提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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あけおめ


提督(笑)と嵐の前

 

 蝉の合唱、夏の日射し。時折、縁側の風鈴が涼しげな音色を奏でる。文机に置かれた麦茶と切られたスイカ。

ボリュームが絞られたラジオから流れるのは甲子園の歓声。

 

文机の前で暑中・残暑見舞の数を数えるが、昔馴染みからのものは年々減っていくことに諸行無常を感じながらも、自身の近況を語る馴染み達は孫馬鹿になって平穏に余生を過ごしているのが嬉しくも感じる。

 

あぁ…これは……、

 

「何か良い事があったのですか?」

 

馴染んだ妻の声が後ろからして、夢なのだと確信した。

 

それでも夢の中であっても振り返られずにいられなかった。

 

「信じられないことに司令にお会いすることが出来た」

 

たとえ夢であっても愛した妻との一時を今一度…。

 

「そうですか」

 

「君の書いた手紙も渡せたよ」

 

「……そうですか」

 

妻は、…サチは困ったような顔で私を見つめる。

 

「……いけなかったかな」

 

「あれは誰にも見せるつもりもなかったのですよ。貴方と夫婦になる少し前に自分の気持ちに区切りをつけたかった。そのせいで貴方を困らせてしまったわ」

 

「そんなことはないさ。それよりも君に謝らなければいけないことができてしまった」

 

「ゆっくりでいいですよ。こちらに来るのは。その分、貴方が見てきたものをたくさん聞かせてくださいな」

 

「あぁ、わかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性の買い物ってのは時間がかかる。

人数が多くなればそれにさらに拍車がかかる。

女三人寄れば姦しいとは至言であると納得するしかない。

敷居の高そうな百貨店で、休日に買い物に付き合わされた世のお父さんたちが、疲れた顔で哀愁を漂わせている気持ちがわかった気がする。

 

「テートクゥゥー! どっちがいいデスカー?」

 

人目も憚らず、両手にランジェリーを持ち上げて、話しかけてくる金剛を見ながらそんな事を思う真夏の昼下がり。

 

「提督、榛名はこれにしようと思うのですが…」

 

頬を赤らめてそんなこと言う榛名。

 

周りの目が非常にキツイ。百貨店の女性の店員さんたちには女の敵のような視線を浴びせられているような気がしないでもないし、護衛と言う名の元に監視を行う軍人さんたち。しかも小隊規模の人数。その中には空挺隊の見知った顔もいるのだが、何故か彼らはガーゼや絆創膏を至るとこに貼っている。まぁ、それは気になるがおいておくとして、舌打ちこそ聞こえてはこないが揃いも揃って目を血走らせて「やろう! ぶっころしてやらぁ!」と言わんばかりの空気を醸し出している。

まぁ、20人を超える見目麗しき美女、美少女を引き連れてるのだから然もあらん。

 

『…えーマイクテスト、ワン、ツー』

 

『お客様困りますー!』

 

『ヒエェー…』プツン

 

「大きいのは可愛いもんが少なくていかんのう」

 

「浦風、それは私と被ってます。違うものにして下さい」

 

「別にええじゃろ。気に食わんかったら浜風が変えたらええんじゃ」

 

どこかで聞いたような意味不明な館内放送が流れても全く動じた様子はない。

 

「司令、ガーターベルトはした方がいいか?」

 

それと、お前らやめて差し上げなさい。俺の心もガリガリ削られているけれども、

 

「てやんでぇ…」

 

「みんな、もげればええんや」

 

谷風と龍驤の目が死んでるから。

 

「ちょっとこれはきつかったわ。もうワンサイズ上ね」

 

「いっちばん可愛い下着を見つけるよー!」

 

「やっぱりピンクがいいわね。ね。提督どうかしら?」

 

「……」

 

あとユーリエちゃんもムッツオとか白露村雨を見ながらハイライトが消えてる。

 

「げ、元気出してください提督」

 

「は、春雨も小さいですから」

 

そこはなにも言わずにほっといてやるのが優しさではないだろうか?

