提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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花粉がぁーー!マスクくれ・・・(;´Д`)



提督(笑)と鬼と猟犬

 

「た、大変です! しれぇ!」

 

「てーとくー大変だい!」

 

「不味いことになったわよ!」

 

とノックもせずに雪崩れ込んで来たのは雪風と谷風と初風であった。

 

「どうし…うお!?」

 

と声をかける暇すらなく両腕を谷風と雪風にぐいぐいと引っ張られて、たたらを踏む。

 

待って待って! 君たちは成人男性よりも力が強い事知ってますかぁぁぁぁ~。と心で叫びながら廊下に連れ出され、さらにどこかに連れていこうという強い意志を感じるが、せめて説明してほしい。

 

「いいから来てっての!」

 

と初風に背中を押され、もう為す術はない。

 

「鍛練場で鬼と猟犬が暴れちまってるんだよ!」

 

谷風が焦った雰囲気でそんな言葉を紡いだが、何だその異種族格闘は? という感想が浮かぶだけで要領がつかめない。

 

若干首を傾げてる俺に構わず彼女たちは、さらに俺を引っ張っていく。うむ、力強い。もはや小走りと言っていい速度である。廊下は走ったらダメなんだよ? と三人の雰囲気にそぐわない言葉が浮かんでいたところ、道中で見知った顔に出会った。といっても彼女たちのことを艦これ提督として一方的に知っているのに過ぎない。

 

「嗚呼、姉様。山城はもうダメかもしれません」

 

「嗚呼、山城。私はもうダメかもしれないわ」

 

こちらを見た和風美人の不幸姉妹が廊下の真ん中で手を取り合って嘆いている。

 

「急いでるんです! 退いてください!」

 

そんなのに取り合ってられないと言わんばかりの雪風だが、彼女たちはそこから動こうとしない。

 

「タービンが燃え尽きるまで扱き使われるんだわ。どうしましょう姉様」

 

「今の私達は航空戦艦よ山城。きっと飛べと言われるんだわ」

 

「嗚呼、姉様。なんて恐ろしいのでしょう」

 

「山城、飛ぶときは一緒よ」

 

と抱き締めあう二人。俺は一体、何を見せられているのだろうか?

 

「ああっ、もうめんどくさいねー! とりゃぁあ!」

 

谷風が先行して廊下の真ん中にいた姉妹を端に押し退ける。

 

「駆逐艦にまで邪険にされるなんて…不幸だわ」

 

「悪いけど急いでるんだよ!」

 

「あら、お迎えではなかったのかしら?」

 

ほんとに何がどうしたのよ君たち?

 

視界の横に流れていく不幸姉妹。

 

「相手はあとにして」

 

と背中を押す初風は切迫している。

 

よくわからないが不幸姉妹に幸あれ。強く生きてほしいと願う。

 

そして連れられてたどり着いた室内の鍛練場。

 

磨かれた板張りの床は剣道用か、牽かれた畳は柔道、或いは空手の為のものだろうか。さらには壁に様々な形の突起が取り付けられており、ボルダリングも出来るのではなかろうか。

 

…と普段なら言えるのであろうが、今は全体的に荒れている。

 

その鍛練場の一角。

 

そこに広がる光景は、なんというか「どうしてこうなった」という状況が広がっていた。

 

ここにいる娘たちより頭一つ分身長のある袴姿の女性が一人。川内型軽巡洋艦の二番目、神通である。普段は穏やかで一歩ひいた大和撫子といった印象があるが川内型三姉妹をそれぞれを一言で表すなら、長女の川内は忍者、次女の神通は侍、三女の那珂はアイドルだ。

 

今はまさしくサムライガールといった空気を彼女は身に纏っている。彼女の周りで膝をついて荒く息を切らせているのは第八駆逐隊の娘さんたちに浜風と磯風。部屋の角の天井付近に張り付いてるのは天津風と島風だ。

 

…猫かな?

 

そして神通に相対しているのは時津風だがその後ろに好戦的な瞳をたたえている時雨、夕立、浦風、長波の姿がある。

 

どうにも険悪な空気のようである。

 

「時津風、あとは僕がやるよ。交代しよう」

 

「夕立が代わってあげるっぽい!」

 

「無理するんじゃない。代われ代われ長波様に代われー」

 

「イーヤーだーっ!」

 

なんかボロボロで立つのがやっとといった感じの時津風である。神通の方も澄ました顔をしているが袴は裂け、ほつれ、普段は白い肌は所々が赤く腫れている。

 

「何をしている?」

 

八駆の娘さんたちと遊んでるって話ではなかったのか?

