やっとある程度の紙束が手に入ったので、これを機に今日から日記を書くことを習慣にしようと思う。
筆記用具が墨と筆しかなかったので練習ついでにはいいんじゃないだろうか。
こんな中国のド田舎じゃ紙束を手に入れるだけでも一苦労だ。
なんせ電気ガス水道はこの村じゃ初代ポケモンにおけるミュウみたいな存在だ。どこ探したって見当たらない。
仕様がなく誕生日プレゼントに紙束を希望した。親には近年まれにみる変な顔をされてしまった。
来年までは持つだろうか。来年の誕生日プレゼントも紙束かなぁ。
私が日記を書こうと思った契機を書いておこう。
生まれた時から知るはずのないことを知っていた。
当初は混乱したり動揺したり恐怖を感じたりしてはいたが、人は慣れる生き物で3歳を過ぎた頃には自然と受け入れていた。
正確には私の周りが普通ではなく、記憶の継続なんて他と比べればちっぽけなものだと思えただけだったりもする。
さて、この現象に慣れたとはいっても何も思わないわけではない。
無い知恵絞っていろいろ考えてみたものの思いつくことなんて一つしかなかった。
どうやら私は転生というものを経験したようだ。
しかし、私が生きていた前の世界ではないのだろう。
この世界は前の世界に似てはいるが、決して同じ世界ではないと確信している。
なぜなら呪術や氣なんていう摩訶不思議なものが普通にまかり通っているのだから。
中月 国日
私の名前は
村のみんなからはフォンと呼ばれている。
名はあるが性はない。
苗字がいるほどこの村には人がいないと言った方がいいのか。
それともネーミングセンスが他と逸脱しすぎていて必要ないと言った方がいいのか。
もしかしたらどちらともかもしれない。
この地域での名付けは固有名詞なら何でもありだから困ったものである。
私の名前も日本語で訳せばパイナップルケーキである。パイナップルケーキ……女児につける名前じゃないと思う。まぁ親に直接文句は言うまい。
しかし私はまだまだいい方で村長一家の名前なんて上から、コロン、リンス、コンディショナー、シャンプーと整髪剤やら化粧品の名前で統一されている。しかも中国語表記でそっくりそのまま発音できるのだ。
こいつら絶対に中国語話す日本人だ。
村がおかしいのは何も名前だけではない。
村に住むほとんどの家族が女系家族で、しかもこの村の女性全てが生粋のバトルジャンキーだ。
力なきものは生きるに値せずと村全体で公言している。
そのこともあってか幼少期から厳しい訓練が課されることになる。
私も4歳を過ぎたころから同じ年ごろの子供たちと近くの山を走らされている。しかもwith家の手伝い。
重たい水瓶になみなみと水を入れて零さないように走らされるのだ。この村は走り屋でも量産しようというのだろうか。
今でも初めて山を走らされた時のことを覚えている。
生まれて初めて這いつくばって帰宅するという貴重な体験をさせてもらった。もちろん水瓶なんて持っていなかった。前の人生を加算してもあれが初めてのことだ。
声を絞り出すようにマイマザーに助けを求めたら、声が出る内は大丈夫だと言われそのまま放置されたっけ。
そのまま寝床に戻ることもできず玄関前で寝転がっているとお向かいさんも同じような状況で少しだけ笑えた。
しばらくすると父が私を優しく部屋に運んでくれた。見た目は厳ついが優しいパパさんだ。そのとき私は将来の夢がパパのお嫁さんになった。
そして翌朝起きたらマイマザーに何事もなかったかのように水瓶と一緒に家の外に放り出された。
将来の夢がニートに変わった。
それでもまだこれはほんの小手調べ。
明日から基礎的な集団訓練が開始される。走るのには慣らされたが明日は本番の戦闘訓練。
死なないか不安だ。この日記が遺書代わりにならないことを切に願っている。
すべて日本語で書いているが村長なら読めるに違いない。
私の住む村に名前はない。ただ周りから畏怖を込めてこう言われている。
―――女傑族と。