 

「提督、ベビードールとかどうかな?」

 

「提督さんの好み教えてほしいっぽい!」

 

うちの娘さんたちが俺を社会的に殺しにきてるんだがどうしたらいいんだろうか?

 

 

「しれー。アイス買って」

 

よくやった時津風っ! 今すぐ買いに行こう!

というわけで、時津風を頭に装着してこの場から離脱する。

 

「ちょっと違うのよねー」

 

品揃えの趣向が異なるのか、ホビー売り場をぶらついているメロン夕張を横目に歩を進める。

 

「えー服はこれでいいのにー」

 

「それはちょっと駄目ですよ。ほら、これなんか島風さんによく似合いますから着てみましょ? 長波さんにはこれなんかどうです?」

 

「えー? あんまり速そうじゃない」

 

「別にあたしは制服と寝間着があればいいんだけどなー」

 

オサレに速さを求めてどうするんだ? 後で常識を教え込まなければならんな。個人的には長波さまにはメイド服着せたい。売ってないかな?

 

「あ、提督さん。父島の皆さんにもお洋服買っていってあげた方がいいと思うのですが、七駆の皆さんはどうしましょうか?(下着の準備は既にバッチリです)」

 

鹿島は女神。俺は感動した。

 

「任せる」

 

と言って諭吉先生を一枚だけ抜きとり、財布ごと渡す。

ここで自分の給料使わずしていつ使うと言うのか!?

そう、この度めでたく銀行口座を開設したのだ。

有耶無耶なうちに父島送りになったがこれでユーリエちゃんのヒモからの脱却である。今まで使った分は分割返済でお願いしよう。

 

「え?」

 

「女子の好みは俺にはわからぬ」

 

だから君にすべて任せよう。あ、徳田くんにも何か土産を買っていってあげなきゃな。彼は何が好みだろうか、

 

そんなことを考えながらさらに足を進めると初風と雪風と天津風がじっと何かを見つめている。

 

「どうした?」

 

「あ、しれぇ」

 

「あれよ。ストリートピアノですって」

 

と初風の指差す先には通路の一角にピアノが置いてあった。

 

「…なるほど。あれは罠だ」

 

鍵盤を叩くと中の手榴弾のピンが抜けて爆発する。

詳しいんだ俺は。

 

「そんなわけないでしょ!」

 

髪を振り乱しながらツッコミを入れる天津風。吹き流し大丈夫? そんなことより君たち。

 

「買い物は終わったのか?」

 

「鹿島さんに選んで貰いました!」

 

そうかそうか。じゃ、一緒にアイス食いに行こうな。

 

「しれー、ピアノ?弾きたい。ねーっ。ねーっ!」

 

頭の上で暴れないでくれないか?あと毛根に優しくないから引っ張らないでほしい。

 

「…弾けるのか?」

 

「んー、弾けない!」

 

自信満々に言うなよ…。まぁいいさ、好きなだけ叩いてこい。

不協和音で誰かが止めに来たら素直に止めさせればいいだろう。

 

ちゃんちゃんばらばらと楽しそうに鍵盤を叩く時津風とその周りでやいのやいのする他の娘さんたち。

 

それを見て思い出すのは海軍大学にいたときのこと。

 

震災の影響で海大の移転作業を進められていた折、荷物の運び出しが行われていた。そこにピアノがあったんで一曲、奏でてみたのだ。それを聞いていた海兵、海大共に同期となった野元君(天号作戦時、瑞鶴座乗)が「何て曲だ?」と聞いてきたから「俺の尻を舐めろ」と答えたら殴りかかってきたのだ。

 

うん、すごくどうでもいい思い出だった。

 

「ねぇ提督、何か弾けないの?」

 

と眉をひそめる初風。ほか三名のフリーダムさについていけなくなったようだ。

まあ、何かを弾けるか弾けないかで言えば、

 

「弾けなくはない」

 

「じゃ、何か披露しなさい。あのやかましいの止めるためにも」

 

ここは「だが、断る」と言うべきところだが、いつも一歩引いている初風(ツチノコ)の頼みなら仕方ない。

我が妙技に酔いしれるといい。

 

