機動戦士ガンダム ‐inherited force- 作:群雲 沙耶
体がとても重かった。まるで大人を担いでるみたいだ。ドカッ、と音をたてて座り込むとレオンハートは渡された携帯飲料を一気に飲み干した。今まで感じた事がない疲労感と気だるさを誤魔化せると思ったからだ。ゆっくりと味のない水を飲み込むと、乾いた喉は潤いを取り戻す。冷たい液体が喉を通って疲れた体にしみこみ、生き返るような気がした。
ぷはぁ、と空になったボトルから口を離し息を吐く。それと同時に視界に誰かの影が映った。見上げた先にはノアたちと共に来たメリク・ブライアンという男の姿があった。長身の黒人で威圧感のある見た目をしているだが、それとは裏腹にとても大人しい性格の男性だった。そのうえ口調も丁寧で25歳という若さとは釣り合わないほど紳士な人物だ。
「お疲れでしょう、もう1本如何です?」
ニコニコと笑顔を見せながらブライアンは携帯飲料を差し出した。それを受け取りながらレオンハートは「どうも…」と小さな声で礼を言った。
「それにしてもすごいですね、初めてであれを乗りこなすなんて」
フェイズシフトを切り、メンテナンスベットに横たわった<ストライクガンダム>を見ながらブライアンが口を開く。
現在、<ストライクガンダム>はすでに搬送された機体たちと同じ場所に運ぶための準備が施されている最中だった。作業には<G兵器開発計画>の主任であるモルコ・ファルトマンと副主任のアルバート・フロイス、それにブライアンを加えた3人が当たっていた。
「さすが"蒼い流星"ですね!同じMSBのプレイヤーとして誇りに思いますよ!どうです?今度一緒にプレイしませ…」
有名な俳優を目の前にしたファンのようにはしゃぐブライアンとは裏腹にレオンハートは暗い表情で俯いたままだった。その様子を見たブライアンは一度口を塞ぎ、「具合が悪いんですか?」と聞いた。
「いや、今になってとんでもないことしたなって思ったんです…」
低いテンションのまま、レオンハートはポツリと呟くように答えた。
「結果としてうまくいったとはいえ、僕は同盟軍の秘密兵器を動かした訳でしょ?このあと僕、どうなっちゃうのかなって…」
俯いたままだった顔を上げブライアンの顔を見ながら再び口を開く。
「あと…やっぱり純粋に疲れました…ヘロヘロです」
ヘヘッと笑いながら答えると、それに応えるようにブライアンもニッと笑ってみせる。
「そりゃそうですよ、MSの操縦ってのは思ってるよりすごく体に負担がかかるんですよ?車の運転の比じゃあありませんよ!まぁ、あなたの後の待遇の方は主任たちじゃないと…自分はどうこう決められる立場じゃないので…」
質問に完全に答えられないブライアンは申し訳なさそうに頭を掻く。
「あと、先ほどは副主任が申し訳ないことを…」
深々と頭を下げたブライアンを見て、レオンハートは慌てて立ち上がる。
それはノアたちと合流した直後の事だった。<ストライクガンダム>のコックピットから降りたレオンハートは、アルバートに出会い頭に「よくもうちの娘を危険な目に会わせてくれたな!」と怒鳴られたのだ。慌ててノアが自分が頼んだことだと弁明してもアルバートの怒りは収まらず、ついには二度とノアに近付くな、とも言われてしまったのだ。
先ほどから目が合う度にギロリと睨み付けられて実は精神的にも疲弊していたところだった。
「ブライアンさんが謝らないでください、なんとなく…あの人が怒った気持ちも分かるんで…」
「まぁ、副主任は早めに奥さんを亡くしてから1人で娘さんを育ててきたので…普通の親御さんよりちょっと過保護になってるんですよ。ま、一人娘を持つ父親ってみんなあんな感じですよ!」
ブライアンの言葉に少し笑いを誘われたレオンハートだが、件の父親の声にその雰囲気は一気に掻き消されるのだった。
「ブライアン!いつまで喋ってるんだ!はやく作業に戻れ!」
怒鳴り付けられたブライアンはレオンハートに一礼すると慌ててその場を離れていった。再びアルバートからギロリと睨み付けられ体が萎縮するのを感じる。ふぅっと溜め息をついたレオンハートに今度はモルコ・ファルトマンが声をかけてきた。
「よう坊主や、休んでるとこ悪いんじゃが手を貸しておくれや。作業人数が3人じゃちょーっち効率悪いんじゃ」
呼び掛けられたレオンハートは「はい」と応えながら立ち上がり、ファルトマンの方へと歩を進めた。
指示された通り作業を進めながらレオンハートはファルトマンに質問をする。
「ファルトマンさんたちはこれからどうするんです?あと…その…僕はどうなるんでショウカ…」
