提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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…。


提督(笑)と桜

東京(市ヶ谷) 統合参謀本部 海軍部

 

「張本人がこないとは何事かね」

 

「この戦闘詳報では話になりませんよ」

 

「国民だけではなく、世界が注目しているという事を理解しているのか!」

 

後上雷蔵、長野百合恵、両提督は顔と名前が一致しない上官達の威圧的な態度に辟易しながら、無難な返事を返し、この場をただやり過ごし、時が過ぎるのをじっと耐えていた。ただ柳本海軍司令長官をはじめとした名前と顔が一致しているお歴々は困惑と何かが入り雑じった表情をしているように伺えた。

 

「戦場をはじめて知った民間人上がりが怖気づいて震えている…。そう言う事なのだろう? 何故庇う必要がある?」

 

誰かのその言葉にピキッという音を聞いた後上提督。

 

「あ゛?」

 

美人が出してはいけないドスの効いた声が響くと同時に柳本海軍司令長官が慌てて声を上げた。

 

「皆、冷静にっ! …ほんとにお願い! 落ち着いて!」

 

と今までここにいる多くの者が聞いたことのない威厳のない切実な叫びが響いたことで柳本に注目が集まった。

 

「本人が体調不良では仕方ない。戦闘詳報も一人しか居なかったのだから、不明瞭な事があったのも仕方ない。

シーワックスのデータ抜き取り作業も進めている。そんなに問題ではない。一旦、休憩としよう。はい休憩」

 

やたら早口で統合参謀本部議長が、強引に打ち切った。

退出を促され、会議室を出る後上提督と百合恵提督。

 

 

肩を怒らせながら歩く百合恵提督の一歩…三歩から四歩下がり後に続く後上提督。

 

 

 

 

「ああぁぁーーっ!」

 

「頭皮が痛むからやめなさい」

 

控え室に着き、髪を掻き毟る百合恵にその部屋に控えていた指揮下の陸奥が困り顔で宥める。

 

「長門、様子は?」

 

後上提督の問い。何がとは聞かない。この控え室には多くの女性、艦娘達も詰めていた。扉一枚隔てた隣を気にして動かない。

 

「…相変わらずだな。食事も水も摂らず…誰も近づけようとしない」

 

長門はため息を吐き、扉に目を向けた。

扉の向こうには長野壱業。指揮下の艦娘達は普段の騒がしさは鳴りを潜めて、俯いて途方にくれた様子であった。

 

「刀は?」

 

「取り上げようとしたのだが…これだ」

 

長門の掌にうっすらと赤い線が入っている。

 

「提督よ。どこへ行くつもりだ?」

 

無言で扉の方へ歩いていく後上提督の肩を長門は掴む。

 

「…ぶん殴ってくる」

 

「気持ちは嬉しいがな…死ぬぞ?」

 

「後上提督、長門さん、ごめんなさい」

 

と百合恵が頭を下げた。

 

「いや、貴女に謝られてもね…。はぁー、ほんとに英雄ってのは厄介だ」

 

後上提督は肩を落とし近くのソファーに腰を下ろした。

 

しばし、沈黙が場を支配した後、

 

 

「あれは一体何だったんでしょうか?」

 

部屋の隅で静かに佇んでいた青葉が呟いた。

こうなった原因。まだ1日も経っていない出来事。

 

「…見たまんまやろ」

 

天井を見つめて、そう返す龍驤。

 

本土までの航海中に突如、出現した嵐。

遭遇した面々以外には一切観測されていなかった其れ。

 

「…良かったの…かな? 本当にあれで…」

 

百合恵も天井を見つめながら先の出来事を思い返す。

夢か幻か、ここにいる全員が同じ光景を目の当たりにして今なお、現実世離れした白昼夢だったのではないかとすら疑ってしまう。

嵐の中で目前を通過していく艦隊はこの国が大日本帝国と呼ばれていた時代の軍艦たちだった。

 

「良かったのよ。貴女は間違ってないわ提督」

 

陸奥は優しく百合恵にそう返した。

 

「…でも、 間違ってませんか? 必死になってこの国を護って、より良い未来をと願って…そんな人にまた国を守らせるなんて…。本人があんなにも強く願った叫びを無視するように止めてしまいました。あの艦隊は壱業さんを迎えに来たんじゃないって言い切れますか?」

 

「…なら、あのまま逝かせれば良かったと言うのか?」

 

腕を組み百合恵を睨む長門。

 

「…それでも良かったのではないかと思えます」

 

