「Que voulez-vous dire?」
ひょんな事から父島の艦隊に所属することになったフランス艦娘のコマンダン・テストは「どういう事なの?」と駆逐艦の清霜を膝に乗せ、抱き抱えたまま困惑の顔を天龍に向けた。
「え、えーと、あー何だ、『なんてこった』か?」
天龍は日仏辞書と妖精さんのジェスチャーを紐解きながら、頭をガリガリと掻く。ちなみに妖精同士に言語の壁は存在しないので翻訳しようと思えばコマンダン・テストの付属妖精経由でいくらでも出来るのだが、ジェスチャー当てをさせた方が面白いので、それはしない。
「霞ちゃん霞ちゃん、しれーかんがちゅーしそう」
コマンダン・テストの膝の上、清霜は持っていた書籍を霞によく見えるように両手で広げてみせた。
「にゃあっ?!」
それを見た霞はいつにない奇声をあげた。清霜の持っている書籍はいわゆる漫画本である。
マジでキスする五秒前と言った感じで、やたらイケメンの軍人とヒロインらしき女子高生が近距離で見つめあっている見開きベージ。
夕張が布教用においていったブツであり、これを用いてコマンダン・テストが日本語の勉強をしているところである。
「ゆ、有害図書よっ! そんなのみちゃダメっ!」
顔を真っ赤にして清霜の持っているブツを取り上げようとする霞に取られまいとして、自身の背中とコマンダン・テストの間に隠す清霜。
「これがamiralなのですか?」
それを引き抜き、表紙に描かれている海軍士官を指差すコマンダン・テスト。
コマンダン・テストという艦は大戦中、ドイツの侵攻、フランスの敗北、政権分裂により混迷中に英国に沈められそうになったり、ドイツに接収されないよう自沈したり、イタリア軍に浮揚されてイタリア籍になったと思いきや、イタリアが降伏してドイツ軍に籍が移るも、連合国の爆撃を受けて沈没した。と思ったら連合国に再び浮揚され、倉庫船として終戦を迎えるといった波瀾万丈の艦生を送った。その魂を持ってこの世界に生を受けた彼女は、現在対外向けには香久丸(かぐまる)としてこの艦隊に所属している。今生でも波乱が待ち受けていそうだが、その一端は間違いなくこの艦隊の指揮官に起因することだろう。
「そうだぜ。ま、こんなキラキラしてねぇけどな!」
何故かちょっとドヤッている天龍。
「…えぇ」
意味がわからない。とは思いつつも、やたら艦娘たちに慕われているという印象はあったし指揮官としての貫禄のようなものも感じた。時々口説いてくるのを抜けば、片鱗はあったかも知れない。と微妙な顔になるコマンダン・テスト。自身も艦娘という存在でこの世に生まれ落ちたのだから、そういうこともあるだろうとは思う。しかし、それが
何せ連合国、特に英米からは蛇蝎のごとく嫌われ、その悪名が轟いていた人物なのだから。
曰く、悪魔と契約して白人を皆殺しにする力を得た魔術師。
曰く、悪魔そのもの。
曰く、連合国抹殺対象五年連続一位(戦後三年に渡る)。
真偽不明ながらクリスマスイブに終戦したのはワイルドハントを率いて襲ってくるからなんとしてもそれまでに終わらせたかったからという話もある。(ワイルドハントは冬至やクリスマス頃現れる伝承が多いことから)
しかし、実際に接してみると、どうにも悪いイメージとの齟齬が生まれるのだ。
困惑する彼女の表情を読み取った父島の本来の司令から机を使用することを許された臨時司令の徳田宗義は執務机の向こうから声をかける。
「…見方を変えればジャンヌ・ダルクは狂信者で、ナポレオンは略奪者だ。ド・ゴールは無能ともいえる。国や個人によって評価は変わるものだ。提督の悪評はそれほどまでに敵にとって恐るべき相手だという裏返しであり、我が国の軍人ひいては国民にとっては守護神のような存在。…いや守護神そのものといって過言ではない。…それを謂われなき罪で…そもそも極東裁判自体が事後法による不当な不平等なものである。それをましてや戦死した人間をかけるという…卑怯で野蛮なのは連合国の方であろうが! そもそも平和に対する罪とは何だ? 仮想敵国を想定し、それに備える計画を立てた時点で全ての国が罪ではないか! ならばルーズベルトも裁かれるべきであり、戦争犯罪、人道に対する罪は植民地を得ていた全ての国にも科すべきなのだ。それなのに連合の云うことを鵜呑みにし、ただただ平和と反戦を宣い、日本が提督が悪であったとする国内の愚か者たちがっ!」
途中から興奮しだし、早口で喋りきったので残念ながら半分も伝わっていない。
「Ah、Ah bon.」
「あー、出たよ。ご主人様のリスペクトスピリッツ」
