提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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艦娘? 知らない子ですね。




提督(笑)と妹とその曾孫

ズラリとジャンル別に並べられた本棚にある一つの書物をパラパラとめくりふと考える。

これを書いた人物は間違いなく天才いや鬼才だ。そして生まれる時代を一世紀間違えたのではないかとも思う。

 

長野 壱業(ながの かずなり)

 

日本の海軍史上最強の戦術指揮官、アメリカ海軍が最も恐れた男、戦略を戦術で覆すチート、電探水探いらず、何でも屋、etc

 

いろいろと言われた人物であり私が尊敬する人物の一人。

今の職にも彼に憧れて就いたといっても過言ではない。

そして曾祖伯父(そうそはくふ)、曽婆ちゃんのお兄さんでもある。

 

「これなんかの応用技術が今も使われているし、こっちは今なら実現可能なものだし…。本当に…」

 

なんて言う言葉を使えばいいのだろうか、軍事関係だけではなくあらゆる分野に精通している知識量の多さ。

そして日本が戦後歩むであろう将来について大まかではあるが書いてある彼の残した日記を見れば先見の明を伺うこともできる。

実際にこんな人物が約七十年前に生きていたというのが信じられないし、その血が私にも少しは入っていると思うと高揚感に似たものも覚える。

 

 

そして考えてしまうのだ。彼なら今のこの状況を打開できるのではないかと。

 

深海棲艦と呼ばれる未知の化け物。奴らが突如として現れ世界中の海から人類の進出を一掃した。

大規模反攻作戦が行われる度に多くの人の血が流れたが、無駄に終わっている。海洋国家たる日本は資源の輸入が止まりジリ貧。

食料も多くを輸入に頼っていたから一部を除き配給制。

そもそもこちらの兵器が微々たるダメージしか与えられないのだから失敗は目に見えていた。

しかし、それでもやらなければならなかったのだ。当時は完全に追い込まれていた。

 

奇しくも太平洋戦争に突入した日本と同じように…。

 

そうして負け戦を繰り返すうちに≪彼女たち≫は現れた。

 

そっと本を閉じ棚に収める、

 

「なにか…ないかと思ったけど無理か」

 

そもそも曾祖伯父のこの書斎に小さいころから出入りしていたのだ。真新しいものなどあるはずも無く、深海棲艦に何か有効な手立てがないかと一応は探してみた程度の事。

 

「流石に壱業さんでも深海棲艦ってオカルトじみた物が出現するなんて思わないよね」

 

まぁ、ないものは仕方ない。せっかく内陸のここまで来たんだし曽婆ちゃんの昔話でも聞いてゆっくりするとしよう。

縁側で桜を見ながらお茶もいい。うん、そうしよう!

 

──ピピピピ

 

 

と思った矢先に携帯端末から音が鳴る。

見れば職場からの通信である。

 

眉にしわが寄るのを自覚しつつ通話ボタンを押す。

 

 

「はい長野です」

 

『少佐、お休みの所申し訳ないですがピクシーが空間の歪みを観測しました』

 

ピクシーなんて隠語使っているが、そもそも隠語にすらなっていないじゃない。なら一層、妖精さんでいいだろうに…。

 

「そう。でもそれって軍令部が動くはずでは?」

 

そんな無体なことを考えながらも口は別の言葉を発するのだから私もなかなか優秀…組織に染まったというべきかな?

 

『はい。何時もならそうなのですが…。観測点が内陸部で少佐のご実家付近との事。対象との接触および説明と保護を。 と上からの指示であります』

 

保護というよりほぼ強制的な徴兵だと思うのだけど。

 

「はぁ、面倒くさいなぁもう」

 

年間に数名。ある条件を満たす者が突如として現れる現象が数年前から始まった。

妖精さ…n…ピクシー曰く「ヨンダラ、コタエタ」との事。

この世界を観測していた別世界の人間が、こちらの世界の妖精さんの要請に応えてやって来たということ。

よくわからないがそういうことらしい。通常は前大戦の日本にある有力な鎮守府および泊地で観測されるのだけど。

珍しいこともあるもんね。

 