つい語尾の方で話し方がおかしくなってしまった。ファルトマンは作業中の手を止めて口を開いた。その表情はうってかわって険しいものだった。
「月のクライムっつー同盟軍の軍事基地に新型のでかい戦艦がおってな、本来なら10日後にそいつがやってきたら
ポケットから取り出したガムを口に放り入れ、クチャクチャと噛みながら話を続けた。
「ここで油を売ってたらまた襲撃されちまうからな、予定とは違うがこっちから向こうに最低限の装備と共にMSを輸送船で運んじまうことにした。今はその準備中だ。まぁお前さんの処遇は…」
少し頭を掻いてからファルトマンはいそいそと作業に戻る。
「後で教えてやるわ。ほれ、続きをやるぞーい」
声をかけ直そうとしたが、無言で作業を始めたファルトマンは再び答えてはくれない雰囲気を醸し出していた。
「それが一番気になってるんだけどなぁ…」と呟きながらレオンハートも作業に戻った。
「…これからどうなるんだろう」
質問をしたときファルトマンもブライアンもあまりいい表情をしてはいなかった。それだけで「さすがにお咎めなしにはなるはずないか」と察せられる。レオンハートは改めて自分の行いを反省することになるのだった。
L3コロニー<テルモピュライ>から少し離れた宙域にアイゼンラート帝国軍の戦艦、グロースハーツォーク級<メクレンブルク>は佇んでいた。MSデッキでは帰艦したMS達の損害状況に作業員たちが驚きの声を上げ、ざわついていた。
「5機が出撃して帰ってきたのが3機だけだなんて…」とか「隊長の<シグー>、右腕がないぞ!何とやり合ってきたんだ!?」などといった声が上がる中、<メクレンブルク>の艦長ラングレー・クレネル中尉がMSデッキに降りてきた。
「騒ぐな!速やかに破損状況を調べて修理に当たらんか!」
キャットウォークから叫んだラングレーの一声はデッキ中に響き渡り、それを聞いた作業員たちは慌てて持ち場に戻った。ラングレーは鼻息を立てながら作業員たちを見下ろしていると、<シグー>のコックピットから出てきたジェスロ・ランバードが彼の隣に降り立った。
「隊長、よくご無事で!」
姿勢を正して勢いよく敬礼するラングレーにジェスロは敬礼を返し、破損した乗機の方へ振り向いた。
「上からの情報通りだ、同盟軍は新型MSの開発に成功したらしい。それもかなりの性能だ。」
「隊長の<シグー>に傷を付けるほどの奴ですか…」
ラングレーは息を飲みながらジェスロの話を聞いた。これまで、ジェスロが乗機に傷を付けて帰ってきたことは数えるほどの回数しかなく、それらも2発ほど弾が当たった程度の損害で部位を欠損させて戻ってきたのは今回が始めてのことだった。
「あぁ、しかもパイロットは民間人だった」
「パイロットが民間人!?」
予想外の言葉にラングレーは驚きの声を上げた。
「そんな馬鹿な!?素人が隊長を退けたというのですか!」
「私だって油断したつもりはないさ。だが、現にそうなのだ…」
険しい表情でジェスロが呟く。ぎゅっと拳を握りしめ、作業員たちが修理に当たる様を見下ろしていると徐に彼は口を開いた。
「ラングレー、出撃前に届いた新型機はどうなっている?」
上官の問い掛けにラングレーは姿勢を正したまま答える。
「ハッ、作業班によると現在組み立て作業に入っており、あと10時間もあれば実戦に投入可能とのことです!」
よし、と言うとジェスロは無線機を取り艦内に自身の声を呼びかけた。
(<メクレンブルク>の全クルーへ、ジェスロ・ランバードだ!敵の新型MSに追撃を行う!MS隊の再出撃は12時間後だ!各員それまでに休息を済ませておけ!)
要件を伝えると無線を切断し、今度はラングレーに命令を伝えた。
「私は新型で出撃るぞ!作業班に急がせろ!」
勢いよく「ハッ!」と敬礼したラングレーはキャットウォークの手すりを蹴り、新型機の組み立てが行われている現場へと向かっていった。
ジェスロはそれを見送るながら先ほどの戦闘を思い出していた。歴戦のパイロットである自分と対峙し、危うげではあるが確固たる力を見せつけそのまま退けさせた1人の少年。更に強く拳を握りしめ、その名を怒りをこめて呟いた。
「今度は取らせて貰うぞ、レオンハート君…!」
<人物紹介>
◇メリク・ブライアン…ファルトマンとアルバートの部下の黒人男性。コロニー<テルモピュライ>の工業区に勤めており、地球同盟軍の新型モビルスーツの極秘開発計画に関わっている。
◇ラングレー・クレネル…アイゼンラート帝国軍の男性士官。中尉。グロースハーツォーク級<メクレンブルク>の艦長を勤めており、ジェスロとは開戦当初からの長い付き合いである。