 

いや、それはいい。どうみても訓練の域から逸脱しているように見える。

 

「あ、提督さん。すまんのう。ちょーっちやらかしてもうたわ」

 

とばつが悪そうに頬をかく浦風。

何があったのさ?と視線を向ければ、

 

「実はのう…」

 

と事に至った経緯が語られる。

 

 

 

 

沖縄鎮守府に到着後、長野組の艦娘たちは休息を与えられていた。そこで駆逐艦たちは沖縄鎮守府所属の艦娘らと親睦を深めるべく八駆のもとを訪れた。他の駆逐艦たちは最上、三隈に率いられ哨戒任務のため不在であり、祥鳳、瑞鳳の空母姉妹も正規空母達が本土に引き抜かれて以降、二人同時の休暇は久しぶりであった為、揃って買い物に出掛けていた。

ともかく、久しぶりの再会。積もる話も多く、特に時津風は八駆、朝潮と荒潮との再会の喜びは一入であった。

 

「朝潮、荒潮ー!」

 

時津風は艦娘として生まれてから時を置かずして父島に赴任した。なので同島所属の艦娘を除き、他の艦娘たちとの交流はそれほど多くなかった。そして今日会った朝潮と荒潮とはかつて苦く悲しい別れ方をした過去があった。

 

ビスマルク海海戦。

 

輸送船8隻中6隻、護衛駆逐艦8隻中3隻、空母龍驤、艦上機17機、陸軍兵士1,000名を失うという大敗を喫した海戦。

海戦といっても艦船同士の戦いではなく、連合国航空機部隊による空襲であり、唯一まがりなりにも対抗出来た駆逐艦は時津風だけであった。

つまり彼女たちは、輸送船を守るために切り捨てざるを得なかったかつての仲間である。

 

「時津風さん」

 

「あらあら」

 

と抱きつかれた二人も喜びの表情を浮かべた。

ここまでは良かった。長野自身もその場にいれば「…尊い」と内心で悶えていただけであろう。

そこに神通が訪れたことで流れが変わっていった。

 

「皆さん、鍛練の時間です。着替えて室内鍛練場に集合です」

 

日々の訓練というのは大事である。大事であるから、それに従い、八駆は着替え、長野組は見学するということで移動した。そしてその訓練を見て何か違和感を感じたのは浦風が最初であった。

 

果たして、艦娘に艤装を纏わない状態の訓練に意味があるのか? 

結論から言えばあると言えるだろう。

精神面、艦艇ではなくて人としての体の動かし方。或いは素の状態での体力向上。艦娘という姿になったことで実戦では瞬時に自分で判断して行動しなくてはならないのだから訓練というのは必要である。

それでもそれを見ていた長野組の艦娘たちは、そのあまりにも過酷な様にそれぞれが表情違えど顔を曇らせた。

八駆の中なら満潮あたりが文句の一言でも言いそうであるが、何度も神通に投げ飛ばされ仰向けに転がり今はもう立つことさえできないでいる。

大日本帝国海軍の黄金期、華の二水戦の旗艦には逆らえない何かを感じ取っているのかもしれない。

 

「この程度で音をあげるのですか? 少し弛んでるのではないでしょうか?」

 

と凛と立つ神通の言葉に八駆の面々は悔しそうに顔を歪ませる。

 

「厳しさもいきすぎればただの折檻じゃ」

 

浦風は思わず口に漏らしてしまった。

 

「うむ。少々やり過ぎていると私も感じる」

 

「訓練は大事です。しかしそれで怪我や疲労でいざという時に動けなくては本末転倒だと思います」

 

「ちょ、やめ」

 

磯風と浜風が追随し、谷風は慌てて止めようとしたが、既に空気が凍っていた。

 

「私のやり方に問題があると?」

 

スッと目を細め浦風たちを見据える神通。

迫力満点であり、初風や島風はたじろいた。

しかしこの場合、不幸にも多くの艦娘は普段はともかく相対して敵意のようなものを向けられると逆に好戦的になるような者達である。

 

「厳しい事に文句は言うとらんよ。その訓練にどんな目的があってどんな効果があるか教えてくれりゃあ納得もするんよ」

 

他の艦娘達が突っかからないように先を制するように浦風が口を開いた。

 