『こちらからも人員を向かわせましたのでよろしくお願いします』

 

「分かりましたよ…じゃ」

 

通話ボタンを切り、脳裏に思い浮かぶ映像…。

 

呼ばれてきた人間っていうのが…個性的というか…癖のある人間というか…

条件を満たす…≪彼女たち≫を指揮する素質を持っているのは確かなのだが…短期間の士官教育の過程で潰れる事も多く、彼らの今後の扱いに関して課題にもなっていたりする。

 

そして大体が私を…いや、海軍に所属する私たち数少ない女性提督を見る目がアニメでも見ているような…好意的な視線ではあるのだけど…なんて言うか苦手だ。

 

「あっ細かい座標聞き忘れた…。まぁ近所で目立つ人間がいたら間違いなく…その人間だろう」

 

とりあえず軍服に着替えて曽婆ちゃんに声かけて出かけるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだと思ったら二度目の人生での実家の庭。

 

 

アルェェェ!? ナンデ!? ループ! ループなのか!?

 

いや待て、まだ慌てるような時間じゃない!

 

先生っ! ミック先生! 状況説明プリーズ!

 

 

──システムアップデート中……3%……

 

「……」

 

なんですと!? 今までそんな事一回もなかったじゃナイデスカーー!?

 

なんでよ! ホワイ? 落ち着け俺氏…。深呼吸だ深呼吸。あとオンリーワンの数を数えて1、2、3、ダーーー!!

 

あれ違うな…。

 

「…桜、きれいだな」

 

現実逃避気味につぶやく。

 

 

舞い散る桜。あれ庭の桜ってこんなに大きかったか? 最後に見たのは4、5カ月前だったが…。

ああ、体は大人のままか。ループじゃないのか…。

んん? なして第2種軍装なんて着てるん? 

最期の時は…、ってかしばらくは第三種軍装もしくは略衣って呼ばれてるやつ着てたんだけど…。

兼光まで腰に差して正に皆がイメージする帝国海軍士官って恰好じゃないですか。

 

「…あぁ。…あぁ…お迎えは兄様(あにさま)ですか…。おかえりなさいませ…ご苦労様でした」

 

縁側に座る老婆の姿。老婆といえど背はきちっと伸びているし、髪もフサフサに残っているのだが…、 

ポロポロと皺の刻まれた頬を流れる涙。

 

うん。ワケワカメ。俺今回の人生で婆ちゃん見たことないんだけど…。生まれる前に死んでたから…。

 

「…兄様?」

 

再び、婆ちゃんが口を開く。んん? 兄様? え? 嘘だろ? 

兄様と呼ばれるってことはこの婆ちゃんが呆けていない限り俺のことを兄だと思っているわけで、

つまりは…

 

「…文乃(ふみの)」

 

「はい兄様」

 

涙を浮かべ嬉しそうに俺を見る婆ちゃん。いや…妹…。

なんだろうか、このやるせない気持ちは。あんなに可愛かった妹が、絶対に嫁にはやらんと親父殿と協定を結んだあの可憐な乙女が…。

いや、今でも笑った時に愛嬌があるけれども…、それでも最後に見た20半ばの姿からだとショックがでかいというか…、

とぅってもとっても…。

 

「…老けたな」

 

「兄様は若返りましたね…私もそっちの世界では若い姿になれるんでしょうか?」

 

ああ、うん。どういうことだろうか? ほんまにわけわからんのだが…。

 

ミック先生!!

 

──システムアップデート中……3%……

 

お。おう。回線が重いんですかね…。どんな回線使ってるか知らんけど…。

 

「まだ時間があるのでしょうか? それなら一服してください。どうぞこちらに」

 

ああ、そうね。

ミック先生しばらく応答なさそうなんで、そうさせてもらいますわ。

兼光を外して縁側へと置き、自分も腰掛ける。

 

ええ天気やで…。

庭の桜も満開で少し小高い丘の上に建っている我が家は見晴らしもよくて、田植え前だから寂しくもあるが田園風景が広がり…

遠くに幹線道路やビル群や工場が…。

 

「……」

 

家の前を走る道を軽トラが一台…。

その対向車線をSUVが…。

 

「……はい?」

 

「どうかされましたか兄様?」

 

ものすごく懐かしい見慣れた風景とでもいえばいいのだろうか? あぁ! 平成の世を感じさせるって奴だ!

