提督(笑)、頑張ります。   作:ピロシキィ

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更新遅くてすまぬ


提督(笑)と航空母艦

 

 私はジャーナリスト。日本語で言うところの操觚者である。

時々、週刊誌にコラムを載せることはあるが、主な活動場所は動画投稿サイトであり、生主やチューバーと呼ばれることの方が多い。今日は予てより取材を願い出ていたものにようやく許可がおり、江田島にある海軍学校に赴いている。

 

 艦娘に対してのインタビュー取材である。

写真撮影も許可された。それもメディアに登場していた大和嬢たちとは別の艦娘であり、一記者として心が踊る時間になることは間違いない……と思っていた。

 

 いや、高揚感が薄れているわけではない。これが私が彼女たちに勝手に抱いた幻想だというのは重々承知しているが、変身ヒーローの背中にファスナーがあることに気づいてしまったとでも言うべきか、はたまたアイドルの握手会で握手後に抗菌シートで入念に手を拭いている姿を目撃してしまったか…これは少し違うか? ともあれ、思っていたのとは違う出会いになったのは間違いない。

 

「私は戦艦白山覚えておきなさい」

 

「いやいやいやいや無理があるって!」

 

 取材の場として提供された一室に入れば、顔の見えない和装?姿の女性と、それにツッコミを入れるツインテールのこちらも和装?な女性…いや、まだ少女と呼べる見た目ともとれるが、とにかく二人の女性と対面を果たした。

 

 この国が大日本帝国と呼ばれていた頃。帝国海軍の、先の大戦では主力であった航空母艦『加賀』と『瑞鶴』の魂を持つ艦娘である。

 

「…前が見えないわ」

 

「でしょうねっ!」

 

 何故、彼女はダンボールを被っているのか、そこにある何かは人間の私にはうかがい知れないものがあるのだろうと思うことにして、早速ボイスレコーダーやメモ帳を取り出す。

 その際に立ち会いの軍人には改めて荷物の検査をされたのだがこれで三回目である。彼女たちが最高軍事機密扱いのような存在とも捉えられるのであるから致し方ない部分もあるとは言え、少々辟易してしまう。

だが、それを顔に出すことなど出来るわけもない。

そもそも大手の記者たちを差し置いてフリーの私がこの場にいることが奇跡に近いのだから。

 

 軍人が問題なしと頷き、こちらに促してきたためインタビューを開始することにする。

 

「フリーでジャーナリストをしている高田と申します。本日は宜しくお願いします」

 

「あ、はい。翔鶴型航空母艦二番艦の瑞鶴です」

 

 やや緊張が見られる挨拶を返してくれた方がツインテールの女性である。学生時代に同じクラスに彼女がいたのならきっと私は彼女に淡い恋心を抱いていたであろう。

どこか親しみやすさと気軽さを感じさせる魅力を持った彼女が瑞鶴らしい。

 

「…戦艦白山よ」

 

 ダンボールを頭に被った女性が抑揚の薄い声で答える。

本日の取材相手は加賀と瑞鶴と聞かされていたわけであるが、何かの手違いであろうか? そもそも、戦艦白山という艦は少なくとも私の記憶の中では該当するものが出てこない。

 

「だから無理あるって! だいたい戦艦であったとしても名前変わってないでしょーがっ! いい加減取りなさいよソレ!」

 

 瑞鶴がダンボールに手をかけようとするも、その手を払いのける白山と名乗った女性。本当に見えないのであろうか?

