提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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待たせたなっ!(蛇感)


提督(笑)の艦隊

時折途切れる薄い雲の隙間から満月が覗く。

 

その中、赤い海を駆ける二人の少女。

 

「どけぇぇぇっ!」

 

黒髪の三つ編みは解け、汗と血で汚れたそれを顔に張り付かせながらも時雨は叫ぶ。

 

「がああああっ!」

 

薄紅色の髪を煤と己の血で汚し、獣の様な咆哮を上げる夕立。

 

服は煤け、破れ、体の至る所に傷を負いながらも、それでも二人は止まる事無く突き進む。

燃料、弾薬そのような事、後先を考えない無謀な吶喊。

 

愚直なまでのその行動は一人の男に刻まれた呪縛に等しい。

だが、それでも二人の少女は生存の見込めない戦場を突き進む。

 

それしか戦い方を知らないかのように。

深海棲艦、重巡ネ級が放った砲撃が、彼女たちの前方に着弾し水柱が上がる。

その水柱から少女たちは飛び出し、ネ級に肉薄。それぞれ左右に分かれてほぼ零距離から砲撃。

 

爆音と鉄の擦れた様な悲鳴が響くが、振り返る事無く二人は赤い海を駆ける。

そんな戦いを何度も何度も繰り返し、身を削る。

そんな呪縛を刻んだ男が最期を共にした艦を救うために。

 

しかし、突き進めば進むほどに阻む敵は多くなり、遂に限界が訪れる。

 

とうに魚雷は打ち尽くし、身に纏う艤装も黒煙に塗れギシギシと悲鳴を上げている。

 

構える連装砲は火を噴くことなく沈黙したまま。

 

「もうっばかぁぁぁどいてよぉぉ。どいてよぉぉっ!」

 

「…また僕は…守れないの」

 

取り囲む深海棲艦。二人は無力感に苛まれる。

 

ここで終ってしまう未来に…。

 

 

 

だが、時に運命というのは思いもよらぬ出来事を起こす。

 

 

 

「五連装酸素魚雷! いっちゃってー! 連装砲ちゃんいっくよー!」

 

「全艦、長波に続け! 突撃す…って先に行くんじゃないっ島風っ!」

 

「…はぁ。仕方ない方々ですね。大淀参ります」

 

「艦隊をお守りします!」

 

敵の一角から爆発音が響き、崩れる。

 

そこから現れたのはかつて戦場を共にした戦友達。

 

「…助かったぽい?」

 

「…そういうには少し早いかな」

 

見渡せば艦種は様々だが30はいるであろう深海棲艦、多勢に無勢である。

時雨は助けに来てくれた面子を考えると、自分たちと同じように独断で金剛を追いかけて来たものだと思った。

 

だが、次の瞬間にまた深海棲艦の一角から爆発音が響き崩れる。

 

そこからは形勢逆転するまでにそれほどの時間はかからなかった。

 

救援に来たのは彼女達だけではない。

 

「提督。制圧完了しました。ええ二人とも大事には至っておりません。…はい。…そうですね依然救難信号は…。はい、わかりました」

 

大淀は誰かと通信していたのか、それが終わり時雨と夕立の前に来る。

 

「時雨さん、夕立さん、あちらでお話を聞かせていただけますか」

 

大淀の指す方向を見やる二人。

 

途切れた雲の間から満月の光が漏れる。

月光に照らされ近づく船影はシーワックス平波。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進路を調整して救難信号に向かう平波、それを守るように展開した艦娘達。

 

平波の艦内を慌しく走り回る妖精。それを横目に前を歩く大淀と長波。

前を行く二人に、時雨は複雑な表情を浮かべたまま付いて行く。

 

「あー提督、ピリついてるのか」

 

周りの妖精たちの雰囲気を見て長波は口を開く。

 

「そろそろ撤退を視野に入れている所でしょうから、その辺りを見極めているのだと思います」

 

「…考え過ぎて無茶言いださなければいいけど…」

 

特に気負った様子も無く歩く二人に、時雨も夕立も苛立ちが募る。

時雨はその辺り上手く抑えているが、

 

「まずは傷の手当てですね、その後何か召し上がった方がいいかもしれませんね」

 

平波には艦娘用の応急手当室も完備されている。

あくまで応急である。ゲームで言うところの耐久値を2~3回復させる程度の物である。

 

「そうだなー。あたしも小腹減った。二人ともお腹減ってるだろ?」

 