 

「今は何年だ?」

 

「…兄様。昭和は六四年で終りまして…。その今は平成という年号に変わって…」

 

まじか!? って事は元の時代に戻った!? いや待て、それだと文乃が壱業と俺を認識しているのはおかしいぞ?

壱業として未来へとタイムスリップって事なの…か。

 

「ひぃばぁ! ちょっと仕事になっちゃったから…って随分お迎えが早いわね」

 

そんな声とともに家の奥から白い軍服姿のおぜうさん。

亜麻色の髪を後ろで束ね、整った顔の造形に切れ長の緑色の瞳がとても印象的だ。

業界ではご褒美になりえる冷たさを醸し出しているかもしれないとても美人さんである。カラーコンタクトに軍服…コスプレか?

 

「あぁ百合恵。最期に会えてよかったよ。嬉しい事に兄様が迎えに来てくれたんだよ」

 

「なにいってんの? ソイツは私を迎えに…えーと、えっとあなた名前は…あれ? 旧海軍服?…あっ転移…いっ!?」

 

「ん?」

 

迎えとはなんぞや?

 

「百合恵」

 

「ちょ!? なんでひぃばぁ怒ってるの!?」

 

「正座」

 

「あ、はい」

 

問答無用で文乃が美人さんに対して説教を始めた。俺氏、置いてきぼりです。

 

「大体…貴女はね…」

 

「いや、だって…その人が」

 

「口答えしない!」

 

ああ、うん、歳とって貫禄でたんですね。口挟めるような雰囲気じゃないけど、聞きたいことあるから敢えてそこに突っ込む俺クオリティ!

空気読めない奴ともいう。こういうところが軍令部とか大本営に嫌われた理由かもしれない…笑えない。

 

「文乃。その辺にしなさい」

 

「はぁ!? うちのひぃばぁになんて口きいてんのアンタ!? 大方、自分は選ばれた人間だとか大層なこと思って増長してんだろうけど舐めんじゃないわよ! アンタの世界じゃ知らないけどね、この世界で長野を敵に回して生きていけると思わない事ね! コスプレ野郎っ!」

 

え、えええええええ!? 何でいきなりディスられるん? 俺。なんか気に障ること言った?

確かに選ばれた人間ではあるけれども…。増長なんてしてません、むしろミック先生がいなければ何もできない小物と存じております。

 

「……」

 

「百合恵…アンタこそ誰に向かって口を利いてるんだい?」

 

気のせいかな、わが妹の背後に炎が見える。

 

つまり俺に背を向けて美人さんと正座で対面しているから俺との間にファイアーウォールです。

炎の向こうの美人さんが青ざめてるんだから、わが妹は見るも恐ろしい相当いいお顔になっているんでしょう。

 

どうしたもんでしょうコレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…えっぐ…ごめんなさい」

 

 

俺の前で土下座している美人さん。

 

ほんと、どうしよコレ?

 

「頭をあげなよ」

 

ああもっと柔らかい言い方出来ないんだろうか、おっちゃん許す超許しちゃうよ! 

むしろ最初から怒ってすらいないからね! 死ぬ間際はもう少し喋れたのにな。変な設定入れやがってあのリーゼントめ。

 

「許してくれるの?」

 

その上目使いだけでも世の男は大抵のことを許す。俺が保証する。

 

「百合恵」

 

あ、せっかく泣きやんだのに…

 

「ひぃ!?」

 

「文乃」

 

妹よ…、なんでそんなに怒っているんだい? 兄ちゃん分からないよ…。

 

「兄様がいいのであればもう何も言いません」

 

いや、名前呼んだだけだけど…まぁいいか。

 

「さて、どうしたものか」

 

聞きたいことがいっぱいありすぎて…。ミック先生は相変わらずナウローディングしか言わないし…。

 

「兄様、あとどれくらい時間はありましょうか?」

 

「時間?」

 

ミック先生は全く数字動いてないし、何かやるにしてもアプデが終わるまで動けないから夜通し語ることもできちゃうよ?

