何を言ってるのかわからない。
季節は八月。日本列島を太陽が焼き尽くさんとばかりに日中は陽射しを送り続ける頃。
エアコンの効いた薄暗い部屋で駆逐艦、秋雲は机に突っ伏していた。
栗毛に近い茶色の少しクセのある長髪はボサボサに、いつもは黒いリボンで束ねてポニーテールにしているがそれも解けている。
オリーブ色の瞳の下にくっきりと隈が浮かび、机と床に栄養ドリンクが散乱している。
「終わった~~~」
魂が抜けるように唸る秋雲。とある企業からの仕事が、たった今メール送信ボタンを押したことで遂に終わりを迎えたのだ。これで連日送られてきた「進捗どうですか?」メールを見なくて済む。
だが、彼女の戦いは終わらない。重い頭を少し上げ、机に積まれている裸婦画もといラフスケッチの山を見つめる。いや、三割か四割はペン入れが終わっている。
そもそも夏の一大決戦において万全を期すために梅雨の季節から従順に順調に多くの任務をこなしてきたのだ。
そして掴みとった長期休暇。早期入稿割引だって夢じゃなかった。それなのに…。
「おのれ…皇国ファクトリー…」
簡単に「CGの追加お願いします。報酬は上乗せしますから~(ドルマーク)」とメール送りつけてきた。
当初の仕事量の倍も押し付けよってー!
連日の夜戦(原稿の締切的な意味で)は人間より強靭な体を持つ艦娘だとしても堪えるのか、変なテンションで怨嗟の叫びを上げた。…心の中で。
大きな声すら上げる気力も失われているから。
こうなれば締切まで援軍(アシスタント的な意味で)を…。と言いたいところだが、同駆逐隊の夕雲にも巻雲にも風雲にも、にべも無く断られていた。
「秋雲さんは死にたがりさんなんですね」
と夕雲には哀れみに満ちた瞳で言われ、
「秋雲はアホです」
と巻雲には呆れられ、
「いやー、内容が、ね?」
と風雲には目を逸らされた。
何故だ? と秋雲は思う。これを閃いた時、天啓を受けたに等しい衝撃を自分は受けたというのに。
『君が為にできること』略して『キミタメ』は男性読者も多いことで知られる少女漫画。現代女子高生が太平洋戦争直前にタイムスリップしてそこで出会った長野壱業とのラブロマンスを描いたもの。今、七巻まで出ている人気作。
『太平洋戦姫 ~桜花のワルキューレ~』はある国の海軍軍人をモチーフにTS化した。戦略・恋愛シミュレーションゲーム。(製作には一部、自分も関わっている)その登場キャラの一人長野苺。
『長野』×『長野』
という最強のカップリング。勝てる! 秋雲はそう確信した。なのに周りの反応は素っ気ないもので、コレほど連夜の夜戦に苦しめられているのに誰も手伝ってくれないのだ。後期陽炎型、改陽炎型と名前の括りは何種類かあるが秋雲はその中でも自分は特別だと言う自負があった。陽炎型では唯一のフィンスタビライザーが取り付けられた艦なのである。夕雲型は夕雲と末妹の妙風に取り付けられている。日本で開発されたその技術。周りの理解が得られなく、あわや英国に特許売却される寸前、長野が買い取ったという経緯を持つ。約十五年、知識と改良を積み重ね、ようやく帝国海軍で陽の目に当たる。根本的に工業力が足りず劇的に何か変わるというものではないが、荒天時に確かに他の艦より安定した走りを見せた。それでも今一つ国内では評価を得られず。しかし、現代では当たり前に使われている技術である。
そんな技術が使われた自分は特別と秋雲が思うのも理解できただろうか。
そして秋雲は名誉回復させる一助となればと今回の件を思い付いたのだった。
「…あと14ページ」
と呟き、栄養ドリンクの蓋を取った。彼女の夜戦はまだ続く…。
「む?」
なんかものすごく不穏な気配を感じた気がする。
ここはライバック氏のシーワックス航海用艦橋。
俺、ユーリエちゃんとライバック氏の三人。あとは妖精さんが、操舵してたり双眼鏡覗いていたり、羅針盤回してたり…。ねぇ、羅針盤は回すものじゃないよ。それ回して変な方向行かないか? と今、一抹の不安を覚えたところです。本土の方へ南鳥島解放の件で報告に向かってるところ。
本土に向かう人員はまたもや、大いに揉めた。まず、徳田くんチームにまた留守番をお願いすることに。
出来れば、金剛をはじめとした今回の暴走組には待機して貰いたいのだか、全く首を縦に降らず。
お艦と天龍ちゃん、龍田さんとコマちゃんが渋々と言った感じで引き下がってくれた。
「帰ってこないと許さないんだから~」
と龍田さんに目が笑ってない笑顔を向けられましたわ。
あとは逆に帰らないと言い張って父島に残った龍鳳。
お艦の代わりに教官役を引き受けたはずで「士官学校はいいのか? 」と聞けば、今代わりに誰か来てるから問題ないとのこと。大将によろしく伝えてと言われた。
霞ママとキヨシ殿も仕方ないって残ってくれた。
お土産いっぱい買ってくるから。
後は全員ついてきた。龍驤も残ってもって言ってたんだけど、本土までは飛龍、蒼龍がいるけど帰りの方の空がって訳。
「あー、そのー、長野提督」
躊躇いがちに俺に話しかけるのはライバック氏。
「ふむ? もっと気楽に話してくれてかまわない」
ライバック氏先任でしょ。それに同じ艦これを愛する提督として、いつかのチャットみたいなノリでもいいんだけどな。あーハッキングはやめてほしいけど。
「あー、いやー、ちょっと難しいかなって」
チラッとユーリエちゃんのほう見たようだけど…。大丈夫か? 美人さんに免疫がないのか…艦娘に囲まれててそれは無いな。ユーリエちゃんはニコニコしている。
「お嬢様が怖いんだけど…。あといくらブラック企業の社畜やってた俺だったとしても『世界四大提督』の一人なリアル英雄にタメ口聞けるほど神経太くないんだけどね…」
独り言のつもりなのかい? 全部聞こえてますがな。
いや、それよりちょっと待とうか。不思議な感覚がするんだが?