鍵盤を叩いてる時津風の脇に腕を差し込み持ち上げて横におく。扱いかたが犬だが構うまい。

 

「しれー?」

 

ふむ、犬か。

 

子犬のワルツでも弾こうか。俺の尻を舐めろだと殴りかかられそうだし…。

そして、どうして百貨店で買い物なんぞしているのか軽快な音に乗せながら振り返ってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣き疲れたのか、主計さんがパタリとご就寝し、病室をあとにして大本営に帰還。もちろん主計さんがきちんと息をしていることも確認してきた。

 

大本営で与えられた一室で早朝のニュース番組を視聴しているのだが、防衛省で爆発事故があったってのが流れた。テロではなくあくまでも事故との発表。なんか帰ってきた時、裏手の方で地面が抉れ、建物の一部にブルーシートがかってたところあったが、大淀さんに目をやると薄く微笑まれた。

 

「配管工事中にガス漏れが起きた事が原因らしいですよ」

 

へぇー、そんな事があったのかー……って、なるかっ!

聞きたくないから聞かないけどっ!

 

「そういうことで話はついてますから、提督は気にしなくて大丈夫です」

 

──貴方が取り調べされていたときに彼女は一発なら誤射と言ってました。

 

そんなチクり情報いらなかった。しかし、終わったことを考えても何もはじまらない。メガネに蛍光灯が反射してキラリと光り、ドヤってる大淀さんを眺めながら今後というか明日のコミケ出陣について考える。

 

一人で行くのはどう考えても無理だろう。

ならば、どうやってメロンちゃんだけ連れていこうか。

メロンちゃん一人ならば会場に入ってしまえばこっちのもんだ。人がごった返す中で偶々はぐれてしまう。最悪、これがあと一人くらい増えてもなんとかなるとは思うが、それ以上増えるとはぐれてしまうのはなかなか難しいだろう。だから、サブカルに理解があり、なおかつ、はぐれても問題なさそうなメロンちゃん一択といきたい。いきたいのだが……、

 

「テートク、コミケは古い本も売ってるデース?」

 

連れていかんと言ったにも関わらず、着いてくる気満々なのだ。

 

「それなら榛名は海底二万哩を読んでみたいです」

 

その辺の本屋で…さすがに無いか? 大型書店ならあるかもしれないが、確実性を求めるならネットで注文して欲しい。

これから行く場所は本は本でもウ=ス異本しかないのだから。

 

「……コミケ? 提督、コミケってちゃんと知ってます?」

 

もちろんだともメロンちゃん。

 

「日本最大の本の販売会だ」

 

ウ=ス異本のな。だから一番耐性と常識がありそうな君と……なるほど、常識か。

 

「ぇぇ…」

 

メロンちゃん、変な顔してる場合じゃないぞ。

 

「明日、コミケに行く。行くにあたり連れていく人員は試験で決める。異論は認めない」

 

一般常識、TPO、確信的な誤射を行う娘さんに果たしてあるのかな? あとは駆逐艦勢なんか情操教育に悪影響を及ぼしかねないので全員留守番させる。なんとしてもだ。採点基準は俺だもんね。どうにでもなる。メロンちゃんがあんまりにもひどい回答でなければ満点つけてやんぜ。

 

問題はどうしようかな? まぁ、道で知らない人に話しかけられたら? とかでいいやろ。

 

 

 

 

なんて思ってたこともありました。

 

隔意ある採点をした結果、いや、何名かはこの回答大丈夫か?ってなものが散見されたが…。

 

 

泣くとか反則だろう。

 

 

もういいよ。全員俺に着いてこい!

 

ただし、会場で撒くけどな!

 

そう心に決めたところで、こやつらの格好を見てどうしたものかと考える。

 

艦娘を知らん人から見たら完全にコスプレやん?

 

これはこのままの格好で行かせたらカメラ小僧に囲まれるのは待ったなしである。その隙に巻いてしまおうかとも思ったが会場外でのコスプレは駄目だった気がする。

 

止められて会場入りすらできないのではないだろうか?

