提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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提督(笑)と金剛と

誰かに呼ばれたような気がした。

 

それは実に唐突で、深い深い水底からキラキラと光る水面へと浮上する。

 

そんな感覚が起こった事が始まり。

 

ケンゾーカンリョー。

 

テーチャク。テーチャク。

 

 

 

深海棲艦が突如として現れ、一年と少しほど経ち、彼女は再び産声を上げることになる。

日本からアメリカ軍の撤退が終わり、それと引き換えに戦艦の長門は没した。

そして今度は艦娘としての長門となって。

 

絶望的な空気が日本に蔓延していた中、海軍関係者だけでなく多くの者がその誕生に喜んだ。

彼女は海軍の象徴だった。護国の象徴だった。希望だった。

期待を背負い生まれた彼女は、その期待に応える働きをする。

もちろん彼女の力だけではなく、多くの仲間が時同じ頃にして生まれ、目覚ましい活躍を見せた。

それでも深海棲艦は無限の如く湧き続けるような勢いで、完全に押し返す事は難しく膠着状態となった。

 

そんなある日、呉海軍工廠で新たな艦娘が産声を上げる。

 

艦娘を建造するにあたって鋼材や油、弾薬などはもちろん必要だが重要なファクターの一つとして開発資材と呼ばれるものがある。

これは艦時代の所縁な物がこれに当たる。

長門の場合は記念艦として長らく過ごした過去があり、パンフレットから船体の一部までと事欠かなかった。

それがなくとも、艦時代に所縁のある艦娘が建造に関わる事で補う事も可能だが、万全を期するならあったほうがいい。

 

今回、開発資材として使われたのは、燃え残った将旗と黒地に白字で一文字『毘』と書かれた旗。

第二艦隊の大和がZ旗や『非理法権天』と書かれた旗を掲げていた一方で、臨時艦隊旗艦に掲げられていた物である。

臨時艦隊司令の二つ名と彼の持っていた刀の逸話からあやかった物。

 

それを開発資材として使用して彼女は生まれた。今度は英国ではなく日本にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウゥー眩しいデス。

 

ココはドコ? 

 

光を遮るように手を翳す。

 

…Oh…体デース。どうなってるデスカ?

 

 

 

 

寝かされていた体を起こし、乙女は自身の体をペタペタと自身の手で触れ回る。

 

 

「…目が覚めたか?」

 

声をかけられた方を向けば一人の女性が、その様子を覗いていた。

 

「無理もない。私も最初は戸惑ったものだ」

 

苦笑い気味でそう話す黒い長髪の女性は、憂いと優しさが入り混じった瞳を乙女に向ける。

 

「…貴女は誰デスカ?」

 

「その前に自分が誰か分かるか?」

 

その問いかけに乙女の中でじんわりと広がっていく記憶。

ワタシ、ワタシは…。

英国のヴィッカース社で生まれた…。

 

「…金剛デース」

 

体に広がっていく記憶と知識と感覚に戸惑いながらも、そう口に出した。

 

「…ああ」

 

そして金剛は女性に強く抱きしめられる。

 

「…Oh…ちょっと苦しい…デース」

 

女性の胸に頭を抱かれ戸惑う金剛。

 

「…すまない」

 

金剛の言葉で女性は腕に込めた力を抜いたが、抱きしめたまま言葉を口にした。

 

「…すまない。感情ってやつはなかなか制御が難しいものなんだ。…また会えて嬉しいぞ金剛」

 

金剛の頭を抱える長門の目元には光るもの。

その様子を胸の間から顔を半分出して眺める。トクントクンと刻む鼓動を感じながら。

 

 

 

幾ばくかの時間が進み、頬を若干赤く染めて照れた様子を見せている長門は再び口を開く。

 

「すまない。改めて私は長門型一番艦の長門だ。久しぶりだな」

 

ベッドの上で身を起こしている金剛の横で椅子に座った姿勢を正しながら。

 