振り返る長波に、夕立は噛み付かんばかりの表情で、それを見て長波はギョッとする。

てっきり夕立は「ごはんっ!」と元気よく声を上げると思ったのだ。

 

「な、なんだよ?」

 

「…二人は誰かの指揮下に入った…の?」

 

掴みかからんばかりの夕立に、

 

「…夕立、駄目だよ。長波、ごめん。艤装の方に補給だけしてくれれば僕達は十分さ」

 

時雨は出来るだけ感情を押し殺して告げる。

 

「まさか再出撃するつもりですか? お二方の状態では、提督は決して許可されませんよ」

 

「なら、君達の提督に直接話させてくれないかな」

 

「まずはお話を聞かせていただきませんと」

 

「そうだぞ。ちょっと落ち着け、な? とりあえず傷の手当てしよう。うん」

 

「うるさいっ裏切り者っ!」

 

ついに我慢の限界を超えた夕立が吼える。

 

「なんだとっ!?」

 

お互いの認識のズレが歯車を狂わせる。

 

「二人とも落ち着きなさい!」

 

「大淀、無理にでも行かせてもらうよ」

 

二人と二人が睨み合う。が、すぐにそれは終わりを告げる。

 

「…そっか、そうだよな。考えてみたらあたしが二人の立場だったら同じことしてたかもな。

まぁ何でこんなところにいるのか理由がわからないけど」

 

「…そうですね。では時雨さん、夕立さん、何故この場にいたのかきちんと提督にお話してください。

そのうえで判断を仰ぎましょう。宜しいですね?」

 

「…わかったよ」

 

「…ぽい」

 

時雨、夕立の胸中では、いざとなったら無理やりにでも言う事聞かせてやる、と過激な思いを秘めていた。

 

 

戦闘指揮室の水密扉を大淀が押し開ける。

 

中央に置かれた電子海図台には定規やコンパスが転がる。

 

それを腕を組み、睨むように見ている男。

 

こちらに気づく気配すらなく熟考の様を見せている。

 

男が気付かなくても、そこに入った二人の少女は息を止め固まった。

 

一秒か、はたまた一分か、それほど長い時間では無かったにせよ、喉元から声を絞り出すまでの間、やけに心臓の鼓動が高鳴っていた。

 

「…提督?」

「…ていとく…さん?」

 

二人の上げた声にようやく、男は二人に顔を向けた。

 

「…傷の手当はどうした? 時雨、夕立」

 

その声を聞いた瞬間、二人は駆け出し、男の胸に飛び込む。

 

しがみ付き、縋り、やがて嗚咽が漏れる。

 

「「ああああああああああ」」

 

堰を切って号泣へと変わる。

 

親と逸れた幼子が、ようやく再会を果たしたかのように誰に憚る事無くボロボロと大粒の涙を零し大声をあげて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時折漏れる月明かりが浦風と榛名を照らした。

二人の姿は痛々しいものだった。服装も艤装もボロボロで、榛名の使える砲塔は既に残り一つだけという有様。

浦風も武装は同じようなものだった。

頭に乗ったトレードマークの水兵帽も青色のリボンもどこかに飛んで行ってしまい、髪は解けて白いセーラー服は血で滲んでいる。

それでも二人は幻想的なまでの美しさを醸し出していた。

ろうそくの灯が最後の瞬間に燃え上がるよう。最後の命の灯を燃え上がらせるように。

 

「榛名ねえさん。ここはうちが引き受けるけん、金剛ねえさんを」

 

「…浦風。そんなの駄目よ」

 

「ここまで来たら地獄の片道切符じゃ。ちぃと先に逝くだけじゃて」

 

一度は水平線に微かではあるがポツリポツリと砲火が見えるところまで来た。

もう少し、あと少しで追いつける距離まで来ている筈だと二人は考えていた。

 

今度こそ最期は一緒に居たかったんじゃが…と浦風は思うも、目前の敵を見るとそうも言ってられない。

せめて一隻でも多く道連れじゃ。と括っていた腹を再度括る。

 

浦風自身、初めて見る相手も多いのだがヤバさをヒシヒシと感じていた。

重巡棲姫、ル級エリート、他10隻ほどの深海棲艦の艦隊。

 

「…ごめんなさい。…ごめんなさい」

 

そうして榛名が謝りながら囲みを突破しようとした時だった。

 

深海棲艦が爆ぜた。

 

「おう景気いいな」

 