「後上提督。世界四大提督について詳しく」
おーっとユーリエちゃんが食いついた。
世界四大? 三大だろ。それに世界三大○○とか日本特有じゃない? あんまり当てにしちゃダメ。美人に小野小町がいるんやぞ…。って違うんだ。そんなことはどうでもいいんだ。俺が気になるのはそこじゃない。
「えっ? 聞こえてました? マジかよ…」
「後上提督」
ユーリエちゃんそんなに食いつかなくても…。
「えっと詳しくと言われても。ネルソン、ジョン・ポール・ジョーンズ、東郷平八郎とそちらの長野提督と言われてまして」
「なるほど!」
なるほどじゃない…。
誰だよそんなこと言い出したの?
「…後上提督」
信じたくないが、もしかして…。
「はい」
「私は君のもといた世界で有名なのか?」
俺の存在が認識されてる…?
「あー、そっか。この世界との差異ってやつだ。俺の…私の世界だと貴方は二階級特進で海軍大将になられてます。元帥号も検討されてました」
これは、ライバック氏たちも歴史をちょっくら変えた世界の人ということか。
──そのようですね。
ガッデムッ! いや、諦めるにはまだ早い。
実は俺、転生者なんだ。嘘だろお前wwwという流れを作って気軽に弄ってもらえるポジションを確立できるハズだ。それにはネットスラングが使える例のチャットか。
「えー、話を戻しても?」
そうだな。考えるべきは今それじゃないな。
「…ああ」
「私、英語の物はまぁ何とか読めるんですが、他のはちょっと…というか、トップシークレットって文字が…」
大丈夫ライバック氏。それが分かれば問題ない。
「問題ない」
ロシア語のブツも中国語のブツもおおよその内容変わらないから。
「こういう時、大国の力を感じますね。日本には出来ないですよ。こんな事」
ユーリエちゃんは微妙な顔でそう言う。
まぁ確かにね。国土のでかい国にしか出来んわ。
人類が、深海棲艦が現れたとき、ただただ傍観していたわけじゃない。ありとあらゆる想定と手段を講じるというのは自明の理と言える。彼を知り、己を知りと孫さんも書いている。兵法の常識に沿って考えても間違っていない。
各国の作戦名、細部の違いあれど、この国の言葉で一言で説明するなら『深海棲艦捕獲作戦』だ。
どれだけの犠牲を払ったかは置いておくとして、これによって得られた情報。それを纏めたものが今、手元に。
トップシークレットとか書いてもあるが、そこは気にしてはいけない。
要約すると内陸部に引摺り込めば深海棲艦を打倒しうる。ということと、深海棲艦を制御できないかという実験のアレコレが書いてある。
「…四方を海に囲まれている日本じゃ無理な話ですよ。大体、ここに至るまでどれ程の犠牲を払ってるのか」
纏められたブツを読んで微妙な顔するのは分かる。
しかし、だ。
艦娘という存在が日本と同時に各国に現れたとして、はい、そうですか。と受け入れられるか? ましてや軍需産業体が幅を効かせているアメリカとロシア。地下資源も豊富にあり、軍隊も強力となれば、よくわからない存在の艦娘に頼るという選択肢は順位が低いだろう。
中国はそれしか選択肢がなかったのかもしれない。
中国…当時は中華民国で活躍した軍艦…思い付くか?