「…ナガト? お久しぶりデース?」

 

「…あぁ。起きたばかりだ、混乱することも多いだろう。今日はゆっくり休め。明日、起きたらまた話そう。伝えたいことが沢山あるんだ」

 

金剛の体を優しく横たえた長門は様々な感情を瞳に灯しながら微笑んだ。

その顔を見て金剛は微睡みに落ちていく。

 

 

 

 

 

就役から4年。その年も新しく何人かの新人士官が巡洋戦艦金剛に乗組員としてやって来た。

 

「…参上…推参…どっちだ?」

 

「いや、そういう事じゃない。やめろって言ってんだよ」

 

一番二番煙突の横の最上甲板。単8砲が設置されている所。

若い二人の新人士官。一人が座り込み短刀を持ち、もう一人が諫めるように。

 

「…大丈夫だ。問題ない。あと何か月かしたら高射砲に換装される」

 

「どうなっても俺は知らんからなっ! っておい! 俺の名前も彫るんじゃない!」

 

人目につかないウッドデッキ。そこには 『壱業参上』『悦蔵推参』と彫られていた。

表情が乏しいながら一仕事終えた様に、清々しそうに立ち上がる若い男。

 

その姿を見て項垂れるもう一人。

 

oh…テートクゥ…止めた方がイイヨ? この後怒られマース。あれぇ…?

この頃はテートクじゃなかったデース。

これは何デスカ? 記憶? これが夢。そうですか…。

とっても不思議な感覚デース。でも胸がポカポカしますネ。

 

 

 

様々な場面が切り貼りされたように浮かんでは消えていく。

楽しい思い出…悲しい思い出…。

 

 

 

就役から32年。最期の戦いに赴こうとしていた。

 

「…すまんな金剛。無茶させるぞ」

 

少し疲れた顔をした男は艦橋を見上げながら呟いた。

あの時、その場所で立ち上がった男の、まだわずかに残っていた幼さは完全に消え、帝国海軍軍人となっていた。

 

「長野司令」

 

呼びかけられ、一瞬にして疲れた表情を消し、戦神の仮面を被る。

 

「主計、抜錨だ」

 

Hiテートク。大丈夫デース。テートクの無茶振りにはなれたヨ。

さぁ私たちの出番ネ! Follow me! 皆さん、ついて来て下さいネー!

 

 

 

 

 

燃える炎。充満する黒煙。

今もどこかで軋み、悲鳴を上げる船体。流れ込む海水、傾斜は止まらず傾き続ける。

 

「少し疲れたな…。金剛、ヴァルハラまで頼むよ…」

 

誰もいなくなった艦橋で煙草に火をつけるテートク。

腹部を艦橋の構造物で貫かれながらも、穏やかな表情。

 

痛む体、もう立ち上がることも出来ない体を這わせながら手を伸ばす。

 

「…まか…せるネ」

 

最期にテートクを抱きしめて、暗くて冷たい水底に何もかもが溶けていく。

 

 

 

 

 

「……」

 

頬を伝う何かを感じて目を覚ます。

 

「…水?」

 

目元を拭えば手に付着するソレ。

どうしてか次から次へと止まる事無く溢れて視界が霞む。

 

「なっ!? どうした金剛」

 

驚いた顔で駆け寄って来る長門。

 

「…長門。分からないデースこれは何です? どうして…? 止まらないヨ?」

 

「…それは涙だ」

 

「oh…これが涙ですか。…ワタシは悲しいノ?」

 

知らないうちに流れ込んだ常識という情報。

そこから元に自分を分析すれば…、悲しみによって涙は流れる。という答えに行きつく。

 

「体のどこかが痛むのでないのなら…そうなのだろう。…夢を見たのか? 