艦隊が姿を表したとき、壱業は甲板に飛び出し、それが何かとわかると荒れ狂う波に迷わず飛び込んだ。

溺れるか、はたまた何かしらの艦に辿り着けたかは今となっては分からない。後上提督、百合恵提督の命令を受け、長門と陸奥によって羽交い締めにされ、シーワックスに戻されたのだから。何度も離せと怒鳴られもしたが自身の提督の命令ではないので、これを拒否したのだった。

 

「我々、艦娘と言う立場の否定だそれは」

 

「…え?」

 

「我々が好きでこの世に生まれてきたとでも思ってるのか? 」

 

それは独白。長門が秘めていた心の内。

 

「ずっと見続けて来たんだ私は。あの戦いが終わった後もな。再び戦場に赴いた事もあったが、港から移ろいゆく季節と街並みを、海軍の誉れ、象徴として、唯唯じっと。そうして何時の間にか艦齢九〇年余り経った頃に奴らが現れた。出撃を見送る度、戻ってこない艦が増え、万策尽きたか、私の出番まで回ってきた。かつて敵だった友軍の撤退支援だ。現代の艦とは装甲の厚さが違ったのだろうな。奴等の攻撃を何発も耐え、撤退を完了させることができた。そして私は沈んだのだ。正直、ホッとしたよ。あぁ、やっと荷を降ろす事ができるのだな。とな」

 

誰もが黙って長門の話を聞いている。

 

「それがどうだ? こうして艦娘になって甦った。そのまま海の底で眠りにつくことも許されず、また砲火の海へ身を晒す事になったのだ。私と思いを同じにする艦娘がどれ程いるだろうか。…だから、お前の言っている事は我々の否定だ。辛いのはあの方だけではない。それでも戦うんだ。誰彼の望んだ声に応えるために希望であれと。託されたものを護るために。歯を食いしばって生きるのだ」

 

艦に心あり 余の乗艦を喜べば、余は彼女の健在と今日迄の奮闘を謝するものなり

 

そう彼女は今、心を持ち体を持ち、労いの言葉をかけてくれる提督がいる。

 

「…長門は強いデスネ。でもね、私にはテートクだけなんダヨ? そのテートクが私を拒絶したんダヨ。生きる意味なんてもう無いよ」

 

俯いたまま金剛はそう漏らした。

 

誰もが望んで手を伸ばした筈の何か。歩んできた道は同じだった筈なのに行き着いた場所はそれぞれ違う場所。光の下を歩んだ者がいれば日陰を歩んだ者がいた。

誰が悪いわけでもなく、正しいというわけでもない。

 

「なっ!? 何と言うことを言うのだ!」

 

「私はさー。…もう何もなくなっちゃったヨ」

 

「そんな事あるかっ!」

 

長門の感情的な声が部屋に響き渡る。

 

「そうやな…。何もないなんて事あらへん。でもな長門さん。提督に拒絶されるちゅーのは大分堪えるで。ウチかて胸が張り裂けそうなんや、他の連中の胸中も察したってや」

 

拒絶の言葉を発した人物が違えば、或いはもう少し違う結果があったのかもしれない。

 

「…提督さんを守ってあげてって、吉川艦長にお願いされたの。でも提督さんが…ぅっ…聞いてくれないっぽい」

 

嵐の中でそれぞれが託された想い。

 

それを告げて返ってきたのは、突き放す冷たい言葉と双眸であった。

 

何時の日か百合恵の危惧していた事態が予想だにしない形で訪れた。

扉は固く閉ざされたまま時間だけが過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冴え渡る刃に映る冴えない自身の顔。

 

いっそ首筋に当てて切り落としてしまえ、

 

何を躊躇う事があろうか。

 

何故、今なお生き恥を晒らす愚者であろうとするのか、

 

さぁ、今度こそ切り落としてしまえ、

 

それでも脳裏にちらつく彼奴らの顔が、鳴き縋る子犬の様な女たちの顔が邪魔をする。

 

これで何度目になるのか鞘に納めるのは。

 

俺を迎えに来たのではないのか…。

いや、怨嗟をぶつけ地獄に落とすのではないのか。

 

榛名、大淀、時雨、夕立、時津風、浦風、長波、山城、衣笠、龍驤、朝潮、島風。

 

お前たちは何故、姿を表したのか。

 

『提督、預けた命は役にたったのかな? と艦長がおっしゃってました』

 

『本物の戦神にお参りしといてやると牟田口艦長が』

 

『提督さんを守ってあげてって吉川艦長が…』

 

