機動戦士ガンダム ‐inherited force- 作:群雲 沙耶
数分前、レオンハートはニックらいつものメンバーと共にいた。普段と変わらずMSBで勝負していると、あの警報が鳴り響いた。
『管制室より全市民へ緊急通達。港区よりアイゼンラート帝国軍のモビルスーツが侵入。全市民は至急、指定された区域まで避難されたし。』
慌ててゲームセンターを飛び出した彼らを待っていたのは、居住区に降りた巨大な人影、<ジン>と<リーオー>だった。
呆然と立ち尽くすしか出来なかった。普段、画面の中で撃墜してきたモビルスーツがこんなにも巨大で、こんなにも恐ろしいものだと、思いもしなかった。
身の丈二十メートルの灰色とモスグリーンの巨人は、ズシーンズシーン、と音を立てて歩き始めた。モールに並んだ出店が踏み潰され、道路に並んだエレカが蹴飛ばされて宙を舞う。1つ、また1つと爆発が起きる。
戦争なんて自分達には関係ない。ここは中立コロニーなんだ---。つい数分前までそう信じて謳歌していた平和はその少しの要因で地獄に変わった。否応なしに「戦争をしている」という現実を叩きつけられる。
「おいレオンハート、何ぼさっとしてんだ!」
背後から聞こえたニックの怒号でレオンハートは我に返る。彼はすでに取り巻きらとともに避難を始めていた。
「早くシェルターまで行くぞ!お前も早くこい!」
ニックに従い、彼らを追い掛けようと走り始めたとき視界の端に何かが---いや、誰か映った。モビルスーツの足元に誰かが。
「…女の子?」
思わず立ち止まって振り返ると、そこには1人の少女がいた。深い緑色の髪をしたその少女はその場に座り込み、そびえ立つモビルスーツを見上げていた。
「ニック、あれ!」
「あぁ!?何やってんだあれ…!」
「そこの君、何してるんだ!早く逃げて!」
大声で叫んでも反応がない。依然としてモビルスーツを見上げているその目には恐怖の色があった。竦んで動けないのか。
また1つ、どこかで爆発が起きた。居住区を襲う<リーオー>のドーバーガンが数十階はあろう巨大なビルディングを撃ち抜いたのだ。張り巡らされたガラスが割れ、コンクリートの瓦礫とともに降り注ぐ。その真下、落下地点には---あの少女の姿があった。
危ない!と叫ぶと同時、レオンハートは少女に向かって無意識に走り始めていた。後方から自分を静止しようとするニックの声が聞こえる。その声も無視して走り続ける。
目の前で誰かが死んでいくところを見たくない。今、あの子を見過ごしたら絶対に後悔する。それだけを原動力にただがむしゃらに走り続けた---。
「よかった、無事だったんだね」
崩壊する瓦礫から少女を抱き抱えたまま、蒼い髪の少年--レオンハートは安堵の声を漏らす。
「あ、ありがとうございます…」
少女は消え入りそうな声で礼を言った。小刻みに震えている唇が恐怖心を露にしていた。
「ねぇ、あそこで何をして…」
そう質問しようとしたとき、レオンハートの携帯電話から音楽が鳴り始めた。ポケットから取り出し画面を点けるとそこには≪ニック・ラリィ≫と表示されており、彼からの電話を受信したことを示していた。
「もしも…」
(もしもしじゃねぇこのバカ野郎!)
開口一番、スピーカーから怒号が漏れる。あまりの大声につい電話を耳から離してしまった。
(バカな真似してんじゃねぇ!何考えてやがるんだお前!)
いつにも増してニックの声が大きい。一見傍若無人に見えるニックは、その実自分の友人には思いやりの塊であった。友とともに本気で笑い、本気で悩むことができる。今の時代には珍しいタイプの人間だ。
「ごめん、危ないと思ったらつい…」
(まったく!無事だったから良かったもんだけどよぉ…)
怒鳴り声から一変、すすり泣きのような声をニックは上げた。
(にしても、どうすんだお前…。さっきの瓦礫で道がふさがっちまったからこっちには戻ってこれねぇぞ)
彼の言葉通り、落下してきた瓦礫は高く積み上げられていた。隙間をくぐるなんて勿論のこと、乗り越えることも不可能に見える。
「…迂回して第2避難シェルターに向かうよ。ニックはみんなと行って!」
あぁ!という言葉のあと、今度はすすり泣きでは済まない、完全に泣いている声が受話口から聞こえた。
(落ち着いたら絶対に連絡しろよ!待ってるからな!)
私はどうやら助かったらしい。いや、助けてもらった---といった方が正しかった。先程、ノアを救出した少年は友人と見られる人物と電話越しに互いの無事を確認している。受話口から泣き叫ぶ男性の声が聞こえ、少し頭痛に響く。
少年が電話を切ると同時、また爆発が起こった。今度も工業区から聞こえてきたものだ。
---お父さん…。今の自分では行けない。そう思うと悔しさで涙が溢れた。腰が抜けて立ち上がることすらままならない自分が工業区に行くなんてこと、誰かの手を借りなければ到底叶わない。しかもこんな非常時だ。応じてくれる人物がいないことは分かりきっている。---でも、この人なら…もしかしたら…。ノアは震える手で少年の袖を掴む。
「お願いします、私を…工業区まで連れていって下さい」
「…えぇ?」
「あそこには、あそこにはお父さんがいるんです!あんな爆発がいっぱい起きて、逃げ遅れてるかもしれないんです!無理なお願いだってことは分かってます!でも…」
---実はもう手遅れかもしれない。そんな考えが頭を過り、口ごもったノアは再び涙を流す。そもそも、普通に考えれば応じてくれるはずもない。泣きながら手を放すと、少年がノアの腕を掴んで言った。
「分かった、一緒に行こう」
今度はノアが「…え?」と呟いてしまった。真剣な顔つきで少年は言葉を続けた。
「女の子1人じゃ危ない。それに断っても君は1人で行くんでしょ?正直怖いけど、だからこそ放ってなんておけない」
少し言葉を濁し、再び口を開く。
「僕に、君を守らせてくれ」
強い口調で、はっきりと彼はそう言った。
涙が止まらなかった。哀しみとは違う、今度は何か暖かな気持ちで胸がいっぱいになった。泣きそうになるのを抑え、精一杯声を出す。
「…ありがとう」
言葉が、それしか出てこなかった。
「よし決まりだ。それじゃあ行こう、みんな避難したあとだから通りも人がいないしエレカを捕まえられればすぐ着くよ」
再び少年はノアを抱き抱え、無事なエレカに向かって走り出した。
---お父さん、どうか無事でいて。改めた思い直したとき、ふとノアは1つ忘れていたことに気づき少年に顔を向ける。
「私たち、自己紹介もしてないのに」
そう問われた少年も「あっ」と声を漏らしながらノアの方を向き、互いに苦笑しながら答えた。
「レオンハート。レオンハート・スフォルトだ、よろしく。」
「ノア・フロイスです。お世話になります、レオンハート…くん」
路駐してあったエレカに乗り込みエンジンを起動させる。鋼鉄の車体が嘶きを上げ、2人を乗せた四輪駆動車は工業区に向け猛烈な勢いで疾走を始めた。
<メカニック解説>
□エレカ…コロニー内などで用いられる電気自動車の総称として用いられる用語で,「エレクトリカルカー」の略称。操作は比較的簡単な上,制限速度も低い(コロニーその物がそれほど大きなものではないため)ことから,一般仕様のものなら15歳から免許を取ることができる。