「…訓練が厳しいのは当たり前です」

 

憮然と言い放つ神通。

訓練を厳しくするのも部下を戦場で喪いたくないからという思いが神通には然りとある。

が、浦風の問いに対して、明確な答えを出すのに窮してしまう。それまで一度たりともそういった問いを受けなかったから。それまで考えないようにしていたから。一瞬、提督の悲しい顔が浮かぶもそれすら払いのける。

 

「答えになっとらん」

 

少なくとも自身の提督なら問えば必ず説明すると考える浦風。その根底にあるのは艦時代の話である。

時はレイテ沖海戦直前の頃。

浦風他、数隻の駆逐艦には当時の最新鋭水中聴音機、水中音波探信儀が取り付けられた。

史実では造船組から猛反対されて装備位置を最適箇所にできなかったが、反対を押し切って最適箇所に装着されたソレ。

しかし、運用するのにあたり大きな問題が一つ浮上する。ハード面ではなくソフト面。つまりは運用する側の戦術知識と練度の不足。

聯合艦隊の旗艦に優秀な人材を集めるというのは分かるが、対潜要員までも引き抜いていくのは現場からはかなりの不満が出ていた。それを覆すこともできるはずなく、そこでレイテ前に行われたのは味方潜水艦(伊33と36)を使っての猛特訓で、こと細かく訓練内容、運用方法を虎の巻まで用意して説明したのが長野であった。尚、潜水艦側からは「生きた心地がしなかった」と言われたようだが、誰も死んでないので良しとする。

そのお陰か浦風は夕雲型の浜波、藤波とともに先行してパラワン水道に突入して潜水艦を5隻撃沈確実の戦果をあげたのだ。

 

「魚の声が聞こえるようになれ」

 

とは件の男が言い放ったものであるが、浦風の対潜要員であった若い水兵はその後、実際に艦下を通過する魚の群れの種類を当てられるようになったのは余談である。

 

「……」

 

神通という艦娘は比較的初期に建造され、この世に生まれてきた。当時は今よりも混乱激しく、世界は未知の敵性存在にどう対処するか右往左往していた時期でもあった。そんなある日、旅客船が襲われていたところに駆けつけ深海棲艦を撃退する。その旅客船の船員、乗客から感謝の言葉をかけられた。だがそれ以上に彼らの怯えた瞳が神通の心に強い影を残した。

それでも自分を必要としてくれる提督を見つけることができた。

 

人か、兵器か、未だに議論は二分する。

 

唯一の対抗兵器でありながら、兵器ではない。

艦娘という存在はヒトのカラダとココロという不安定なものを授かってしまった。

それはあまりにも残酷で、あまりにも慈悲があるもの。

ちぐはぐな存在は、それぞれが自律し思考する。

 

神通は自らを兵器という考えに重きを置くようになった。だが、やはり完全に兵器というわけでもない。

カラダは傷付き痛みを覚える。ココロも捨てられず感情が揺れ動く。

 

カラダに傷を負っていないのにココロが痛い。

 

だから考えない。ただひたすら眼前の敵を討ち勝利を続ける、それだけでいいのだと。祖国のために護国のために人類の盾と成らんという免罪符を持ち続けられるように、そのための訓練なのだから。

 

「だんまりか。他の艦隊のことじゃけぇ、あんまり言いとうないけんね、そんなやり方、いつか駄目になるんじゃ。ちゃんと訓練内容を提督と相談してるんけ?」

 

浦風はかつての金剛を見ているようだった。命を削るように戦って戦って最後はボロボロに傷付いて沈んでしまった姿に重なる。実際にすんでのところまでいったのだから尚更だ。沈まなかったのはただただ幸運だっただけだ。

 

「(神通の)提督はお忙しいのです。訓練に関しては私に一任されています。訓練がきついと訴えれば、手緩い訓練に変えてもらえるとは貴女方も貴女方の提督も随分と腑抜けているようですね」

 

足柄の妊娠騒動のために確かに訓練内容は一任されたが、日村がこの状況を見れば顔をしかめるであろう。

神通の事を信頼していたがゆえに、関係も良好であったがゆえにこの事態になってしまっていた。

 

浦風が「限度というものがあるんじゃ!」と叫ぶ前に他の艦娘達が噛みついてしまった。

 

「聞き捨てならんことを言われたな」

 

磯風が腕を組みながら神通を睨む。

 

「私たちはともかく提督のことは訂正してもらいましょう」

 