『ドサ回りは懲りごりだ。先にゆっくり休むって言っとたで』

 

『パパ、あのね、あれは狸だったって…』

 

馬鹿馬鹿しい。そんな言葉を彼奴らが言うわけない。

目の前で死んでいった桜達の声が、そんなものであっていい筈がないのだ。何故、艦娘を通す必要があるのか。

 

お前達の犠牲の上に尚も生きている俺はなんなのだ。

 

なぁ、俺は十分に生きたよ。

 

まだ、この世に留まらなくてはならないのか。

 

まだ歩き続けなくちゃいけないのか。

 

俺なんかいなくても艦娘達がいるんだ。

 

きっと何とかなる。

 

そうだ、隣に皆がいるから躊躇いが生じるんだ。

 

文乃…、兄ちゃん約束破ってしまうけど許してくれよ。

 

兄ちゃんな、もう何だか疲れてしまったよ。

 

ひっそりと一人で逝こう。

 

ほら、誰にも見つからず窓から出よう。

 

──旧大本営地下通路までの案内を開始します。

 

──次の角を10秒後に左。

 

──鉄格子の扉を解錠 パスワードはKWMKMT

 

──そのまま通路を直進で新宿御苑です。

 

──そこからバスに乗り…

 

脳内に響く声に従い、行動。

 

これでようやく……

 

 

 

……謀ったなっ! 貴様っ!

 

何がどうして靖国の桜に行き着く?

 

──案内を終了します。お疲れ様でした。

 

お前はカーナビかっ! クソッ!

 

気がつけば神門を抜け、能楽堂の前で桜の木を眺めている。この季節に桜花が咲いていれば狂い咲きも良いところ。青々とした葉の隙間から夏の日差しが岩畳を焼いている。

白い制服姿の俺は目立つこと、この上ない。

視線を避けてひっそりと木陰に設置されたベンチに腰かける。

 

参拝なんてできるかよ…。

 

結局、思考は嵐の中にいた艦の事ばかりだ。

榛名以下、最期を共にした艦と乗員達の顔。

他は目の前で沈んでいった同期の艦長や司令の旗艦。

衣笠は第三次ソロモン海戦で五十鈴の後ろについていて沈んだ。龍驤と朝潮はダンビール…ビスマルク海戦で沈んだ。山城はレイテで合流後に敵の追撃を食い止める為に…。島風はその後の輸送作戦中だ。そして坊ノ岬沖。

 

もう誰もいなくなってしまった未来で、俺は今もこうして生きている。

 

なぁ、俺は何かお前たちに報える事が出来たのかな?

 

「隣、よろしいですかな?」

 

着物姿の老人が杖をついてこちらを伺っている。

 

「……」

 

無言で頷けば、隣に座る老人。

 

「…仲間を亡くされましたか?」

 

海軍服着て靖国神社で黄昏てる奴を見れば普通はそう思うか。

 

「…えぇ」

 

多分、深海棲艦との戦いでと思っているのだろうが…。

 

「至誠に悖る勿かりしか、言行に恥づる勿かりしか、

気力に缺る勿かりしか、努力に憾み勿かりしか、不精に亘る勿かりしか」

 

「…五省か」

 

真剣に取り組んだか?

最初はどこか遊び感覚な部分があった。

言葉と行動に責任もてたか?

色々とブレブレだった。

精神力は十分か?

平和な時代の小市民に大した精神力あるわけないだろ。

努力したか?

どれだけ頑張っても手を伸ばした理想には届かなかったよ。

十分に取り組んだか?

そんな悠長な時間はなかったんだ。

 

「今でも時々、自分へ問いかけておりますわ 」

 

「…海軍に居られたのか?」

 

五省を知るという事は、そういう事だろう。

ミリオタや戦史研究家とかそういう線もないとはいえないが。

 

「遠い昔の話だがね」

 

時代の流れを感じさせる皺が多い顔の細めた瞳には、果たしてこの景色がどう映っているのだろうか。

 

「お若いの。老い先短き老い耄れの話を聞いてくれんかな」

 

「…構わない」

 

自分とは何か見ている景色が異なっているんじゃないかと、そんな風に思えたからこの老人の話を聞いてみたかったのかもしれない。

 

「そうか、ありがとう。…私も嘗ては海軍軍人だった。私が江田島の学校を卒業した昭和十九年頃には大分戦局が悪くてね。日本じゃ油がなくてまともに訓練ができず、卒業後は『大和』に乗ってリンガ泊地に行ってそこで『能代』で訓練の日々だった。初めての実戦はレイテ沖海戦だったよ。同期生達がそれぞれ振り分け配属され私は『榛名』だった」