戦艦、空母、重巡に関してはゼロ。その他艦艇も日中戦争でほとんど日本にぶん取られている。WW2中は海岸線は抑えられて船を造ることはできなかったし。艦娘が生まれる下地が薄い。生まれてもめっちゃ少数? グラーフの件もあるから建造中止艦、未成艦が出てくる可能性もあるけども…。
逆に日本がすぐに艦娘受け入れ体制を整えられたのが驚き。追い詰められて藁にも縋る。だったのかもしれないけど。
さて、問題は、だ。何故この資料を手に入れたか。
昨日のビーチパーティーの時に妖精さんが渡してきた首輪。これ、もともと呉鎮守府の妖精さん達によって作られた物らしい。ライバック氏は呉の所属。これ見た時に「何でソレが?」と漏らした夕食時。まぁ、首輪争奪じゃんけん大会が盛大に開かれてたからね。目についた訳だ。そして判明する首輪の機能。
・着けた提督にしか外せない。
・ちょっと艦娘さん容量を圧縮できる。
具体的には駆逐艦娘三人につけると駆逐艦一人分の容量が空くくらい。俺の場合、戦前戦中の関わりによって違いがあるから一概には言えないのだけど。
で、妖精さんの言ってた「やめて…私に命令する気でしょう? エロ同人みたいにっ!」 機能はどこぞへ?
ライバック氏はそんな機能は聞いたことないとの事。
そもそも艦娘指揮下に置く容量一杯になる提督が、今までいなかった…訳ではないが、それで問題なくできていたので倉庫で埃をかぶる一品になったそうな。
何人かの提督さんはそれでも欲しがってた。という情報と何故か大和は一つ持っていると教えてくれた。気持ちは分かるのでそこは深くは追及しません。大和に関しては触れない。そういう趣味なんだろ多分。
ただ、何でこんなもん作ろうと思ったのかな? と気になった。
別に長波様に「あ、あたしの名前は、な、波平だ。くっ殺せ」と言わせたかった訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!
──最低ですね。
気になった俺は情緒不安定体に何か分かる? と聞いた。
そしたら大国の機密情報を引っかけてきた。
──訂正を求めます。
ヨッ! ミック先生世界一!
中露から深海棲艦の制御実験の一部情報を得ていた奴がいる。成功例はないのだが、それを使って自由自在に艦娘を操ろうって考えたみたい。憶測だけど艦娘を従えて亡命とその後の地位を確保ってところだろうか。
妖精さんはな、善悪の区別無さそうだし、食い物とかで釣られそうだからな~。そして失敗作の首輪が出来たという訳だ。副産物で容量がちょっと圧縮できる機能がついて。
「細倉か…」
こいつ俺の中で断トツの処すリストトップを飾ってる。
どうしてくれようか。
「壱業さん。説明して頂けますか? この資料と細倉中将? の事でしょうか?」
いかんな。一人で考えては。まず二人の意見を聞いてからにしよう。でも絶対に潰す。
「昨日の首輪の件で思うところがあった。そして調べるうちにこの資料に行き着いた」
「…エェ」
ライバック氏なんでドン引きしてんの?
ドン引きするのはこの先だぞ。
「この首輪の作られた経緯を話す。多少、私の憶測も入っているが、そこは了承して貰いたい」
「…以上だ」
話を聞き終えたライバックは自分がどんな表情をしているのかわからなかった。
まず、そもそも他国の機密情報と思われるものを何の前触れもなく読んでくれと渡さないで欲しい。と。
しかも三ヵ国分。英語しか分からないから。
中国語は表題のところに『絶密』と判が押されてたのは分かった。ロシア語に関してはさっぱり。でも、機密情報なんでしょ? どうせ。
大体、ちょっと気になったで国家機密探れるか? 普通。
いや、普通じゃなかった…。
父島に着任した頃には電脳戦出来てましたね。戦時中もサタデーゴシップとかパパラッチしてましたもんね。
他国の会談内容とかも正確に掴んでましたね。
『長野からは逃げられない』を地で行く…というか、本人でした。アァ、なんだこれが普通なんだ。
じゃあ、驚く俺がおかしいんだ。…なるほど。
そして何でもアリだわこの人と受け入れたライバックだった。
「ファ!? テーキアツセッキン」
双眼鏡を覗く妖精さんが叫ぶ。
とライバックは正気を取り戻した。
気象情報ではそんな予兆なかった筈。
何時の間にか目の前にまで迫るそれはまるで大型の台風だ。
「総員、警戒を厳にっ!」
ライバックは無線で叫ぶ。
吹き付ける強風が船体を煽る。
先程までの青空が嘘のように急激に変わる天候。
『こちら平波の夕張っ! 曳航ロープが切れそうです!』
大粒の雨が視界を遮り平波の姿は見えなくなった。
閃光。
稲光が一瞬、艦影を写し出した。
『…嘘だろ。あれは…アタシ…か?』
無線から愕然とした長波の声が響いた。
多分、艦これで秋雲先生の背負う艤装には尾ヒレのようなものが描かれてる。 秋雲先生は本家艦これ同様に夕雲型制服。
理由として史実の誤解同様に夕雲型と一緒の駆逐隊と名前。秋雲、夕雲がスタビライザーの実験艦であったってことで同型と思われた。なんて理由でいいんジャマイカ? コロンビア
あと主人公の艦娘知識は2016春までね。
おまけ
図鑑説明 陸奥(苺味)
長門型戦艦の2番艦として生まれた陸奥よ。
もちろん、世界のビッグ7の一艦になるわね。
長門と共に最後の日まで戦い抜いたわ。
大口径41㎝砲の長距離砲撃にはちょっと自信があるのよ。私と火遊び? 怖いお兄さんが来ても知らないわよ。