近侍の長谷部君と医療担当の薬研くんが頑張ります。
甘ったるいシーンなどありませんでした。流石ですうちの審神者。
お互いを気遣ってるあまりすれ違ってる感。何書きたかったかよくわかんない。
「…38度3分」
体温計を手にふう、と一息ついたのは、薬研藤四郎。すぐそばに敷かれた布団に座って不満そうな顔をしているのは、彼の主。名を伊織といった。朝起きて少し体の調子が優れなかったため、薬でも貰おうと薬研の居る医務室に向かい、今に至る。
「……平気だ、解熱剤でも飲んでおけば…」
「大将、8度超えてるんだ、大人でも拙い状態だぜ?無理せず寝とけよ、長谷部の旦那も心配するぞ」
呆れた顔で体温計を元あった場所に戻しつつ、薬研が忠告する。心配症な近侍の名を出されては、伊織も強く言い返すことが出来ず、深い溜息をついて項垂れた。白磁の髪が重力に従ってさらり、と落ちていく。
「旦那には伝えとくから、おとなしくしてな」
それだけ言って、薬研は部屋を出た。
「………………」
扉を見つめながら、伊織は決心する。――逃げよう。
長谷部がこちらに来たらまず間違いなく一日中布団の上で過ごすことを強制されるだろう。仕事熱心な彼からしたらたまったものではない。少し疲れているだけでさっきほど身体のだるさも感じない。流石に出陣や手合せをするのは厳しいだろうが、書類仕事を少し進めるくらいなら問題無いはずだ。……そう思い、薬研が席を外したそのうちに、彼は扉を開けて外へと飛び出した。
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ばさばさっ。
抱えていた本が地面に落ちる。藤色の目をこれでもかと言うほどに開き、直立して硬直している人物がそこにはいた。―この本丸の近侍・へし切長谷部である。
「…………主……?」
薬研に、主である伊織が風邪で熱を出したから医務室で寝かせてある、との知らせを聞き、仕事は自分が代わりにやる旨を伝え、ずっとただ寝ているのも退屈だろうと何冊か本を持ってきてみたのだが、医務室はもぬけの殻である。
落とした本を拾って、そばにあった机の上に綺麗に重ねて置いてから、部屋を飛び出す。向かう先は――主の執務室。働きすぎだと言われるくらいの彼の事だから、今頃そこで仕事をしているんだろうと思ったのだ。
✱
「主!!」
すぱぁん、と勢いよく障子が開かれる。その荒々しい動作が、彼が如何に自分の主を心配して焦っているかが読み取れる。――果たしてそこにも主の姿はない。不安と焦りが混ざりあった顔をして、執務室を出る。一体何処に。伊織の体温は低いとは言い難いが決して高い方でもない。それなりに高い熱が出ているはずなのに、彼はどこへ行ってしまったのか。―と、廊下に飛び出たところでそこにあった影とぶつかりそうになる。慌てて止まってそちらに目を向けると、ひらりと風に舞う青が見えた。
「…おお、長谷部か」
そこにいたのは三日月宗近だった。
「…三日月か」
「随分慌てているようだな。なんだ、主を探しておるのか」
「ああ、そうだ。見かけていないか?」
「主なら先程、少し外に出ると―――」
三日月が言い終わるか言い終わらないかのうちに、長谷部は駆け出していた。持ち前の機動で素早く玄関に駆けつけると、そこには靴を履いて外に出ようとしていた彼の主がいた。二人の目が合い、些かの沈黙が流れた。
「……………」
「……………」
「……主」
「…なんだ」
「何だではありません、何をなさっているのですか、貴方は今、風邪を…」
「大したことは無い、先程薬も飲んだ」
「そういう問題ではなく!…悪化してはいけません。今日だけはどうかお休みください。仕事なら俺が代わりにやりますし、主は無茶をしすぎです」
「………」
不機嫌を絵に描いたかのような顔をする伊織。彼は別に、長谷部に仕事を任せることが不安なわけでも、自分の体に鞭を打ちたい訳でもない。ただ、自分の仕事は自分がこなすべきであり、それを己の自己管理の甘さを理由に近侍の長谷部にさせてしまうことが許せないのだ。だが長谷部は長谷部で主が無理をする姿を見たくないと思っている。お互いがお互いを思いやってはいるが、どうもすれ違う二人なのである。