 

「…気安く触らないでくれるかしら?」

 

「むっか!」

 

 二人の不思議な攻防が広がっていく。

なるほど、他愛のない気の置けないやり取りを見せることで私の緊張をほぐすとともに、親しみをもってもらおうという粋な気遣いであろう。

 

「大変仲がよろしいのですね」

 

「「良くない(わ)!」」

 

 二人の息はピッタリである。ここまでのツッコミですら計算のうちなのであろう。感服する。

ここまでのお膳立てをされたならば、こちらも記者として誠心誠意をもってよい記事を書こうと気合いが入るというものである。

 

「では、早速インタビューに移らせていただきます。あ、それとこれはつまらないものですが」

 

 老舗の和菓子を贈呈する。フィクションや誇張されていないのであれば聯合艦隊長官の好物であったものだ。

 

「…そう。何でも聞いてちょうだい」

 

包み紙を丁寧に開きながら、白山と名乗った女性は答えた。

 

「え、ちょっとこのままいくの? 本気?」

 

「五航戦のうるさい方、お茶を淹れてきなさい」

 

「自分で行けーっ!」

 

 瑞鶴が吠えるも、白山は涼しい顔だ。いや、表情は見えないのだが。なんとなくそんな気がするのだ。

 

「あ、どうぞお構い無く」

 

と私は断りをいれた。

 

「何を言っているのかしら? 私が飲みたいの」

 

「……」

 

私は返す言葉を失った。記者失格である。

 

 盛大なため息を吐き、立ち会いの軍人はどこかに連絡をとると、数分後にはお茶を持った学生が入室してきた。

 

 この間に羊羹が一本ずつ、対面する二人の口のなかに消えていった。

その際に白山と名乗った女性の素顔が露になった。それは別に良いが、この間私は少し混乱していた。

不思議なことに、いつの間にか小皿と切り分けられた羊羹が置かれていたのである。唖然として周囲を見回してしまうも何も無いわけであり、小皿に置かれた何切れかの羊羹に再び目をやれば、明らかに数が減っているわけで、その一つはまるでネズミがかじったかのような痕すらついているのである。

 

「うちの子達は見敵必殺なの。ごめんなさいね」

 

「なんでカッコつけるの!? ただ食い意地張ってるだけだからっ!」

 

 対面する二人も立ち会いの軍人も、非日常的な光景なはずなのに日常であるかのような様子なのだ。

 

「あの、どうぞ」

 

 学生がそっとお茶を差し出してくれた。私はそれに軽く頭を下げて、未だ混乱する頭を落ち着かせる為に一口お茶を含んだ。

 

 含んだお茶はとても熱かった。私は猫舌である。

 

 

 

 

 

「では、一般人にはその妖精が見えないと? そしてそれを見える貴方のような方が特例法に基づき徴兵…招へいされるということですか? これは記事にしてもよろしいので?」

 

 少し落ち着いたことで、非日常体験に関して質問できたわけであるが、それに対する答えというものが、にわかに信じられないものであった。しかし、現に私の前の羊羹は姿を消した。もちろん、私が食べたわけではない。

 

 立ち会いの軍人に視線を向ければ、無言で頷き返される。世の中には不思議で溢れているというが、その片鱗を自身が体験するというのは、なかなかに衝撃を伴うものだということを身をもって知った。

 

「そっか普通の人には見えないんだっけ。私達の会う人間って基本的には見える人達だから忘れてたわ」

 

 お茶を持って来た学生を見ながら答える瑞鶴。

 

「…そうね」

 

 対して伏し目がちに羊羹の無くなった小皿を見つめる白山、もとい加賀。

 なぜ、彼女が白山と名乗ったのかはこの後、質問していくことになるだろう。しかし、艦娘という存在は、彼女たちを含めて五人しか私はその容姿は知りえないが、皆が美しい姿なのであろうか。

 

「それなら天笠にもいてもらった方が良いかもね」

 

「エッ!?」

 

 天笠と呼ばれた学生は軍人と瑞鶴とに視線を何度も往復させ、軍人が頷いたことにより、やがて肩を落とした。

 

「…うるさいよ」

 

 と彼はポツリと呟いたが、おそらく妖精に対してなのであろう。是非ともその姿を見てみたいものである。

 

 さて、大変脇道に逸れることになったものであるが、対面する加賀と瑞鶴にようやく本腰を入れて質問に移りたいと思う。とはいえ、最初は当たり障りのない質問をする事からはじめる。

 

「日々、日本のために奮闘されているお二人であると思いますが、休日などは何をされているのでしょうか?」

 

