意識を取り戻した。あまりの衝撃と緊張で意識が飛んでいたらしい。いつの間にか会長席に座っていた会長さんは俺のバッグを片手に軽々と持ちながらニヤニヤを口元に張り付けていた。目は笑っていなかったが
「……俺のバッグ、重くて持ち上げられなかったんじゃないですか?」
「あくまでこういう力仕事はみんなかぁしまに任せてたって言っただけで重いなんて一言もいってないよー」
……やっぱりあれは引っ掛けだったのか。
多分重そうにしているのを演じれば俺が手伝うことを確信していたのだろう。園さんの「彼は誠実だ」というあの言葉を全面的に信頼して。それで自然な形で俺のバッグを俺に持たせる。そして「これは自分なものだ」と俺から言質を取らせ、決定的となる「月刊戦車道特別号」を俺に見せ、逃げ場を無くさせる。ため息をつきたくなるほど有能で俺は畏怖すらも抱いてしまった。あれほどの短期間でここまでの誘導をするとは……噂以上とはこのことを言うのだろう。俺はここまで有能なことを知っていたのに俺は綺麗に引っ掛かってしまったのだから。というか優勝祝賀会の余興で白鳥の湖を披露したときに小山さんをリフトで軽々と持ち上げているんだっけ…なぜ思い出さなかったし
「それでさぁー、早くキミは一体何者なのか言ってほしいんだけど。それでこの初優勝というアニメ調の質の悪い雑誌はなんなのかもねー」
───…もはや隠すことは出来ないだろうな
園さんの言葉である「嘘や誤魔化しは効かない」が頭の中で反響しながら俺は覚悟を決めた。それは諦めに近いものであったが
「はぁ……分かりました。自分でも半信半疑なのですが説明します」
「おぉーやっとその気になったねぇー。それで堤晴雄ちゃんは一体何者なんだい?」
説明するにしてもどう説明すべきだろうか。うまく説明しないと元から支離滅裂な話がもっと支離滅裂になってしまうだろう。それにあることを確認しなければならない。まずはそのことを確認しつつ頭のなかで整理しながら話すとするか
「では──改めまして、俺の名前は堤晴男。年齢は19歳、とある都立大学に通うしがない大学二年生です」
「それは知っているよー」
自己紹介したら「知っている」と言われた。いやまぁそれはそうなのだが……これで確認は出来た。彼女は俺の名前だけじゃなく俺の年齢や大学に通っていることまでも知っている。つまり俺の個人情報を知っているということだ。どこで知りどこまで知っているのか聞かなければならない
「そのことで聞きたいことがあるのですが会長さんって俺の名前や年齢のことなど知っているようです。どこでそれを……?」
「……」
すると会長さんは口を紡ぎ俯いてしまった。もしかして俺は非常にまずいことを聞いただろうか、相手が質問しているところ質問で返してしまったからだろうか、などなどとそんな風に思いながらビクビクしつつ会長さんを見つめていると彼女の肩揺れ、その揺れがどんどん大きくなって堪えきれなくなったのかついに決壊した
「ぷっうくくく…あはははははは‼」
笑いという形でだった。俺は目を丸くして会長さんを見る。彼女はお腹を押さえながらも笑っているがそんな要素どこにあったのだろうか。まさか年上の男が年下の小さい女の子にビクついていたことがツボに入ったのだろうか
「いひひ……いやぁ笑った笑った、こりゃあそど子が信用するわけだ」
目頭の涙を指でぬぐいながら彼女は言った。なぜそこでそど子が出てくるのだろうか。俺が頭を捻っていると彼女は口を開いた
「堤ちゃん、相手から情報を引き出したいときは直接聞いちゃダメだよー、聞きたい意図を分からないようにしないとねー」
ぷくく…と笑いをこらえつつ彼女は教え説くように俺に言った。つまりあまりにも聞きたいことが露骨すぎて彼女のツボにドストライクだったらしい。
「不器用で悪かったな、角谷会長さんや」
「敬語も忘れるほど不機嫌にならないでよー、それにやっぱり私たちの名前知っているのねー」
「……あっ」
「ほらほらそういうことが駄目なんだよー」
思わず悪態をつき名前を思わず言ってしまった俺は会長さんに突っ込まれ、そこで声をあげてしまった。昔から俺は嘘や誤魔化すのは苦手だったからというのもあるけど間抜けすぎる結果だった
「……無理に話さなくていいよ、堤ちゃん」
「……へ?」
「見た感じ堤ちゃん自身も戸惑っているみたいだし、堤ちゃんが話したくなったら話してくれればオッケーよ」