俺はあんま喋らないけども…。

 

「できれば最期の挨拶を家族や知人にしたく…」

 

あ、これ、俺を死神だと思ってるパターンなんじゃ?

 

「…俺は生きてるようだぞ」

 

「え?」

 

ほら、お手手ぎゅってしてあげる。温かいだろ?

 

「文乃を迎えに来たわけじゃない」

 

…多分な。確信は持てないとこが悲しい。ミック先生はよ。

 

「え?」

 

「船で死んだと思ったら庭先にいたのだ」

 

「はい?」

 

まぁ俺でもその立場なら同じ反応すると思うけど、それしか言いようがないんだ。

 

「あ。あの」

 

「なんだ…名は…」

 

ゆりえちゃんって言ってたっけ?

 

「長野百合恵です。本当はユーリエと読むらしいですけど」

 

「独語か…良い名だ」

 

英語圏ならジュリア。ふふ、ミック先生が居なくともこれくらいは知っている。

というかWW1の敗戦でめちゃくちゃになってたドイツから失業した工員や技術者なんかとその家族を数百人移住させたからだけど。

 

「え、あ、はい。どうも」

 

「ハーフか」

 

「いえ、クォーターです。母がハーフで…」

 

なるほど。それでその髪色と瞳の色か、コスプレだと思ってゴメン。

 

「……」

 

「あ、えっと、お説教中にも散々ひぃばぁがいってましたが…その本当に壱業さんですか? いえ、疑ってるわけではなく今はお顔を拝見させていただけば数少ない写真と同じであるとも分かってはいるんですが…」

 

俺の事言ってたんだ…、ファイアーウォールで聞こえんかったわ。

えっと文乃の事を曽婆と呼んでたから文乃の曾孫で俺からするとなんて言うの? ミック先生!

 

──システムアップデート中……3%……

 

デスヨネ…! てか、どんだけ重いものアプデしてんだよ…。全然進んでないじゃん…。

 

「そうだな」

 

もっとも証明するのは難しいんだよな。身分証明書なんて持ち歩いてないし。

 

「……兼光?」

 

俺の傍らに置いている刀を見てつぶやくユーリエさん。

 

「あぁ、最期の時は無かったものだが」

 

何故か差していた刀、

家に代々伝わる家宝の日本刀。その昔、越後の軍神さんから頂いたそうだ。

あれ、俺が持っているってことは主計に頼んだ方はどうなったの?

 

「ちょっと待っててください」

 

と言って席を立ったがすぐに戻ってくる。その手には日本刀。兼光とおなじ揃えに見える。

 

「見せていただいてもよろしいですか?」

 

「…よく斬れる。気を付けなよ」

 

「存じてます」

 

そういって持ってきた刀と俺の持ってた刀を見比べている。

まぁよく見てもどっちが本物偽物って俺には分かりませんけどね!

 

「両方本物…刃紋も反りも何もかも一緒。…なるほどね」

 

「どういうことだ?」

 

「えっと…にわかに信じられないでしょうが、いろいろ説明しなくてはならない事がありますので一から話しますね」

 

「…ああ」

 

「まず、今は壱業さんの最期から70年経っています。そして深海棲艦と呼ばれる化け物に海を支配されています」

 

「……深海棲艦」

 

だと? それってまさか…

 

「ええ、見てもらったほうが早いですね…これを」

 

携帯よりは大きいけどタブレットよりは小さい端末に映像が流れている。

 

どう見てもイ級なんですが…。

 

現代→過去→艦これ世界←今ココということらしい、本当にありがとうございます。

 


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