 未だに世論では人間か兵器かと論争があるが、私は今回の件が決まったとき彼女たちとは人として接するという事を心に決めていた。実際、短いながらも彼女たちと接してみれば、その思いはますます強くなった。

 

「前は翔鶴姉と一緒に買い物とかも行ったけど…今は本読んだり、活動写真…じゃなかった映画とか観ることが多いかなー?」

 

 先に質問に応じてくれた瑞鶴の答えはあまりにも平凡でありふれたものだったが、それはつまり我々と同じ感性であるという証左なのではないだろうか。彼女たちは兵器等ではないと声を大にして述べたいものである。

 

「そうですか、瑞鶴さんからみて面白かった本や映画などありましたか?」

 

翔鶴姉という人物も気になるが、触れると長くなると私の記者としての第六感が告げている。気にならないと言えば嘘になるが、今は姿を見知った目の前の彼女が優先である。

 

「そうねぇ…。本はミステリーものが好きみたい私。映画なら派手なやつ」

 

それから本当に他愛のない質問を二つ三つして、加賀へと視線を移す。

 

「加賀さんは?」

 

「…弓を引いているわ」

 

「弓? 弓道ということですか?」

 

「…訓練は大事だから」

 

 何故、彼女は憂いた表情を浮かべるのであろう。私が何か至らぬ質問をしてしまったであろうか?と心配になってしまう。

 

「そ、そうですか。空母に属する艦娘の方々はどのように戦われるのか聞いてもよろしいですか?」

 

 訓練と彼女は言った。私の知っている映像資料では、長門や陸奥が艤装という背負い式のアタッチメント機構を身に付けてそこに付随する砲塔から凄まじい威力を発揮する砲撃を行っていた。

 

「分けると二つあるんだけど…って、これ言ってもいいの?」

 

 瑞鶴が軍人に目を向ければ、彼は黙って頷く。ここまで彼はお茶を誰かに持ってこさせるときにしか声を出していないが、何か理由があるのだろうか。

 

「そっ、私と加賀さんは弓を飛ばして戦う型ね。あとは式神型もいるけどそっちはいっか」

 

と、説明するのが面倒というのがアリアリと表情に出ている。式神型が気になって仕方がないところであるが、不興を買って取材が中断されても困る。今は辛抱することにしよう。

 

「弓につがえて矢を放つとそれが烈風とかの艦上機になって攻撃するの。これ以上は口で言っても分からないと思うから突っ込んだ質問は無しでお願いね。…ちょっと天笠、なによその顔は」

 

烈風というところをやたら強調したように思えるが、気のせいだろうか。

 

「う、生まれつきこんな顔ですよ?」

 

 どうやら私と天笠と呼ばれる学生は内心は違うであろうが、同じような表情が出ていたようである。

私の方はただただ困惑であるが、彼の方は呆れに近いと思う。

 

「あっ、加賀教官は休日厨房にいるのをよく見かけます」 

 

「…そうね。赤城さんに勧められて料理をするようになったかしら」

 

 話題転換はやや強引であったが、咄嗟にしてはなかなかにいい話題ではないだろうか? 彼が普段から弄られているのであろうことが垣間見える。それゆえに身につけた処世術であろう。

 

「料理ですか、やはり海軍ですからカレー等で?」

 

「ええ、カレーも作ったわ。でもよく作るのは肉じゃがかビーフシチューね」

 

「ちっ」

 

おかしい。瑞鶴から舌打ちが聞こえる。

そして表情が乏しいながらも勝ち誇ったように見える加賀。取材するにあたり事前に相手をリサーチすることは記者として当たり前だ。

昨今、政治部には裏付けもせず週刊誌の記事を鵜呑みにして質問するような記者もいるそうだが、私は自身で最低限は調べる。

目の前の二人は帝国海軍を支えた主力中の主力といっても過言ではないはずだ。これはもちろん大東亜戦争当時の事になるので艦娘となってからの彼女たちの事ではないのだが、だが、今も昔も戦友であろう。その絆はとても強いはずである。私の祖父は海軍軍人であったが、今でも年賀状くらいは戦友たちとお互いに送りあっている位なのだ。きっと私の勘違いに違いない。