 

昭和十九年(1944年)という事は73期生か。

史実だと回天に配属される者が多かった年代。

多少、歴史の流れが変わっていたから開発と配備が遅れていた筈だ。それでも一期下、二期下に繰り下がっている位だろう。それにしても、

 

「…榛名」

 

に乗っていたのか。

 

「そう金剛と共に行動していた武勲艦さ。…もっと驚いてくれても良いところだよ?」

 

いたずらに笑う老人。

…十分に驚いている。

何故なら榛名は爆沈…いや、あれは水蒸気爆発だったか、とにかく生き残りがいることが…違う。この老人は73期生なら当時、二十歳位だ。

 

「異動させた若手…」

 

「…知っていらしたか。だから、今もこうして生きているんだがね。初めは恨んだものだよ。何故連れていってくれなかったのか、とね。さっきは五省を偉そうに語ったけど、今もまだこの歳になっても自問自答の日々だ」

 

そう言って老人は懐から一冊の古惚けた本を取り出した。『Twenty Thousand Leagues Under the Sea』

空想科学小説の先駆けと言われるもの。

 

「戦争が終わってしばらくは荒れた生活だった。私は子供だったのだろうね。癇癪を起こしていただけだった。だけど私と同じように酒を飲んで暴れている連中の中には元の生活に戻れない。馴染めないって連中がいることがわかったんだよ。戦争っていうのは人を変えてしまうんだ。そう思ったら急に冷静になってしまった」

 

PTSDか、筋肉ムキムキのラン坊にもそんな設定あったな。

 

「そういう連中をこのままで良いのかって思ったんだ。

方法なんて分からないけど何とかしてやらなきゃってね。五省を自身に問いかけながら日々過ごして、気がつけばヤクザの親分やってたよ」

 

ちょっと何を言ってるのかわからない。

 

「仲間が死んで君は生き残った。罪悪感や葛藤、沢山抱えてしまって苦しいだろう。だけど、生きなくてはならない。そこにはきっと意味がある」

 

「…生きる意味」

 

在るのか、そんなもの。

 

「なぁに、この老い耄れも未だに答えなんて見つかっていないんだ。だから、君も長生きをしなさい。ゆっくり探していけば良いのだよ。それを」

 

哲学かよ…。

 

「まずは女だな」

 

「は?」

 

「君、童貞だろう?」

 

「は?」

 

ど、ど、童貞ちゃうしっ!

 

前世でも、この体でも極少ない経験あるし!

下世話な話、多くの一般女性の毛の処理がね…。

同期の小西君にべろんべろん酔わされて、そんな事言ってしまった。そのままそういうお店連れて行かれて一度だけ突撃一番使っただけだ。

あれ? 若返りして、ある意味、童貞に戻ったとも?

いやしかし…。てか、童貞臭いって喧嘩売ってんのか?

 

「生きているなら、出来る限り楽しみなさい。生を謳歌するというのはそういう事だよ」

 

生が性に聞こえるんだが…。

 

「良いお店紹介するよ?」

 

それって怖いお兄さんが出てきて高額請求するところだろお前っ!

 

ここにきて、まさかのぼったくりのキャッチに合うとは…、

 

なんて日だっ!

 

「…失礼させてもらう」

 

立ち上がり2、3歩歩いたところで老人の謝罪の声を聞いた。

 

「これは失敬。気を悪くさせてしまったようで…」

 

全くだよ。途中までなんか、こう、いい話だなー。って感じだったのに!

あと、お前、あれだろ! その海底二万哩に五省書いてくれよって言った奴だろ。

 

意趣返ししたるからな!

 

オウケー、ミック先生。この老人の名前教えて。

 

──山村 清 。山村組 組長。通称、任侠清。

 

「…一つ聞いておきたい」

 

完全に振り返る事はしない。

 

「なんでしょうかな」

 

「山村、人は月に行ったか?」

 

白昼のオカルト体験をするがいい!

そしてここは靖国神社。

英霊を見たなんて言ってボケ老人扱いされる二段コンボを味わえ。

 

背後からカランと杖を落とす音を聞き、作戦成功を確信した。

 

そのまま早歩きで離脱。

 

 

さてと、皆に大分ひどい事言ってしまったな。謝らなきゃ…。あぁ、長門を斬りつけもした。許される事ではないな。殺されても文句はいえんだろう。

 

なら、

 

 

 

ちょっくら童貞捨ててくるか。

 





残念、シリアルだった。

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