何故か執務室に置かれたビリヤード台。その上に寝そベる漣は、夕張が持っているオススメの漫画(ベルばら)を何冊か積み上げている。
漣以外の七駆のメンバーは鳳翔に料理の手解きを受けている。そこには複雑な乙女心が介在するのだが徳田提督には内緒である。漣は「三人が作れるようになれば、漣は作れなくてもいいっしょ。必要に迫られればやるのも吝かでもない」と謎理論を展開した。
「…龍田?」
賑やかではあるが穏やかな午後、秘書艦用の机で書類を捌く龍田の表情はどこか精彩を欠く。天龍の呼び掛けで視線を向ける龍田はいつものように微笑みをたたえる。しかし、天龍からみるとやはり精彩を欠いて見えた。
「なぁに?」
「提督の心配してんのか?」
普段通りにしているつもりでも、この愛すべき姉にはお見通しだったかと、龍田は嬉しいやら恥ずかしやら表情には出すことなく…いや、いつもの微笑みに戻ったのは本人に自覚はないが微笑みを浮かべている。
「内地で何があるって言うんだよ。市井で鉄砲や刃物持って出歩く奴なんていねーって話だろ?」
天龍の言うそれは正しい。今の時代で提督の命が狙われるような事はあり得ない。存在を知られていないのだから尚更。だが龍田は常に脳裏に数少ない存在を知る者が敵であったら? 実際に一度は狙われた事があったということを聞いている。それがちらつくのだ。
第3606船団。
サイパン・テニアン島への護送船団。輸送船15隻のうち二隻は第一号型輸送艦(高角砲、機銃、爆雷、レーダー、ソナー装備の輸送船)であったものの夕張、龍田、松風、海防艦一という編成で大船団を護送しなければならなかった。
サイパン、テニアン両島への輸送は成功させたものの夕張も松風も海防艦も敵潜水艦の攻撃により脱落。
物資揚陸中にマリアナ諸島にいた船舶は島から遠ざかる。その様子を見て龍田の艦長が呟いた。
「我々は囮でしょうか?」
軍令部はマリアナ諸島にいた全ての船舶の退避作戦を実施した。連合国の侵攻はニューギニアからパラオ方面へだと予想したものの、兵力増強の為の船舶が不足。第3606船団の輸送作戦が成功すれば、マリアナ方面は一先ずは一息つく形となる。そこで抽出されたのがマリアナ諸島にいた船舶という訳である。
「それで助かる人員と艦船があるのだからそれでいいだろう」
提督が言った言葉は結果的には正しかった。
多くの民間人が本土に疎開でき、かつ貴重な輸送船も無傷で多くが各地に退避を果たした。しかし、サイパンから本土への帰路。出発から1日も経たないまま第3606船団は100機以上の航空機と潜水艦の襲撃を受けて壊滅した。サイパン、テニアンの両島の揚陸物資も多くは海岸線にあったため被害を受ける結果となった。龍田自身も本土に辿り着けたのが奇跡だと言われるほどの状態であった。
修理と改装工期中そのまま横須賀の入渠施設で終戦を迎えたのだった。
だから、
「それでも待つだけはね~」
好きではないのよ~。と続く言葉を飲み込みながら着いて行かなかった事を若干悔やむ龍田。
「男は船で女は港。ってな。提督の事だからしかめっ面で『問題はなかったか?』って帰って来るさ」
天龍の言った言葉の真意はともかく、自分たちの置かれている状態は逆ではないだろうか? と龍田は思った。文字通り戦船の自分たちは海を駆け、提督という拠り所に戻ってくるのだから。
一度手にした提督から離れるなんてことはあり得ない。
自分の中にある独占欲に似た何かを抑えるように龍田は自身の手を胸に置く。
「そうね」
ほんとに帰って来ないと許さないんだから~。
龍田は窓の外を眺める。本土のある北の空には入道雲が広がっていた。
「霞ちゃん霞ちゃん! しれーかんとこの子裸で抱き合ってるー!」
「ちょっ!?」
「ねぇなんで? 何で裸なのー?」
「ひと雨来そうね~」
賑やかな執務室に龍田の呟きは溶けていった。
ギターを取り出したら鉄砲を突きつけられた。
…解せぬ。
いや、まあ「首貰うわ」とか言ってきた奴が何か取り出そうとしたら、そらそうなるわな。それより前には三元って中将を投げ飛ばしてる訳だし。
全然解せなくなかったわ。
「動くなっ!」
と細倉が銃を取り出した瞬間に飛び出そうとした時津風はピクリと止まった。いくら人外の力が発揮できる艦娘と言えど拳銃発射速度と体を滑り込ませて盾になるまでの時間を考慮したら間に合わんと考えたのかな。それとも身長差で盾になれないと悟ったか?どちらにしても、一瞬でその判断をしたのなら時津風凄くない? 普段、俺の頭の上に居座るだけのマスコット的存在じゃない…だと?