なんだが予想外のこととなった。今までの話せ話せとつついていたのに笑ったあとは話さなくてよくなったらしい。それだけ俺を信用してくれたからだろうか
「そのかわり私たちに絶対に協力してねー、しなかったら……どうしようかねぇ」
前言撤回。この人俺をボロ雑巾のように働かせる気だ。あの月刊戦車道特別号から俺に廃校が無くなるようさせる価値を見いだしたからだろう。……しかし
「はぁ……会長さんらしいですね、その強引さは」
それが会長さんらしくて、これがまさに俺の知る角谷杏で俺は心底嬉しくなってしまった。俺がガルパンで見た不敵に笑いつつも大洗のために手段を選ばぬその姿、誰よりも大洗を愛しているからこその決断。本当にすごい人だ
「やっぱり廃校の件や私たちのこと知っているのねぇ、なんだか変な気分だわー」
「ああ、またやってしまった……」
少し笑いつつも会長さんはそう言った。また間抜けなことをやってしまった。普通なら協力って何の?って聞かねばならないのにそれを理解した上で返事をしている。しかも強引だねと言って完全な理解者ぶってである
「でもこれだけは言わせてください。俺は未来を知っていますし大洗のこれからのことも知っています。勿論大洗のことは大好きですから出来る限りのことは協力します。しかし未来を知る俺を入れるということはこの大洗にとって劇薬…いや猛毒になるかもしれません、それでもいいのですか?」
「毒と薬は使いよう、私たちに任せてよ。有能なお医者さんである私たちが処方するんだから全部薬になるさ」
「全部毒になりそうなんですがそれは……」
「お?言ったな?見てろよー」
にひひと笑いを含みながら干し芋を食べる会長さんを見ると不安すらも飛んでしまう安定感があった。いつもような感じで話すのでまるで深刻さがないようなほのぼのとした雰囲気であるかのごとく錯覚してしまうのだ。この人は俺が何を言っても「大丈夫」と言うだろう。勿論間接的にだが
「ってなわけでこの契約書に名前と判子してよ、勿論拒否権はないからねー」
そう言うと会長さんは会長机の引き出しを開けて妙に分厚いノーカーボン紙とボールペンと印鑑を出して俺に渡してきた。これだけ優しくしてくれてガルパンおじさんたる俺には断る理由すらなく快く首肯した
「分かりました、それで、堤…晴男っと」
「ちゃんと楷書で濃く書いてねー、ちょっと分厚いから」
「分かってます。そんで…ちゃんと朱肉をつけて印鑑押して…ってあれ?これ…俺の実印じゃないですか。どうして会長さんが?」
「まーまー、まずその判子しちゃってからにしてよ」
会長さんの言動に妙な違和を感じたが気にしすぎだろうと思い、置いておくことにした。なぜならついさっきまで発されていた会長さんからのプレッシャーがなくなったことによる解放感と大女学に居れることへの興奮が混じり頭が冷静でいられなかったからである。この書類を書けば自分はあの大洗に居れる、この思いが頭の中を占拠していたのだ。……たとえ冷静なってたとしても逃げ場はなかったが
「名前と印鑑、その他もろもろ書きました。それでこのあとどうすればいいのでしょうか?」
「空いている学生寮で待機だね、明日明後日には用意させて寮に送るから色々準備しといてねー」
「学生寮使わせてくれるんですか!?でもいいのですか、俺どうせ整備員か清掃員ですのにそんな太っ腹なことしてしまって」
会長さんが随分と太っ腹なことを言い出した。男子大学生として手伝えることは整備員や清掃員ぐらいしかないだろう。教員になって戦車道履修顧問になるという線も見えたが教員免許なんて持ってないから無理。なんて呑気な考えを頭に浮かべていたがそれが吹き飛ぶことの発言が会長さんの口から飛び出した
「そりゃあ学生が学生寮使うの当たり前じゃん、この艦に家がある人は例外だけどねー」
「…………は?」
なんとか振り絞って口からでた言葉がこれだけだった。この発言の意味を瞬時に理解してしまった自分に妬ましさを感じながらも声が中々出せなかったのだ。この会長さんは何を言っているのだろうか
「あの……この学校って女子校ですよね?」
「女子学園って名乗っているほどだからねー」
一抹の希望を抱えて聞いてみたが答えは無常だった。園さんも大洗女子学園と言っていたのでそりゃあそうだ。一抹の希望というのはガルパン二次創作によくある共学化した大洗学園のことであり、主人公が整備士だったりするあれである。もしかしたらここは大洗学園かもしれないという思いにかけてみたが現実は非情である