屈伸をしだす浜風。プルルンと胸部装甲がたわむ。

 

「かぁー!  こりゃまずいよ!」

 

谷風は天を仰いだ。

 

「ちょっと時津風止めなさいよ!」

 

「だ、ダメですよー!」

 

「落ち着きなさいな!」

 

「はーなーせーっ!」

 

時津風が今にも飛びかかろうとするのを他の十六駆逐隊の面々が体を押さえて止めに入る。

 

「夕立、離してよ」

 

「はぁ? 時雨が離すっぽい」

 

二人は手を繋いでいるが、その手はお互いに力強く握っている。どちらが先に行くかという水面下での争いだった。

 

「おーっやれやれ!」

 

長波はそんな彼女らを煽った。

 

「おう!?」

 

島風は不穏な空気を感じとり、一目散に逃走し部屋の隅に張り付いた。

 

「いいでしょう。二水戦旗艦神通…、お相手します」

 

「二水戦って言ってもここにいる全員所属してたことあるしなぁ。あたしも旗艦だったこともあるし」

 

味方ばかりでなく神通も煽る長波。彼女も彼女で忠誠心が高い脳筋だった。

そして始まるどったんばったん大乱闘である。

先鋒、磯風浜風が襲いかかったところで初風、雪風、谷風は提督のもとに駆け出した。

 

浦風はこめかみを押さえて「やってしもうた」と呟いた。

 

そして提督がやって来るまでに磯風と浜風が撃退され、時津風が満身創痍という状況が出来上がったのである。

 

 

 

 

 

 

ふむ、なるほど。鬼と猟犬な、把握した。

 

「時津風」

 

ステイ、ハウスだ。戻ってこい。

 

「くやしいくやしい」

 

と抱きついてくる犬みたいな娘さんを宥めながら、どうしたものかと思考する。

 

これたぶんだけど、艦時代の記憶から訓練を厳しくしているっていうのもあると思うのだけど、もっと事は単純なのではないかと思うんですよね。

艦時代の記憶があるなら美保関事件の事は覚えているだろうし。あれは厳しすぎる訓練が生んだ悲劇という一面があるのだからさ。

鉢巻と一体化したリボンを揺らしてこっちを見据える神通さん。うむ、凛々しいね。

 

だから艦これ提督的に考えてごらんなさい。

 

大好きな提督が餓えた狼さんと懇ろ(ねんごろ)な関係になっているのを目の前で見せつけられた心境って言えばいいんじゃないか?

 

シュラバヤ沖一歩手前。

 

つまりはハートブレイクな神通さんは傷心を埋めるために訓練に明け暮れているのでは? と俺は考えた。

 

これは名推理ですねぇ。

 

「嫉妬に振り回されたか」

 

リア充爆発しろってことだ。

 

艦娘として生まれてきて高々数年。生まれたての時から体は成熟していても心まではそうはいかない。いや、何年、何十年経とうとも感情ってのに振り回されるのが人間だものね。きっと日村提督と甘酸っぱい思い出の一つや二つあるんだろう? わかるわかる。いろいろ思い出して辛いワー! ってなっちゃうんだよな。

 

「っ!」

 

あれ、めっちゃ睨まれてるけど?

それでも、心を鬼にして言わなきゃならんことがある。

 

「八つ当たりか、下らん」

 

無理な訓練はよくないです!

 

…もうやだこの口。

 

何でもっとオブラートに包めないのっ! 

 

「貴方にっ! 貴方に何が分かるというのですっ!」

 

ブワッと空気が軋む。ひりつく肌。背中に冷や汗が吹き出す。これが、艦娘の出すプレッシャーというやつか。

 

オウケーオウケー。待ちたまえ神通さん。

ここは一先ず落ち着こうじゃないか。ほれ深呼吸して。

君が本気でかかってきたらさ、ほんとにヤバいと本能が告げているのである。

 

 

「やめておけ、死ぬぞ」

 

 

俺がなっ!

 

 

 

 

それを見ていた浦風は艦時代の記憶が蘇った。

坊ノ岬沖海戦に向かう前のこと、浦風の艦長が長野に問うたことがあった。

 

「優秀な指揮官の条件とは何でありましょうか?」

 

それに対して長野は艦長の胸に拳をあててこう言った。

 

「ここに火をつけてやることだ」

 

なるほどのう。って、これはなんか違う意味じゃ。

と場違いな感想が浮かんだ浦風だった。

 


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