「しれー。なんでこっちみて驚いてんのー?」
嘘だろ? 万年ポーカーフェイスの俺の顔が仕事をしているのか。いや、しかし冷静に考えてみれば、軍艦の魂を持つというなら弾道計算とか魚雷の投射点の計算なんか普通にするのではないだろうか。
なるほど、
「…合点がいった」
「えー?」
そして不思議な顔でこちらをみる時津風である。
ちなみに細倉が構える拳銃は正式採用の9㎜っぽい。
弾丸重量にもよるが秒速300メートルは軽く越えると思われる。俺と細倉との距離は3~4メートル位だ。つまり、撃たれてから回避余裕でしたができる距離じゃない。そもそもそんなこと出来たらそいつは人間じゃないだろうけど…。
しかし9㎜か。
9㎜と言えば大泥棒の三代目が持ってるワルサーが俺的正義だ。欠陥があろうとそんなこと知ったこっちゃない。どうにか手に入れようとして伊号三十潜水艦、艦これで実装されれば『サクラ』という名前になりそうなドイツ派遣潜水艦にグラーフに載せる艦載機はこんな感じがいいんじゃないのって設計図と、お礼はワルサーP38でいいよ。というお手紙をそっと忍ばせて。まぁ、グラーフは建造中止命令食らうから駄目元だったんだが、ゆーちゃん、いや、ろーちゃんが運んできてくれたのだ。レーダーさんからのお礼の手紙(妙にグラーフの内容に詳しいですね! という内容が八割)もついてきたからびびったな。
俺の送った青写真が役に立ったかどうかは知らないが、この世界ではグラーフが就役している。艦載機は予定通りBf 109 Tだったから如何なるパラドックスが起きたのか知らんけど。ただ発着艦訓練出来なくて実戦には出ることがなかったようだ。
──その日、ロベルト・ルッサーが奇声を上げた。
は? なに言ってんの急に?
「しれー?」
どうすんのさ? と時津風が目で訴えている。
命の危機よりも拳銃の方に興味が向くのは、自分でもどうかしていると思うのだが気になるものは仕方ない。
それにだ、どうやら細倉には妖精さんの姿が見えていないようであり、妖精さん達が細倉の前の机の上に陣取って「処す? 処す?」的な目でこちらを見てくるのだから、危機感が薄れても仕方ないことである。
「どこの誰だか…、いや、どこかで見た顔だな? …あぁ、父島の」
と呟く細倉は父島の金蔓を潰されたことで合点がいったのだろう。忌々しくこちらを睨んでいる。
そんな目で見られてもこちらとてお前は処すリストの不動の一位に君臨しているのだから諦めて大人しく俺に殴られてほしい。
「覚悟はいいか?」
死なない程度にぶん殴られる。場合によっては蹴りも入る覚悟は。
さぁ、やってしまえ妖精さんっ!
顎をクイッと動かすと俺の意図を組んだように妖精さんたちが拳銃に飛びかかった。
取り押さえた瞬間にぶん殴って…
パンッパンッ──
「がっ!?」
乾いた銃声が室内に響く。
ちょっ!? 肩掠めたぞいっ妖精さん!? そして「がっ!?」ってなに?「ぬるぽ」なんて言ってないよ?声の発生源にと振り返れば三元っておっさんが足を押さえて呻いているではないか。
「しれーっ!」
時津風の声で我にかえり、持っていたギターを放り投げ細倉に飛びかかった。
パンッ──
銃声が再び響き渡った。
時津風はその瞬間、心臓が止まる思いだった。
妖精たちが細倉という軍人の持つ銃に飛びついた幾ばくかの後、発砲。提督は投げ飛ばした軍人を冷めた目で一瞥くれるだけで動かない。
喉の奥から絞り出すように「しれーっ!」と叫び、提督の盾にならんと動き出したが、それより早く提督は宙に舞った。
それを見るものが見れば鮮やかなフライングクロスチョップであった。
再びの銃声。
しかし、その弾は扉に弾痕を残すだけの結果となった。
高く飛び上がった提督は細倉という軍人と共に机の向こうに消えていった。
時津風が机の向こうに駆け寄った時、舌を出して白目を剥いた細倉がギターを抱えるように失神していた。
その後ろでチョークを極めている自身の提督の姿があった。
「しれーっ! 危ないことしちゃダメなんだかんねっ!」
時津風は小さい体で目一杯の抗議の態度を示した。
「…仮面があれば完璧だったな」
それなのに訳のわからないことをいう提督に時津風は怒り心頭。あわれ細倉は時津風の細腕により無慈悲に投げ捨てられる。
「ねぇ、なんで危ないことすんの? ねぇ、ねぇ!?」
そして提督はマウントを取られる。
それは警備隊が突入するまで続けられるのであった。
コマちゃんが「amiral」と言ってますがdが抜けてるのは仕様です。誤字報告いつもありがとうございます。