「とにかく部屋に戻りましょう、そんな状態で外に出られては負担がかかりますよ」
さ、こちらに、と言って差し伸ばされる長谷部の手。
「だから、余計な世――――」
余計な世話だ、僅かに怒りを込めた声でそう答えようとした瞬間、ぐにゃり、と歪む伊織の視界。長谷部が慌てて一歩前に出て、よろけた伊織を支える。…身体が熱い。だから無茶をするなと言ったのに、と心の中で叱りながら、失礼します、と言って背中に手を添えてそっと屈み、片腕で足を抱える。
「……おい、止めろ…自分で歩ける……」
辛いのか顔を歪めながら伊織が弱々しい制止をかける。だが長谷部は聞く耳を持たない。
「そのような状態で何を仰るのです。…お願いですから、今日はもうお休みください、ね」
姫抱きをしたまま、彼を連れて伊織の私室に向かった。最初こそ拒んでいた伊織も、ひゅーひゅーと浅い呼吸を繰り返しながら、長谷部に体を預けていた。
✱
「寝たのか?」
心配して部屋を覗き込みに来た薬研が訊ねる。
「ああ」
長谷部が答えて、すぐ横で寝ている伊織に目を向ける。規則的で静かな寝息をたてながら、すっかり寝入ってしまった彼がそこにいた。
「…無理がたたったのだろうか」
「多分な。ここに現世に政府に…大将は働きすぎだからな、寧ろ今まで体壊さなかったのが不思議なくらいだ。意外と頑丈なんだろうな。…ま、今回は流石に堪えたみたいだが」
伊織は審神者としての仕事をこなしつつ、政府での会議や報告に出向き、かつ現世で元々やっていた仕事を継続させているため、殆ど休み無く働いている。本人に働きすぎな自覚は全くなく、睡眠、食事はきちんと取っているから問題ないと判断するほどである。そういう問題ではないのだが。
「もう少しご自分の身を案じていただきたいものだ……さて、少し仕事をするか」
そう言って長谷部が立ち上がる。自分で全ての書類を片付けることはできないが、ごくたまに手伝わせてもらった時に少しは手順を覚えたつもりだ。多少、彼の負担を軽減することは出来ると踏んでいた。
「俺っちも下に戻るか。起きた時に飲ませる薬でも用意しよう」
二人並んで、部屋を出る。深い深い夢の中にいる、主を残して。
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「……………ん……」
真っ暗な世界が開けて、少しずつ広がっていく光。徐々に光を取り戻す灰青が映したのは、見慣れた天井だった。二、三度瞬きをして、自分が熱を出して倒れ、私室に寝かされたのだということを悟る。
まだぼんやりとする頭を抱えながら起き上がり、窓の外に視線を向ける。空に塗られた
(…拙いな、流石に寝すぎた。明日政府に出向く予定があったから書類を片付けておこうと思ったのに……政府に行くのは明後日に延期か…?)
昼間よりも深い溜息を吐きながらあれこれ考えを巡らせていくと、すす、と襖が開く音がした。
「…失礼します…お目覚めでしたか」
そこにいたのは、長谷部だった。
「ああ、さっき目が覚めたばかりだが」
「そうでしたか。…食欲はお有りですか?粥を作りましたが…」
そっと腹に手を当て、ああ、と呟く伊織。でしたら直ぐにお持ちしますね、と言って、彼は一旦部屋を出た。
数分経って、手に盆を乗せた長谷部が戻ってくる。桜が描かれた小さな土鍋と、小鉢に盛られた明太子の桃色が目に入る。
「主は辛党でいらっしゃるので、何か辛いものをと思ったのですが…薬研から、病んだ体に刺激物は良くないと聞きましたので、こちらで」
にこ、と長谷部が微笑む。
「…ああ、有難う。…頂こう」
す、と伸ばす手に盆は渡されない。不思議に思い、彼の方を見ると、長谷部はにこにこしながら粥の中に少しの明太子を入れて、丁寧に混ぜている。
「おい、
「はいっ、主」
全くもって話を聞いていない長谷部は、粥を乗せた蓮華を手に持ち、伊織の方へと差し出す。どうやら、食べさせたいそうだが、目の前の伊織の顔は歪んでいた。
「……何をしてる」
「いえ、病人は気遣って甘やかすものだと……」
「誰から聞いたか知らんがそれは人によるぞ。少なくとも私は