艦時代の記憶が夢を見るという形で蘇る、だったか。私もこの体になったときよく見たものだ」

 

「…ハイ」

 

「そのうちに夢を見る頻度は減って来る。自分の感情ってやつも制御できるようになる」

 

「そうデス…か…。長門、日本は守れましたか?」

 

「…あぁ…あぁ」

 

「oh…」

 

またもや長門に抱きしめられ、胸に挟まれ、涙を浮かべる長門を見上げる事になる。

 

「あぁ…お前たちのおかげで守れた」

 

「…どうして長門は泣くノ? 悲しいノ?」

 

「…わからん」

 

「それは困りましたネ」

 

金剛は長門を抱きしめ返し、背中を優しく幼子をあやす様に撫で叩く。

嗚咽を漏らす長門が落ち着くまでそれは続く。

 

「…すまない。お前にはみっともないところばかり見せるな」

 

「No problemデース。嬉しいときは笑って悲しいときは泣いたらいいのデース。

また泣いちゃう時は抱きしめてあげますネー?」

 

「不覚だ。このビッグセブンの一角である長門ともあろう者が…艦娘としても私の方が早く生まれたというのにな」

 

「カンムス?」

 

「あぁそうだ。今日はたくさん話そう。体の使い方にも慣れなくてはな。

…天気もいいな。外がいいか、金剛立てるか?」

 

差し出された長門の手を握り金剛は一歩を踏み出した。

 

 

 

そして、そこから長門に色々な話を聞くことになる。

最初は少なからず、あった希望と誇り…。

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢デース。

 

 

何時からデスか、笑えなくなってしまったノ?

 

何時からデスか、悲しいのに涙を堪えるようになったノ?

 

何時からデスか、虚無感が身を包むようになったノ?

 

 

──どうしてもっと早く助けてくれなかったんだ!? もっと早く助けてくれればアイツはアイツは…。

 

ゴメンなさい。テートクはいつもこの重荷を背負ってたデース。ワタシももっと頑張るヨ

 

──なんだこの被害は!? 護衛も碌に出来んのか!

 

ゴメンなさい。次はもっと頑張るデス…。

 

──あの戦争狂の船か

 

ドーシテ? そんな事言うノー? 私頑張ったヨ?

 

──命令に従わぬ問題児振りはあの男と一緒だな。

 

ドーシテ? 被害は出なかったヨ? テートクみたいに最善を尽くしたのに…。

 

──貴様のようなものを指揮下におけるか死にたがりめっ!

 

違うデス…。皆を護ろうとしたんデス。だから、もっと強くなろうって…。

 

──ロシアに渡すのは第一候補を金剛型一番艦金剛とする。

 

…モーどうでもイイネ。

 

 

 

 

 

 

──俺のいないところで勝手に沈むな

 

 

 

 

 

 

 

テートク?

 

ぼんやりとした視界にひび割れた天井が浮かぶ。

嗅ぎなれた磯の匂いが頬を撫でる。

それでも汗ばむ体、頬に髪が張り付いて不快感を感じる。

そして風に合わせて時折、眩しい光が顔を差す。

 

oh…。死に損なったデース。

テートク、まだそっちに逝っちゃ駄目ナノ?

 

 

それがどうしようもなく悲しくて、涙が溢れ視界をさらに霞ませる。

腕で目元を抑えても止まらない、嗚咽が漏れ出す。

 

 

「~~♪~から~♪」

 

 

聞き覚えのある声と歌。

 

 

腕をどけ、滲む視界を光の差す方に向ければ、窓枠に頬杖をつく男の姿。

カーテンが時折その姿を隠すのが酷く、もどかしい。

 

それでも、あぁ、なんだ…、

 

ここはヴァルハラだったデース。

 

軋む体を起こして手を伸ばす。

 

力を振り絞って引っ張れば…ほら、

 

「むぐっ!?」

 

一番逢いたかった人が胸の中デース。

 

「…テートクゥやっと逢えたデス」

 

嬉しいのに涙が溢れてきマス。おかしいネー。

 