 

その時に他人の振りしろって?

 

無理に決まってんだろうがっ!って話ですよ。

めちゃめちゃ「提督」って呼ばれますやん、

「ププ、アイツ提督とか呼ば(せ)れてんの」って周囲から嘲笑われますやん。一部からは勇者扱いされるかもしれんけど、どちらにしろ俺めっちゃ居たたまれない気持ちになるやん。

その時に斬新なセーラー服着たウサミミリボンの娘さんに「パパ」って呼ばれて止めを刺される未来が見えますやん。社会的に死にますやん。

 

「無いな」

 

ないわー。

 

「提督、何か?」

 

出来る秘書感を醸し出している大淀さん。

しかし俺考案の試験問題、ナンパされた時の対処法Q&Aで『退かぬ相手なら拳で黙らせる』という答えは脳筋ダヨ? いや、それは大淀さんに限らず、ここにいる全員が最終的に言葉は違うが同じように答えていたのだけど。

 

…どうしよう? 今更ながら艦娘連れていく事に、こやつらを野放しにすることに一抹の不安が募る。

 

が、俺は思うのだ。なるようにしかならない。

 

なんかあったらそん時に考える。

 

──人はそれを、行き当たりばったりといいます。

 

「買い物に行くぞ」

 

ミック先生の言葉を聞き流し、まずは街中に溶け込める格好にさせようと島風を見ながら切実に思った。

 

 

しかし、買い物に行くと言ったものの、それさえも今はわりとハードルが高かったようだ。

まぁ、そりゃそうだわな。ちょっと前に問題行動起こしたばかりだしね。買い物に行きたいって言ったら「お前、なめてんのか?」って顔されたもん。

 

それでも大淀さんが可愛い笑顔でお願いしたら、小隊規模の護衛という名の監視をつけることで了承を得られた。こりゃ、明日のコミケは隠密ミッションかまさないとね。

 

で、歩いて近くのユニ○ロかしまむーに行こうとしたら機動隊が乗るようなバスを用意された。

油不足のこのご時世にそんなの悪いよー。よくないよ。と言ったんだけど、頼むから乗っていって下さいと柳本君の伜の海軍大将から直々にお願いされ、渋々と了承した。

まぁ、コスプレ女子の集団を引き連れて町を練り歩くことになるのだから、この方が良かったのかもしれない。

 

そんなこと考えていれば、なんか敷居の高そうな百貨店に到着したのだ。

 

すべては明日の決戦(コミケ)のために!

 

「ほへー」

 

弾き終わったらアホっぽい顔してる時津風がこちらを見上げている。疎らだけど知らない買い物客達からも拍手を頂いた。

 

なんだこれ恥ずかしい。

 

なので時津風を脇に抱えて一礼して去ることにした。

 

が、

 

「Heyテイトクゥーアンコールいってみるデース!」

 

背後から肩を押さえられた。

おのれ、妖怪紅茶ヨコセっ! 全然立ち上がれないぞ!

つーか、下着買ってたんちゃうんか。

 

「テイトクのLove SongをPresent for meデース! 」

 

こやつ、帰国子女じゃなくて駅前でルー語でも習ってんじゃないだろうかと割と本気で思う。

まあ、お前の語学のことはどうでもいいのだ。

 

「なぜ立ち上がろうとするデスカー?」

 

そんなリクエストにはこの長野壱業改め業和、断じて応えぬ。

 

「しれーのいいとこみってみたいー、そーれ、ひっけ、ひっけ!」

 

「「「ひっけ! ひっけ!」」」

 

おい、誰だ駆逐艦に飲み会みたいなノリ教えたやつ!?

 

 

 

 

 

 

「…くしゅん」

 

「あら~天龍ちゃん風邪~?」

 

「テンリュー、Tu vas bien?」

 

「いや、誰かが天龍様の強さについて噂してるなこりゃ。まっ、こればかりは有名税と思って諦めるしかねぇーなっ! 勝負だリーチ!」

 

「あ、それロンだ。タンヤオ、ドラ1」

 

「てめぇ徳田!」

 

南の島は平和であった。




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