「53本の魚雷による槍衾ですか」

 

「うむ。壮観だな」

 

聞き覚えのある声に榛名と浦風は振り返る。

 

「浦風、忘れ物だぞ?」

 

二人の前に滑り込む磯風は、手に持っていた水兵帽を浦風の頭に乗せる。

 

「先に帽子をかぶせたらリボンを付け辛いじゃないですか」

 

浜風は浦風の後ろに回り、浦風の髪を結う。

 

「十七駆ふっかーっつ。これで勝つる」

 

ニカッと人好きのする笑顔を浮かべる谷風。

 

「磯風、浜風、谷風…なんでじゃ…」

 

「榛名ーっ! 撃ちますっ!」

 

さらに比叡が前に飛び出て、残敵に砲撃を叩きこむ。

 

わずか数分で決着がついた。

 

「比叡お姉さま…どうして?」

 

「救難信号出したのは榛名でしょ? あ、無線だ。…司令。ハイ二人とも無事です!

 それより早く金剛お姉さまをっ! えぇ、もっと先に居るようです。…分かりました」

 

一抹の願いを込めて発信した救難信号は確かに届いたのだった。

 

「比叡お姉さま?」

 

「さぁ、二人はあれに乗って休んでて。さぁ! 金剛お姉さま今助けに行きますからねー」

 

比叡の指さす方向にはシーワックス平波の姿。そして比叡は妹との再会もそこそこに海をかけていった。

徐々に大きくなる船影を見ながら、磯風は口を開く。

 

「ふふふ、浦風。この磯風の提督を紹介してやろう」

 

「それでは磯風だけの提督のように聞こえるのですが…」

 

「…聞いちゃいないよ」

 

「…皆、提督を見つけたんじゃね」

 

眩しそうでどこか寂しそうに漏らす浦風に

 

「ええ。浦風も会えばきっと」

 

浜風はそう答える。

 

「うちは操を立てたお人がいるけんね。浮気はしないんじゃ。でもお礼を言わんとね」

 

「……」

 

ニヤニヤと笑みだけ浮かべる谷風であった。

 

そして二人は平波に乗り込む。

 

胸中、どうにか補給してもらって再出撃できるようにという思いを秘めて…。

艦内で案内してくれた鳳翔。比叡が居たことに若干引っかかるものを感じながらも。

 

「まずは傷の手当てをしましょうか」

 

「いえ、できれば…」

 

「先にお礼させて欲しいのぅ」

 

榛名は要求を通すために自分の体でさえ売るつもりでいた。

浦風は最悪脅してしまえと白露型と同じような事を考えていた。

しかし、あの三人の提督ならそこまで悪い仕打ちにもならないのではないかと淡い期待を抱いていた。

 

鳳翔は二人に何か感じ取ったのか、そのまま戦闘指揮室に連れていく。

 

「提督。お二人が挨拶されたいそうです」

 

指揮室の扉を開けて鳳翔は提督に口を開く。

 

「お願いしますっ! どうか金剛お姉さまを救うために私に補給を」

 

鳳翔を押し退けて、床につくのではないかと思うほど頭を下げる榛名。

それに続くように浦風も「お願いじゃ!」と頭を下げる。

 

「…何故手当を先にしないのだ? 君達は」

 

二人の姿を観止め、提督は口を開く。

 

提督の声を聞き顔を上げる二人。

 

そのまま訪れる静寂。

 

二人の反応がない事に訝しみ、首を傾げようとした瞬間、血と硝煙と女性特有の甘い匂いのアンバランスが提督を襲う。

 

「…大丈夫なのか?」

 

飛び込んできた二人を抱き止め、しかめっ面をしながら問う。

 

「…榛名は…榛名は…大丈夫…じゃないです」

 

「ほんにいけずなお人じゃ」

 

 

その様子を鳳翔は穏やかに、時雨と夕立は寄り添うように見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ロシアに渡すのは第一候補を金剛型一番艦金剛とする。

 

 

 

呉を激情に身を任せ飛び出したのは何時だったか、時間の感覚も忘れただ只管に海を駆けて、

青い海は赤く変わり、深海棲艦を沈める作業をこなしていく。

 

この国に私はもう必要ないネ。

 

体に痛みなどまるで感じないのに胸の奥だけがズキズキと何かを蝕むように疼き続けている。

 

どうしてこんな痛みを感じるノ? ワタシは戦艦。

 

敵を沈めるために生まれた鋼の塊。

 