「待ってください‼女子校なのに男である俺入れるんですか!?しかも俺大学生ですよ!?高校卒業してるんですよ俺!?」
「あ、転入したら生徒会庶務に任命して戦車道強制履修だからこれからよろしくねー」
「もうツッコミが追い付かねぇ‼」
どこで間違ったのだろうか。確かにこの世界に転移してきたことはすごく嬉しかったしガルパンキャラに会えたこともすごく嬉しかった、というかガルパンキャラが存在していたこと自体でお腹いっぱいなのである。それが例え自分の夢や妄想だったしても嬉しいものなのだ。
……ってそんな現実逃避をしている場合ではない。と言っても拒否権は俺にはないしあったとしても恩を仇で返すような感じになってしまって結局ない。「女子校に男子しかも大学生を入れるのはおかしい」と言ってもあの会長さんのことだ、絶対こじつけで解決するだろう。何か書類上の不備とかで転入出来ないだなんてことがあれば……
「(そうだ……住民票、住民票だ‼俺は住民票を持ってないし転移してきたのに住民票もクソもない‼)」
学校に入学もしくは転入するときは住民票が必要となることは当たり前のことだ。しかも大洗女子学園が県立で中高一貫校、学区が大いに関係してくるから住民票はより不可欠だ。こればかりは誤魔化しも効かないだろう。……よくよく考えたら就職も出来ない気がするが。
そんな勝利(?)を頭に浮かべ目線をもとに戻すと会長さんがニヤニヤしていたことに気が付いた。なぜニヤついているのだろう、そのことに疑問を抱いていると会長さんが口を開いた
「そういえば堤ちゃん、なんで堤ちゃんの情報知ってるかのと判子持ってるのかの質問に答えてなかったね」
「え、ええ……でもなんで今になって」
「いやぁ堤ちゃんが何か言いたそうな感じだったからさー、私忘れっぽいところがあるから先に答えておこうと思ってねー」
嘘だ。かの役人から廃校を告げられたとき一言一句覚えていたほどのキャラだ、この角谷杏生徒会長が忘れっぽいだなんてあり得ない。ではなぜこのタイミングで切り出したのだろうか
「堤ちゃんのバッグの中に履歴書や住民票、マイナンバー果てには実印が入っていたんだよ。堤ちゃん、ちょっとこんな大事なものをバッグに詰め込むなんて無防備過ぎないかなー」
「……………………えぇー」
いろんな意味で呆然とした。自分のバッグにそんな重要なものを入れた覚えがないこと、会長さんがまるでイタズラが成功したときのような顔をしていること、いままでの抵抗が無駄であったことなどなどに対する感情がごちゃ混ぜとなって呆然としたのである。多分今の俺はかなり情けない顔になっているだろう
「堤ちゃん、面白い顔してるねー、やっぱり弄りがいがあるよ」
「アッ…ハハハ…ハハ…」
──モウ何言ッテモ無駄カァ
「私と堤ちゃんは共犯者、ということでよろしくー」
俺は諦めた
こうして俺は大洗女子学園の生徒となり生徒会庶務となり世界初の戦車道をやる男子となったのだった
『男の人が女の園に入る……それって変態じゃないかな?』
うるせぇ黙れ
─おまけ─
「これ……俺のバッグじゃないですか。なんで会長さんが」
「おぉ……やっぱりキミのだったんだ……」
なぜか声を震わせながら言うと会長さんはおもむろに俺のバッグのファスナーを開けた。勝手開けないでと言おうとするのつかの間、とあるものを俺のバッグから取り出した。嗚呼そうか、これが俺の心が発していた危険信号だったんだ。もう俺は逃げられない、俺は鼠、袋に入れられた鼠。
「この本。どういうことかなー?」
会長さんが取り出したのは俺が数日前に買った同人誌だった。表紙には生徒会三人がア○顔Wピースし、快楽に喘ぐそんな18禁本。他人に見られてはやばいものであった。題名は「生徒会幹部の不祥事」、確実にOUTである。それが……
「堤ちゃんも男の子だからしょうがないと思うけど流石に私たちを題材にしたのはちょっと……」
会長さんが顔真っ赤して涙目になりながら俺を睨み付けて言う。余裕はまったく無さそうだ。
まさかガルパンキャラが著目著目しているをガルパンキャラ本人に見られるとは……罪悪感でやばかった。
でもなんだろうかこの胸が熱くなるものは。
そう感じていると会長さんに小さな口が小さく動いた。開く口は小さかったがその言葉は俺の脳髄に響くかのごとくものだった
「………………変態」
背徳感はいいぞ。