強く抱きしめ、その存在を改めて確認する度に嬉しい気持ちが暴れだす。

それにもかかわらず涙が次から次へと頬を伝い、顎を伝い、零れ落ちてしまう。

そして抱きしめた人物も暴れだす。

 

「oh…sorry。苦しかったですネ」

 

抱きしめる力を緩めるも、離すことはしない。

何時ぞやに長門が金剛を抱きしめたように、提督と呼ばれた男は柔らかに包まれる双丘の間から顔をのぞかせる。

 

「ふぁぁあえ」

 

「うぅ…テートクくすぐったいデース」

 

もごもごと胸元で口を動かす提督の吐息と唇が直に肌に触れ、金剛は泣き笑う。

 

「ふぁ・あ・えっ」

 

金剛はもう一度同じ感覚を味わい力が緩む、その隙に提督は一気に金剛の拘束から逃れ…

 

「食らいついたら離さないネ!」

 

られなかった。

 

胸にしがみ付かれ再び、ベッドへと倒れ込む。

背中に回された腕、強く抱きしめられ、逃れることを諦めた。

傍から見ればヤバい状態だろうなとは思いつつもさっきの状態よりは幾分マシかと思えたのだ。

金剛がぐりぐりと頭を擦り付けているが、そのままされるがまま。

目はあらぬ方向を向き、非常に鋭くなっている。

 

金剛は金剛で急に動きを止める。提督の腹部が視界に映り急に怖くなり始めた。

自分の構造物が提督を貫き、死に至らしめた事実を思い出したことによって。

 

「テートクゥ…怒ってマス…か?」

 

そしてテートクから流れ込んでくる感情によって。

顔を上げ、提督の顔を見ることが出来ないほどに恐怖する。

 

「…そうだな。あんな無茶をしたことに対して思うところはある」

 

氷の塊が背中をすべるように急激に体温が下がる。

なんとか謝罪の言葉を絞り出そうとするが、その前に提督はさらに続ける。

 

「…が、それ以上にお前に要らぬ重荷を背負わせた自分に対して怒りを覚えた。

…すまない」

 

そっと優しく抱きしめられ、色んな感情が湧き出してまた涙が溢れだす。

 

「…よく頑張った」

 

一番言って欲しかった相手のその言葉に様々な思いが決壊した。

 

「デェドグゥゥゥ」

 

金剛は提督を強く強く抱きしめて泣いて泣いて泣き疲れて眠った。

眠る直前、

 

「スウィートホームが殺風景過ぎます。後でリフォームデース」

 

という言葉を残して…。

 

「…どういう意味だ?」

 

提督もその言葉に首を傾げるが意味は分からず。

拘束されて抱き合うような形になっている状態では眠るほかする事が無く、

連日の徹夜続きと気を張っていた影響もあり、金剛に続いて提督も眠りにつくのであった。

 

 

 

 

「お、お、お姉さまあああ!? し、司令どういう事ですか!?」

 

眠っている二人を見つけたある艦娘が、提督の服を掴み、グラグラと揺らし始める。

 

「比叡…? 今はおよびじゃねぇデェス」

 

微睡みの中寝ぼけながら口を開いた最愛の姉の言葉に、

 

「そ、そんなぁ!?」

 

崩れ落ちる航空戦艦の姿があった。

 

 




すまぬ。
地球一周半させられてました。

提督の皆さんは潜水艦のイーサンとドラゴントゥープレックスが得意そうな駆逐艦はお出迎え出来たでしょうか?
…うちの鎮守府は来なかったデス。


おまけ

図鑑説明 天津風(苺味)

陽炎型駆逐艦九番艦の天津風です。
次世代の艦隊型駆逐艦のための新型高温高圧缶のテストベッドを務めたのよ。
データはしっかりとって、島風に渡したわ。
幾多のピンチも頑張って乗り越えて最後は置いて行かれちゃったけど。頑張ったんだから!

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