どうシテ? オカしいデス。

 

アァ前方に敵影デス。シズメなキャ。

 

 

アンナニ…イッパイ…クウボデス。カナラズ…シズメマス。

 

ホラ、シズメ。

 

表情の抜け落ちた金剛は機械的に的確に深海棲艦を撃ち沈めていく。

自身も被弾を重ねながら。

 

シズメ、ミンナ、シズメ。

 

ダレガテートク…ヲウバッタ。

 

 

第三砲塔が被弾する。大戦前、実験的に載せられた三連装砲が。

 

 

Oh、マタ被弾シマシタ。

 

テートクニモラッタ大切なソウビ…。

 

テートク? 逢いたいよテートク。

 

『少し疲れたな…。金剛、ヴァルハラまで頼むよ…』

 

 

はいワタシも疲れました。そろそろ迎えに来てくだサーイ。

 

 

 

「俺のいないところで勝手に沈むな」

 

 

 

急に視界が開けた。

 

「サァ…シズミナサイ…」

 

「誰ですカ。アナタ」

 

それまでの朦朧とした意識が覚醒した。

 

 

目の前には巨大な深海棲艦を首元の管を伝って従える角の生えた白い女。戦艦棲姫が砲口を向けていた。

 

放たれる砲弾を身を屈めて紙一重で躱す。

 

 

そこからは壮絶な砲弾の殴り合いが始まる。

 

あまりにも距離が近い為に取り巻きの深海棲艦達は手が出せず。

 

それは金剛が本能的に感じ取って掴んだ死と隣り合わせの安全地帯。

 

 

どれだけの時間がたったか、遂に終わりの時は訪れる。

 

「…勝ったネ」

 

 

顔も上げられぬほどに疲弊しながらも、勝利をつかんだのは金剛であった。

 

正に満身創痍。

 

膝から力が抜け仰向きになって水面に倒れた。

艤装はあちこちがボロボロだったが浮力を生み出すだけの力は残っていた。

 

だが、それも残りわずかな時間であろう。

 

赤い海が徐々に青く変わっていくがそれに気づく余裕すらなく、取り巻いていた深海棲艦の多くは散り散りになって逃げていく。

 

だが、満身創痍の金剛に止めを刺さんと、水母棲姫が近づいている。

 

金剛は失れゆく意識の中で、曇る空に手を伸ばす。

 

月は沈み、太陽が夜の終わりを告げる。

 

遥か彼方の水平線は色づき始めた。

 

 

 

提督、もうすぐ会えるネ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令のアホおおおおお姉さヒェェェェーッ!」

 

 

あぁ…。戦乙女というのは比叡に似てるんですネ…。

 

 

 

 

 

 

 




一話まるまるシリアスなんて無理に決まってんだろ? ( ´Д`)y-~~






チーム長野は3日目夕方時点で南鳥島まで360km位の位置。

金剛さん苺餃子たちが旅に出た日の午後一時に呉を飛び出しました。
呉から南鳥島まで2500kmとして27ノット(46.8km)で移動。燃料とか後先考えてないからね。
1日目514km 2日目1123km 3日目午後3時で748km すると2385km突っ走り南鳥島まで125km 67海里付近となる。
いつの間にか追い越してるわけです。まぁずっとそのスピードという訳にもいかんかったでしょうから島まで100海里から150海里あたりとして考えてます。
大海原で深海棲艦勢力下ではGPS使えない、通信機能も低下なら金剛と長野チームが全く同じルートをたどれるはずも無いですし、あとは艦娘さんの身長から考えて見えてる水平線は5kmほどでしょう。
ましてや長野チームは戦闘によって大分進路が逸れてます。影も形も見えるはずも無く。それぞれそれほど離れてはいないけど、ミック先生のレーダー補足外。
そして夕方五時ごろに救難信号キャッチという訳です。

長野チームが暴れて敵の大部分を誘引していたと考えれば、そこまでおかしなところ無いはずです。



で、いつからボスが泊地さんだと決めつけていたんだね? いつから奥からボスが出てこないと錯覚していたんだね?



おまけ

図鑑説明 阿賀野(苺味)

次世代の水雷戦隊の旗艦として設計&建造された阿賀野型軽巡洋艦、その長女、一番艦の阿賀野よ。
とってもとっても高性能なんだから! 
潜水艦とか潜水艦とか、あと潜水艦とかガンガン沈めちゃうんだから!

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