 

「肉じゃがとはとても家庭的な感じがしますね。確か東郷元帥が作らせたという説もあったかと思いますが、何か思い入れがおありなのですか?」

 

「あの人が…艦長が、肉じゃがやビーフシチューを乗員によく振る舞っていたの」

 

「艦長とは…もしや長野氏のことでしょうか?」

 

「えぇ」

 

 薄く微笑んだ彼女は、実に私の心臓によろしくないものであった。ここが自宅であったなら枕に顔を押し付けてこう叫んでいただろう。「惚れてまうやろー!」と。

 

 我を忘れてはいかんと自分に言い聞かせ、少し踏み込んだ質問もしてみようと考える。

 

「大変興味深いお話ですね。当時の事を覚えていらっしゃるということでご質問させていただきます」

 

「何かしら?」

 

「飛行甲板より飛び降りて遠泳を行ったという話は事実なのでしょうか?」

 

「えぇ、あったわね」

 

 あったのか…。さすがアンサイクロに嘘を書かせなかった男(日本版)と呼ばれるだけの事はある。

 

「そこに至った経緯などお分かりでしたら教えていただいても?」

 

「あの人が私の艦長になった頃、いえそれ以前からかしら。戦闘機無用論というものが再燃していたわ。航空母艦の艦長になりたがらない者も出たほどよ」

 

当時の飛行技術は日進月歩であり、飛行機運用の黎明期であった。そのなかで生まれた戦闘機を軽視するものだ。そう聞くと合点がいった。

 

「それで戦闘機乗りを中心に風紀が乱れていたと」

 

「そうね。でも艦長は違ったわ。艦隊を守るには艦戦の存在が不可欠だと言っていたの。それでも納得できなかった子たちがいて問題を起こしたわ」

 

「そして遠泳ですか」

 

「あぁ、それで」

 

と学生天笠が私の声が重なった。

彼は納得の表情を浮かべているが、果たしてそれは私の内心と一致しているのか甚だ疑問である。

 

「ご回答ありがとうございます。ダンボールを被っていたのも何かそういった理由がおありだったのですか?」

 

「何故かしら? 夏が終わりに近づくとダンボールにとても惹かれてしまうの」

 

私が一番気になった事には明確な理由がなかったようである。そしてやはりというべきか、瑞鶴の機嫌がとても悪そうに見えるのは気のせいではなかったようである。

 

「すみません、お手洗いをお借りしても」

 

私は、お手洗いを借りることにして天笠と呼ばれた学生に案内を頼んで部屋を出た。

 

「あの二人は仲が悪いのですか?」

 

「あぁ、仲良しというわけではないですね。なんというかあることに対してマウンティングしあおうとする…みたいな?」

 

「なるほど」

 

乙女心はかくも複雑怪奇のものたりて。

 

用をたし終えて戻る途中の出来事である。

 

「ウィーッス!天笠じゃん。なにまた雑用やってんの?」

 

「あ、はい」

 

「休みの日なのにおつかれ。おつかれ。ほんじゃねー」

 

これから買い物にでも出かけるのだろう今時の女子高生といった雰囲気の可愛らしい女性が足取り軽く通りすぎていく。天笠という学生と同級ということが感じられる。これから国防という最前線で戦うことになる目の前の彼と去っていった彼女にせめて一時であっても楽しい学生生活であることを願う。

 

「可愛い子だね。クラスでとてもモテそうだ」

 

「……そ、そうですね」

 

天笠君はとても複雑な表情を浮かべるのであった。

 

何故だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長野です。

 

「なんでや!? おかしいやろ!」

 

現在、駆逐艦のような空母艦娘に襟を掴まれてぐわんぐわん揺すられています。

 

「ウチと朝潮でなにが違うんや! 言うてみい!」

 

「……艦種」

 

「そういう意味ちゃうわボケェ!」

 

そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。

 

何もかも状況が違うんだもの。

 

 


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