伊織は昔から甘えることを極端に避けている。幼い頃に色々とあり、甘えが良くないものだと叩き込まれてきているのが一番の原因であろうが。それがもとで彼は今でもなるべく人に頼ろうとしない。それゆえ甘やかされることも嫌ってしまっている。
「…申し訳ありません」
しゅんとした長谷部が蓮華を器に戻し、まだ暖かい器を盆ごと渡す。
「…………」
黙って盆を受け取り、少しの罪悪感を感じつつもそれを口に含む。程よい暖かさと水気を持つ米と明太子の辛味が、朝から何も口にしていない胃にじんわりと染み渡っていく。
「…美味しい」
そう言うと、ずっと下を向いていた長谷部がぱっと顔を上げる。今にも泣き出してしまいそうなその顔に、仄かに光が差す。
「光忠が作ったのか?」
「…燭台切に手伝ってはもらいましたが、…主に俺が」
「お前が?」
「はい」
「………驚いた。お前、料理ができたのか…」
驚きと少しの悔しさを含む声でぽつりと呟く。大抵の事はそれなりにこなす伊織だが、料理をはじめ、家事は全然できない。手伝いとして厨に立つ姿は見てきたものの、彼も自分と同じタイプだろうと思っていた伊織には意外な事であった。
「まだまだですが、簡単なものでしたら俺にも作れますよ。…お口に合ったようで何よりです」
先程の暗さはもう見られず、その背には少し桜が散っていた。
暫くして、蓮華を置く。土鍋の中の粥は殆どなくなっていた。
「ご馳走様」
「お粗末様でした。…本日は入浴は控えた方が良さそうですので、後程タオルをお持ちしますね」
「ああ」
「では俺は一旦――」
「……長谷部」
「…はい?」
「さっきは済まなかった、少し強く言い過ぎたかもしれん」
「……いえ、そのようなこと」
「それと」
「?」
「……粥、美味しかった。有難う」
長谷部の方を見て、薄く微笑む。長谷部は少し拍子抜けしたものの、すぐにいつも通りの凛々しい顔に戻り、喜んでいただけて何よりです、と深々と頭を下げた。そうして、盆を手にまた部屋を出た。
✱
「じゃ、この薬飲んでゆっくりしてな、もう熱も下がってるみたいだし、明日にはすっかり治ってんだろ」
薬研が粉薬を手渡し、それを水とともに喉の奥に流し込む。もう、朝感じていたような体の重さは感じない。朝までゆっくりしていれば直ぐにでも仕事に取りかかれるだろう。
「済まんな、お前にも長谷部にも迷惑をかけた」
「何言ってんだ、もっと頼ってくれていいくらいだぜ?長谷部の旦那もいつも心配してんだから」
「………そうだな」
伊織は少し困ったように眉根を寄せ、善処するよ、と笑った。
もうすっかり月が高く登っていた。体に障るから早めに寝ろよ、と薬研が部屋を出るのと同時に、長谷部が部屋を覗き込んできた。
「もう、大丈夫そうですね」
「ああ、お陰様で。仕事を手伝ってくれたんだろう、済まなかったな」
「いえ、近侍たるもの、主の不在にも対処できてこそです」
そう言って自信ありげに胸を張る。
「それは何よりだ。明日には私も仕事に復帰する。…君も今日は早めに寝ることだ。私の分の仕事までして疲れたろう」
「…はい。主も、これを機にと言うのはなんですが、無理はなさらないようお気を付けてくださいね」
「ふん、言うようになったな…分かったよ」
少し笑って、それでは失礼します、おやすみなさいませ、と言って長谷部は襖を閉めた。
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「おはよう」
「おはようございます。…もうすっかり治られたようですね」
早朝の廊下で、長谷部と伊織が鉢合わせる。昨日に比べて顔色もすっかり良くなった主を見て、長谷部はほっと胸をなで下ろす。
「君の看病のお陰かな。世話になった。もう大丈夫だ、今日も職務に励むとしよう」
「……あまり根を詰めすぎないでくださいね?主は今、一応病み上がりの身なのですから……」
心配そうに見つめる長谷部に、薄い唇で弧を描きながら答える伊織。
「心配には及ばん。……今日までは出陣の同行も控えるし、手合せも止めておくよ」
「それなら良いのですが。もし何かあれば何時でも仰ってくださいね」
「はいはい、分かったよ」
苦笑しながら執務室へと向かう主を見つめながら、その回復を喜び、静かに三、四枚ほどの花弁を散らせる背中がそこにはあった。